エドワード・アタイヤ(1903-1964)はレバノンに生まれ、オクスフォード大学に学び、スコットランド人の女性と結婚した作家である。自伝や「アラブ人」という評論が有名だが、ミステリも何冊か書いている。ウィキペディアの書誌を見る限り「残酷な火」(61)は彼が書いた最後のミステリのようだ。
舞台はレバノンの小さな村。主人公はファリス・ディーブという村の資産家である。金持ちはケチだと言われるが、この男は自分の子供や奥さんからも金を取り立てるドケチな男である。そして田舎育ちのケチな男らしく、男尊女卑の思想に染まりきっている。
彼はあるとき土地の取引のためにベイルートへ出かけ、そこでエジプト人のベリーダンサーを見かける。その蠱惑的な踊りに性欲を刺激され、彼は村に戻ってから自分の地所にある川の淵へ行く。前の日の晩、そこで美しいアメリカ人旅行者が裸で泳いでいるのを見ていたので、彼はその女を犯そうと思ったのである。ところが激しく抵抗され、つい彼は女を殺してしまう。そして近くに穴を掘って死体を埋めるのだ。
この旅行者の泊まっていたホテルが彼女の失踪に気づき、警察が動き出す。しかし警察よりもまずディーブの家族が彼の不審な挙動に気づき、徐々に彼と殺人を結びつけるようになる。
正直なところ、あまり面白い話ではない。物語の展開に無理はないけれど、ひねりもなく、事件が起きてからはたんたんと想定される結末へと進むだけだ。人物描写も定型的で、複雑さがない。この作品には家父長的なもの、封建的なものへの批判がこめられているのかもしれないが、印象にはまったく残らない。一月も経たずして忘れてしまうだろう。作家のなかにはそのキャリアの最後になると、文章から力が抜け、ただ惰性で(金のために)書いているだけという人がいるが、アタイヤもそんな人なのだろうか。ただし英語は非常にわかりやすいので、学習者の勉強にはちょうどいい。