Monday, June 14, 2021

関口存男「趣味のドイツ語」

Der Mond

GRETE: Warum sieht der Mond1 so groß aus2, wenn er soeben3 aufgegangen ist4? Später5, wenn er mitten6 am7 Himmel steht8, scheint9 er doch10 ganz klein zu sein11?
HANS: Das ist nur eine Augentäuschung12, Grete. Unten am Horizont13 gibt es Bäume, Häuser und verschiedene andere Gegenstände14; und nur im Kontrast zu15 diesen Gegenständen sieht er so groß aus. Mitten am Himmel aber gibt es gar nichts.

逐語訳:GRETE: Warum なぜ der Mond 月は er かれが soeben たった今 aufgegangen ist 昇った[ばかりの] wenn 時には so groß あんなに大きく sieht aus 見えるか? Später その後 er かれが mitten am Himmel 中空に steht 立つ wenn 時には er かれは ganz klein ごく小さく zu sein ある scheint ように思われる doch ではないか?
HANS: Das それは nur ただ eine Augentäuschung 眼の錯覚 ist である、Grete グレーテよ。Unten 下の方の am Horizont 地平線に接したところには Bäume 樹々や Häuser 家家や und また verschiedene 種々の andere 他の Gegenstände 物体が(四格) gibt es ある。und そして zu diesen Gegenständen これらの物体との im Kontrast 対照に於て nur のみ er かれは so groß あんなに大きく sieht aus 見える[にすぎない]のだ。aber ところが Mitten am Himmel 中空には gar nichts 全然何物も gibt es 無い。

