Herr Berndt ist soeben ausgegangen
Du willst Herrn1 Berndt2 besuchen. Du gehst zu seiner Wohnung und klopfst an die3 Haustür4 oder drückst5 auf den Knopf6 der elektrischen Klingel7. Die Tür geht auf8. Das Dienstmädchen erscheint. Da fragst du: „Empfangen9 die Herrschaften10?“ oder „Ist Herr Berndt zu sprechen11?“
逐語訳:Du 汝は Herrn Berndt ベルント氏を besuchen 訪問しようと willst 思う。Du 汝は zu seiner Wohnung かれの住居へ gehst 行って und そして an die Haustür 玄関の扉を klopfst たたく oder 或いは der elektrischen klingel 電鈴の auf den Knopf ボタンを drückst 押す。Die Tür 扉が geht auf 開く。Das Dienstmädchen 女中が erscheint あらわれる。Da すると du 汝は fragst 問う:die Herrschaften 御主人たちは Empfangen? [客を]引見しますか? oder あるいは Herr Berndt ベルント氏は zu sprechen 面会すべく Ist? ありますか?
註:【1】Herrn Berndt: Herr をつけた場合の格変化を此の表に示します。もっとも、実際的にはこの外に、よく定冠詞を附しても用います:der Herr Berndt, des Herrn Berndt[s], dem Herrn Berndt, den Herrn Berndt,――たとえば、「ベルント氏のお宅」は Herrn Berndts Wohnung あるいは Die Wohnung des Herrn Berndt です。(Herr Berndts Wohnung あるいは Die Wohnung des Herrn Berndts とも稀には云います。ドイツ語の文法というやつは、こういう点が、どうも画一的に簡素化されていないので困りますが)
Herr Berndt ベルント氏は
Herrn Berndts ベルント氏の
Herrn Berndt ベルント氏に
Herrn Berndt ベルント氏を
【2】Berndt: 人名にはよく dt という綴字が出て来ますが、d は発音しません:Bernhardt, Reinhardt, Bodenstedt, Langenscheidt, Mundt, Wundt, Schmidt 等々。
【3】an die: an die Tür klopfen で「扉をノックする」(稀には an der......とも云いますが、an die の方が普通)
【4】Haustür: 部屋の扉と区別して、玄関の扉をかく云う。
【5】drücken: drücken が英 press で、drucken が英 print です。意味も綴も似ているのでよく初学者が混同します。
【6】Knopf: ボタン(英:button)。もちろん服についているボタンのことをいうのですが、電鈴のボタンにも用いるのです。
【7】Klingel, f. 「呼鈴」のこと。一名 Schelle ともいう。elektrisch (電気の)のアクセントに注意。-isch の語尾のときは、必ずその一つ前にアクセントがある。(die elektrische Klingel = 英:the electric bell)
【8】geht auf: aufgehen (あく)。auf- が英の open に相当する:aufstoßen 押しあける:push open、aufziehen 引き開ける:pull open、aufspringen バッと開く:swing open、aufwerfen 烈しく開ける:throw open.
