Friday, December 29, 2023

スラヴォイ・ジジェク「汝の症候を楽しめ」



本書はジジェクの本の中では Looking Awry などと並んで、かなりわかりやすい部類に入るだろう。映画を通してラカンの議論を整理しているのでとっつきがいい。詳しい議論は省いてあるが、具体例を通してラカンの概念を説明しているので、直感的に、大ざっぱに彼の理論を把握したい人には絶好の本である。本書の白眉はチャップリンの「街の灯」論のあとに置かれたラカン・デリダ論争への真っ向からの応答である。ラカンが「手紙(Letter)は必ず届く」と主張し、それに対しデリダが「手紙は届かないこともある」と返した、例の有名な論争である。ジジェクはこれを象徴界、想像界、現実界の三方向から解説を試みているが、ここでは象徴界の議論をざっと(私流に)まとめてみたい。

ジジェクの議論で肝心なのは配置の問題である。象徴界にはさまざまな配置が用意されている。師弟関係の配置、親子関係の配置、愛し愛される者の配置などなどである。この配置の位置にすっぽりとはまりこむと、はまり込んだ者同士のあいだに師弟や親子や愛の関係が生じる。誰がその位置にはまりこむかはまったくの偶然である。こんなふうに考えればいいだろう。象徴界にはさまざまな関係を示す線が引かれている。その線の末端にはゴルフのカップのような穴が空いている。その穴にむかって偶然という名の神さまがパターを振り廻しているのだ。もちろんボールは人間ということになる。ボールは穴に入ることもあるし、他のボールに当たってそのボールが穴に入ることもある。まったく入らないこともある。そうやってたまたまはまり込んだボール(人間)同士のあいだには、さまざまな関係が生じるのである。

ここで愛し合う関係を考えて見よう。AとBという位置には愛の関係があるとする。AはBに向かって、あなたを愛しているというメッセージを発している。同様にBもAに向かって、あなたを愛しているというメッセージを発している。このメッセージは、AやBという位置に人間がはまり込む前から発せられているのだ。もしもAやBという位置に人がはまり込めば、その人は自分がメッセージを発していると「誤認」するが、じつは、その場所が特定の場所に向かってもともとメッセージを発していたのである。これが「手紙は必ず届く」という意味なのだ。愛の関係にあるAとBという「位置」は、人がそこにはまりこむ以前から、メッセージが届いている関係なのである。

われわれは「人」が愛のメッセージを発すると思うけれど、そうではない。場所がメッセージを発しており、人がその場所にはまり込むと、自分がそのメッセージを発していると勘違いするだけなのだ。それゆえメッセージは必ず届く、と言える。メッセージが届いている関係としてあらかじめ設定されているのだから。

これは面白い考え方で、じつはキム・ギドクの映画を見て私も同じことを考えたことがある。どんなに相手を嫌っていても、どんなに憎んでいる相手であろうと、二人がある場所にはまり込めば、とたんに愛し合うようになるのである。とくに「空き家」や「悪い男」という作品においてはそれが明瞭に示されている。ジジェクはこの配置の考え方をその後どう発展させているのだろうか。ちょっと調べておくべきだろう。

Tuesday, December 26, 2023

胡桃沢耕史「黒パン俘虜記」


このブログでは英語の本を紹介することにしているが、「黒パン俘虜記」は非常によかったので、特別に印象を書きつけておきたい。胡桃沢の作品ははるか昔にしょうもない内容のものを読んだきり(タイトルも筋も覚えていない)で、二度と手を出すことはないと思っていたのだが、たまたま図書館で背表紙に書かれた「俘虜記」の文字を見、戦記好きの私は興味を惹かれて読み出した。圧倒的な面白さで私は胡桃沢を見直した。

