Monday, June 17, 2024

独逸語大講座(21)

Ein Derwisch1 kam vorbei,2 ein frommer,3 ganz abgemagerter4 Mann im Bußgewand.5 Sie machten ihn zum Richter über6 sich. Als er aber das Mädchen erblickte,7 rief er wahnsinnig aus8: „Sie gehört keinem von euch, sondern9 mir! Das ist ja10 meine Frau! Alles, was sie an sich11 trägt,12 ist von13 mir. Wir hatten uns14 ein wenig gezankt, darum lief sie von mir fort.15 Ich suchte sie überall, um mich16 mit ihr zu versöhnen. Hier habe17 ich sie endlich!"

So miteinander18 zankend19 tamen die fünf mit dem Mädchen in eine Stadt. Sofort begaben20 sie sich zu dem Polizeihauptmann.21 „Ihr lügt22!“ schrie23 dieser24 fast außer sich25 vor26 Liebe, „was ihr da27 sagt, ist alles eine freche28 Lüge29! das ist ja30 die Frau meines Bruders! Räuber31 haben ihn umgebracht32 und die Frau entführt33 Gott sei Dank,34 da ist sie35! Ihr seid alle35 Räuber, ich verhafte euch alle!”

訳。一人の回々教の行者が ein Derwisch 通りすがった kam vorbei, 〔それは〕懺悔衣を着た im Bußgewand 敬虔な、すっかり痩せこけた男〔であった〕 ein frommer, gar abgemagerter Mann. 彼等は sie その男を ihn 自分達を裁く審判者に zum Richter über sie した machten. ところが aber 彼が娘を看るというと als er das Mädchen erblickte 彼は気を狂わして叫んだ rief er wahnsinnig aus: 「彼女はお前達の中の誰にも属しない „これは俺の妻ではないか! das ist ja meine Frau! 彼女が身に附けて持っているものは凡て alles, was sie an sich trägt 俺から〔受けた〕ものだ。 ist von mir. 俺達は一寸ばかり喧嘩をしたのだ wir hatten uns ein wenig gezankt, だから darum 彼女は俺の所を逃げ出したのだ lief sie von mir fort. 俺は ich 彼女と仲直りをするために um mich mit ihr zu versöhnen 彼女を方々探していたのだよ suchte sie überall. さては到頭こんな所で取っ捉まえた」 Hier habe ich sie endlich!“

そう云う風に so お互いに miteinander 喧嘩しながら zankend 五人の者は die fünf 娘と共に mit dem Mädchen 或る町へやって来た kamen in eine Stadt. 直ぐ様 sofort 彼等は sie 警察署長の所へ zu dem Polizeihauptmann 赴いた begaben sich. 「お前たちは嘘をつくのだな „ihr lügt!“ 〔と〕後者は dieser 愛慾に〔眼が昏んで〕 vor Liebe 殆んど我を忘れて fast außer sich 叫んだ schrie, 「お前達が其処に申し述べる事は „was ihr da sagt, すべて怪しからんぬ嘘だ ist alles eine freche Lüge! これは本官の兄弟の細君ではないか! das ist ja die Frau meines Bruders! 盗賊共が彼を殺して Räuber haben ihn umgebracht そして und 妻を連れ去ったのだ die Frau entführt! お蔭様で Gott sei Dank, 其処に彼女はある〔女は見附かった、此の通り眼前にいる、の意〕da ist sie! 貴様等はみんな追剥だ Ihr seid alle Räuber 俺は貴様等をすべて召し捕えるぞ」 ich verhafte euch alle!“