【9】Empfangen: empfangen は、物のときには「受け取る」、人の時には「引見する」、「接見する」、「迎える」。だから元来は Gäste empfangen (客を迎える)という可きところですが、普通は Gäste を省いて empfangen だけですでに「客と会う」意味に用いられます。たとえば Mein Vater empfängst nur sonntags (父は日曜日を面会日ときめています)などと云うのがそれです。参照:Empfang, m. 接待。Empfangszimmer, n. 応接室。
【10】die Herrschaften: 此の語は一種の敬語で、いわゆる「皆さん」にあたります。大勢に向って呼びかけるときなどには、極くなれなれしく云う時には Kinder! (boys!)と云いますが、丁寧に云うときには Herrschaften! (gentlemen!) Meine Damen und Herren! (ladies and gentlemen)です。呼びかける時ばかりではない。此の場合のように、家の御主人や、奥さんや、その他の家人を一括して丁寧に呼ぶ「こちらさま」というやつには die Herrschaften というのです。Empfangen die Herrschaften? はつまり「こちらのお宅の方々は今日は来客をお通しになりますか?」ということで、これが面会に行った際の最も丁寧な最初の挨拶であるということをよくおぼえておく必要があります。
【11】Ist......zu sprechen: sprechen (話す)という動詞を直接人間の四格とともに用いると「会見する」意味になります。だからこそ Ist er zu sprechen? (かれは会見すべくあるか?=かれに会見できますか?)ということが言えるわけです。
Ich habe ihn gesprochen 私は彼に面会した。
Ich habe mit ihm gesprochen 私は彼と話した。
Nun aber12 hört man oft fragen13, ja14 bei uns15 in Japan16 ist es sogar17 zur einzig18 möglichen19 Formel20 geworden: „Ist Herr Berndt zu Hause21?“ Diese Wendung22 ist nach Möglichkeit23 zu vermeiden24. Sie setzt stillschweigends25 voraus26, daß, wenn einer27 zu Hause ist, er ohne weiteres28 auch zu sprechen sein soll29. Dies30 ist aber eine ziemlich starke31 Zumutung32, die höchstens33 unter34 den besten Freunden möglich ist. Eine solche Frage klingt35 nicht wie eine Erkundigung36, sondern beinah37 wie eine Kreuzfrage38. Welch ein energisches Vorgehen39 dem andern40 erst mal41 den Rückzug abschneiden42 zu wollen43! Welch44 ein unliebsames45, heimtückisches46 Verfahren47, den andern gleichsam48 in die Falle49 zu locken50!
逐語訳:Nun aber ところで扨て man 吾人は oft しばしば fragen [次の如く]問うのを hört 聞く、ja いな、それどころか bei uns 我々の許(=我が国) in Japan 日本に於ては es それは einzig möglichen ただ一つ可能なる zur Formel 形式に sogar すら ist geworden なってしまっている(というのは即ち次の文句が):Ist Herr Berndt zu Hause? ベルント氏は御在宅ですか? Diese Wendung 此の言い廻しは nach Möglichkeit できるだけ zu vermeiden 避けるべき ist である。Sie 此の言い廻しは einer 或る人が zu Hause ist 在宅である wenn ならば er その人は ohne weiteres ただちにもって auch 同時にまた zu sprechen 面会可能で sein ある soll はずのものだ daß ということを stillschweigends 暗黙裡に setzt voraus 前提する。Dies 此の事は aber 然しながら höchstens たかだか unter den besten Freunden 極く仲の好い友達同士の間においてのみ möglich ist 可能なる eine ziemlich 相当 starke ひどい Zumutung 強要 ist である。Eine solche かくのごとき Frage 問いは eine Erkundigung 問い合せ wie のごとく nicht ではなく sondern むしろ beinah ほとんど eine Kreuzfrage 対決尋問 wie のごとく klingt ひびく。dem andern 相手に対して erst mal まず以て den Rückzug 退却(=退路)を abschneiden 遮断せんと wollen 欲する zu がごときは Welch ein 何たる energisches 強硬なる Vorgehen! 行動ぞや。den andern 相手を gleichsam さながら in die Falle 罠の中へ locken 誘い[込む] zu とは Welch ein 何たる unliebsames 意地のわるい heimtückisches 陰険なる Verfahren! やり口ぞや!
註:【12】Nun aber: 順序通りに訳すと「さて然し」、これは「ところでさて」という熟語としておぼえること。
【13】hört man......fragen: hören という動詞には直接 fragen 等の不定形を結びつけて「云々するのを聞く」という意味になります。Ich höre ihn laut lesen (私はかれが声を出して読むのを聞く)など。相手の人間(ihn)を一格にしないで四格にするところに注目。このテキストでは相手の人間は省かれていますが。
【14】ja: この ja は「否、それどころか」という時の ja です。たとえば、「それはむつかしい、否それどころか不可能だ」は Das ist schwer, ja unmöglich です。(英語では nay とか ay とか古いところでは、たとえば沙翁の劇曲などでは yea という語を用います)
【15】bei uns: 「われらが許」とは、「僕たちのとこ」の意にも用い、また此処のように「我国では」の意にも用います。
【16】bei uns in Japan: 副詞的な句を連続して二つ用いる癖については前号„Mehr Physik!“の註を見よ。
【17】sogar: この語は、独立してこれだけを訳するとすれば、「あまつさえ」、「それどころか」、「おどろくなかれ」、「遂には」とでも云うより仕方がありません。しかし、この語が他の語あるいは他の句の前に置かれるときには、「……すら」、「……さえ」、「……まで」にあたります:sogar im Wasser (水中ですら)、sogar Herr Berndt (ベルント氏さえ)、sogar am Sonntag (日曜日にすら)、Er klopft sogar an die Tür! (かれは遂には扉までたたく!)、――此のテキストの場合も sogar zur einzig möglichen Formel (唯一の可能なる形式とすら)とつづけて考えること。――なお、動詞とも結合できます。そういう時には、最も軽い gar を用いることもできます:Er empfängt gar! (あの男、来客にまで会う!)
