Tuesday, March 29, 2022

マックス・マレイ「屍体の声」

マックス・マレイは1901年、オーストラリアに生まれ、56年に亡くなるまで新聞記者やら脚本家、BBCのレポーターや編集者として活躍した。ミステリも書いていて、48年に出た「屍体の声」は彼のミステリ処女作らしい。ちなみに彼のミステリにはいつも「屍体」(corpse) という単語が入っている。

本作はイギリスの田舎社会を舞台にしている。誰もが誰もを知っている狭いコミュニティだ。そこに一人嫌われ者がいた。彼女はアンジェラという名前で、他人の秘密を見つけ出して、嫌がらせの手紙を出したり、直接相手にその話をぶつけ、相手があわてふためくのを見るのが趣味なのだ。このアンジェラという女が鈍器で脳天を殴られ、死亡するという事件が起きる。

事件の解決に当たるのは若き法律家ファースとスコットランドヤードのファウラー警部だ。地元の警察も犯人を追うが、彼らは浮浪者の仕業だろうと考える。一方、ファースとファウラーは村の人間があやしいとにらむ。問題は、殺人が起きた時刻に大勢の人間がアンジェラの家の近くをうろついていたことである。牧師、医者、退役軍人、正体不明の女、ファースの依頼者と婚約している男。犯人ははたして誰か。

この作品はちょっと面白かった。ファウラー警部が決定的証拠を見つけ、急転直下犯人を逮捕するのだが、そのあとのどんでん返しがあざやかで、感心した。真犯人は論理的な推論によって指摘されるわけではないが、十分に意外性がある。文章もアイロニーを含んだ味のあるもので、マックス・マレイがほぼ無名だという事実が信じられないくらいだ。

作中人物でいちばん印象に残ったのはシム夫人である。彼女はちょっと頭がぼけているようで、じつは事件の真相をはじめから知っていたようなのだ。そして村の小さなコミュニティがこわれないように、力を尽くしていたらしい。それだけではない。自分の娘が物語の最後でファーストと結婚することもお見通しだったようなのである。探偵以外にすべてを見通している人間が描かれる、というのはかなり珍しいし、わたしは心にひっかかるものを感じる。たぶん近いうちにまたこの作品は読み返すことになるだろう。

Saturday, March 26, 2022

ラカン入門

Engaging With というYouTube チャンネルでジャック・ラカンの議論をかじりはじめた人が精神分析の専門家である Todd McGowan に基本的な質問をしている。「他者とはなにか」「リアルとはなにか」といった具合だ。それにたいして McGowan はできるだけわかりやすく説明を与えている。質問者がずぶの素人であることを考慮し、McGowan はあくまで相手の思考のペースに合わせて議論を展開している。一時間半ほどもある長い番組だが、面白かった。とくに最後のほう、政治問題を扱った部分で McGowan はいいことを言っている。簡単に二点だけ取り出そう。

一点目はトランプ等に率いられる右翼に関して「敵の脅威が彼らの享楽にとって必要なのだ」と指摘したところ。享楽というのはラカンの用語で細かく説明するとややこしいのだが、簡単に言えば、享楽は人にとって存在の条件でありながら、かつその存在を脅かすものといっていい。パラドキシカルな性格を持っているので、これでも頭をひねる人がいるだろうが、わたしにはこれ以上の簡単な説明は思いつかない。McGowan は、右翼にとって敵は彼らの存在を脅かすものだが、同時にそれこそが彼らを存在せしめているものであると言っているのだ。そして敵を必要とするような享楽の形は、きわめて有害なものだと論じている。

二点目は今度は左翼に関してだ。質問者が、トランプに対して左翼も興奮した反応を示したと指摘したところ、McGowan はトランプは左翼のファンタジー空間にぴったり適合する存在だったと言う。しかし質問者が、ある地平に到達できないというフラストレーションが左翼の享楽ではないかと言うと、いや、それは歪んだ左翼の享楽だと反論する。彼の考えによると、左翼の享楽は不在のものに対する享楽だという。不在のものとはわれわれに共通する不在、すなわち根本において平等主義的な、普遍的なものである。よく左翼は理想しか唱えていないという人がいるが、ある意味でそれは的確な指摘である。ついでに右翼は敵を作り出そうとばかりしていると指摘してくれればもっとよろしい。

この番組を見ると、左翼と右翼では享楽の組織の仕方がまるで違っていることがよくわかる。もちろんさらに議論を深くするなら、この一見相反する二極がメビウスの帯の裏表のように連続しているということも話さなければならないのだが、この番組は入門編ということでそこまで McGowan は突っ込んでいない。

しかしラカンに興味のある人なら一度聞いてみる価値のある番組だと思う。(Lacan, Featuring Todd McGowan

Wednesday, March 23, 2022

フランク・ヴォスパー「見知らぬ男の愛」(1936)

クリスティーの短編を元に書かれた三幕ものの戯曲である。原作の「ナイチンゲール荘」は最後の数頁の息詰まるサスペンスとあざやかな機転が印象的だ。フランク・ヴォスパーはもちろんそれらを再活用してスリリングな劇をつくりあげているが、彼はさらに原作にはない要素をつけ加えている。それはトンプソン/バイウオーター事件への暗示を含んでいるのである。 トンプソン/バイウオーター事件は1920年代に一大センセーションを巻き起こした事件である。膨大な資料の残るこの事件を思いっきり簡略に紹介するなら、魅力のない小市民的な夫にあきた妻エディス・トンプソンが、ロマンチックな冒険者的雰囲気を漂わすエドワード・バイウオーターと恋に落ちる。エドワードは結局エディスの夫を殺すのだが、彼が処刑されるときエディスも共犯者として処刑されるのだ。エディスが夫殺しにどれだけかかわっていたのか、彼女の処刑は法的に正当なのかどうか、この点をめぐってさまざまに議論が巻き起こった。この事件の影響力は甚大で、その後の芸術作品にさまざまに事件のディテールが利用されることになる。ヒッチコック、クリスティ、P.D.ジェイムズ、ドロシー・セイヤーズ、サラ・ウオータースといったサスペンスを得意とする映画監督・作家のみならず、ジェイムズ・ジョイス、F.テニソン・ジェス、E.M.デラフィールド、ジル・ドーソンといった文学畑の人々もこの事件を作品に取り入れている。さらにこの事件に関連するノンフィクションや文献はじつにおびただしい。 「見知らぬ男の愛」の第一幕では、富くじで大金を得たヒロインが婚約者との結婚を拒否し、ロマンチックな世界旅行を夢見る。そしてエキゾチックなさまざまな地域をめぐってきた男と知り合い、たちまち恋に陥るのである。婚約者を殺害こそしないものの、わたしは間違いなくここにはエディス・トンプソンのイメージが秘められていると思う。

Sunday, March 20, 2022

新ドイツ語大講座 訳読編

第二課 あるギャングの物語

解説:あるギャング団が裕福そうな Dumke 氏に目星をつけて、金目のものを盗み出すために、まず仲間の若い女のひとりを女中として住み込ませる。一週間目に仲間の団長格の男が警部を装って訪ねてきて、Dumke 氏があるギャング団に狙われていること、新しい女中もその一味であることや、今から四日後の月曜日の夜に仕事をする手筈になっていることなどを話してきかせる。お人好しの Dumke 氏はすっかりそれを信用してしまう。不安な四日が過ぎて、問題の月曜日になると、まず女中の態度がうさん臭いところへもってきて先の警部がやってきて、押しこみは明け方の三時に行われるらしいと告げる。Dumke 氏はいよいよあわてる。しかし警部は部下を Dumke 氏の家の周囲に張りこませ、自身は氏の家に泊って徹宵警戒するから、と言葉たくみに説いて玄関の鍵まで預ってしまう。この偽警部の言葉を裏書きするように、ちょうどその時女中が外に出てどこかへ電話をかけたことがわかる。ギャング団の手口よりも警部の明察に参ってしまった Dumke 氏は、その夜は言われた通り自分の部屋でぐっすり眠ってしまった。時計が六時を打つ音に目をさまし、呼び鈴を鳴らすと、警部でなくて女中が入ってくる。女中は落着きはらって、Dumke 氏が鍵までわたした警部はじつはギャングの親分で、彼女の計らいで三時間前に留置場に入っていることを語り、これからすぐに警察へ行かなくてはならないからと言って出て行く。警部氏、女中といっしょに夫人の装身具、氏の衣類、家具などが消えてなくなったことは言うまでもない。ギャング団の手口は一見知能犯的だが、Dumke という名にふさわしく――Dumke というと Dummkopf がなんとなく連想される――主人公が頭っから「警察」を信用してしまい、ギャング団の仕事をわざわざ援助しているところが話のミソである。

Eine Gangstergeschichte

[1] Das Mädchen1 brachte2 eine Besuchskarte3 und sagte: „Ein Herr4 ist da5 und möchte Sie sprechen6.“
 Der Besucher trat herein7. Es8 war ein Mann, den Dumke nicht kannte9. Er bot10 ihm einen Stuhl.
 „Ich bin von der Polizei11,“ sagte der Fremde12, „ich komme13, um Sie zu warnen14. Sie haben doch ein neues Hausmädchen15?“
 „Ja, ich habe ein neues Mädchen. Sie ist seit acht Tagen16 bei uns.“

〕Eine Gangstergeschichte あるギャング団物語
 Das Mädchen 女中が eine Besuchskarte 名刺を brachte 持ってきて und そして sagte 言いました:„Ein Herr ある方が ist da お出でになっております und そして möchte Sie sprechen だんなさまにお目にかかりたい[と申しております]。“
 Der Besucher 客は trat herein [部屋へ]入って来ました。Es それは Dumke ドゥムケが nicht kannte 知らない den ところの ein Mann 男(ドゥムケが面識のない男) war でした。Er (Dumke) ドゥムケは ihm (dem Besucher) 客に einen Stuhl 椅子を bot 提供した(椅子を指しておかけくださいと言った)。
 „Ich 私は von der Polizei 警察の[者] bin です“[と] der Fremde 客は sagte 言いました、„ich 私は Sie あなたに warnen 警告する um......zu ために komme やってきたのです。Sie あなたは doch おそらく ein neues Hausmädchen 新しい女中を haben 雇っていられる[でしょうね]?“ „Ja そのとおりです、ich わたしは ein neues Mädchen 新しい女中を habe 雇っています。Sie (das Mädchen) その女中は seit acht Tagen 八日前から(一週間前から) bei uns われわれのもとに ist います(一週間前からうちにきております)。“

