Saturday, November 28, 2020

V.C.クリントン・バデレイ「刑事事件にあらずして」(1970)

クリントン-バデレイ(V. C. Clinton-Baddeley)の作品は読むのがはじめてだが、どうやらケンブリッジ大学のデイヴィー教授を主人公にしたミステリをいくつか出しているようだ。FANTASTIC FICTIONのサイトによるとそれらのタイトルは

   Death's Bright Dart (1967)

   My Foe Outstretch'd Beneath the Tree (1967)

   Only a Matter of Time (1969)

   No Case for the Police (1970) 本書

   To Study a Long Silence (1972)

ということであるらしい。

さて本書の物語はデイヴィー教授の親友であるロバートが亡くなり、教授が未亡人に遺品整理を任されるところからはじまる。

教授は親友が残したメモとかノートを調べていくうち、奇妙な走り書きに出くわした。それによると、以前、近所に住むアダム・メリックという男が石切場で死ぬという事件が起きたのだが、ロバートはその事件に妻が関係しているのではないかと疑いを抱いていたようななのである。

走り書きを未亡人に見せると彼女はさっと青ざめ、しかしたんなる疑惑にすぎないとして教授にそのメモを破棄するように頼む。

しかしデイヴィー教授はなにかあると直感し、独自にアダム・メリックの死亡事件について調査をはじめる。すると意外にも事件の糸は彼がつとめるケンブリッジ大学にまで及んでいることがわかるのだ。

教授の捜査の過程で、ロバートとつながりのある人々の隠れた関係があぶりだされていくという、よくある話で、正直それほど面白いとは思わなかった。舞台は眠気の漂う田舎町だが、その背後でじつは秘密の活動が行われている。表面は昔とさほど変わらないようでも、その背後では古いものと新しいものが確執を繰り広げており、コミュニティーは確実に変化していっている。そうした認識を小説化したかったのだろうけど、事件の謎が、読み手の興味を引きつけるだけの魅力を持っておらず、正直なところ、退屈な印象を与える出来となっている。


Tuesday, November 24, 2020

R.オースチン・フリーマン「一厘も残りなく」(1914)

ハンフリー・チャロナーは人間や動物の骸骨を収集し、自宅に博物館を作っている学者である。彼はある晩、強盗に押し入られ、妻を殺害される。警察は犯人を捕まえられなかったが、ハンフリーは犯人の指紋ときわめて特徴的な毛髪を証拠として取っていた。復讐に燃える彼は、わざと自宅に泥棒を呼び込み、彼らを殺害するようになる。そして指紋と毛髪が一致するか検査するのだ。もちろんそう簡単に妻を殺した男が捕まるわけがない。目的の男を見つけるまでに殺された泥棒たちは、みな人骨の標本として彼の博物館に保存されることになる。

本作はソーンダイク博士ものになじんでいる人には驚きの作品だろう。チャロナーの常軌を逸した復讐の念、泥棒たちにたいする極端な差別感情、遺体への偏執狂的興味、文体はたしかにフリーマンのものだが、内容はおそろしくグロテスクで読む者を動揺させる。フリーマンにこういう側面があったのかと、読みながらわたしは考え込んだが、逆にわたしが今まで知っていた科学的なフリーマンを異様な情熱の陰画として読み返すべきではないかという気がしてきた。

Friday, November 20, 2020

基準独文和訳法

 権田保之助著

有朋堂発行

「基準独文和訳法」より


問題18(p. 57)


Die gewaltige Entwickelung und Umgestaltung des deutschen Gewerbewesens im 19. Jahrhundert würde gar nicht möglich gewesen sein, wenn ihr nicht eine ebenso große Umwälzung im Verkehrswesen zur Seite gegangen wäre. Der Zusammenhang zwischen der Umbildung in der Tcchnik und der Organisation der Gewerbe und der Umgestaltung der Technik und der Organisation des Verkehrswesens ist ein so enger, daß es ungemein schwierig, wenn nicht unmöglich ist, festzustellen, was hier Ursache und was Wirkung ist. 