【18】einzig: 唯一つ。(allein と同じ)もっとも、これは形容詞にも用いられる語ですから、einzigen (=alleinigen) となってもよいところです。
よく混同される三語:
einzig 唯一の
einig 二三の
einzeln 個々の
【19】möglich: 「可能な」という語は、英独とも、社交界用語としては、「おかしくない」、「習慣上許された」の意味に用いることがあります。その反対は unmöglich (英:impossible)で、これは「おかしな」、「どうかと思われるような」、「そんなのは無いでしょうと云いたくなるような」、です。たとえば、美容院へ行ったら、「おかしな」パーマーに結っちゃって、これじゃあはずかしくて人前に出られない、といって憤慨するときには、英語なら an impossible perm! ドイツ語なら eine unmögliche Dauerwelle! です。
【20】Formel, f.: 習慣や申し合せできまっている「型」や「形式」や「式」を云います。ここはつまり Stehender Ausdruck (きまった云い方)の意です。
【21】Ist Herr B. zu Hause?: Ist Herr B. da? とも云う。
【22】Wendung, f.: ちょうど「云い廻わし」(すなわち「文句のひねりかた」)にあたる語。wenden という動詞は、縦にしてみたり横にしてみたり、いろいろに「ひっくりかえす」こと、すなわち「ひねる」ことです。やかましく云えば Redewendung (文句の云い廻し)、Ausdrucksweise (表現様式)
【23】nach Möglichkeit: 「なるたけ」、「できるだけ」という熟語。möglichst とも云います。形容詞や副詞の前では möglichst を用いて möglichst viel (なるたけ沢山)あるいは so viel wie [nur] möglich (なるたけ沢山)と云います。
nach Möglichkeit できるだけ
nach Tunlichkeit できるだけ
nach Kräften 力の及ぶ限り
nach Herzenslust 思う存分
nach Leibeskräften 一生懸命
【24】ist zu vermeiden: 「避けるべきである」ですが、ここの「可き」(ist zu)は、「ねばならぬ」の方の意。すなわち Das soll man vermeiden というに同じ。――前に Herr Berndt ist zu sprechen (ベルントさんは面会可能である)というのがありました。此の ist zu と、ここに出て来た ist zu とを比較して見ると、ist zu には大体二つの場合があることがわかりましょう。(漢語の「可き」にも同様の区別があります。「避く可し」といえば、[A]避けることが可能である、という場合と、[B]避けよ! という場合とがあります。だから ist zu [英:is to]は、漢語の「可し」と全然同じなのです。)
【25】stillschweigends: 「暗黙裡に」、「暗に」、「それとなく」、という副詞です(英:implicitly; impliedly)あるいは「云わずと知れた」何とかかとか云いますが、あれにちょっと似ています。たとえば「のみ」と云えば槌は云わなくても含めてあるときに stillschweigends というのです。――近頃よく云うことばに、「すいう含みでやってくれ」とか、「この言葉にはすいう含みがあるんだ」なんて事を申します。月給の方は出来るだけなんとかする、というのは即ち大体半年後位には一万円位にするという「含み」はあっても、辞令にはそんなことは書いてない、そこが「含み」なんで、大いに含んで待っていると、半年たっても一年たっても何の音沙汰もない……ということもあるでしょう。此の「含みとして」は unausdrücklich とも云い、その反対の「はっきりと口に出して」、「表向きに」の方は ausdrücklich と云います。また、英独とも、論文などではラテン語を用いて explicite (明文的に)、implicite (含意的)にと云うこともあります。法律や哲学をやる人には非常に重要な術語です。なほ stillschweigends は、うしろの s を取った stillschweigend の形でも用いられます。また、形容語として用いる際にはもちろん s は除きます。たとえば黙契、無言の諒解、すなわち所謂る「含み」は ein stillschweigendes Einverständnis (英:a tacit agreement あるいは a tacit understanding)です。
ausdrücklich 口に出して(言葉にして)
英:explicitly
unausdrücklich それとなく
英:implicitly
【26】setzt voraus: voraussetzen (前提する)とは、考えの出発点としている、ということ。(Sie setzt voraus, daß......は Ihr liegt der Gedanke zugrunde, daß...... あるいは Sie geht von der Meinung aus, daß......)