〕【1】Mädchen すぐあとで客の言葉にもあるとおりこの Mädchen は Hausmädchen 「女中」のこと。
【2】brachte 三要形:bringen, brachte, gebracht.
【3】Besuchskarte また Visitenkarte ともいう。英語の [visiting] card である。Besuchskarte は der Besuch 「訪問」と die Karte 「カード」の二つの名詞の複合名詞だが、こういう複合名詞の性をきめるには後の方の die Karte の性にしたがうことになっている。だから Besuchskarte は女性なわけ。この課の見出しになっている Gangstergeschichte も der Gangster (ただしここでは複数)と die Geschichte 「物語」の複合したもので、性は Geschichte の性にしたがって女性である。
【4】ein Herr 「どなたかいらしています」とか「だれかきています」という時、男なら ein Herr だし、女性なら eine Dame という。べつに「紳士」というのではない。平俗調なら jemand または einer でもよいところ。これらの不定詞の詳細に関しては「文法詳細編」§6 - §9 を参照されたい。
【5】ist da この da の用法については第1課の注〔16〕を参照すること。
【6】möchte Sie sprechen möchte の三要形:mögen, mochte, gemocht. sprechen の三要形:sprechen, sprach, gesprochen. 「基礎入門編」第26講「接続法の形」ですでに研究したとおり、möchte は mögen の第二式接続法ではあるが、この形は英の would like または should like と同じく、ほとんどひとつの独立した動詞と思っていい。つまり möchte は「……したい」、「……を希望する」の意の動詞なのである。will Sie sprechen または wünscht Sie zu sprechen と言ってもおなじ。――つぎに sprechen が人の四格を伴って jemand[en] sprechen となれば、これはおきまり文句で英語の to see someone と同様「人と面会する・面談する」の意。
【7】trat herein 三要形:hereintreten, trat herein, hereingetreten. 不規則動詞の treten に分離前綴の herein がついた形。英語なら to step in [here] ぐらいのところ。訳ではできるだけ文脈をはっきりさせるために、たとえばここなら「部屋の中へ」などと注釈的な訳語を入れてある。
紹介する際の es【8】Es これは es の重要な用法のひとつで、聴者・読者にむかってある事物または人物をあらためて紹介する場合の「それは……である」の「それ」にあたる。性数のいかんにかかわらず es (または das, dies, その多一般に中性形)を用い、動詞 sein は紹介する名詞が複数なら複数形を用いる。
 (1) Eine Gestalt tauchte aus dem Nebel hervor. Es war ein verirrter Wanderer.
  ひとつの人の姿が霧の中から現われた。それは道に迷った旅人であった。
 (2) Wir sichteten am Horizont zwei Rauchfahnen. Es waren in der Tat deutsche Schlachtschiffe.
  われわれは地平線に二条の煙がたなびくのを認めた。それはほんとうにドイツの戦闘艦であった。
【9】kannte 三要形:kennen, kannte, gekannt.
【10】bot 三要形:bieten, bot, geboten. 「人におかけくださいと言って椅子をすすめる」のが einem einen Stuhl bieten.
所属を示す von【11】Ich bin von der Polizei. は Ich bin einer von der Polizei. の意で、単に von...... だけの句で「……に属する者」を意味する。おなじように Er ist vom Komitee. 「かれは委任会の一員である」、Ich bin vom Verein. 「私は協会の者ですが」といったような用い方をする。
【12】der Fremde これは「新ドイツ語の基礎」の第23講で述べた「形容詞の名詞化」の一例である。女なら die Fremde となる。
【13】komme これは現在形だが、kommen という動詞は現在形を用いて「……来ました」の意になるところが特徴である。「あなたはどこから来ましたか?」は Woher kommen Sie? または Wo kommen Sie her? がふつうで、Woher sind Sie gekommen? とはふつう言わない。
【14】um Sie zu warnen um......zu の用法に関してもう一度「基礎入門編」第20講「zu を伴う不定句」を読みかえすこと。
平叙文形の疑問文【15】Sie haben doch ein neues Hausmädchen? これがもしも「お宅に新しい女中がいますか?」とたずねるのなら:Haben Sie ein neues Mädchen? と諸君がすでに知っている形になるのだが、ここはちょっと違って「お宅にはもちろん新しい女中がいるでしょう?」である。本来の疑問文ではなくて、「……でしょうね」と頭から相手の答えを肯定または否定にきめてかかる時には、本文のように平叙文の形に Fragezeichen 「疑問符」をつけて問うのである。こういう場合にはよく doch 「もちろん」や doch nicht 「まさか」を助勢詞として挿入する:Sie kommen doch morgen früh zu uns? 「あなたはもちろん明日私たちの所へいらっしゃるでしょうね?」こういう種類の疑問文の後(または前)にはよく nicht wahr? や nicht? またはくだけた会話では ja? とか gelt? などを追加する。英語なら is it not? とか do you? とか are you not? など、その文によって違うわけだが、ドイツ語では前に立つ文によって変わるということはない。いつでも nicht wahr? である。Sie entschuldigen mich, nicht wahr? 「かんべんしてくださるでしょうね?」 Du kommst mit mir? Ja? 「いっしょに行こうよ、ね?」
【16】seit acht Tagen 「一週間」のかわりに「八日」と言ったり「二週間」のかわりに「十四日」と言ったりするくせがある。binnen acht Tagen = within a week, vor acht Tagen = a week ago, über acht Tage = this day week; heute in vierzehn Tagen (または über vierzehn Tage)= this day fortnight (または a fortnight hence), heute vor vierzehn Tagen = a fortnight ago (または since).

[2] „Ich weiß. Dieses Mädchen wird aber17 nicht lange bei Ihnen bleiben18. In vier Tagen19 werden Sie sie nicht mehr20 bein Ihnen finden. Sie und manche andere Dinge dazu21: silberne Löffel22, den Schumuck Ihrer Frau, vielleicht auch Ihre Anzüge. Kurz23, das Mädchen ist Mitglied24 einer Einbrecherbande.“
 „Was25?“ Herr Dumke wurde blaß.
 „Jawohl, Sie ist Mitglied einer Gangsterbande. Der Einbruch ist auf Montag Nacht26 geplant, wie wir soeben erfahren haben27.“
 „Ja......aber......sagen Sie mir, was soll ich tun28?“

〕„Ich 私は weiß 知っています(それは存じております)。aber しかし Dieses Mädchen この女中は nicht lange 長くは bei Ihnen お宅に wird......bleiben 留[まらない]でしょう。In vier Tagen 四日後には Sie あなたは sie 彼女を nicht mehr もはや bei Ihnen お宅に werden......finden 見出[さないでしょう]。Sie 彼女と(彼女もいなくなるが) und......dazu そのほかに manche andere Dinge いろいろなほかの品物も[見えなくなるでしょう]:silberne Löffel 銀の匙や、den Schmuck Ihrer Frau 奥さんの装身具や、vielleicht おそらく auch また Ihre Anzüge 貴方の着物をも[もはや見出さなくなるでしょう]。Kurz かんたんに言えば das Mädchen あの女中は Mitglied einer Einbrecherbande ある強盗団の一員 ist なのです。“
 „Was 何ですって?“ Herr Dumke ドゥムケ氏は wurde blaß 蒼白になった。
 „Jawohl そうですとも、sie 彼女は Mitglied einer Gangsterbande あるギャング団の仲間 ist なのです。wir われわれが soeben いましがた erfahren haben 聞きこんだ wie ところでは、Der Einbruch 押し込みは auf Montag Nacht 月曜日の夜を期して ist......geplant 計画されています(月曜の夜に押し込むことになっています)。“
 „Ja へえ…… aber ところで…… Sie 貴方は mir 私に sagen 言ってください(お伺いいたしますが)、ich 私は was 何を soll.......tun なすべきでしょうか(私はどうしたらいいのでしょうか)?“

aber, nämlich などの位置【17】aber 接続詞や副詞のある種のもの(きわめてひんぱんに用いられ、副詞とも接続詞ともはっきり定められない、また定める必要のない助辞的なもの)はふたつの独立文章の間に立たないで、次にくる文章の中へまぎれ込んでしまう傾向がある。日本語でも「君が見た例の男というのはしかしながらぼくの友人である」なぞと言う。「しかしながら」は元来文頭におくべきものだが、重要な文句を言うのを急ぐために後に貶置されたのである。aber, nun, nun aber, ja, jedoch, dann, nämlich, zum Beispiel, daher, folglich, demnach などは代表的なものである。
 (1) Du sagst, ich sei feige; das ist aber ganz falsch.
  君は僕のことをひきょうだと言う、それはしかしながら全然うそだ。
 (2) Für unser Lebensglück ist demnach das, was wir sind, die Persönlichkeit, durchaus das Erste und Wesentlichste. (Schopenhauer)
  したがってわれわれの人生の幸福にとっては、われわれが何者であるかということ、すなわち人格なるものが、徹頭徹尾第一義的かつもっとも重要なるものである。
 (3) Hieraus nun folgt, daß Menschen von außen viel weniger beizukommen ist, als man wohl meint. (Schopenhauer)
  さてその点から考えると、人間というものは、外界からは、ひとがふつう考えているほど、それほど悪影響をこうむりやすいものではない、ということになってくる。
【18】bleiben 三要形:bleiben, blieb, geblieben.
【19】in vier Tagen 「四日以内に」という意味ではなく、「四日後に」ということである。(nach Verlauf von 4 Tagen 四日が経過したのちに、とおなじ意味):Die Arbeit wird erst in acht Tagen fertig. 「この仕事は一週間後にやっとできあがる(一週間後でなければ完成しない)」。Ich werde nun in drei Monaten achtzig Jahre alt. 「私はあと三月すると八十才になります」。
【20】nicht mehr mehr を否定詞といっしょに用いると「もはや……でない」の意になることは、英語からの類推(Analogie)で分かると思う。(nimmermehr だけは例外で「決して・どんなことがあっても」で、「もはや」の意味はない):Er ist nicht mehr jung. 「彼はもはや若くはない」。Er hat kein Kind mehr. 「彼はもはや子供をもたない」。Er besitzt nichts mehr. 「彼はもはや何物も所有しない」。Er ist nirgends mehr zu sehen. 「彼はもはやどこにも姿がみえない」。So etwas tue ich nimmermehr. 「私はそんなことは決してしない」。
「添加」または「随伴」の dazu【21】この場合の dazu は前後関係からもわかるように添加(Hinzufügung)または随伴(Begleitung)を意味している。「それに添えて」、「そのほかになお」、「それと同時に」である。これがよく noch dazu または dazu noch または datu auch の形でも用いられる:Wir aßen Salat dazu. 「われわれはそれといっしょにサラダを食べた」。Sie ist arm und noch dazu kränklich. 「彼女はびんぼうな上に病身だ」。Die Gefangenen arbeiten und singen dazu. 「捕虜たちは仕事しながら歌っている」。„Sie und manche andere Dinge dazu“ はもちろん前文の中に入るべきものだが、念を入れて相手の注意をひくために抜き出したもの。
物質名詞から作った形容詞【22】silberne Löffel silbern 「銀製の」は das Silber 「銀」という名詞から作った形容詞である。この種の物質名詞から形容詞を作るには名詞に形容詞語尾 -ern または -en を添えるのが通則である:Stein, m. 「石」→ steinern 「石[製]の」、Glas, n. 「ガラス」→ gläsern 「ガラス[製]の」、Holz, n. 「木材」→ hölzern 「木製の」、Horn, n. 「つの」→ hörnern 「つの製の」、Ton, m. 「粘土」→ tönern 「粘土[製]の」、Wachs, n. 「ろう」→ wächsern 「ろう製の」、Stahl, m. 「鋼鉄」→ stählern 「鋼鉄製の」、Zinn, n. 「すず」→ zinnern 「すず製の」、Diamant, m. 「ダイヤモンド」→ diamanten 「ダイヤモンド[製]の」、Messing, n. 「しんちゅう」→ messingen 「しんちゅう[製]の」。
断わり書きの表現法【23】Kurz = um es kurz zu machen (または sagen)、kurz sagt = to put it briefly. kurz 「要するに」は「um zu と不定法の結合形」もしくは「kurz と過去分詞の結合形」の省略と見てよい。じじつ、断わり書きはこれらふたつの形を基本にする場合がひじょうに多い。二三の例を挙げておく:
〔A〕[um] zu と不定法の結合形
  um ein Beispiel anzuführen 一例を挙げると
  um ganz offen zu sein ごくあからさまにいえば
  um es kurz zu machen これを要するに
〔B〕過去分詞と結合する形
  offen gesagt うち明けていえば
  offen gestanden (同上)
  genau betrachtet 仔細に観察すると
  etwas eingeschlossen あるものをも含めて
  etwas ausgenommen あるものは除外して
  unter uns gesagt ここだけの話だが
  alles in allem genommen 総括していえば、これを要するに
  von etwas abgesehen ある物は論外として
  etwas abgerechnet ある物は別として
  streng genommen やかましくいうと
 以上のふたつの形が断わり書きとしてもっとも多く使われるものだが、なおそのほかにつぎの文例に見られるような型もあるからついでに覚えておくこと。
〔C〕was das schlimmste ist などの型
 Beschäftigte Leser sind selten gute Leser. Bald gefällt ihnen alles, bald nichts; bald verstehen sie uns halb, bald gar nicht, bald, was das schlimmste ist, unrecht.
  「用務に忙殺されている(つまり心身にゆとりのない)読者がよい読者であることはまれだと言ってよい。ある時は何を読んでも気に入るが、ある時は何を読んでもお気に召さない。われわれ[の書く物]を読んで半わかり[ぐらいはいい方で]時にはぜんぜんわからないこともある。もっともいけないことには、時には正しくない理解の仕方をする」。
〔D〕wie man sagt の型
 Ich kann meine Tochter nur dem geben, der, wie man sagt, nicht bloß Liebe im Herzen, sondern auch Brot im Schrank für sie hat.
  「うちの娘は、俗にひとがいうように、娘にたいして心に愛情をたくわえているだけでなく、戸棚にパンをたくわえておくような男でなければ、嫁にやれない」。
 Die Herren Journalisten sind, wie ich merke, gefährliche Leute, und es ist gut, ihr Wohlwollen zu erhalten.
  「新聞記者諸公というものは、私の見たところでは、危険な人間です、だからかれらの好意をつなぎとめておくことはよいことです」。 〔E〕oder besser の型  Jede Wahrheit gilt nur für diejenigen Menschen, die sie anerkennen, oder besser: anerkennen wollen.
  「真理はすべて、それを承認する、もっとはっきりいうと、それを承認するだけの意志を有する人間だけに通用する」。
【24】Mitglied 冠詞がつかないのは「職業・資格・国籍などを示す名詞を述語として用いる」場合の通則で、つまり形容詞的なものと考えるのである。
【25】Was? Was sagen Sie da? 「何ということをおっしゃるのですか?」の省略形と考えてもよければ、一種の間投詞と考えてもよい。
【26】auf Montag Nacht この auf は「予定の時期を示す auf」とでもいうべきもので、必ず四格である。たとえば「私は明日招待を受けています」は Ich bin auf morgen eingeladen. 「会議は今月十日に予定されている」は Die Sitzung ist auf den zehnten dieses Monats anberaumt.
【27】Wie wir soeben erfahren haben この wie の用法については本課の註23のDを参照すること。
【28】was soll ich tun? 「私は何をなすべきであるか?」=What shall I do? What am I to do?