註。――1. 回々教、即ちマホメット教の托鉢僧、苦行僧、乞食坊主である。(つまり最も娑婆気のないものまでが煩悩を起こす所を表そうとしてこんなものを持ち出した訳である)。――2. vorbeikommen (通りすがる、側を通過する)。――3. fromm (英 devout, pious)=gläubig 信心深き。――4. mager (英 meagre)「痩せた」と同じ。――5. Buße, f. は懺悔。懺悔衣は普通馬の髪の毛で出来ていて、毛の端がみんな中の方に向いていて、ちくりちくりと肌を刺す様になっているのだそうである。――6. 「支配する」という概念のある所には必ず über という前置詞が用いられる。zum Richter über sich は、つまり自分達凡てを支配すべき、即ち自分達の上に立って生殺与奪の権を握る裁判官に、の意。――7. sehen 見る ansehen 眺める、顔を見る erblicken 一瞥する、瞥見する schauen 観る、――は各々少しずつ違う。――8. ausrufen は英語の exclaim で、aus= は ex- に当る。単に rufen というのよりは強くなる。――9. sondern (英 but)は普通は日本語に訳しない方がよろしい。強いて訳語を当てはめるとすれば「そうでなくって」「むしろ」等と云わなければならないが、それも何だか変である。第二巻読本部の第八課 A の註 9 を見よ。――10. 文章の中に這入った ja は、英語の yes ではなく、むしろ単なる助詞である。それは文全体の語勢を強め、同時に「敢て言うにも及ばない事だが」と云ったような、わかり切った事実を述べる時に用いられる。だから「……ではないか!」と訳すれば略その意が表れる。――11. an sich は「身に附けて」――an sich tragen (身に附けている、携えている)は熟語。――12. tragen が Umlaut (変音)の印を採る所に注意。(第二巻 119).――13. 此の場合の von は英語の from に相当し、「由来」「発するところ」「出場所」「出発点」を指す。――14. sich zanken 喧嘩する。――15. fortlaufen 駈け走る、即ち遁げ出す、出奔する。――16. sich versöhnen (和解する)は必ず mit jemandem (誰々と)を伴う。――17. haben という簡単な何でもない字の使い方に注意を要する。「捕える、見つけ出す、手に入れる、到達する」ことを haben で言い表わすのが西洋語一般の習慣である。古くは拉丁語に於ても habere (持つ)の語幹 hab- と capere- (捕える)の語幹 cap- とはお互いに歴史的に関係があるのである。(c と h とが相通ずる事は次の例を見てもわかる。

拉丁語独逸語英語
caputKopf, Haupthead, (cap.)
cord-Herzheart
canisHundhound
centumhunderthundred
cornuHornhorn
a-cerbusherbharsh辛酸な
それから p と b とは、清音か濁音かの差で、結局同じものである。)以上は一寸した語源的考察であるが、要するに欧洲語に共通な或種の現象には矢張歴史的根拠があると云う事を証明したまでである。別に拉丁語まで遡らなくても、ドイツ語の中でも Haft (捕縛) verhaften (捕縛する)等の中には haben の幹が這入っている。――ich habe dich! (やい、つかまえたぞ)といえば、つまり ich habe dich in meiner Hand! というに等しいのである。――18. mit=einander の構造に就ては第二巻 157。――19. zanken の現在分詞。――20. sich begeben (赴く)。――21. Polizei が「警察」 Hauptmann が「長」。――22. lügen, log, gelogen 「嘘を吐く」。――23. schreien, schrie, geschrieen (叫ぶ)。――24. dieser を「後者」(英 the latter)の意に用いる事は第二巻 180 で述べた。―― 25. außer sich は既に außer sich geraten (我を忘れる)が出た時に述べた。―― 26. vor は前に一度述べた「……のあまり」である。―― 27. 此の da は、文字通りに訳して、其方共が『其処』に申す所の事柄は、と云えば大抵わかる。つまり、必ずしも『其処』という場所を指すのではなくて、単に具体性を与え、躍如とせしめ、眼に見える様に浮び出させたいと思う時に挿入する助詞なのである。―― 28. frech は「生意気な」「横着な」といっても好い。―― 29. lügen (嘘を吐く)と云う動詞と関係がある。―― 30. 此の ja については、此の章の註 10 を見よ。―― 31. Räuber に冠詞がないのは、単数ならば ein Räuber と云う所だからである。der Räuber の複数は die Räuber だが、ein Räuber の複数は単に Räuber である。つまり einige Räuber (数名の盗賊)と云うに等しい。―― 32. umbringen, brachte um, umgebracht 殺す。―― 33. entführen 誘拐する、浚う、連れ出す。ent= という前綴は weg=, fort, ab, と同じく、(英語の away)「……し去る」の意を持っている。führen は「導く」。―― 34. 文字通りには、「神に感謝あれ」。――「お蔭で」「まあよかった」と云う熟語。―― 35. これも前述の da habe ich sie! と同じで『其処に彼女はいる』と云えば直訳で、意味は『到頭見つかった』または「さては帰って来たか』。――36. 『汝等はすべて盗賊だ』と訳してはいけない。即ち alle Räuber と結び附けては誤で、alle 〔みんな〕は副詞的に考える。

ウィリアム・マーチ「九十九の寓話」

ウィリアム・マーチ(1893ー1954)は「K中隊」「悪い種」「姿見」など注目すべき作品を書いたが、今は忘れられた作家になってしまった。わたしは代表作といわれる「姿見」はまだ読んでいないが(けっこう大きな本で気合いが入ったときでないと読み出せない)「悪い種」にも「K中隊」にも感銘...