【27】einer: これは man というに同じ。(man を使うと、これを次に er で受けることはできませんから、er ohne weiteres 云々は man ohne weiteres 云々とかわらなければなりますまい。)
【28】ohne weiteres: これは熟語で、「直ちに以て」、「一足飛びに」、「何の造作もなく」です。一つの事から次の事への移り行きが、何のめんどうもなく、一挙に運んでしまうという時に ohne weiteres 「わけもなく」、「手もなく」、「あっさりと」というのです。「あっさりと兜をぬぐ」なんてのもこれで、ohne weiteres die Waffen strecken (あっさりと武器を差し出す)です。
【29】soll: sollen という助動詞は「可き」という意味ですから、sein soll で「ある可だ」となります。
【30】Dies = Dieses (この事は)
【31】stark: ひどい、はげしい、無茶な。
【32】Zumutung: 虫のいい期待、あつかましい要求、のことを云います。元来の意味としては、べつにあつかましいとか虫のいいという意味はないのですが、実際用いる時には、そういう悪い意味に用いることが多いのです。
【33】höchstens: 「たかだか」、「せいぜい」です。hö の発音は長いから注意(hoch も「ホーホ」です。―― -stens という語尾で「最大限度」または「最小限度」を示す副詞が若干あります故、左表の単語だけはおぼえておくこと。―― -stens の語尾の代りに zum~sten という形式を用いてもよろしい。即ち zum höchsten, zum mindesten, zum frühesten など。(am~sten)と混同しないこと!)
höchstens 高々
wenigstens 少くとも、せめて
mindestens 少くとも、せめて
frühestens 早くとも、早くて
spätestens おそくとも、おそくて
【34】unter: zwischen ともいう。英:among, between。
【35】klingt: 日本語でも、そんなことを云うと「ひびき」が悪いなどと云いますが、英独も「耳ざわり」の問題を klingen (英:sound)「ひびく」という動詞で表現します。
【36】Erkundigung: 「問い合せ」、「お伺い」のことを Erkundigung または Anfrage と云います。sich erkundigen (たずねる)に対する名詞です。たとえば Er erkundigte sich nach meinem Befinden (かれは私の容態をたずねてくれた)など。
【37】beinah: 「ほとんど」は beinah あるいは beinahe、または fast です。その他、誇張して「ほとんど」、「まるで」という時には geradezu、direkt とも云います。此の場合も geradezu と云ってよろしい(「まるで……のようにきこえる」)
|beinah[e]
ほとんど |fast
|geradezu
【38】Kreuzfrage: 裁判の用語で、いわゆる「対質訊問」、「対決訊問」すなわち、法廷で堂々と相手にむかってイエスかノーか、ハッキリした責任ある答辞を求めることを云います。戦犯裁判のときにラジオで中継されたのはみな此の Kreuzfrage (英:cross-examination)のところです。それから転じて、普通は何でも「対決」したり、「きめつけ」たりすることを Kreuzfrage と云います。
【39】Vorgehen: よく「相手の出方を見て……」などと云う、あの「出方」が Vorgehen です。(英:move)したがって、斯う斯ういう態度に出る、斯ういう手を打つ、などというときに so und so vorgehen といいます。energisch vorgehen といえば、強硬な態度に出る、です。
【40】dem andern: いわゆる「当の相手」、「先方の男」のことを der andere と云います。Da antwortete der andere とあれば、「すると相手は答えた」です。Gesprächspartner (英:interlocutor)「話し相手」とも云えます。
【41】erst mal: 「先ず以て云々してかかる」という「先ず以て」です。たとえば語学をやるには、「まず文法を研究しなければなりません」(Man muß erst einmal Grammatik studieren)、研究も研究だが、「その前にチョット先ず一服しなくては」(Da muß man erst mal rauchen)、など。mal は完全に云うと einmal です。発音も、本当は「マール」ですが、「ちょっと」という時には短かく「マル」と発音する方が普通です。