[3] „Nichts. Verhalten29 Sie sich wie bisher. Vor Montag30 haben Sie nicht zu befürchten. Wir werden für alles sorgen31. Montag vormittag werde ich nochmals zu Ihnen kommen. Bis dahin sprechen Sie mit niemand über die Angelegenheit. Vielleicht würde es besser sein32, auch Ihrer Frau nichts davon zu sagen. Ich meine33, um sie nicht unnötig aufzuregen34. Verlassen Sie sich auf35 die Polizei. Also, auf Wiedersehen36!“
 Mit diesen Worten war der Beamte weg37.
 Die Tage vergingen38 schnell. Am Montag bat das Mädchen beim Frühstück: „Darf39 ich heute ausgehen, gnädige Frau40?“ Die Hausfrau nickte. Aber Dumke sagte schnell: „Nein, heute nicht41! Heute bleiben Sie zu Hause! Wir werden Gäste haben.“
 Es klingelte42 an der Haustür. Das Mädchen ging hinunter, um zu öffnen43.

〕„Nichts 何も[する必要はありません]。Sie あなたは wie bisher 今までどおりに(ふだんとかわりなく) Verhalten......sich 行動してください。Vor Montag 月曜日の前は(月曜日になるまでは) Sie あなたは zu befürchten 気遣うべき nichts 何物をも haben 持[ちません](少しもこわがることはありません)。Wir われわれが(警察の方で) für alles あらゆることに対して werden......sorgen 配慮をいたしましょう(万端の手配をいたします)。Montag vormittag 月曜日の午前中に ich 私は nochmals もういちど zu Ihnen あなたのところへ(お宅へ) werde......kommen まいるでしょう。Bis dahin その時までは Sie あなたは über die Angelegenheit この問題に関しては mit niemand だれとも sprechen 話を[しないでください]。Vielleicht おそらく auch Ihrer Frau 奥さんにも davon そのことについて nichts......zu sagen 何も言わない es 方が würde......besser sein いいでしょう。sie 奥さんを unnötig 不必要に um......nicht......aufzuregen 昂奮させないために Ich meine という意味です。auf die Polizei 警察にたいして Verlassen Sie sich 信頼をおいてください(安心して警察に任せてください)。Also それでは、auf Wiedersehen さようなら!“
 Mit diesen Worten これらの言葉とともに(こう言いながら) der Beamte 警官は war......weg 立ち去りました。
 Die Tage 日日は schnell すみやかに Vergingen 過ぎさりました(どんどん日がたっていきました)。Am Montag 月曜日になると das Mädchen 女中は beim Frühstück 朝食の時に bat ねがいました:„ich 私は heute 今日 Darf......ausgehen 外出してもよろしいでしょうか、gnädige Frau 奥さま?“ Die Hausfrau 奥さんは nickte うなずきました。Aber しかし Dumke ドゥムケは schnell 急いで sagte 申しました:„Nein いや、heute nicht 今日はいけない! Heute きょうは zu Hause 家に bleiben Sie いなさい! Wir われわれは Gäste 客を werden......haben もつだろう(うちにお客がくるはずだから)。“
 an der Haustür 玄関のドアのところで Es klingelte [呼び鈴が]鳴りました。Das Mädchen 女中は um zu öffnen [ドアを]開けるために ging hinunter 下へおりていきました。

]【29】verhalten 三要形:verhalten, verhielt, verhalten. この動詞は不規則動詞の halten に非分離前綴の ver がついたものであるから、halten の変化をそのまま適用すればよい。sich verhalten という再帰動詞は、本文のように、動作主体が人間の場合には sich benehmen と同じで「……の行動をする・態度をとる」の意で、英語の to behave (または conductoneself と軌を一にする。したがって何か「……」に相当する規定がつくのが特徴である。本文では wie bisher 「在来どおりに」と接続詞に導かれた句に規定されているが、sich neutral (passiv, ruhig) verhalten = to maintain a neutral (a passive) attitude, to keep quiet のような形容詞に規定されることもある。要するに wie? に答えるものなら何でも規定詞になることができる。
【30】Vor Montag これは明らかに「月曜日までは」と強調先置された形で、したがって主語と定形の位置が逆順になった。定形正置文に直せば Sie haben vor Montag nichts zu befürchten. となる。
動詞の前置詞支配【31】sorgen für etwas sorgen = to provide for a thing 「あることの配慮をする・手配をする」という成句に見られるように「動詞のある一定の意味にしたがって一定の前置詞を要求する」現象を動詞の前置詞支配という。動詞の前置詞支配のうちでもっとも注目を要するのは本文のような自動詞の場合と再帰動詞(四格の再帰代名詞をとるもの)の場合である。一二の例を挙げておく:
 (1) 自動詞の場合
  an etwasIV glauben = to believe in (the existence of) something, to put one's faith (または confidence, trust) in something
  aus etwas bestehen = to be composed (to consist) of something
  für etwas gelten = to pass for (to be considered as) something
  von einem (etwas) abhangen = to depend (to be dependent) on someone (something)
 (2) 再帰動詞の場合
  sich von etwas überzeugen = to make sure of a thing
  sich an etwas gewöhnen = to get accustomed (または used) to a thing
  sich mit etwas beschäftigen = to work at a thing
  sich für etwas interessieren = to interest oneself in something
【32】würde es besser sein 「……した方がよい」は Es würde bessser sein, ......zu......の形が常套句だから、このまま暗記すること。
【33】Ich meine 一種の挿入句的な断わり書きで英語の I mean と同様に、前にいったことを言い換えて説明する句。「つまり」とか「その意味はこうだ」というぐらいのところ。
【34】aufzuregen einen aufregen = to agitate (excite), to alarm (disturb, unsettle, upset) 「昂奮させる・驚かす・心配させる」。
【35】Verlassen Sie sich auf...... sich auf einen verlassen = to relay (depend) upon a person, to place confidence in a person 「ある人を頼りにする・信頼する」。もちろん、einen の代わりに etwas を置けば「あることを当てにする」という意味になる。ついでに Sie können sich darauf verlassen, daß...... = you may rest assured (または confident) that...... もしくは簡単に darauf kannst du dich verlassen の成句も覚えておくこと。意味はどちらも「そのことは当てにしてよろしい」である。
よく使われる間投的な表現【36】auf Wiedersehen 分解すると Wiedersehen 「再会」 auf 「を期して」である。英語でこれに相当する表現を求めれば、まず till we meet againI hope soon to see you again などの小笠原流からフランス語を借りて au revoir (オー・ルヴォアール)と言ったり、かんたんな till next time を通って good-by[e] までいろいろである。つぎにこの種のよく使われる間投詞化しつつあるものを挙げておく:
 adieu! (adǐˈøː) さようなら
 ade! (同上)
 adjes! (同上)
 leben Sie wohl! ごきげんよう
 leb wohl! (同上)
 guten Tag! こんにちは、さようなら
 Tag! (俗調) (同上)
 guten Morgen! おはよう
 Morgen! (俗調) (同上)
 guten Abend! こんばんは、さようなら
 Abend! 'nabend! (俗調) (同上)
 gute Nacht! おやすみなさい
 willkommen! ようこそ
 bitte! どうぞ
 danke! ありがとう
 nein, danke! いえ結構です・もうたくさんです・まっぴらです
 wieso! どうして・なぜ・それはまたどうしたわけで
 eben! しかり・そのとおり・それだよつまり
 stimmt! しかり・そのとおり
 jawohl! jawohl! はい・はいはい・はっ
 schön! よし・よろしい・かしこまりました
 getroffen! そのとおり・当たった
 nicht wahr? そうでしょう・ね
 siehst du? ね? そうだろう? いいかい?
 gelt? (方言) そうだろう?
 halt! 待った! 止まれ!
 bravo! すてき・でかした! その調子!
 schade! おきのどくさま! 惜しいかな!
 leider! 遺憾ながら・やむをえぬ
 da! それ!(これを見ろの意)どうだ! ほら!
 hier! はい!(出席していますの意)
 hoch! ばんざい!
 vivat(víːvat)! (同上)
 Heil [dir]! ばんざい!(個人を歓迎して)
【37】weg ここは „war der Beamte weggegangen.“ とでもすれば初学者にははっきりすると思うが、gehen や kommen といった動詞は方向規定詞があれば容易に推定することができるので、よく省略される。話法の助動詞も方向規定詞だけで本動詞を省略する用法をもっている。
【38】vergingen 三要形:vergehen, verging, vergangen. いうまでもなく不規則動詞 gehen に非分離前綴 ver- がついた動詞。
【39】darf 三要形:dürfen, durfte, gedurft.
装飾的枕詞と限定的な形容詞【40】gnädige Frau この gnädig という形容詞は「慈悲深い」という本来の意味で用いられているのでなく、たんに上長とか身分の高い人にたいする敬語として、つまり肩書(Titel)のようなものとして用いられている。広い意味の Epitheton ornans 「装飾的枕詞」の一種と考えてよい。Epitheton ornans の典型的なものは der edle Hagen や der stolze Siegfried (いずれも古詩 Nibelungen の英雄たち)、der große Cäsar など、固有名詞に冠せられるもの、それから本文のように名詞とともに一種の肩書き的になったもの、つぎには das reiche Leben (いくつかある人生のうちで reich なものという意味でなく、人生はそもそも reich であるということ)、die edle Kochkunst (たんに料理術を讃美したにすぎない)、der kühle Wein (葡萄酒を清冷なる薫酒と飾っただけ)などである。この装飾的(epithetisch)な形容詞にたいして eine blaue Blume 「青い花」とか ein kluges Kind 「りこうな子供」などの blau、klug を限定的(determinierend)な形容詞と呼ぶ。文学書の翻訳によくみる誤訳は、上の epithetisch な形容詞を determinierend な意味にとったものがかなり多い。かつて新聞の三面に魚屋のおかみさんが泥棒を捕えた話がのっていたが、話がふたりの格闘の段になると記者は思わず「女房の力やまさりけむ」といった文句を使っていた。西洋人ならこういう時の女房に一つの Epitheton ornans を吝まないだろう。Aber der Sieg war der kampflustigen Fischhändlerin vorbehalten. 「ところが勝利は勇敢な魚やのおかみさん[の方に]とっておかれていた」とか Aber die Übermacht schien auf der Seite des stolzen Fischweibes zu liegen. 「ところが優勢は誇らかなおかみさんの側にあるようにみえた」とかいうであろう。このごろは民主主義ばやりだからやたらに本文のような Epitheton ornans を乱用すると封建的(feudal, feudalistisch)と言われるかもしれないが。
一局部の強調:否定する nicht の一【41】heute nicht 「今日はいけない」だから nicht heute とすべきである――nicht は否定される文肢の前に置かれるのだから――が、文章中の一局部・ひとつの文肢・ひとつの文句・ひとつの概念にだけ力を入れ(Nachdruck legen)て、それだけを否定する際には、力のはいる文句だけを特に文頭に置いて、nicht を最後(動詞以外の要素の最後位)にもってくることになっている。heute nicht だけでは心細いだろうから、もっと長い複雑な文例を下に挙げよう:
 (1) So schlau war er trotz seiner langjährigen Praxis nicht.
  多年の経験をつんでいるとはいうものの、それほどの狡猾さは彼にはなかった。(逐字訳:彼は、多年の経験にもかかわらず、それほど狡猾ではなかった)。
 (2) So schlimm liegt hier also die Sache noch nicht.
  だからまだこの際はそれほどひどい状態になっているとは言われない(逐字訳:それゆえに、ここでは、事情はまだそんなに悪くはない)。
 (3) So leicht kann man auf einem Gebiete, wo man es mit unzähligen Nebenbuhlern zu tun hat, nicht zum Ziele gelangen.
  多数の競争者を相手にする方面のことであってみれば、まさかそう簡単に目的を遂げることもできまい(逐字訳:多数の競争者たちを相手にするような領域において、ひとは、そんなに容易に目標に到達することはできない)。
 (4) Künstlerisch ist das Werk trotz seiner verschiedenen Vorzüge kaum zu nennen.
  この作品は、なるほどいろいろな長所をもってはいるが、芸術的とはどうもちょっと名づけにくい。
【42】Es klingelte 「基礎入門編」の§124 「非人称主語 es について」の説明を再読されたい。
他動詞の自動詞化【43】um zu öffnen これは um die Tür zu öffnen とすべきところを、Kontext から判断がつくので目的語 die Tür を省略した形。このように当然要求さるべきはずの四格目的語をはぶく用法を「他動詞の自動詞化」または「他動詞の絶対的用法」と呼んでいる:
  他動詞          自動詞化
  etwas trinken 飲む    trinken (主として)飲酒する
  einen lieben 愛する    lieben (主として)恋する
  etwas führen 導く     führen (zu etwas)通ずる
 以上の例でもわかるように、自動詞化されると、意味が多少とも限定され、特殊化されることが多い。つぎにやや困難な例を挙げておく:
 (1) Die Gäste müssen im Vorzimmer ablegen.
  客は控えの間で[帽子・外套などを]ぬがなくてはならぬ。
 (2) Ich suchte mit ihm anzuknüpfen.
  私は彼と[関係を]つけようと試みた。
 (3) Schicken Sie bitte zu mir, wenn Sie zurück sind.
  おかえりになりましたら、[使いの者を]私のところへよこしてください。
 (4) Heute haben wir frei, da unser Lehrer nicht da ist.
  今日は僕たちの先生がいないからお休みだ。
 (5) Die Entfernung mildert, verschönt: nicht nur im Raum, sondern auch in der Zeit.
  距離というものは緩和し、美化する、空間的距離ばかりでなく時間的距離も。