:【1】der Mond: 発音に注意、o は長く、『ーント』と発音します。
【2】sieht aus: aussehen (見える、英:seem)という分離動詞。ゆえに『外観』、『様子』(appearance)のことを das Aussehen という。
【3】soeben: 『たった今』(云々したばかり)。単に eben とも云い、また gerade ということもあります。
【4】aufgegangen ist: aufgehen (昇る)に対する現在完了の形。aufgegangen hat ではなくて ist である点がドイツ語の特徴。aufgehen の反対の untergehen (没する)も同様で、たとえば『太陽はとっくに没した』ならば Die Sonne ist längst untergegangen.
【5】später: 元来は spät (英:late)の比較級ですが、こういう場合の später (later)は、比較級という観念をはなれて、単に『その後』とか『後刻』、『後ほど』(afterwards)という副詞と思った方がよろしい。たとえば Davon später! といえば、『その件に就いてはいずれ後程!』です。
mitten in と inmitten【6】mitten: これは「真只中に」という副詞。ただし、此の副詞は、独立しては用いず、必ず mitten an、mitten auf、mitten in 等、前置詞と結合して用います:mitten im Kampf (戦いの真最中に)、mitten ins Gedränge (人ごみの真っただなかへ)、mitten auf dem Teller (お皿のまんなかにのっかって)、など。――似たのに inmitten (……の真只中に)という二格支配の前置詞もあります:inmitten des Küssens (キッスしている真最中に)。
【7】am Himmel: 「空」を意味する Himmel には an を用い、「天国」の意の時に限って in を用います。im Himmel というと、死んで天国へ行っている意味になります。(英語では heaven、天、と sky 、空、との両語がありますが、ドイツ語では Himmel が両者を兼ねています。)
stehen の微妙な一用法【8】steht: 月や日が空に「かかる」ことを「立つ」というのは、日本語で「虹が立つ」とか、「八雲たつ云々」とか、あるいは「青筋がたつ」「八卦がたつ」と云うのに多少似ていますが、詳しく云うと一寸した相異点があります。すなわち、日本語では『出場する』、『あらわれる』ことを『立つ』というのですが、独逸語では、なんでもとにかく『或る一定の箇所に位置する』という意味での『在る』を stehen というのです。大雑把に云うと sein と同じですが、『位置』ということ、『どの点に』ということを厳密に考える時には stehen を使う方が好いのです。Der Mond ist mitten am Himmel でも間違いではありませんが、日や月は位置が主として問題になるから普通は steht am Himmel と云います。将棋の駒などもそうで、たとえば盤が動いたために駒が横っちょへ動いてしまったとすると『この歩はいったいどこにあったんだろう?』(Wo hat dieser Läufer gestanden?)と云います。起立した姿勢の西洋将棋(Schach)だから「立つ」というのではなく、寝ている日本将棋の駒の時でもそういうところをもって見れば、姿勢の問題ではないことがわかります。また時計の指針(Zeiger)が何処へ行っているなどいうのも、位置の問題ですから、『分針は3と4の間にある』ならば Der Minutenzeiger steht zwischen 3 und 4 と云います。また印刷されたものを指して『此処にコンマが打ってある』というのも Hier steht ein Komma です。名簿などに名前が『載っている』というやつも、どの辺に載っているか、何番目か、などと、位置を厳密に考えるものですから、『君が筆頭だよ』と云ったような時には Dein Name steht voran in der Liste と云います。――もっとも、日本語の『青筋が立つ』、『八卦が立つ』と同様の、『現れる』という用法もあるにはあります:Verzweiflung stand in seinen Augen (かれの眼元にはありありと絶望の色があらわれていた)等。
【9】scheinen: 前出の aussehen と同義。あとの方の zu sein は取ってしまってもかまわないので、そうすれば aussehen と用法は同じになります。
【10】doch: 疑問文の形をとらない普通の文を疑問文として用いる際には此の doch (きっと、もちろん)を入れるのが普通です。即ち、『きっと云々なんでしょう?』、『もちろん斯々でしょうね?』という際。たとえば Sie verstehen mich doch? (僕の云う事はおわかりになりますね?)Das Mittel hat doch gewirkt? (あの薬は効いたろう?)
【11】zu sein: 英:seems to be 云々という to be.
【12】Augentäuschung: täuschen (だます、たぶらかす)、sich täuschen (カン違いする、考え過る)と関係して Täuschung (幻覚、錯覚)、という語があります。
【13】unten am Horizont: 英独とも、こういう風に、副詞的なものを二つならべて、両方で一つの句をなします。『下方で、地平線で』です。反対に『上空に』ならば oben am Himmel です。前出の mitten am Himmel もこれと同じ構造の句です。その他 Hier in Japan (此の日本では)、Drüben in Amerika (アメリカの方では)、Hinten auf dem Rücken (うしろの背中には)、nebenan im Kaffeehaus (すぐお隣の珈琲店では)、Vorn auf dem Führersitz (前方の運転手席に)、Draußen auf dem Weltmeer (遠く大洋上を)など。
【14】Gegenstände: der Gegenstand (物体、英:object)の複数。物体というと、いかにもいかめしい科学用語のようですが、ドイツ語では普通の単語で、普通の会話にも盛んに用います。たとえば、写生するのにも『どんなものを描こうか?』というときには、Ding や Sache は不可で、やはり Welchen Gegenstand wollen wir zeichnen? というでしょう。とにかく多少たりとも『眺める』対象になって、何等かの『姿』をしているものはすべて Gegenstand (物体)というのです。
【15】im Kontrast zu: これは『云々とのコントラストにおいて』(比べて見て)という前置詞だと思えばよろしい。単に gegen といっても好いこともありますが、gegen は単に『云々に比して』であるに反し、im Kontrast zu は『彼比対照して』という考えが這入ります(英:in contrast with)。

GRETE: Ja, aber......das will mir nicht in den Kopf16: Erscheint17 ein Ding klein, wenn es allein dasteht18?
HANS: O ja, freilich19. Denke20 z. B.21 an unsern Peter22. Scheint er nicht ein ziemlich23 großer Junge24 zu sein, wenn er sich hier in der Stube herumtreibt25, wo sich allerlei26 Hausmöbel27 befinden28? Und dünkte29 er uns nicht zum Totlachen30 klein, als er jüngst31 mutterseelenallein32 mitten auf dem menschenleeren33 Marktplatz34 stand und jämmerlich35 heulte36?