erst mal |
erst einmal |先ずちょっと
【42】den Rückzug abschneiden (退路を遮断する)は熟語。
【43】zu wollen (欲するということ):英語の will には(元来の助動詞用法すなわち動詞の不定形と結びつく用法においては)to will などという不定形は存在しませんが、ドイツ語の will には wollen という立派な不定形があります。それの他、can、must なども同じで、英語の方は不定形がありませんが、ドイツ語の方は können、müssen という不定形があって、しかも頻繁に使用されるのです。
【44】Welch ein (何たる……ぞや!):was für ein と同じで「何という……だろう!」という時に用います。次に出て来る solch ein (かくの如き)と同様、不定冠詞のみが語尾変化をして、welch、solch の方には語尾をつけません。
【45】unliebsam: 「不親切な」、「意地のわるい」という形容詞。-sam (ザーム)というのは、英語の -some で、よく出てくる形容詞の語尾です。(ただし、意味と構造の一致しているのは heilsam = wholesome [身のためになる]ぐらいなもので、その他は、英が -some だからといってそれに平行したドイツ語が -sam という語尾を持っているとは限りません)――すぐ次に出てくる gleichsam は副詞です。
【46】heimtückisch: 「油断のならない」、「いんけんな」、「気のゆるせない」、「たちの悪い」。
【47】Verfahren, n.: 英:procedure (やり口、やり方)、従ってまた「手順」、「手続き」、あるいは犯罪に関してならば「手口」のことも云います。「これはどういう風な具合にやりますか?」(Wie macht man das? あるいは Wie verfährt man dabei?)「やり方が少しひどすぎる」(Was für ein ungerechtes Verfahren!)
gleichsam (英:as it were)謂わば[まるで]【48】gleichsam: 少し誇張して形容するときに「謂わばまるで……」何とかみたいだとか、「なんてことはない、まるで……」みたいだとか何とか云いますが、その「なんてこたない」とか「謂わば」とかいうのをドイツ語では gleichsam、英語では as it were と云います。(as it were はまるで文章みたいですが、一単語と思って好いのです――たとえば、「私は謂わば間違って結婚したようなものだ」なら Ich heiratete gleichsam aus Versehen (英:I got married, as it were, by mistake)――「謂わば」という意味には、この外になお sozusagen (英:so to speak)というのも使います。この方は力が弱く、単に不適当なことばを使うための申しわけです:Ich heiratete sozusagen aus Versehen (I got married, so to speak, by mistake)。――最も力の強いときには förmlich、geradezu、または direkt (なんてことはない、まるで;云々というも過言にあらず)英:actually、positively)です:「かれはなんてことはない、まるで自殺したようなものだ」:Er beging geradezu Selbstmord (英:He positively committed suicide)。
【49】Falle, f.: 「わな」、「陥穽」(英:trap、snare)
【50】locken: 誘う、いざなう、誘惑する。
Das erprobteste51 Mittel, solch einen taktlosen52 Störenfried53 mit Anstand54 heimzuschicken55, ist und bleibt56 die bekannte Notlüge57: „Bedaure58, Herr Berndt ist soeben59 ausgegangen.“ Das60 „soeben“ darf61 nicht fehlen62, denn das Wörtchen63 soll64 unzweideutig65 andeuten66, daß Herr Berndt so bald nicht67 wieder da sein68 wird.