[4] Nach einem Augenblick kam sie mit dem Polizeibeamten zurück. Der Beamte grüßte freundlich die Frau des Hauses und fing an: „Ich komme......“
 „Einen Augenblick44,“ bat Dumke und wandte45 sich an seine Frau: „du entschuldigst uns46 wohl ein paar Minuten? Es handelt sich nämlich um47 geschäftliche Dinge.“
 Die Herren traten ins Rauchzimmer.
 „Nun?“
 „Haben Sie keine Sorge,“ sagte der Beamte und nahm48 in einem Sessel Platz49, „die Sache50 läuft51, wie ich vorausgesehen habe. Wir erwarten52 den Einbruch gegen53 drei Uhr morgens. Unsere Leute54 sind auf der Straße verteilt. Ich persönlich55 werde diese Nacht in Ihrer Wohnung bleiben.“

〕Nach einem Augenblick 一瞬の後に(まもなく) sie 女中は mit dem Polizeibeamten [例の]警官といっしょに(警官を案内して) kam......zurück ひきかえして来ました。Der Beamte 警官は freundlich 愛想よく die Frau des Hauses 奥さん[に] grüßte 挨拶しました und そして fing an [話を]始めました:„Ich komme...... じつは……“
 „Einen Augenblick ちょっと[お待ちください]“[と] Dumke ドゥムケは bat 請いました(言いました) und そして an seine Frau 自分の妻の方へ wandte sich ふり向きました:„du おまえは wohl きっと ein paar Minuten 二三分ばかりの間 uns 私たち entschuldigst を許してくれるだろうね(私たちはちょっとの間失礼するよ――「座をはずしてくれ」の意)? nämlich というのは Es handelt sich......um geschäftliche Dinge 商売上の話があるのでね。“
 Die Herren 男たちは ins Rauchzimmer 喫煙室へ trat 入りました。
 „Nun どうですか?“
 „Haben Sie keine Sorge ご心配なさることはありません、“[と] der Beamte 警官は sagte 言いました und そして in einem Sessel ひとつの安楽椅子に nahme......Platz 席を取りました(安楽椅子にかけました) „die Sache 事件は ich 私が vorausgesehen habe 予想した wie とおりに läuft 進行しています。Wir われわれは den Einbruch 押しこみを gegen drei Uhr morgens 朝の三時ごろに erwarten 予期しています(押しこみは朝の三時ごろに行なわれるみこみです)。Unsere Leute われわれの部員が auf der Straße 街上に sind......verteilt 分散されています(街上の[要所要所に]配置されています。Ich persönlich 私自身は diese Nacht 今夜は in Ihrer Wohnung あなたの住居に werde......bleiben とどまるでしょう(お宅にいるつもりです)。“

〕【44】Einen Augenblick Bitte, warten Sie einen Augenblick (ein wenig). を簡略化したもの。親しい間柄なら Warte mal! とか Wart' doch ein wenig! と言うところである。英語も Just wait a bit (a second)! というが、このごろ街で気楽に使われるのに Just a minute! がある。
【45】wandte 三要形:wenden, wandte, gewandt. 「なにか頼みごとやかけ合いごとがあってある人の方へ身を向ける」というのがこの sich an einen wenden である。
【46】du entschuldigst uns これは一種の作法上の辞令(Höflichkeitsformel, Höflichkeitsphrase)で、「しばらく別室へ遠慮してくれないか」という時に用いる。Sie を用いる間柄ならば Entschuldigen Sie! = I beg your pardon! とか Bitte, entschuldigen Sie mich! = I beg to be excused! (Excuse me!) などというところ。このほか「失礼!」に当たる言い方には Verzeihen Sie! とか Verzeihung! などもある。
非人称熟語【47】Es handelt sich......um...... 「基礎入門編」第24講において非人称動詞は大部分「天候気象、体内腕裡の主観的現象」を指すものであることを説明しておいたが、これ以外のものは大部分熟語である。本文の es handelt sich um etwas もそうした熟語で、しかも最もひんぱんに用いられるもののひとつである。直訳すると「それはある事を中心にしてそれ自身を論議する」であるが、意味は「問題の中心は etwas である」、あるいは「ここでは etwas が問題である」ということ。つまり「それはつまり……なのです」である。たとえば、人が死んだとして、自殺か他殺か、といったような時に、「自殺だ」ということを Es handelt sich um einen Selbstmord と言うなど。――なお、このほか、ふつうよく出てくる非人称的熟語の主なものを挙げておく:
 (1) es geht einem gut (schlecht) 「からだの調子がよい(悪い)」、「景気がよい(よくない)」、「ふところ具合がよい(悪い)・めぐり合わせがよい(悪い)」
  Wie geht es Ihnen, Fräulein Amalie?
  アマーリエさん、ごきげんはいかがですか?
 (2) es liegt einem viel (wenig) daran 「ある事があるひとにとって大切である(たいした問題ではない)」
  Es liegt ihm viel daran, gute Note nach Hause zu tragen.
  良い点をもらうことばかり彼は考えている。
 (3) es ist einem viel daran gelegen 「あるひとにとってあることが関心の中心である」
  Mir ist nichts an deiner Gunst gelegen.
  君の好意なぞ屁とも思わないよ。
 (4) es kommt auf etwas an 「肝要な点はそこだ・あることのいかんによってきまる」
  Auf Ruhm und Erfolg kam es ihm nicht an.
  彼は名声と成功を問題にしたのではなかった。
  Am Ende kommt es nicht darauf an, was man tut, sondern nur darauf, wie man es tut.
  畢竟するにわれわれが何をなすかが問題なのではなくて、いかにそれをなすかが問題なのだ。
 (5) es ist einem um etwas zu tun 「あるひとにとってある事が問題だ」
  Manchem Volksführer ist es nicht etwas um das Wohl des Volks, sondern nur um seinen eigenen Ruhm zu tun.
  民衆指導者の中には、民衆の幸福の為も計らずに、たんに自己の名声をあげることのみをこれ事とする者がたくさんいる。
 (6) es handelt sich um etwas 「あることが問題である」
  Kurz vor der Abstimmung wachte er von seinem Nickerchen auf und gab seine Stimme, ohne zu wissen, worum es sich handelte.
  投票のまぎわになってから彼はいねむりから覚めた、それで何が問題になっているのかも知らずに投票した。
 (7) es kommt zu etwas 「あることを見るにいたる」
  In verschiedenen Teilen der Hauptstadt ist es zu blutigen Kämpfen gekommen.
  勢いのおもむくところ首都のそこここで流血の闘いを見るにいたった。
 (8) es gilt etwasIV (es gilt um etwas) 「事……に関す」
  Es gilt um das Fallen und Steigen unseres Vaterlandes.
  われわれの祖国の興亡に関するときだ。
 (9)