逐語訳:GRETE: Ja, aber...... えゝ、しかし…… das それは mir 私に in den Kopf 頭の中へ will nicht 這入ろうとしない:ein Ding [いったい]物というものは allein 一つきりで dasteht 其処にある wenn 時には klein 小さく Erscheint 見えるものですか?
HANS: O ja そうだとも、freilich 勿論。z. B. (= zum Beispiel) たとえば an unsern Peter 我々のペーテルのことを Denke 考えて見ろ。er かれが allerlei Hausmöbel いろいろな家具が sich befinden 存在する wo ところの hier in der Stube ここの部屋の中で sich herumtreibt うろうろしている wenn 時には er かれは ein ziemlich großer Junge 相当大きな男の子で zu sein あるように Scheint nicht 見えはしないか? Und ところが er かれが jüngst さきごろ mutterseelenallein ひとりぼっちで auf dem menschenleeren Marktplatz 人の居ない市場の広場に stand 立って und そして jämmerlich 哀れに heulte 泣いていた als ときには er かれは uns 我々には zum Totlachen 大笑いするほど klein 小さく dünkte nicht 思われたではないか?

:【16】das will mir nicht in den Kopf: 度々申すごとく、will 等の助動詞は、方向表現(In den Kopf)があるときには gehen 等の動詞を省く方が普通です。
【17】erscheinen: これも scheinen、aussehen と殆んど同じに用います。
【18】dasteht: da steht でも同じですが、現代文のドイツ語では dasein、dableiben、daliegen、dastehen 等、つづけて書く方が普通になりつつあります。もっとも書く人の趣味の問題でもありますが。――allein dasteht は『一つきりでポツンと其処にいる』わけで、これもやはり位置がハッキリしている存在ゆえ stehen を用いるのです。
【19】freilich: ほとんど natürlich と同意の語。
【20】Denke: 命令形。
【21】z. B.: zum Beispiel (たとえば、例せば)の省略形。この外に z. E. (zum Exempel)というのも時に用いることがあります。(英語にも for instancefor example の二形あり)。
【22】unsern Peter: うちのペーテルの奴、即ち今問答している夫妻の子供です。(Peter という名前は、あんまり通俗で、我国の太郎吉みたいに、しばらくはいやがられて、あんまり附けなかったものですが、最近になってまた急にひどく人気を恢復しました。現在のドイツ人の少年、青年には Peter がうんとあります。
【23】ziemlich: 「非常に」というほどえはないが、「かなり」、「相当」、「随分」、というときに ziemlich といいます。英語の fairlyprettytolerable ぐらいなところにあたります。
【24】Junge, m.: 『男の子』は、正語は Knabe、通俗語は Jung、もっと砕けた通俗語は Bub。
【25】sich herumtreiben: うろうろする、うろつきまわる、其の辺を行ったり来たりして色んなイタズラをするからそう云ったのです。もしアバレ廻るのだったら sich herumtummeln です。ハネ廻るだったら herumspringen、herumhüpfen、匍いまわるのだったら herumkriechen、等々。
-erlei という語尾は種類を意味する。【26】allerlei: いろんな、種々の。―― -erlei という語尾は『……種類の』という形容詞を作るための形式と思ってよろしい。einerlei (一種類の)、zweierlei (二種類の)、dreierlei (三種の)、等々。beiderlei 両種の、solcherlei (そんな種類の)、vielerlei (多種の)、derlei (かくの如き種類の)、welcherlei (如何なる種類の?)、keinerlei (如何なる種類の……もせず、等)。―― -erlei という語尾がつくと、アクセントは必ず lei のところにあります。それから、この語尾は性と格の変化語尾を省いて此のままの形で用います。たとえば『両性の学生』すなわち『男女両性の学生』なら Studenten beiderlei Geschlechts で、二格語尾 -es や -en はつけません。