逐語訳:solch einen かくのごとき taktlosen 調子を心得ぬ Störenfried 平和攪乱者を mit Anstand 体裁よく heim-zu-schicken 送還する[ための] das erprobteste 最も試験済みの[最も確実な] Mittel 手法は die 次の如き bekannte 衆知の Notlüge 方便の嘘 ist である und と同時に bleibt 今度といえどもまたそうであろう:„Bedaure, お気の毒様、Herr Berndt ベルント氏は soeben たったいま ist ausgegangen お出かけになりました。“ Das „soeben“ 此の「たった今」というやつが fehlen 落ちては darf nicht ならないのである。denn いかんとなれば das Wörtchen 此のちょっとした一言が Herr Berndt ベルント氏は so bald そうすぐには wieder da sein かえっては来 nicht wird ないだろう daß という事を unzweideutig 露骨に andeuten ほのめかす soll ことを目的としたもの[だからである]。
註:【51】erprobt: 「試験された」という元意から、もはや何度も試みられて、大丈夫という保証のついた、絶対確実と折紙のついた、という形容詞。同意の語に bewährt、probat もあります。
【52】taktlos: Takt, m. (調子、拍子)というのは要するに社交上の礼儀作法のことで、一名を der gute Ton とも云います。「拍子」と云い「音(ね)」(Ton)と云い、すべて音曲に関係のある語をもって来て社交上の微妙な呼吸を表現するところに注目。人に接する態度というものはほんとに歌を唱うったり楽器を弾いたりするのと同じで、拍子が百分の一秒おくれてもおかしい、早すぎてもおかしい、――褒めすぎると笑われる、褒め足りないと恨まれる、そのへんの「呼吸」がなかなかむつかしい、その「呼吸」のことを Takt というのです。taktlos (呼吸を心得ない)というのは要するに「礼をわきまえない」、「不作法な」です。
【53】Störenfried, m. : Fried は Friede (n) 平和、で、stören は「邪魔する」、「乱す」。人名に Siegfried とか Gottfried とか Winfried とかいうのが多いので、それに似せて作った「邪魔者」という語。
【54】mit Anstand: Anstand は「体裁」(anständig、体裁の好い)で、mit Anstand が「体よく」(即ち事を荒立てず、あたり触りなく)という副詞。
【55】heimzuschicken: heimschicken は nach Hause schicken、すなわち「家へ送る」、すなわち「帰らす」、「帰宅させる」こと。帰宅させるというのは、もちろん「追っ払う」、「玄関払いをくらわす」ことです。――なお、「剣つくをくらわす」ことを jemandem gehörig heimleuchten (或人に・しこたま・帰路を照らす)というのなどもこれと同じ云い方です。「お茶でもくらってサッサと帰れ」、「顔でも洗って出直せ」という風な態度を取ることを、灯をかかげて客を家から送り出すという動作によって表現するわけです。
ist und bleibt 何と云っても……である/断然……である【56】ist und bleibt: 単に ist という代りに、強めて ist und bleibt ということがあります。bleibt というのは、何と考え直して見ても矢っ張り考えが動かない、という点を強張するために附け加えるのです。Das Leben ist schön ならば単に「人生は美しい」、Das Leben bleibt schön ならば「人生は依然として美しい」、両者を合して Das Leben ist und bleibt schön と言うと、「いや、人生は何と云っても美しい」という意味になります。
【57】Notlüge, f.: 方便の嘘、窮余の嘘、其の場を取りつくろうための苦しい嘘を云います。だから大抵は Ausflüchte, pl. 遁辞、言いのがれ、の意味になります。――此の Not- は「やむを得ぬ」、「窮余の」、「緊急の」、「苦しまぎれの」です。Notlandung (不時着陸)、Notverordnung (緊急法令)、Notdach (間に合わせの屋根)、Notberuf (一時しのぎの職業)、Notverband (仮包帯)、Notwehr (正当防衛)、Notmaßnahme (応急措置)など。
【58】Bedaure: これは Ich bedaure (私は残念に存じます)の省略形で、英の I am sorry にあたります。英語の I am sorry もよく単に sorry と略されますが、それと同じわけです。