es gibt etwas

IV 「ある物が存在する」
  Es gibt keinen Ausweg!
  もはや施すすべがない! もはや打開の路がない。
【48】nahm 三要形:nehmen, nahm, genommen.
熟語動詞の配語法について【49】nahm......Platz これは Platz nehmen 「席をとる・腰をおろす」という熟語だが、Platz があたかも分離動詞の分離前綴のような位置を占めている。この現象は Platz nehmen だけに限るものでなく、熟語動詞の全般に通ずるものである。要約すると、熟語動詞における補足的文肢(Platz nehmen における Platz)は、不定法(nehmen)と一語をなさぬ点のみが分離前綴と異なり、配語法その他の扱い方は分離前綴と同じである。つぎに最もふつうに用いられる熟語動詞を挙げておく:
kennen lernen (他)近づきになる
spazieren gehen (自)散歩に行く
vorhanden sein (自)[手もとに]ある
abhanden kommen (自)無くなる、切れる
zugrunde gehen (自)滅びる
zugrunde richten (他)滅ぼす
zustande kommen (自)成立する
vor sich gehen (自)行われる、起こる
mit sich bringen (他)結果として伴う
zu sich kommen (自)正気づく
Anstand nehmen (自)躊躇する
Fuß fassen (自)地歩を占める
in Ordnung bringen (他)整理する
in Angriff nehmen (他)着手する、手をくだす
 (1) Schlechte Geschäftsführung bringt unvermeidlich eine Krise mit sich und der Betrieb geht bald zugrunde.
  拙劣な経営は必ず危機を招くもので、やがては事業が破滅する。
 (2) Die Auflösung der kapitalistischen Staatsordnung geht zwar sehr langsam aber doch sicher und Schritt vor Schritt vor sich, da kann man nichts machen.
  資本主義的国家秩序の崩壊はなるほどきわめて緩かではあるが、しかし確実に歩一歩と起こっている、これはなんともしょうのない勢いである。
 (3) Er weiß, daß Gefahr dabei ist, und nimmt Anstand, das Werk in Angriff zu nehmen.
  彼はそれが危険であることを知っているものだから、その仕事に着手することをためらっている。
 (4) Er kennt seine eigene Geschäftslage nicht und schwärmt weiter; wenn er eines Tages zu sich kommt, so wird er sehen, daß er sich, seine Familie und alles zugrunde gerichtet hat.
  彼は自分の商売の状況も知らずに遊蕩しつづけている;いつか正気にかえったら、自分も、自分の家族もすべてのものも滅ぼしてしまったことに気づくだろう。
【50】die Sache この Sache は「事情・事態・形勢」という意味で、英語の That's how matters stand.mattersThings have greatly changed since then.things などに相当する。die Sache läuft, wie...... はしたがって、「事態は……の通りの経過をたどっている」の意。
【51】läuft 三要形:laufen, lief, gelaufen.
【52】erwarten この erwarten を「期待する・希望する」つまり事が起きるのをわざわざ待ち望んでいる意味にとるととんでもない誤りである。ここはそうではなくて「なにか危険なこと・嫌なことが起こりはしないかと思う」あるいは「起こりはしないかとおそれる」という意味である。
【53】gegen drei Uhr gegen は四格支配の前置詞だが、時を示す言葉がつぎにくると「ほぼ……のころ」という意味になる:gegen drei Uhr morgens = about three o'clock in the morning、gegen Ende der Woche = towards the end of the week.
複数形のみの名詞 Pluralia tantum【54】Leute ここでは「部員」「部下」の意味。Leute は単数形を欠く名詞だが、ほかにもよく用いられるもので複数だけの名詞がいくつかある。おもなものを挙げておこう:
Eletern 両親    Ferien 休暇
Alpen アルプス   Pyrenäen ピレネー
Niederlande オランダ Trümmer 廃墟
Pfingsten 聖霊降臨祭 Ostern 復活祭
Weihnachten クリスマス Fasten 大斎
Hosen ズボン  Beinkleider ズボン
Annalen 年代記  Blattern 痘瘡
Pocken 天然痘 Masern 麻疹(はしか)
Kosten 費用  Unkosten 入費
Einkünfte 収入  Wechseljahre 更年期
(もっとも Weihnachten、Beinkleider などは単数を用いることもある)
【55】Ich persönlich 「私自身は」。この persönlich は前にも説明したように「前置的接続詞」の範疇に入るもので、たとえば der Mensch überhaupt 「そもそも人間なるものは」の überhaupt、ich allein 「私だけ」の allein や、vollends ich 「私なんぞときたら」の vollends、schon dies 「これがすでに」の Schon などとおなじ使い方である。なお「私自身は」とか「私に関しては」という表現は日本語同様ひんぱんに使用され、したがっていろいろな形式をもっているから、ついでに覚えておくと便利である:was mich angeht, (betrifft, anbetrifft, belangt, anbelangt), mich anlangend, für mich, ich für meinen Teil, soviel es mich angeht, ich meinerseits, ich meinesteils.

[5] „Und ich, was soll ich dabei tun56?“
 „Nichts. Verlassen Sie sich immer57 auf die Polizei. Gehen Sie zu Bett58 und bleiben Sie still. Machen Sie keinen Lärm59, was Sie auch hören60. Morgen werde ich Ihnen alles erzählen. Wollen Sie mir freundlichst61 den Hausschlüssel übergeben62?“
 Dumke übergab dem Beamten den Hausschlüssel.
 „Können63 Sie jetzt,“ sagte dieser64 plötzlich, „einmal unauffällig Ihr Mädchen hereinrufen65?“  Dumke klingelte. Einige Minuten vergingen66. Das Mädchen erschien67 nicht. Er klingelte nochmals.
 „Ich werde selbst hinuntergehen und nachsehen68,“ stand er dann auf, „ich lasse69 Ihnen ein Glas Wein bringen.“
 Nach einiger Zeit70 kam Dumke aufgeregt zurück: „Das Mädchen ist verschwunden71!“

〕„Und ich ところで私は、ich 私は dabei そのさい was 何を soll......tun なすべきでしょうか(ところが私ですが、私はどうしたらいいでしょう)?“
 „Nichts 何も[なさることはありませんよ]。immer とにかく auf die Polizei 警察を Verlassen Sie sich 信頼していてください。Gehen Sie zu Bett 床についてください。und そして bleiben Sie still 静かにしていてください。Sie あなたは was......auch たとえ何を hören 聞きましょうとも Machen Sie keinen Lärm 騒がぬようにしてください。Morgen 明日[になりましたら] ich 私は Ihnen あなたに alles すべてを werde......erzählen お話しいたしましょう。Sie あなたは mir 私に freundlichst どうか den Hausschlüssel 玄関の鍵を Wollen......übergeben 渡してください。“
 Dumke ドゥムケは dem Beamten 警察官に den Hausschlüssel 鍵を übergab 渡しました。
 dieser (der Beamte) 後者(警官)は plötzlich だしぬけに sagte 言いました:„Sie あなたは jetzt こんどは einmal ひとつ ganz unauffällig ごく目立たぬように Ihr Mädchen お宅の女中を Können......hereinrufen [この部屋へ]呼び入れることができましょうか(ひとつ目立たぬようにして女中さんをここに呼んでいただけませんか)?“
 Dumke ドゥムケは klingelte [呼び鈴を]鳴らしました。Einige Minuten 数分間が vergingen 過ぎさりました。Das Mädchen 女中は erschien nicht 現われませんでした。Er 彼は nochmals もういちど klingelte [呼び鈴を]鳴らしました。
 „Ich 私は selbst 自分で werde......hinuntergehen 下へ降りて行って und そして [werde]......nachsehen [様子を]見てまいりましょう、“ dann それから er 彼は stand......auf 立ち上がりました、„ich 私は Ihnen あなたに ein Glas Wein 一杯の葡萄酒を lasse......bringen 持ってこさせます(あなたに葡萄酒を一杯持ってくるようにいいつけましょう)“
 Nach einiger Zeit しばらくしてから Dumke ドゥムケは aufgeregt 興奮して kam......zurück もどってきました:„Das Mädchen 女中は ist verschwunden 姿を消しました。“

〕【56】tun 三要形:tun, tat, getan.
【57】immer この immer は jedenfalls と同じ意味。英語なら under any circumstancesin any caseafter all などと言うところであろう。この意味の immer はよく doch を伴って doch immer の形もとる。es ist doch immer gewagt = it is certainly (undoubtedly) risky や du muß gehorchen, er ist doch immer dein Vater = you must obey, for he is your father after all がその例である。
【58】Gehen Sie zu Bett 「寝る」とか「寝につく」に相当する成句には zu Bett[e] gehen のほかに schlafen gehen とか sich schlafen legen のようなものもある。「病気で寝ている」なら das Bett hüten である。
【59】Machen Sie keinen Lärm Lärm machen も熟語。Lärm machen も熟語。Lärm, m. は「騒ぎ」である。Lärm にいろいろな規定詞をつけてニュアンスを出す。「あることのために大騒ぎをする」なら großen (viel) Lärm um (wegen) etwas machen = to make a great stir (fuss) about a thing であり、「すったもんだの騒ぎをする・乱暴をする」なら lauten Lärm machen = to kick up a great row (shindy) である。Shakespeare の有名な喜劇 "Much ado about nothing" 「空騒ぎ」はドイツ語では „Viel Lärm um nichts“ と訳されている。
認容文章の構造【60】was Sie auch hören 「たとえ何を聞こうとも」は認容文の典型的なもののひとつであるが、認容文にはいろいろな構造があるから、つぎに最もふつうなものを示そう。認容の意を表す従属的接続詞は多くは二部分から成り立っている。すなわち ob、wenn、wie と gleich、schon、auch、wohl、zwar、selbst との組み合わせである:
gleich       一語に書くもの
schon obgleich, obschon, obwohl
ob auch obzwar, wenngleich, wiewohl
wenn + wohl →  その他の組み合わせ
wie zwar wenn auch, ob schon, ob gleich
selbst wenn selbst など
 一語に書くものは上の表の右上にある6箇だけだが、べつべつに離して用いる場合は上表の右下に挙げてあるようなあらゆる結合が可能である。配語法で注意を要するのは後者(べつべつに離して用いる場合)で、分離した二つの接続詞のあいだに主語またはそのほかの文章成文がおかれることが多い:
 wenn er gleich viel gelesen hat
  彼はずいぶんたくさん読みはしたが
 wenn ich auch ein unerfahrener, junger Mensch bin
  私は世間知らずの若僧ですが
 obwohl das Rauchen verboten ist
  煙草をのむことは禁じられているが
 wie wohl es kaum möglich war
  それはどうもできそうには思われなかったが
 本文のように認容文が主文章の後にくる場合は問題はないが、主文章が認容文のあとにくる時には、つぎのような四つの構造がある:
 (1) たんに倒置法
  Wenn er gleich einen langen Bart trägt, ist er nicht gerade weise.
   長いひげははやしているが、必ずしも賢明ではない。
 (2) so と倒置法
  Wenn er gleich einen langen Bart trägt, so ist er doch nicht gerade weise.
 (3) 正置法
  Wenn er gleich einen langen Bart trägt, er ist nicht gerade weise.
 (4) 一文肢の強調的先置と倒置法
  Wenn er gleich einen langen Bart trägt, weise ist er gerade nicht zu nennen.
   どうみても賢明とは言われない。
 つぎにひとつの文例をあげて参考に供しよう。
  Auch die Alltagsmenschen haben poetische Erlebnisse, wenn sie sie auch nicht in Worten auszudrücken wissen.
  平凡な人間もまた詩的経験をもつ、かれらはその経験を言葉において表現するkとおを知らないけれども(平凡な人間といえども詩的な体験はもっている、それを言葉として表現することはできないが)。
外交的辞令の最高級【61】freundlichst 言うまでもなくこれは freundlich の最高級である。「基礎入門編」の§116 で述べたように、副詞の最高級は必ず am -sten の形をとるか、または「すこぶる……に」、「きわめて……に」の意の時は auf das -ste あるいは aufs -ste の形をとるのだが、最高級の意味のなくなったある種の単語は基本形(-st)のまま用いる。これは主として交際上の辞令である。
 freundlichst のほかにつぎのようなものがよく用いられる:
  gütigst どうぞ       ergebenst つつしんで
  gehorsamst おそれながら  höchst はなはだ
 ついでにつけ加えておくが、こうした交際上の辞令用語以外のもので随意の副詞に -st の語尾をつけたままで用いると「絶対最高級」すなわち「非常に……」の意になる:lieblichst singen 「しらべも美しく歌う」、entschiedenst ablehnen 「だんことして拒否する」、furchtbarst regnen 「どしゃ降りである」。ただしこれらは異例だからまねてはいけない。
【62】übergeben この動詞は不規則動詞の geben に前綴の über がついたもの。über は分離する場合と非分離の場合とあるが、本文では übergeben (ユーベルーベン)、つまり非分離で「手渡しする・まかせる・譲る」の意で、über の本来の意味が利いている。 【63】können 三要形:können、konnte、gekonnt。
【64】dieser dieser、jener を名詞の前に置いて形容詞的に用いることは「基礎入門編」の第8講で説明しておいた。ここの用法はその dieser や jener を独立して名詞的(substantivisch)に用いた例である。jener と dieser は対(つい)になって the formerthe latter の関係になるが、本文では「前者」に相当する jener は文面に表れていない。なお dieser、jener の用法に関しては「文法詳説編」の§16を参照のこと。
【65】hereinrufen 不規則動詞 rufen に分離前綴 herein がついたもの。rufen 「呼び」 herein 「入れる」という構造。rufen の三要形:rufen, rief, gerufen。
【66】vergingen 不規則動詞 gehen に非分離前綴 ver- がついたもの。 動詞の前綴の主な特徴【67】erschien 不規則動詞 scheinen に非分離前綴 er- がついたもの。「基礎入門編」第17講で前綴の発音上の注意を与えておいたが、ここで念のため前綴に関する重要な事項をまとめておこう。
 (1) 分離前綴の特徴
  〔A〕分離する前綴は基幹部よりも強く発音する(すなわち Hauptbetonung 「主力点」が前綴にある):
  aufstehen [ˈʔaufʃteːən] stillstehen [ˈʃtɪlʃteːən]
ankommen [ˈʔankɔmən] ausgehen [ˈʔausgeːən]
  〔B〕分離する前綴は必ず一語として存在する:
  auf、an、aus などは前置詞、still は形容詞である。そのほか、副詞(hinausgehen、hereinkommen など)もあり、名詞(danksagen、preisgeben など)もある。
  〔C〕分解して意味のわかるものが多い:
  aufstehen (auf 上へ+stehen 立つ → 立ち上がる)
  ausgehen (aus 外へ+gehen 行く → 外出する)
  つまり前綴は基幹部の意味を特殊化(規定)する規定詞である。
  〔D〕配語上の特徴については「新ドイツ語の基礎」§96参照のこと。
 (2) 非分離前綴の特徴
  〔A〕非分離前綴には力点がない(すなわち Hauptbetonung は基幹部の主綴にある):
  verstehen [fɛrˈʃteːən] entstehen [ʔɛntˈʃteːən]
  bekommen [bəˈkɔmən] gehören [gəˈhɸːrən]
  〔B〕非分離前綴のおもなものは一語として存しないもの、すなわちもっぱら前綴としてのみ用いられる単綴である。
  〔C〕非分離前綴の主なものには、概念をもってその意味を言い表すことのできないものがある(be-、er-、ge-、ver-)。
 なお erschien は不規則動詞 scheinen に前綴 er- がついたもので、scheinen の三要形は:scheinen, schien, geschienen。
【68】nachsehen 不規則動詞 sehen と分離前綴 nach との結合形。sehen の三要形:sehen, sah, gesehen。本文の nachsehen の使い方は nachsehen, ob sie da ist oder nicht = to go and see, whether she is or not の省略とみてよい。「行って様子を見てくる」という意味。
【69】lasse 三要形:lassen, ließ, gelassen。lassen の用法については「基礎入門編」第12講で輪郭を捕え得たと思うが、詳細は「文法詳説編」§183 から§188 について研究せよ。
einige, einzeln, eigen などについて【70】nach einiger Zeit einige と関連してつぎの諸語の意味が混同しやすいから注意する必要がある。
einige = etliche, wenige = several, some, a few 「数個の」
einzeln = separate, individual 「個々の」
eigen = particular, singular; own 「独自の・自己の」
einzig = only, sole, single 「唯一の」
alleinig = unique, exclusive 「唯一の・独占的」
eigentlich = essential 「元来の」
einig = in agreement (harmony, concord) 「一致的」
eigentümlich = proper 「独特の」
(1) Der Schirm, den ich mir vor einigen Tagen gekauft habe, ist schon kaputt.
  二三日前に買った傘がもうダメになった。
(2) Was soll ich machen? Mein einziger Regenschirm ist kaputt!
  どうしたものだろう? 一本しかない傘がダメになってしまった。
(3) Nimm bitte deinen eigenen Schirm mit, nicht den meinigen.
  私の傘でなく、君自身の傘をもってってくれないか。
(4) Ich habe so viele Regenschirme, daß ich mich nicht um jeden einzelnen bekümmern kann.
  僕には雨傘がたくさんあるから、一本一本かまってなぞいられない。
【71】verschwunden 不規則動詞 schwinden に非分離前綴 ver- がついた動詞。schwinden の三要形:schwinden, schwand, geschwunden.