戦争という極端な情況においてはある種の逆転が生じる。たとえば生への欲望は死への欲動へと変貌する。生への欲望はそれを追求していくといつの間にかメビウスの帯のように反転して死への欲動へと変質するのである。「黒パン俘虜記」の最初のほうには作者が滿州で俘虜となり、黒パンと水同然のスープだけで強制労働をさせられる様子が描かれている。といっても彼らを働かせるモンゴルは国際基準に則った食糧を与えているのだ。問題は強制労働をさせられている日本人俘虜のなかからボスが現れ、そのボスが食糧を搾取していることなのだ。しかしそれはともかく、飢えに苦しむ俘虜の一人があるとき六キロもの黒パンを手に入れる。彼はそれを夜中に食い出すのだが、腹が一杯になって苦しくなっても食い続け、ついには悶絶死してしまう。これは食欲が死の欲動に変質してしまっている。

性に関しても胡桃沢の作品は興味深い問題を提起している。彼は収容所を出て病院で働かされることになる。病院では死者の内臓を刻んで重量を量るという、ぞっとしない作業をやらされるのだが、しかし食事だけはまともに出される。それである程度体力を回復したのだろう、彼は週に一度は性欲を感じるようになる。しかしマスタベーションの際に彼は豪華な料理を思い浮かべるのである。たとえば汁がたっぷりかけられた鰻丼を想像しながら果てるわけだ。この手の話はほかでも聞いたことがあるが、性とは何かについて考えるよい材料となる。ここで考えるべきは過酷な状況下における性欲の異常などではなく、マスタベーションの際にわれわれが思い浮かべる(fantasize)女とは、じつは食い物とおなじではないのか、ということである。昔のテレビのコマーシャルに、女がカエルにキスをするとカエルが若い男に変身し、その若い男が女にキスをすると、女がビール缶に変身し、男がそれをうまそうに飲むというのがあるらしいが、こういうところにこそ性を考えるヒントが潜んでいる。

本作は最初から最後まで少しも語りが弛緩することなく続いていく。見事なものだ。心から感服した。

Saturday, December 23, 2023

ジョナサン・カラー「文学理論」


オックスフォードから出ている Very Short Introduction シリーズの一作。1980年代から1990年代にあらわれた文学理論のやさしい入門書。この時期は難解な哲学理論がもてはやされ、文学研究の領域が拡大し、大学の先生がポップカルチャーについて語るようになった。あまり有名でないマイナーな作品に光を当てる動きが出て来たのもこの時期で、わたしが忘れられた作家や作品をとくに扱うのは、あの頃のそうした動向と関係がないとはいえないだろう。読んでいて勉強になると言うより、懐かしさを感じさせる本だった。

内容についてはとくに紹介しない。文学の基本が説かれているので、中高生で批評に興味を持ちだした人が読むと参考になるだろう。

ジョナサン・カラーは小難しい書き方をせず、要点を明快に提示する。その資質を生かしてすぐれた啓蒙書をいくつも出している。ただし、わかりやすいというのはワナでもあって、それは努々忘れてはならない。本当に起爆力を持つ理論はある種の奇怪な核を内包しているのだが、わかりやすさはその奇怪さを常識的ななにかに変えてしまう危険性がある。たとえばカラーはデリダの supplement の概念を紹介しているのだが、非常にわかりやすく解説されていると同時に、それが思考を刺戟するパラドキシカルなわかりにくさを消去してしまっている。バフチンの対話の概念も、政治的な意味合いを持った危険なものなのだが、カラーの紹介の仕方はそこを消去してしまっている。ラカンの鏡像も自己のアイデンティティを確立する契機のように書かれているが、誤解を与える単純化である。読者はそのわかりやすさに安心をおぼえるのだろうが、これでは理論に近づくどころか遠ざかっている。本当の理論というのは簡単な要約を許さない、しかしながら思考を誘って止まないなにかなのである。

それはカラーが本書のなかで何度も言及するロバート・フロストの詩に描かれたようななにかである。

We dance around in a ring and suppose,

But the Secret sits in the middle and knows.