研究事項

1)das Gewerbewesen -- das Verkehrwesen -- die Umgestaltung, die Umwälzung, die Umbildung の訳。

2)jm zur Seite gehen の熟語。

3)wenn nicht unmöglich ist の位置とその訳。


解釈要項

1)das Gewerbewesen,「工業」;das Verkehrwesen,「交通業」。die Umgestaltung と die Umbildung は「変形」;die Umwälzung は「変革」(Revolution と同義)。

2)jm zur Seite gehen は「或人と併んで行く」。

3)wenn nicht unmöglich ist は直ぐ前にある ungemein schwierig (並々ならず六ケ敷い)の意味を制限せんとて挿入した一文であつて、「仮令不可能ではないにしても」の義である。


訳文

十九世紀に於ける独逸工業の強力なる発展変形は交通業に於ける同様に大なる変革のそれに伴ふものがなかつたとしたら、到底所斯し得なかつた所であらう。蓋し工業の技術及び組織に於ける変形と交通業の技術及び組織のそれとの間の関係は、極めて密なるものであつて、此処では何が原因にして何が作用なるかを確定せんことは、仮令不可能事にては非ずとするも、異常の難事に属してゐる。


Monday, November 16, 2020

COLLECTION OF ENGLISH IDIOMS

早稲田大學敎授 深澤裕次郎著

應用英文解釋法

東京英文週報社發行


(p. 132-134)


範例

(a) Between you and me (us, ourselves, friends, etc.), his disease is incurable.

(b) The doctor told her, between themselves, that his disease is incurable.

(a) 此處きりの話だが、彼の病は不治である。

(b) 彼の病はなほらぬと云ふ事を其場限りの話として醫者は彼の女に話した。


解説

(a) Between |you and me.

      |you and me and the gate-post.

      |us (F. entre nous).

      |ourselves.

      |friends.

           =|Quietly or secretly.

       |Confidentially.

       |In confidence.

       |In confidence be it spoken.

      内證だが。此處きりの話だが。

      此場限りの話だが。

      大きな聲では云へないが、等。

(b) Between themselves.

             = With the understanding that the matter

               is not to be communicated to others.

             其場限りの話として。

       人には云はぬ事にして。

       他には洩さぬ事にして。

      等。


用例


1.  He says it is for a wager, but, between ourselves, I don't believe a word of it.

    Jules Verne

    彼は賭の爲だと云つてるが併し内證だがわしは決して信じはしない。


2.  He knows life to admiration and, between ourselves, is probably the most corrupt rogue in Christendom.

    R. L. Stevenson

    彼は實によく人情に通じて居る、而て内々だが恐らく基督教國中第一の惡漢で有らう。

  to admiration 嘆美す可きほど、實によく。in Christendom は「世界中で」と云はむが如し。


3.  "Were you addressing me, Mr. Brithwood?"

    "I was. I want a word or two--between ourselves."

    Mrs. Craik

    「プリスウツドさん、あなたは私に仰有つてるんですか」

  「さうです。一言二言話したいのです……内證で」。

  I was この次には addressing you を補ひ見よ。


4.  Between ourselves, this remark slightly offended me, but my brother answered,--

    "They are harder worked than I am."

    V. Hugo

    此所丈の話ですが此言は少々私の氣に障つたのです、併し兄は答へました。

  「彼等は私よりもよく働いて居る」。


5.  I must act at once; and I fear, between ourselves, it may be necessary for me to step very distinctly over the line of the law in the matter.

    A. Morrison

    私は直ぐに何とか行動を取らなくてはならない、それから實は此所ぎりの話だが此事に關しては判然法律を破る事が私には必要かとも思ふ。

  to step....over the line of the law 法律の線を越える、法を破る、法を犯す。


6.  The pearls were evidently of great value, and he was averse to part with them, for, between friends, my brother  was himself a little inclined to my father's fault.