[6]Der Beamte erhob72 sich schnell und trat an das Fenster. „Sehen Sie dort die Telefonzelle73?“ zeigte er hinunter, „Soeben hat Ihr Mädchen sie verlassen74. Sie wird gleich hier sein.“
 Da öffnete sich auch schon die Tür des Zimmers und das Mädchen trat wirklich herein: „Sie haben nach mir geklingelt?“
 „Ja,“ sagte der Hausherr, „Sie haben soeben telefoniert75?“
 Das Mädchen faßte sich76 schnell: „Ja, an unsern Fleischer, ich mußte etwas bestellen.“
 „Danke.“
 Und das Mädchen verließ das Zimmer.
 „Wollen Sie nicht den Fleischer anrufen?“ fragte der Kommissar.

〕Der Beamte 警官は schnell すみやかに erhob sich 立ち上がりました und そして an das Fenster 窓のそばへ trat 歩いていきました。„Sie あなたは dort むこうの die Telefonzelle あの電話室(公衆電話)を Sehen 見ますか(あの向こうに電話室が見えましょう)?“[と] er 警官は zeigte......hinunter 下をゆびさしました、„Soeben ついいましがた Ihr Mädchen おたくの女中が sie 電話室を hat......verlassen 出ました。Sie 彼女は gleich まもなく wird......hier sein ここへまいりましょう。“
 Da そうこうしているうちに auch schon 早くも(案のじょう) die Tür des Zimmers 部屋のドアが öffnete sich 開きました、und そして das Mädchen 女中は wirklich ほんとうに trat......herein [部屋へ]入って来ました:„Sie だんなさまは nach mir 私を呼ぶために haben......geklingelt 呼び鈴を鳴らしましたでしょう(呼び鈴を鳴らして私をお呼びになったでしょう)?“
 „Ja そうだ、“[と] der Hausherr 主人は sagte 言いました、„Sie おまえは soeben 今しがた haben......telefoniert 電話をかけたね?“
 Das Mädchen 女中は schnell すぐに faßte sich 心がまえをした:„Ja そうです、an unsern Fleischer うちの[取りつけの]肉屋へ[かけました];ich 私は etwas あるものを mußte......bestellen 注文しなければなりませんでした(少し注文がありましたので)。“
 Und そこで das Mädchen 女中は das Zimmer 部屋を verileß 去りました。
 „Sie あなたは nicht den Fleischer 肉屋を Wollen......anrufen 呼び出そうとは思いませんか(肉屋を呼び出してみたらどうですか)?“[と] der Kommissar 警部は fragte たずねた。

〕【72】erhob これも不規則動詞 heben に非分離前綴 er- がついたもの。heben の三要形:heben, hob, gehoben。再帰動詞 sich erheben は「自分を起こす」という構造で、たんに aufstehen と言ってもよい。
【73】Telefonzelle これはもちろん Münzfernsprecher 「公衆電話」と同じものを指している。Telefon は本来ならば Telephon だが最近は ph を f にかえて用いるくせがある。Photographie も Fotografie と書く傾向になっている。
不定法と過去分詞が同形になる動詞【74】verlassen これは hat といっしょに現在完了を構成しているのだから過去分詞であるが、非分離前綴 ver- がついているので ge- をとることができない。そのために不定法の verlassen と同じ形になっている。このように不定法と過去分詞が同じ形になるものが非分離動詞にかなりあるから注意を要する:
gefallen 「気に入る」――三要形:gefallen, gefiel, gefallen
enthalten 「含む」――三要形:enthalten, enthielt, enthalten
bekommen 「得る」――三要形:bekommen, bekam, bekommen
vergessen 「忘れる」――三要形:vergessen, vergaß, vergessen
ertragen 「耐える」――三要形:ertragen, ertrug, ertragen
verstoßen 「排撃する」――三要形:verstoßen, verstieß, verstoßen
verraten 「裏切る」――三要形:verraten, verriet, verraten
empfangen 「受け取る」――三要形:empfangen, empfing, empfangen
erfahren 「経験する」――三要形:erfahren, erfuhr, erfahren
【75】telefoniert これも haben といっしょになっているから過去分詞のわけだが、ge- がついていない。ge- をつけない理由を忘れた諸君はもう一度「基礎入門編」§78の -ieren に終わる動詞の三要形に関する説明を読みかえすこと。
【76】faßte sich sich fassen = sich zusammennehmen = to contain (collect, restrain) oneself 「気を落ちつける・気をとりなおす・自制する」、つまり、ハッとして気をしっかりもつことである。

[7] Dumke ließ sich verbinden77: „Hallo! Hier Dumke78. Hat soeben mein Mädchen mit Ihnen gesprochen? ja, vor etwa fünf Minuten? Nein? wirklich nicht? So. Danke.“
 Der Beamte nahm seinen Hut: „Morgen früh ist alles vorbei. Sprechen Sie nicht mehr mit dem Mädchen und kommen Sie heute nacht nicht herunter. Ich wache für Sie. Gegen sechs Uhr hoffe ich Ihnen Bericht erstatten79 zu können. Auf Wiedersehen!“
....................
 Die Uhr schlug80 sechs. Dumke fuhr aus seinem Bett hoch81. Er mußte doch eingeschlafen82 sein. Er lauschte angestrengt hinaus. Kein Laut kam83 aus den andern Zimmern. Er klingelte. Das Mädchen trat herein.

〕Dumke ドゥムケは ließ sich verbinden 自分を連絡させました([肉屋に]電話をつないでもらいました):„Hallo もしもし! Hier Dumke こちらはドゥムケです。soeben 今しがた mein Mädchen うちの女中が mit Ihnen あなたと Hat......gesprochen 話をしましたか(お宅に電話をかけましたか)? ja そうです、vor etwa fünf Minuten 約5分間ばかり前ですが? Nein かけませんですか? wirklich nicht 本当にかけませんか? So そうですか。Danke いやありがとう。“
 Der Beamte 警官は seinen Hut 自分の帽子を nahm とりました:„Morgen früh 明日の朝に[なれば] alles 一切が ist......vorbei すぎさります(なにもかも片がつきます)。nicht mehr これ以上 mit dem Mädchen 女中と Sprechen Sie 話を[しないでください] und それから heute nacht 今夜は kommen Sie......nicht herunter 下に降りないでください。Ich 私が für Sie あなたの代わりに wache 見張りをします。Gegen sechs Uhr [朝の]六時ごろには Ihnen あなたに Bericht erstatten zu können 報告をすることができると hoffe ich 思います。Auf Wiedersehen ではまた!“
....................
 Die Uhr 時計は schlug sechs 六時を打ちました。Dumke ドゥムケは aus seinem Bett ベットから fuhr......hoch 飛び起きました。Er 彼は doch きっと eingeschlafen sein [ぐっすり]寝込んだ mußte に相違なかった(うっかり眠りこんでしまったらしい[と彼は思いました])。Er 彼は angestrengt 緊張して(じっと) lauschte......hinaus [部屋の]外へ聞き耳をたてました。aus den andern Zimmern ほかの部屋からは Kein Laut kam なんの物音も来ませんでした(ほかの部屋はひっそりとして物音ひとつ聞こえませんでした)。Er 彼は klingelte 呼び鈴を鳴らしました。Das Mädchen 女中が trat herein 部屋へはいってきました。

〕【77】ließ sich verbinden sich verbinden lassen は「電話で接続してもらう」こと。verbinden は binden という不規則動詞に ver- がついた形。binden の三要形:binden, band, gebunden。
【78】Hier Dumke. これは受話器をとって名のる時の常用句。英語なら Dumke speaking! といったところ。
【79】Bericht erstatten = to give an account, to hand in a statement [of the facts] 「報告する」。
【80】schlug 三要形:schlagen, schlug, geschlagen.
【81】fuhr......hoch 不規則動詞 fahren に分離前綴として hoch がついた形、すなわち hochfahren と考えてもよければ hoch を副詞として、すなわち in die Höhe と考えてもよい。いずれにしても hoch 「がばと」 fahren 「起き上がる」ことである。fahren の三要形:fahren, fuhr, gefahren.
【82】eingeschlagen 分離前綴 ein + 不規則動詞 schlafen という構造。schlafen の三要形:schlafen, schlief, geschlafen. この場合の前綴 ein- は「眠りこむ」の「こむ」にあたる。
【83】Kein Laut kam この文体はモダーンだからこうなっているが、少し古典的な本格的な文体なら Es kam kein Laut とあるべきはずのところである(文の非人称化)。

[8] „Sie?“ starrte Dumke verwundert. Das Mädchen lächelte84: „Ja,“ sagt sie, „Sie hatten wohl Ihren famosen85 Kommissar erwartet? Der sitzt86 schon seit drei Stunden hinter Schloß und Riegel87. Ich habe ihn verhaften lassen, als er die Wohnung mit seinen Komplicen88 ausräumen wollte. Sie haben es ihm ja durch Übergabe des Hausschlüssels sehr bequem gemacht89.“
 Dumke stierte mit großen Augen auf das Mädchen: „Ja aber......wer sind Sie denn?“ stotterte er.
 „Ich? Nicht Mitglied einer Einbrecherbande,“ lachte sie, „sondern Mitglied der Geheimpolizei. Ich war zu Ihnen gekommen, um diese Bande dingfest zu machen90. Aber entschuldigen Sie, jetzt muß ich gleich auf die Polizei91.“
 Sie ging. Und kam nicht wieder zurück. Dumke hat weder sie, noch den angeblichen Kommissar92, noch den Schmuck seiner Frau, noch seine Anzüge, noch93 seine Hausmöbel wiedergesehen.