この詩は真に刺激的な力を持つ理論を「秘密」に例えている。輪の核心には解読のできない謎が鎮座している。われわれはその周囲を廻りながら、ああだろうか、こうだろうかと思考をめぐらす(suppose)。さらに重要なのは「秘密」とわれわれのあいだには転移の関係が成立していることだ。われわれは「秘密」がなにかを知っている(knows)と思いこむ。そこに魅力的ななにかかが隠されていると信じ込む。この関係は精神分析の治療現場における、患者と医者の関係と類似し、この転移関係が無意識の読解への糸口を与えるのだ。しかし気をつけなければならないが、精神分析において知っている者(one who knows)とは分析者のことである。しかしここにおいて知っている者とは特権的なテクストのことであり、それを読むわれわれは被分析者の立場にある。つまり被分析者が分析者を分析しようとするわけだ。私にはこういう倒錯的というか、ねじれているというか、奇怪な関係のなかにしか理論的な営みは生じないのではないかと思われる。

Wednesday, December 20, 2023

オリーブ・ノートン「予告された死」


ノートンの「死して横たわりたる」があまりによかったので、さっそく別の作品を読んでみた。「予告された死」(Dead on Prediction)は「死して」に比べると劣るが、興味深い共通点もあった。ノートンの人間を見る目は独特な先鋭さを持っている。

話はこんな具合に進む。ケイト・ロスは警官である夫を失ったばかりだ。しかし活動的な彼女はただ遺族年金を貰って生きていくことを選択しない。もと雑誌記者であった彼女は、占いに関する連載記事を書いて生活の糧を得ようとする。そのときにふと彼女は思い出すのだ。そういえばリリーという十六歳の少女が公園で殺され、いまだに未解決のままの事件があった。たしか新聞記事によると、彼女は占い師を訪ね、夜中に公園に行くのは危ないと警告されていたはずだ。というわけで、ケイトは地元の占い師を取材しながらリリーの運命をぴたりと予言した占い師は誰だろうと探しはじめる。

ところが連載記事用の取材を終え、ことのついでにとリリーのことを尋ねると、占い師たちはみなおかしな反応を示すのだ。そしてとうとうケイトのもとに「これ以上リリーの事件に首をつっこむな」という脅迫状が送られ、さらにケイトとおなじマフラーをしていた雑誌編集者が襲われ、入院という事態に。もしかしたら犯人は雑誌編集者を自分と勘違いして襲ったのではないか、真のターゲットは自分だったのではないか。こうしてケイトと警察(亡き夫の部下たち)による捜査がはじまる。

ノートンという作家は無意識の動機にきっと関心があるに違いない。しかもこの作品が特異なのは、犯罪者の動機ではなく(「死して」の場合は犯罪者の無意識の動機を探っていくが)、ケイトがリリー殺害事件に興味を持つ動機がさぐられていく点だ。ケイトはリリー事件には最初はおざなりな興味しかなかった。ところが時間が経つにつれ、雑誌記事を書くことより、リリー事件に興味が移っている自分に気づいて驚くことになる。そして最後には、この事件には生前夫が関与しており、解決できぬまま亡くなったことがわかる。夫が警察の記録に書き残した謎のようなメモを手掛かりに彼女は事件の真相に近づいて行く。彼女は自分でも知らなかったが、本当は夫のために占いのルポ記事を書こうと決意したのだ。彼がやり残した仕事を完成させるために。最初はルポ記事の「ついで」という扱いだったリリー事件の捜査が、じつは彼女が本当に意図していたことなのである。それがわかる最終章はちょっと感動的ですらある。ある意図の副産物こそ、まさに主体が当初から意図していたものだという認識は,精神分析ではもはや常識だが、ミステリのジャンルでそれを意識化して書いた作品は……どうだろう、わたしが見落としているだけかも知れないが、あまりないような気がする。


Sunday, December 17, 2023

独逸語大講座(15)