    C. Doyle

    其眞珠は確に高價のものであつた、而て彼はそれを手離す事を好まなかつた、と云ふのは内々の話だが兄自身が少々父の缺點に傾いて居たからである。

  part with 手放す。


7.  "Well, between you and me," says Dora, raising herself on tiptoe, as though to whisper in his ear, and so coming close to him, "I am afraid my dearest Florence is a little sly."

    The Duchess

    ドラは相手の耳に囁かうとするやうに爪立つて側へ來て「いえ、此所きりの話ですが、フローレンスは少しずるいですよ」。


Thursday, November 12, 2020

ジョー・バイデンを歓迎する

 ドナルド・トランプ大統領への第一の不満は、彼が文字をまったく読まないことである。言語能力の欠如という点に於いて日本の首相と同類なのだ。オバマ大統領時代には大統領が夏休みを取る前にホワイトハウスから彼が休暇中に読む本のリストが発表された。彼が本屋を訪ねて本を買う姿も報道されていたものだ。トランプ大統領になってその伝統は消えてしまった。彼はゴルフしかしないからである。

 しかし来年は大統領の読書リストが再び発表されるだろう。なにしろバイデン氏はシェイマス・ヒーニーの詩をしきりと引用する人だから。

 シェイマス・ヒーニーは二十世紀のアイルランドを代表する詩人だ。いや、二十世紀の詩の世界を代表するといってもいいだろう。わたしは大学生の時に彼の詩を読み始めたが、とりわけ Digging という詩が印象深く記憶に残った。詩を書くという営みを農作業である「掘る」「耕す」という行為にたとえたもので、その奇妙さと、しかしそのようにして詩を書くことへの真剣な覚悟の口調に気圧された。

 彼は華やかなレトリックを駆使するような詩人ではないが、つねに波乱に満ちたアイルランドの政治状況に向き合いながら詩をつくった。彼が古代神話を主題に取り上げるときも、そこには現代の政治に対する視線が感じられる。バイデン氏はヒーニーの政治的視線に敏感に反応する読者だと思う。

 アイルランドの RTE はバイデン氏が大統領選に勝利した晩、ヒーニーの詩劇 The Cure at Troy からの一節を、バイデン氏の朗読で流した。バイデン氏が自覚するおのれの政治的課題とヒーニーの詩的なビジョンがみごとに重なって感動的な朗読となっている。

 誤解を避けるために強調しておくが、わたしは文学好きの指導者を好むといっているわけではない。詩人=指導者というのはときに最悪の政治家になりうるからである。事務能力がないとかいうことではなく、純粋とか同一性といった観念に囚われて、虐殺や殲滅行為に走ることもあるからだ。それは戦時中の日本の美学を見れば容易に理解されるだろう。文学研究がなによりもまず文学批判でなければならない理由がここにある。

 しかし理想を持って政治に取り組む人物が指導者に選ばれたことは一応慶賀すべきことである。わたしはバーニー・サンダース氏を支持していたが、しかしバイデン氏はクリントン氏などよりもはるかにましな人物であると思っている。

Tuesday, November 10, 2020

トランプ大統領のセカンド・デス

  ジジェクは第二の死(セカンド・デス)という概念を唱えている。もちろんラカンの教えの中から引っ張り出してきたものだ。普通人間は死ねばそれまでである。ところがフロイトが示しているように、夢の中では死んでいるのに、死んでいることに気づかず生きているように振る舞う人間が登場したりする。自然の法則に違反した活動をする存在が登場するのである。この存在が自分が死んでいることを知り、本当に死ぬ瞬間がセカンド・デスである。

 「トムとジェリー」みたいなマンガでは、崖を越えてもまだ地面があるみたいに空中を歩く登場人物があらわれる。ところがその人物がはっと気づいて下を見ると彼は空中に浮いている。気づいた瞬間、彼は自分が自然の法則に従わなければならないことを思い出し、落下するのである。これもセカンド・デスの一種だ。