〕„Sie お前か?“ Dumke ドゥムケは verwundert 驚いて starrte じっと[女中を]みつめました。Das Mädchen 女中は lächelte 微笑しました:„Ja そうです、“[と] sie 彼女は sagte 言いました、„Sie だんなさまは wohl たぶん Ihren famosen Kommissar 例のすてきな警部(あのとんでもない警官)を hatten......erwartet 待っていらしたんでしょう? Der あの男は schon もう seit drei Stunden 三時間も前から sitzt......hinter Schloß und Riegel 鍵と閂のうしろに坐っています(留置場に入れられています)。er (Kommissar) 彼が mit seinen Komplicen 彼の仲間といっしょになって die Wohnung......ausräumen wollte この住居を取り片づけようとしました(この家から物を持ち出そうとしました) als 時に、Ich 私は ihn 彼を habe......verhaften lassen 逮捕させたのです。Sie だんなさまは ja だって durch Übergabe des Hausschlüssels 玄関の鍵の引渡しによって(玄関の鍵を彼にあずけたりして) haben er ihm......sehr bequem gemacht 彼にそれをとてもらくにしてやりました(彼が仕事をするのをらくにしてやったのですからね)“
 Dumke ドゥムケは mit großen Augen 大きな目をもって(目をまるくして) auf das Mädchen 女中を stierte じっとみつめました:„Ja aber それはそうだが…… wer sind Sie denn いったい[そんな事を言う]お前はだれかね?“[と] er 彼は stotterte どもりながら言いました。
 „Ich 私ですか? Nicht Mitglied einer Einbrecherbande 強盗団の一員ではないんです、“[と言いながら] sie 彼女は lachte 笑いました、„sondern [実は] Mitglied der Geheimpolizei 秘密警察の一員[なんです]。diese Bande この[強盗]団を dingfest......machen 捕縛する um......zu ために Ich 私は zu Ihnen お宅に war......gekommen やって来たのです。Aber ところで entschuldigen Sie 失礼いたします、jetzt もう gleich すぐに ich 私は muß......auf die Polizei 警察へ行かなくてはなりません[から]。“
 Sie 彼女は ging 行ってしまいました。Und そして nicht wieder 二度と kam......zurück もどっては来[ませんでした]。Dumke ドゥムケは weder sie 女中にも、noch den angeblichen Kommissar 自称警部殿にも、noch den Schmuck seiner Frau 奥さんの装身具にも、noch seine Anzüge 彼の衣類にも noch seine Hausmöbel 彼の家具類にも hat......wiedergesehen 二度とお目にかかり[ませんでした]。

連発弱化的語尾 -eln【84】lächelte streicheln 「なでる」は streichen 「さっと一度擦る」に対する反覆動詞(Frequentativ)で、-eln の語尾はあるいは弱化動詞(Diminutiv)を作り、あるいは反覆動詞を作る。betteln 「乞食する」はなんべんも bitten 「懇願する」、すなわち懇願を常習とすること。sticheln 「つつく・揶揄する・皮肉る」は連続的に細かく人を stechen 「刺す」ことであり、lächeln 「微笑する」は lachen 「笑い」の弱いものである。要するに一度かぎり(einmalig)の動作を示す動詞に -eln を付加すると、それが連続的・連発的になると同時に、動作の概念が穏やかになるのが通例である。したがって -eln は連発弱化の語尾(frequentativ-diminutive Endung)と名づけることができる。
【85】famosen famos という形容詞は綴りでも分かるように英語の famous と同語源だが、ドイツ語では主として俗語的に用いられる。すなわち prächtig や ausgezeichnet などの表裏二様の意味をもっている。本文も Ihren famosen Kommissar 「だんなさまのすてきなお役人を」と多分に皮肉をこめている。その裏を言えば「あのとんでもない・たいへんな奴」である。famoser Kerl を英語では capital fellowfamose Geschichte 「とんでもない話」を bang-up affair と言うが、裏にはたいてい「どえらい・たいへんな・極悪の」という皮肉がひびいている。
【86】sitzt 三要形:sitzen, saß, gesessen. この sitzen という動詞は妙な味をもっていて、hinter Schloß und Riegel がなくても「監獄に入っている・くさい飯をくっている」の意になる。er hat gesessen と言えば「くさい飯を食ったことがある」であり、er sitzt schon lange なら「長いことくさい飯を食っている」また、学生が進級できなかった場合や娘にもらい手がなくてとり残された場合には sitzen bleiben と言う。
二語一想 Hendiadyoin【87】Schloß und Riegel das Schloß は「錠」で der Riegel は「閂」。どちらも「自由をうばって厳重な監視の下におく」という共通の概念をもっている。こういう風に、二語をもって一想を表わすものを Hendiadyoin (ヘンディアデュオイン)「二語一想」と呼ぶ。非常によく用いられる修辞(Rhetorische Figur)のひとつである。Lieb und Leben 「身命」、Wind und Wetter 「風雨」、Brot und Wasser 「粗食・くさいめし」、Spiel und Scherz 「一場の戯れ」、Haus und Hof 「家屋敷」、Weib und Kind 「妻子」、klar und deutlich 「明瞭に」、fix und fertig 「用意万端ととのって」、gescheit und klug 「りこうな」などがその一例である。この修辞法の特徴は、両方とも名詞の場合は冠詞を省くことである。
【88】Komplicen der Komplice(コンプーツェ)は男性弱変化名詞のひとつである。仏語の complice をドイツ語式に発音した名詞で、英語の accomplice に相当する。意味は英・仏語と同様「共犯者・連累者・同類」である。
熟語にあらわれる塡詞(Füllwort)としての es【89】es ihm......bequem gemacht es einem bequem machen は「ある人の仕事をらくにしてやる」という意味の熟語だが、es は別にこれといって指すものがない、たんに四格目的語の位置を填詞(Füllwort)と呼ぶ。この es を含む熟語もかなりひんぱんに用いられるから、つぎに数例を挙げて参照に資そう。なお、詳しくは「文法詳説編」の§24を参照すること。
 (1) Seine Eltern haben es jetzt so schwer.
  彼の両親は目下とても生活に苦しんでいる。
 (2) Ich kann es hier nicht aushalten.
  僕はここはがまんができない。
 (3) Er hat es sogar zum General gebracht.
  彼は将軍までたたき上げた。
 (4) In einem fremden Haus macht man es sich nicht ohne weiteres so bequem.
  ひとの家へ行ってのっけから寛ぐものでない。
 (5) Wie weit hat man es zum Bahnhof?
  停車場までどのくらいの距離がありますか?
 (6) „Corona“ ist mir zuwider, ich will es einmal mit „Peace“ versuchen.
  „コロナ“はどうもうまくない、ひとつ„ピース“をのんでみよう。
【90】dingfest zu machen einen dingfest machen = to arrest a person
【91】muß......auf die Polizei ここはもちろん gehen を省いたもの。先の注で述べたように、方向を示す規定詞を伴う話法の助動詞にはよく gehen、kommen などを省くのである。「警察へ行く」と言う場合に auf die Polizei と auf を用いるのは、初学者のピントに合わないが、こういう際によく auf を用いることも全注ですでに詳しく説明した。14頁、第1 課の注【46】。
変則的な形容詞 angeblich、sogenannt、seinwollend など【92】den angeblichen Kommissar der angebliche Kommissar の angeblich は「……と見なす・挙げる」という意味の angeben からきた形容詞で、本来は der als Kommissar Anzugebende 「Kommissar として angeben すべき者」すなわち「警部として名ざすべき者」といったような関係であったのが逆になって、後の名詞の方(der......Anzugebende)がかえって形容詞になり、「見なされたる警部・警部と見なされた者・名義上の警部・自称警部・いわゆる警部」と転化したのである。こうした妙な関係にある形容詞がドイツ語ではかなりある。だれでも知っているものではたとえば der sogenannte Kommissar 「いわゆる警部」などの sogenannt がある。これもほんとうは(論理的には)der Kommissar Genannte 「警部と呼ばれるところのもの」であると言えよう。そのほか「むかし私の妻であったところの女」のことを meine gewesene Frau 「わがありし妻」と言ったり、「天才でありたくてしようのない男」を ein seinwollendes Genie 「ひとりの、ありたく欲する天才」と言ったり、「不倶戴天の仇」を der geschworene Feind 「誓ったところの敵」と言ったりするのは、いずれも同じ筋道に由っている。つぎにこの主の形容詞のおもなものを挙げてみよう:
möglicher Krieg 将来あるいは起こることあるべき戦争
etwaiger Krieg (同上)
eventueller Krieg (同上)
vermeintlicher Täter 犯人と誤認された男
vergeblicher Täter 自称犯人
gelegentlicher Dieb 機会あるごとに泥棒を働く男
abgesagter Feind 公敵
ausgesprochener Feind 敵をもって自認する男
werdender Bösewicht 悪人の卵
angehender Bösewicht (同上)
erklärter Pessimist 悲観主義者をもって自認する男
mutmaßliche Ursache 推定上の原因
verkappter Kommunist 仮面の共産主義者
eingefleischte Geldgier 物慾の権化
fleischgewordene Tatkraft 辣腕の権化
ausgemachter Wüstling 十目十指の放蕩児
konkreter Geschlechtstrieb 色慾が化けて出たような男
 これらすべての形容詞に共通な現象は、たとえば fleischgewordene Tatkraft 「辣腕という概念そのものがそのまま化けて出たような男」の意などでもわかるとおり、最後の名詞の意味を考えるとわかるということである。すなわち、人間そのものがすぐそのまま辣腕という抽象概念そのものではないのであるが、その非妥当性が先行の形容詞によって巧みに回避されていることが原因であるとは言えないのだが、その間の非妥当性がmutmaßlich 「推定の」で巧みに恢復されている。だからこの主の形容詞の機能は、やかましく言うならば、ふつうの「形容」詞とは少し名詞にたいする形容のしかたが違っていて、「その名詞が、じつはその名詞によって……されている通りのものではない時」、または「その名詞がまだ(またはもはや、またはことによると、またはそれほどはなはだしく、またはなまじっかな意味ではなど)その名詞によって指されているような額面通りのものではない」というすこし変則的な関係に立っているのである。
【93】weder......noch 対照的接続詞の weder......noch は英語の neither......nor とまったく同じに用いる。否定されるものがふたつ以上にわたる際はそれだけ noch をふやせばよい。

Thursday, March 17, 2022

英語読解のヒント 3. of one's own accord

4. of one's own accord

基本表現と解説
  • She shut the door of her own accord. 「彼女はみずから戸を閉めた」
  • The door shut of its own accord. 「戸はひとりでに閉まった」

of one's own accord は、人に関して使われた場合は「みずからの意志で」、ものに関して使われた場合は「ひとりでに」の意味となる。

例文1

She acts of her own accord and free will, and is, I imagine, prepared to meet the consequences of her actions.

