われわれのファンタジーそのものがわれわれにとっては異質なものでありうるのである。それらは言語によって構成され、限りなく漸近線的にわれわれに接近するにすぎないからだ。われわれのファンタジーは、実は他人のファンタジーが移植されたものなのかもしれない。自分のファンタジーが母や父のファンタジーであることに気づくこともあるだろう。いつの間にそんなものが自分の頭に宿ったのかさっぱりわからないけれど。これは人々にもっとも疎遠感を感じさせるものの一つである。自分のファンタジーすら自分自身のものではないように思われるからだ。
ブルース・フィンク「ラカン的主体」から