【27】Hausmöbel, n.: Möbel n. は家具。Haus- がついても同。
【28】sich befinden: 『ある』、『存在する』という再帰動詞。これは別にむづかしい意味ではなく、普通よく用いられる語です。
【29】dünken: これも scheinen とほとんど同意で、『云々のように思われる』という『思われる』です。
【30】zum Totlachen klein: 『腹を抱えて笑いたくなるほど小さい』、sich totlachen (自分を笑い殺す)ということを云うので、それから zum Totlachen という句ができたわけ。
【31】jüngst: 『最近』、『しばらく前』(vor kurzem とか kürzlich とか unlängst とか、同様の語がたくさんあります)。
誇大的『合成形容詞』:mutterseelenallein【32】mutterseelenallein: allein (英:alone)を強めてかく云います。形容詞や副詞の前には、意を強めて誇張するために、いろいろな変なことをつけ加えます。たとえば reich を強めて steinreich (大金持ちの)と云ったり、arm を強めて blutarm (赤貧洗うが如き)と云ったり、sehr müde という代りに hundsmüde (くたくたにくたびれた)、その他 pudelnaß (ずぶぬれの)、bitterkalt (極寒の)、pechschwarz (まっ黒けの)、blitzschnell (電光石火のごとく)、stockfinster (まっ暗闇の)、などと云います。ところが、なおも輪をかけしんにゅうをかけて、もっと長ったらしいものをつけると、単に seelenallein (天涯孤独の)いうのを mutterseelenallein と引きのばし、rabenschwarz (まっ黒けの)を kohlrabenschwarz と云い、『真っぱだか』を splinterfasernackt、 『わんぐりと』を sperrangelweit、『まっさらの』を funkelnagelneu、『まっ暗の』を stockrabenfinster、『とても熱い』 brühsiedeheiß、『どえらい鼻息の』を fuchsteufelswild、『くたくたに疲れた』を todessterbensmüde、『静まりかえった』を mucksmäuschenstill、――小生の眼にふれた限り一番長いのでは、Platen という作家の(Die verhängnisvolle Gabel、第四幕)捏造にかかわる ohnmachtfloskelragoutsteifleindürrnüchtern という形容詞です。けっきょく『野暮くさい』ことですが、これでも大体ドイツ人の此の種の誇張を好む傾向がおわかりでしょう。
【33】menschenleer: 「人通りのない」、「人のいない」(これは文字通りで、前項のタイプの形容詞とはちがいます)
【34】Marktplatz, m.: 市の立つ広場。西洋は、町にも村にも、たいてい市の立つ広場があります。
【35】jämmerlich: 「哀れに」、「みじめに」(erbärmlich ともいう)。Jammer, m. (悲惨、みじめさ)という名詞から。
【36】heulen: 泣く。(weinen は正格的な「泣く」という語ですが、これは通俗語です)。

GRETE: Du magst37 schon38 recht haben39. Aber wie40, wenn man den Mondaufgang am Meer beobachtet41? Dort42 gibt es doch43 keine Bäume, Häuser und dergleichen44 Gegenstände am Horizont45? Du willst doch46 nicht behaupten, daß dort der aufgehende Mond kleiner aussieht als hier?
HANS: Ja47, am Meere! Da48 weiß ich keinen Rat49 mehr. Da50 müßte51 man wohl52 einen Naturforscher53 fragen. Übrigens54 weiß ich nicht, ob55 es überhaupt56 eine zuverlässige57 Theorie darüber gibt.

