Monday, September 23, 2024

ジョスリン・ブルック「抜き身の剣の入れ墨」

 

ジョスリン・ブルック(1908-1966)はイギリスの作家で、自伝的な「ラン三部作」で有名である。この人は子供の頃からランの花が大好きだった。もう一つ彼が愛したのが軍隊生活だ。第二次世界大戦のときは医療隊員として従軍した。文章はウィットに富み、ノスタルジックで、どこかメランコリックなところがある。本書はジョスリン・ブルックの作品のなかでは異色で、謎めいた雰囲気を持っている。

レイナードは銀行員をしながら母親と二人で暮らす若者である。先の戦争では、軍隊に志願したが健康が理由で採用はされなかった。今は平凡な生活を送っていたが、なにか人生に物足りなさを感じている。

ある嵐の晩、道に迷ったアーチャーという陸軍大尉が彼の家を訪ねてくる。レイナードは大尉がボクシング試合に行く途中だと知り、自分も一緒に行きたいという。試合後、彼らはパブに行き、レイナードはすっかり酔っぱらってしまうのだが、朦朧としているあいだに大尉と軍隊に入隊するためのトレーニングをする約束をしてしまう。

しかし今、イギリスはどことも戦争はしていない。陸軍と言うが、なんという部隊なのかもはっきりしない。自分がなにに巻き込まれようとしているのか、まったくわからぬままに、レイナードはアーチャー大尉とボクシングの練習をしたり、長距離を走ったりし始める。ただ、彼の物足りない人生になにか刺激が加わったことだけは確かだ。

こうして訓練を重ね、とうとう入隊の日を迎える。入隊のためにはレイナードはある場所へ行かねばならないのだが、記憶がぼんやりしてその場所が思い出せない。しかもその日彼は風邪をひいて熱を出し、寝込んでしまう始末だ。いったい彼は入隊できるのか。そもそも彼が入隊しようとしている軍隊とはなんなのか。いったいイギリスはどこと戦っているというのか。

主人公は自分の置かれた状況の全体を見渡すことができない。本書には霧に包まれた光景が幾度も描かれるが、これは主人公のありようのメタファーになっている。彼はなにが起きているのかを突き止めようと、いろいろな人に質問をするが、いつも曖昧な返事しか得られない。ただ夢の中の出来事のようにつぎつぎと事件が継起していく。

しかしこの夢幻的な世界には奇妙なリアリティーがある。カフカの悪夢的な世界に官僚制のリアルがまざまざと感じ取られるように。たとえば都会をずっとはなれた田舎で百姓をしていた人間が、突然徴兵された場合、彼はいったいなにが起きているのかわからず、ただただ当惑するだけだろう。実際、いろいろな戦記物を読むとそんな記述が結構出て来る。軍隊という巨大組織のなかにいきなり放り込まれ、わけもわからず上官の命令に右往左往する二等兵たち。自身の戦争体験にもとに「プレオー8の夜明け」を書いた古山高麗雄は、「半ちく半助捕物ばなし」という傑作を書いているが、あれもレイナードとおなじように、全体を見渡せない人間を主人公にした作品だった。戦争に参加した人は、多かれ少なかれ突然巨大機構に取り込まれ、自分がなにをしているのかわからないという経験を持っているのかもしれない。

クロード・ホートン「隣人たち」

  Hathi Trust のサイトでクロード・ホートンの Neibours 「隣人たち」を見つけたときはうれしかった。作者の処女作で(1926年)読みたくてたまらなかったからである。処女作だけあって、欠点もあるが、ホートンの出発地点を確認できるという貴重な一作だ。彼の不思議な小...