 ジジェクによると、ヘーゲルの「歴史に於ける反復」もセカンド・デスを意味しているらしい。ナポレオンがエルバ島に追放されたとき、彼の歴史的な役目は終わった。しかしナポレオンはそのことに気づかなかった。それに気づくにはセカンド・デスが必要だった。つまりウオータールーでの敗北である。

 いつの頃からか盛んにゾンビ映画が作られるようになったが、このゾンビというやつも死んだことを知らない死者である。彼らを本当に死者たらしめるには、二度目の死を与えてやらなければならない。

 セカンド・デスはなかなか面白い概念で、その意味するところはもっと深く考えられるべきだろう。トランプ大統領のいまの振る舞いは、そのよいきっかけになるのではないだろうか。

 すなわち彼は選挙で敗北した。彼は象徴的な意味での死を与えられたのである。ところが彼はまだ自分が死んだことを知らない。だから裁判を起こしたり必死で抵抗をしている。しかし彼は必ず二度目の死を与えられ、自分が死んだことを認めざるをえなくなるだろう。われわれはセカンド・デスの実例を目の当たりにするわけだ。この概念について考える絶好の機会というべきである。同時に精神分析というものが個人の内面を問題にするだけでなく、社会批判としても有用な道具となりうることを確認するよい折りになるのではないかと思っている。

Saturday, November 7, 2020

世界の中の日本の地位

今日のBBCのサイトに「バイデン氏の勝利が世界にとって何を意味するか」という記事が出ていた。トランプ政権とはやり方が百八十度異なるであろう大統領が誕生したのだから、今後のアメリカの外交には注目が集まって当然だ。

この記事ではまずアメリカと中国の関係が短く論じられている。中国はバイデン氏の勝利に密かにがっかりしているという観測があるらしい。トランプは自国を分断し、外国に対しては孤立主義をもって対応していたから、アメリカの文化も影響力も衰退していっていた。中国はアメリカを抜き去る絶好の機会を与えてくれていると見なしていたのである。

バイデンは気象変動などの大きな問題については中国と良好な協力関係を結ぶだろう。しかし彼は同盟国との関係も修復するだろうから、それがうまくいけば中国の野心を押さえ込む国際関係ができるようになるかもしれない。

また今回の大統領選の開票過程では不手際が見られ世界がいらいらしたり苦笑を漏らしたが、しかしアメリカは民主主義のプロセスを守りきった。それは民主主義的ではない中国の政治体制へのアンチテーゼとして相変わらずそびえ立つだろう。

記事では次に「アメリカとインドの関係」、「韓国、北朝鮮との関係」、「イギリスとの関係」、「ロシアとの関係」、「ドイツとの関係」、「イランとの関係」、「イスラエルとの関係」、「エジプトとの関係」、「キューバとの関係」、「カナダとの関係」を論じている。日本との関係は議論されていない。

わたしが読む新聞はおもにガーディアン、多少はニューヨーク・タイムズとかワシントン・ポストも読む。それからドイツのシュピーゲル誌。しかしそれらをざっと見ても日本とアメリカの関係について触れている記事など一つもないようだ。

もともと日本というのは何をやっているのか、何を考えているのかわからない国とみなされているのだが、経済的にも文化的にも衰退の一途をたどるこの国家はいかなる意味に於いても世界のキープレヤーたる資格を失ったようだ。ニューヨーク・タイムズは報道拠点を東京からソウルに移したが、メディアに対して政府からおかしな圧力のかかる日本よりも韓国の方がはるかに言論の自由が保障されており、このような海外メディアの日本離れは今後加速するだろう。日本の国力が落ちた事実を如実に示す事例の一つである。それなのにいまだに「世界に冠たる日本」というイメージを持っている人が生存しているのだからあきれてしまう。そうした言説があらわれるのはいつも称揚される対象が力を失ったときなのだ。たとえば武士道が賞賛されたのは、武士が力を失い商人がのしてきた時期である。こういうことはイデオロギー論のイロハである。