逐語訳:GRETE: Du あなたは schon それはマア recht haben 正しい magst かも知れません。Aber しかし man 人が den Mondaufgang 月の出を am Meer 海辺で beobachtet 観察する wenn ときには wie どうです? Dort 其処には doch まさか Bäume 樹々 Häuser 家々 und dergleichen と云ったような Gegenstände 物体が(四格) am Horizont 水平線に gibt es......keine ありはしますまい? Du あなたは doch まさか dort 其処では der aufgehende Mond 昇る月が hier 此処で als よりも kleiner より小さく aussieht 見える daß などと behaupten 主張なさる willst nicht つもりではありますまいね?
Hans: Ja, am Meere! そうか、海辺か! Da こうなると ich おれは mehr もはや keinen Rat 策を weiß 知らない。Da こうなると man 吾人は wohl おそらく einen Naturforscher 誰か自然科学者に(四格) fragen 問わ müßte なければなるまいな。Übrigens 但し ich おれは überhaupt そもそも darüber その事に関して eine 何等かの zuverlässige 信頼するに足る Theorie 学説が(四格) es gibt 存在する ob かどうかを weiß nicht 知らないんだよ。

:【37】magst: 英の may と同じ、「云々かもしれぬ」という助動詞 mögen の変化形。
【38】schon: 「申すまでもなく」という意の「もう」に当ります。仰せの儀は、それはモウ勿論御もっともで……という際の「モウ」が、ドイツ語でも schon で、この微妙な「モウ」は英語にも仏蘭西語にもありません。
【39】recht haben: すでに前号で詳しく説明しました。
【40】wie, wenn......: 「もし……としたらどうです?」という形式。
【41】beobachten の発音に注意。[ベ・ーバハテン]、オーを強く長く発音します。これを[ベオハテン]と発音している人が随分います。「アルイト」などと同じで、よく見受ける誤です。
【42】Dort: am Meer という代りです。こういう時には da ではなく dort です。英語は普通 there ばかり使いますが、ドイツ語には dort と da との二種があって、使いわけがちょっと厄介です。註ではちょっと無理だからお茶だけ濁すしかありませんが、少し遠い気のする、直接の眼の前から遠ざかった場所は dort と云い、すぐ眼の前のもの、あるいは意識に近いものは da と云う、ということになるでしょう。なお182頁の註37を考え合わせてください。
【43】doch: 註10でのべた doch。
【44】dergleichen: (そのような):これは語尾変化をしない語です。und dergleichen という結合でよく用いられますが、「等々の」、「などの」です。「等々」といって後を省いてしまう時にも und dergleichen と云います。(etc. や und so weiter と同じ)。ここは形容詞的。
【45】Horizont: 日本語では地平線と水平線とを区別しますが、ドイツ語や英語は同一語。(英:horizon
doch nicht / doch kein 「まさか」【46】doch nicht: 註10の doch ですが、否定詞につくと「まさか……(じゃあるまいな?)」の「まさか」にピタリとあてはまります。Sie haben es doch nicht vergessen? (まさかお忘れになりはしますまいね?)Er ist doch kein Detektiv? (あいつまさか探偵じゃあるまいな?)――疑問文でなくても用います:Ihr kann man doch nicht so was sagen (彼女にまさかそんな事を云うわけに行かない)。
【47】Ja: 困ったときに ja という。nun (英の well)と同じ。
【48】Da: 「サア斯うなるといよいよ……」という時に用いるのが此の da という副詞です。文が過去形の時には、(たとえば Da wußte ich keinen Rat mehr 「そこで私は知恵が尽きた」)da は「そこで」ですが、此のテキストのように現在形の場合にも用いるということを心得ておく必要があります。Nun (英:now)を用いることもできます。
【49】Rat, m.: 「知恵」、「妙策」、「策」。
【50】Da: 註48と同。
【51】müßte: これは文法的に云うと muß に対する接続法(詳しく云うと接続法第二式)の形です。しかし、語形の文法的説明はどうあるにせよ、実際的見地からいうと müßte という形を一つの単語として特別に覚えておかなければ役に立ちません(此の点、ドイツ語の辞書にはドイツ伝統の欠陥があって、müßte の意味を知るには müssen のところを引かないと出てこないのです。まるで漢和大辞典を引くような大騒ぎです。皮肉に云えば、Gegenstand が stehen のところにおさめられていないのはせめてもの御手柄と云いたくなる……)。英語では shouldwould を一単語として別口扱いにし、shallwill と一緒くたにしていません、ドイツ語もそうなるべきです。諸子もどうか müßte を müssen の接続法形だと形式的に片ずけてそれで何か一かどよくわかったような気になるというドイツ式な悪い癖をよして、それより先ず müßte を「ねばなるまい」という意味の動詞として此の場合の使い方を印象的によく覚えるという方針をお取り下さい。本書が独文テキストと脚注に力を入れるのも、理屈より印象、という主義に向かいたいからであります。ただ印象をホームランせしめんがために脚注の方で声を嗄らして応援歌を歌うので、理屈は要するに応援歌です。感心して聞いてしまってはいけない、片耳に聞いて走れ!
【52】wohl: 「おそらく」(何かあまり自信のないことを云う時に挿んで用いる副詞で、ごく軽いことばです)。wohl etwa を使うこともできます:Da müßte man wohl etwa einen Naturforscher fragen. (etwa は、「科学者にでも……」という「でも」にあたる)。
【53】Naturforscher (自然科学者):Naturwissenschaftler に同じ。
【54】Übrigens: 「但し」、「それに」(何か言おうとしたことを急に思い出して附言する時に用いることば)――すなわち、ある時には aber にあたり、ある時には und にあたります。und にあたる時には「それもあるし、それに……」或いは「それと、ひとつは……」で、aber にあたる時は「但し」と訳すればよろしい。本文のは後者です。
【55】ob (……かどうか):英の whether 或いは if にあたる。「はたして」?です。
【56】überhaupt: 「そもそも」、「だいいち」(übrigens......überhaupt と対照して「それに第一」、「それにそもそも」となる)。
【57】zuverlässig: 「信を置くに足る」、「信頼するに足る」、英の dependabletrustworthy