【59】soeben: たった今。単に eben とも云いますが、普通は念を入れるために soeben の方をよく用います。
【60】Das „soeben“: soeben は別に名詞ではないのですが、随時にちょっと名詞として用いたわけで、Das Wort soeben と同じ。名詞でないものを随時に名詞として用いるときには凡て中性として扱います:Was heißt das „aber“? 「然し」とは何事だ! など。
【61】darf nicht: 「……してはならない」此の場合は muß nicht とも soll nicht とも云えます。)dürfen は元来は may (……しても宜しい)に該当する助動詞ですが、nicht と共に用いると、「云々してはならぬ」。
【62】fehlen: 落ちる、脱ける、落脱する、欠ける。
【63】Wörtchen, n.: Wort に対する「縮小名詞」(Diminutiv、ディミヌティーフ)です。Wörtlein とも云えます。どんな名詞でも -chen、-lein の語尾を附して「小さな……」の意の名詞、すなわち縮小名詞を作ります。
用途・目的を云い表わす sollen【64】soll: sollen という助動詞は色々なときに用いますが、ここのは、「……する目的のものである」、「……する為めのものである」という語法です。たとえば、「これはいったい何の為めのものですか?」という時には Was soll das? と云えばわかります。答えとしては Das soll die Wäsche festhalten (それは洗濯物をはさんでとめておくためのものです)とか Das soll die Zaungäste fernhalten (それは野次連を近づけないようにするためのものです)とかいうことになります。助動詞というやつは、一般的な意味を知っただけでは駄目で、この場合のような具体的な「意味形態」を知る必要があります。
【65】unzweideutig: zweideutig は「意味が二様にとれる」すなわち「あいまいな」で、un- がつくと「はっきりした」、「露骨な」です。ここは副詞用法。
【66】andeuten: 英の hint (ほのめかす、匂わす、示唆する、暗示する)。すなわち unausdrücklich に(それとなく)伝えることです。
【67】so bald nicht: 意味は nicht so bald (そう早くは……しない)と同じですが、こういう風に nicht をうしろへ廻すと、so に力が這入ります。So einfach ist die Sache nicht (問題はしかし簡単に非ず)、So tragisch muß man das nicht nehmen (そうマア問題をむつかしく考えない方がよろしい)。
【68】wieder da sein: あるいは wieder dasein あるいは wiederdasein とも書きます。ほとんど zuruückkommen、heimkommen、zurückkehren、nach Hause kommen などと同意の熟語です。wieder zurück sein とも云います。
意訳:たとえばベルントさんを訪問したいと思う。するとまず其の宅へ行って、玄関の戸をたたくなり、ベルのボタンを押すなりする。すると扉が開いて女中が顔を出す。すると「御都合はいかがでしょうか?」あるいは「ベルントさんにお目にかかれるでしょうか?」と云って問う。
ところが、往々にして、いや、本邦においてはそれがむしろ唯一の可能なる形式となってしまった観すらあるが、「ベルントさんは御在宅ですか?」と云って訊く人がある。此の言い廻わしはなるたけ避けた方がよい。此の言い廻わしは、およそ誰でも、在宅である以上は亦直ちに以て面会可能なるべき筈のものと無言裡にきめつけてしまっている所があるからいけない。これはずいぶん厚かましい態度というべきで、そうした態度は、最も仲の好い間柄に限って許さるべきものである。そう云う風な問い方をすると、伺っているというよりはむしろ対決でもしているような感じを与える。そもそも、いきなり相手の退路を遮断してかかろうなんて、そんな乱暴な出方あったものではない。それではまるで相手に鎌を掛けるようなもので、そんな人の悪い、腹黒いやり方ってあったものではない。
そういう、礼をわきまえない五月蠅いお客を体よく追払うための最も好い方法は何かと云うと、それは即ち今も昔も、例の「あら、ベルントさんはたったいまお出掛けになりましたんですけど……」という誰知らぬ者なき見えすいた言いのがれである。
「たったいま」というのが落ちてはいけない。この何でもない一語はベルントさんはそうすぐには帰って来ないぞということをハッキリほのめかすためのものだからである。