Max O'Rell, Rambles In Womanland

彼女は自分の発意、自由意志でやるのであって、その行為にたいしては責任を負う覚悟だとわたしは思う。

例文2

It ended in my flatly declining to mention the subject to Laura, unless she first approached it of her own accord.

Wilkie Collins, The Woman in White

結局わたしは、ローラがみずからその件について話しかけてこないかぎり、わたしのほうからはなにもしゃべらないと、にべもなく言った。

例文3

But, leaving this tide out of the question, it may be said that very few human bodies will sink at all, even in fresh water, of their own accord.

E. A. Poe, "The Mystery of Marie Roget"

しかしこの潮のことはさておいて、淡水においても人間の身体がひとりでに沈むということはきわめてまれと言える。

Monday, March 14, 2022

英語読解のヒント 2. about

2. about

基本表現と解説
  • She had a timid look about her. 「彼女はおどおどした様子だった」

about は、ある性質、雰囲気、趣などがそのまわりに漂っていることをあらわすことがある。

例文1.

Very well, then, I don't see that there is any mystery about it, after all.

Mark Twain, "An Encounter with an Interviewer"

そうですか。じゃあ、結局謎なんてなにもないじゃないですか。

例文2.

On a doorstep I noticed a poor old woman sitting with her head buried in her hands. There was an air of respectability about her.

Max O'Rell, Between Ourselves

わたしは戸口の踏み段のところに貧しい老女が頭をかかえて座っているのに気づいた。彼女は上品な雰囲気を漂わせていた。

例文3.

I had always my eye open for seafaring men, with one leg or two, and I remember this one puzzled me. He was not sailorly, and yet he had a smack of the sea about him, too.

R. L. Stevenson, Treasure Island

一本足だろうと二本足だろうと、船乗りにはいつも注意していたのだが、この男にはまごつかされたことを憶えている。船乗りには見えないのに、それでも潮の香りを漂わせているのだ。

Friday, March 11, 2022

英文読解のヒント 1. 「a + 固有名詞」

1. a + 固有名詞

基本表現と解説
  • a Mr. Kate
  • a certain Mr. Kate
  • one Mr. Kate

いずれの表現も「ケイトさんという人」(a man called Mr. Kate) という意味になる。

例文1.

It is the likeness of a dead friend — a Mr. Oldeb — to whom I became much attached at Calcutta, during the administration of Warren Hastings.

E. A. Poe, "A TALE OF THE RAGGED MOUNTAINS"

それは今はこの世に亡い朋友オルデブという人の写真であった。彼とはウォレン・ヘイスティングスの施政下にあったカルカッタで非常に懇意になったのだ。

例文2.

I have had what is called a challenge sent to me this morning. It is from a certain Jacko, who is a suitor to a Miss Vapour, and has taken offence at an expression of mine respecting him.

Hugh Henry Brackenridge, Modern Chivalry

今朝、決闘状というものが送られてきた。寄こしたのはミス・ヴェイパという女に求婚しているジャッコという男だが、わたしが言ったそいつの悪口に腹を立てたのだ。

例文3.

I am one John Duddlestone, sir, only a bodice-maker, and I pray you not to take it amiss if I ask you and the gentleman who is with you, to come to my humble home, where you will be most welcome.

Charles J. Barnes and J. Marshall Hawkes, New National Fourth Reader

わたしはジョン・ダドルストーンと申す、しがない洋裁師でございます。殿下とお供の方に拙宅へお出でを願いましても悪しからず思し召しのほど、お願いいたします。拙宅へお出でくだされば精一杯歓迎をさせていただきます。

Wednesday, March 9, 2022

深沢裕次郎の「応用英文解釈法」について

深沢裕次郎の「応用英文解釈法」(Collection of English Idioms)をずっと書き写してきたが、少し方針を転換しようと思う。

深沢の著作は一千頁をはるかに越える大作である。当時出ていた英語の文法書をそうとうに調べ込んだ痕跡があるが、たんなる外国の研究の引き写しではなく、自分でも英語の本を読みながら参考になるさまざまな表現を集めたらしい。つまり、英語を読みながら、なるほど英語ではこういう言い廻しをするものなのか、と気がついた、作者の個人的発見もこの本の中には盛り込まれているのだ。おそらくそれがこの本をたんなる解説書ではなく、熱気に満ちたものにしているのだろう。いま、ちまたにはスマートで明快な英文法書、短時間で最大の成果をあげる英文解釈の本などがでまわっている。しかし昭和五年に出た本書は、ひたすら英語の本を読みまくり、問題を捜し出し、それを整理しようとする気魄にあふれている。言い方は悪いが、語学にのめり込んだ人間の「偏執性」を感じさせるのだ。

しかしこの本には問題も山積している。まず誤植が多い。英文にも誤植がかなりある。そして訳文も古かったり、ぎこちなかったりする。また例文がコンテクスト抜きで示されているので、意味の取りにくいものが多い。さらに、一千頁を越えるので、普通の人はちょっと読む気がしない。こうした問題をどうにかできないかと折に触れて考えてきたのだが、本書のポイントを整理し直し、厳選された例文を三つぐらいにしぼって提示してみたらどうだろうと考えた。実際に作業をしてみると、これが結構時間が掛かるのだが、その労力に見合うくらいの実のある文法書、いや、英文読解の参考書ができそうな気がしてきた。

そこで深沢の著作をそのまま引き写すのはいったんやめて、わたしが整理しなおしたヴァージョンをこれから掲載していこうと思う。膨大なものにはなると思うが、ポイントをしぼっているので、解説を見て既習の知識であればさっさと次に移る、という使い方もできるだろう。例文はコンテクストがある程度わかるものにした。わたしが見つけてきた例文もかなりある。試行錯誤を繰り返しながらやっていくつもりだ。

Saturday, March 5, 2022

エリザベス・デイリ「いかなる形であれ」

原題は Any Shape or Form (1945) 。例によってガマッジが探偵役として活躍する。

ガマッジは友人に誘われて近くの家のパーティーに参加する。そこにはヴェガという老婆と、彼女が死んだ後はその遺産を受け取るはずの親族が集まっていた。パーティーのメンバーが花を摘みに行ったり、クリケットの道具を取りに行ったり、カラスを撃ちに行ったりしている間、ガマッジはヴェガと庭にいたのだが、銃声がしたかと思うとヴェガがばたりと倒れた。頭を撃たれた彼女は即死である。


さっそく警察が呼ばれ捜査が開始されたのだが、その最中にも殺人はつづく。いったい犯人は誰か。例によってガマッジが見事な推理を展開する。

ガマッジの推理のとっかかりは、多分に心理的な要素が強い証拠なのだが、しかしそこからの議論は、それまで読者が抱いていた物語の印象をがらりと変えるもので、なかなか面白い。いや、物語の様相の転換こそがミステリの醍醐味である。久しぶりに重厚な味わいの作品を読んだ。

Wednesday, March 2, 2022

クリスティーにむかって

アガサ・クリスティーは十代の頃に読みあさり、今はもうみんな忘れた。大筋を覚えているものが二三あるだけだ。歳のせいと言うより、昔からミステリの筋書きはすぐに忘れる。たしか丸谷才一だったろうか、ミステリを読んでいくうちに、それがかつて読んだことのある本だと気づいた、などと書いていた。先日、知り合いの三十代の女性も、テレビで面白そうな映画をやっているので、見てみたら、何年か前に見た映画だったと言っていた。タイトルは変わっていないはずなので、すっかり忘れていたということだろう。年に何十冊も何十本も本や映画を見ていたら、そのうち忘れてしまうのも仕方がない。

ガーディアン紙にミステリ作家のジャニス・ハレットが面白い記事を書いていた。アガサ・クリスティーを読み始める人におすすめの本を何冊かあげているのだ。ちょうどわたしも久しぶりにクリスティーを読み返してみようかと思っていたので、参考になった。

ハレットが「エントリー・ポイント」としてあげているのは「牧師館殺人事件」。ハレットにとってこの作品は「滑稽で、機知にあふれ、鋭い観察眼を持つクリスティーの名作」なのだそうだ。

ハレットがあげる「最高作」は「そして誰もいなくなった」。これはさすがにわたしでもぼんやり筋を覚えている。十人の人間がとある島に呼び出され、一人一人殺害されていく物語である。驚くべき作品だが、これにはそっくりな先行作があって、つい最近再刊された。グウェン・ブリストウとブルース・マニングが共著で書いた「見えない招待主」という作品で、クリスティーがこの作品を知っていたかどうかは不明。わたしとしてはこちらも一読をすすめたい。

ハレットは「ディナーパーティーの会話にもってこいの作品」として「輝く青酸カリ」をあげている。あまり知られていない作品で、ポワロが登場する短編「黄色いアイリス」を長編化したものらしい。

「名作」としてあげられているのは「オリエント急行殺人事件」。わたしは列車の中で犯罪が起きるという物語が異常に好きなので、この話はかなりよく覚えている。たしかにクリスティーを読むなら必読の一冊だろう。

「安楽椅子旅行者のための一冊」としてハレットがあげているのは「メソポタミア殺人事件」。クリスティは旦那と一緒に考古学調査にイラクへ出かけた経験がある。この作品にはその経験が生きているそうだ。わたしは間違いなくこの本を読んでいるが、筋はまったく記憶にない。

「毛色の変わった一冊」としてハレットは「セブン・ダイアルの謎」をあげている。出版当時はクリスティーらしくないとして批判されたらしいが、どうやらコメディーっぽい仕上がりになっているらしい。これもさっぱり覚えていない。

ハレットが「暗い作品」としてあげているのは、クリスティーが自分の作品のなかでもお気に入りの一つであった「無垢の試練」である。「機会を逃し、正義が果たされず、家族への不当な仕打ちが正されることのない悲劇的な物語」だそうだ。殺人事件であるだけでなく、心理的なスリラーにもなっていて、読んでいて居心地が悪くなるともハレットは言っている。

では「衝撃作」としてハレットがあげている作品はなにか。だいたい見当がつくと思うが「アクロイド殺し」である。あれは確かに衝撃的だが、わたしは最近「アクロイド殺し」に奇妙な問題が含まれているような気がしてさかんに考え込んでいる。あの作品の「歪み」はまだ充分に解明されていない。

「影響力のある一作」は「五匹の子豚」だ。残念ながらこれもまったく覚えていない。しかし二十一世紀に入ってからもその影響力が見られ、いくつもの類似作が発表されているのだという。

この記事の一番最後にはこんな小見出しがついている。「クリスティーが好きなら、次にどんな作家を読むべきか」。ハレットの答は「ドロシー・L・セイヤーズの作品、ソフィー・ハナのポワロ・シリーズ、そして横溝正史の『本陣殺人事件』」。昨年横溝正史が英語に翻訳されて、ミステリファンのあいだではかなり評判になった。島田荘司なども同時に訳されたようだが、時代の古い横溝の作品のほうが人気が高かった。しかし横溝がクリスティーを連想させるというのはじつに面白いではないか。横溝自身はディクスン・カーに影響を受けたと言っていたような気がするのだが。

英語読解のヒント(111)

111. never so / ever so (1) 基本表現と解説 He looked never so healthy. 「彼がそのように健康そうに見えたことは今までになかった」 He looked ever so healthy. 「彼はじつに健康そうに見...