意訳:グレーテ:お月さまは、昇ったばかりのときには、どうしてあんなに大きく見えるのでしょう? しばらくたって、中天に懸かってしまうと、ちいさくしか見えませんわね。
ハンス:それは眼の加減さ。地平線の近くには、樹とか家とか、その他ゴチャゴチャ色んなものがある、そうしたものと比べて眺めるから大きく見えるだけの話さ。ところが中空にはなんにもないからね。
グレーテ:でも……ちょっとなんだか変だわ。物というものは、一つきりあるときには小さく見えるんですか?
ハンス:そうさ。たとえば、うちのペーテルのことを考えてごらん。いろんな家具の置いてある此の部屋の中をうろついている時には、かなり大きな子のような気がするだろう? ところが何時だったか、誰もいない市場の広場のまんなかにおいてきぼりにされてオイオイ泣いていたことがあったろう? あの時には、とてもチッポケな恰好に見えて、大笑いしたじゃないか?
グレーテ:そう云えばね。でも海岸で月の出るのを見るときはどうでしょう。海にはまさか水平線のところに樹や家なぞがあるわけではないでしょう? まさかうみから出るお月さまは此処より小さく見えるとは仰言れないでしょう?
ハンス:そうか、海岸か! こいつはちょっと参ったなア! これは自然科学者にでも聞かないとわかるまい。しかし、この問題に関してそう確かな学説があるかどうかは疑問だね。

英語読解のヒント(145)

145. 付帯状況の with 基本表現と解説 He was sitting, book in hand, at an open window. 「彼は本を手にして開いた窓際に座っていた」 book in hand は with a book in his hand の...