日本では大統領選をずいぶん報じていたが、世界は日本の存在にさしたる関心を抱いているわけではない。しかもそのあるかないかわからないような関心は、これから更に縮小し、かぎりなくゼロに近づいていくだろう。


Wednesday, November 4, 2020

漢籍の教養

 阿川弘之の「南蛮阿房列車」を読んでいたら中国を旅していたとき阿川が漢詩をつくったというエピソードが載っていた。このとき彼は遠藤周作を旅のともとし、さらに中国人の若い青年を通訳として連れていた。中国人の通訳がまず日本人の中国訪問を歓迎する五言絶句らしきものを書いたのだが、最後の二句が

風光天限好

中日増友情

という、一読ひどいしろものだった。そこで阿川が――もちろん彼に漢籍の素養なんかありはしないが、それでもお笑いぐさにひとつと、「新中国阿房列車之賦」なる詩をつくった。

東方紅上車窓歓

両友回来有深感

四十年歳月如夢

遼東半島春色淡

というのがそれで、一応平仄はあっているし、起承転結も守られているけど、とってつけたような内容で、これまた感心しない。(ちなみに「四十年」云々というのは、日本が中国を領有していたころ阿川も遠藤も大陸で生活していたからである)

それを見て同行していた遠藤周作が「俺がそれに日本語訳をつけたるわ」と題を「旧中国狂人列車之賦」と改め、

きちがいれっしゃのさわがしさ

おのれわくわくつれめいわく

しらがのおっさんありゃなんじゃ

はるかぜまでがわろうとる

という詩(?)をつくった。漢詩の翻訳としては、佐藤春夫には遠く及ばないけれど、しかし狐狸庵先生らしい出来である。

わたしは文人が即興でつくった詩が好きである。べつにうまくはなくてもいいのだ。それなりの作品を即座にでっちあげることのできる彼らの運動神経・反射神経ならぬ「言語」神経を見ることができれば、話の種にもなって楽しいのである。たとえば漱石ならどんな漢詩をひねりだしただろう。あるいは石川淳なら。


Sunday, November 1, 2020

ブライアン・フリン「孔雀の眼」(1928)

  クロラニア国の王子がナタリア国の王女と結婚することになった。ところが王子は以前秘密裡につきあっていたイギリス人女性ダフネとの関係をネタに脅迫状を受け取る。困った王子は名探偵の噂の高いアントニー・バサーストに相談を持ちかける。

それから一か月後のことだ。王子からアントニーのもとに緊急の連絡が入った。以前王子がつきあっていた女性ダフネが歯科医の病院で毒殺されたというのだ。歯科医がダフネの治療を終え、別室へ行くと、何者かがその部屋に外から鍵をかけて医者を監禁状態にしたあと、ダフネを殺害したらしい。ところが数時間後、王子はその死んだはずのダフネから電話を受け取ることになる。王子、驚くまいことか。スコットランドヤードの警部バニスターと捜査に臨んだアントニーは、病院で毒殺された女性がダフネであると警察が勘違いするよう、何者かが巧妙に状況を仕組んだことを知る。では殺されたのは誰か。犯人はなんの目的で警察の捜査を混乱させようとしたのか。

こんなふうにややこしくはじまる本作は、ミステリ黄金期に書かれた秀作の一つと言っていいだろう。しかもあまり人に知られていない秀作である。犯人が明らかになる場面では、誰もが見事な一本背負いを食らった思いをするだろう。

じつを言うと、わたしは本書を読みながら「おや、珍しい」と思ったところがあることはあるのだ。しかしそれ以上はなにも考えなかった。しかしあそこが犯人を示す手がかりになっているとは……。

捜査の過程は込み入っているが、随所に驚きがあって飽きずに読み通せる。マニアが好みそうないい作品なのだが、しかしわたしが訳すことはない。手がかりが翻訳できそうにないからである。

英語読解のヒント(111)

111. never so / ever so (1) 基本表現と解説 He looked never so healthy. 「彼がそのように健康そうに見えたことは今までになかった」 He looked ever so healthy. 「彼はじつに健康そうに見...