第十五課

指示詞
nicht nur...sondern auch [not only...but also]
Karikaturist, m. 漫画家lebhaft, a. 盛なる、活気ある
allgemein, a. 一般的gelehrt, a. 学識ある
Interesse, n. 興味、関心befreundet, a. 親交を結べる
erwecken 喚起するtrauen 信ずる
umgehen 〔分離〕交際するrecht haben [to be right]
grob, a. 粗野のehrenwert, a. 尊敬すべき
ansehen〔分離〕観るvor kurzem 暫く前に
Erscheinung, f. 現象reden 話す
forschen 探求するeben つまり
Ursache, f. 原因Sorge, f. 心配
Hauptwert, n. 主著Briefkasten, m. 郵便函
hineinstecken 〔分離〕入れるMeerbusen, m. 湾
Licht, n. 光

1. Die Züge des Schauspielers sind nicht nur den Japanern, sondern auch der ganzen Welt bekannt. 2. Die Züge, die nicht aller Welt bekannt sind, kann ein Karikaturist zwar lächerlich machen, aber nicht dadurch ein allgemeines Interesse erwecken. 3. Nein, mit dem Nachbar kann ich unmöglich freundlich umgehen, er ist mir zu grob. 4. Ich warte auf den, der soeben ausging und nach einem Augenblick hierher zurückkommen muß. 5. Auf der Straße begegnete mir ein alter Bettler, dem gab ich alles, was ich bei mir hatte.

【訳】1. あの俳優の顔相は(die Züge des Schauspielers)日本人に(den Japanern)のみならず亦(nicht nur...sondern auch)全世界にも(der ganzen Welt)有名である(sind...bekannt)2. 世間一般に(aller Welt)有名でない(nicht bekannt sind)所の(die)その顔相を(die Züge)漫画家は(ein Karikaturist)成る程(zwar)註1滑稽化することはできる(kann lächerlich machen)が併しながら(aber)註1それに依って(dadurch)一般的興味を(ein allgemeines Interesse)喚起することは出来ない(nicht...erwecken)註23. 否(nein)私は(ich)こんな隣人とは(mit dem Nachbar)親しく(freundlich)交際する事は(umgehen)出来ない(kann...unmöglich)註3彼は(er)私に(mir)余りに粗野で(zu grob)ある(ist)4. 私は(ich)唯今(soeben)外出して(ausging)そして(und)一瞬間の後に(nach einem Augenblick)此所へ(hierher)戻って来る筈である(zurückkommen muß)所のその者を(auf den)待っている(warte)註4 5. 街道で(auf der Straße)一人の老いたる乞食が(ein alter Bettler)私に(mir)出逢った(begegnete)その者に(dem)註5私は(ich)持合せていた(ich bei mir hatte)註6所のすべてを(alles, was)註7与えた(gab)

6. Die Philosophen sehen die Welt als eine Erscheinung an und forschen nach deren Ursache. 7. Er liebt Schopenhauer und dessen Hauptwerk: »Die Welt als Wille und Vorstellung.« 8. Das Hauptwerk des Philosophen, den du wenig liebst, erweckt doch ein lebhaftes Interesse bei denen, die du für gelehrte Männer hältst. 9. Nach der Ursache seines plötzlichen Todes zu forschen, ist die Pflicht aller derjenigen, die irgend mit ihm befreundet waren. 10. Er traut nur demjenigen, mit dem er einmal befreundet war, aber nicht dem, den er kürzlich kennen gelernt hat; er hat wohl recht.

【訳】6. 哲学者等は(die Philosophen)現世を(die Welt)一つの現象(eine Erscheinung)と(als)観る(sehen...an)そして(und)それの原因を(nach deren Ursache)註8探求する(forschen)7. 彼は(er)ショウペンハウエル(Schopenhauer)と(und)その主著(dessen Hauptwerk)註9「意志と表象としての現世」を(„die Welt als Wille und Vorstellung“)愛する(liebt)8. 汝が(du)余り愛さない(wenig liebst)註10所の(den)その哲学者の主著は(das Hauptwerk des Philosophen)でも(doch)汝が(二つ目の du)学識ある人々(gelehrte Männer)と見なす(für...hältst)註11所の(die)人々の許に於て(bei denen)盛なる興味を(ein lebhaftes Interesse)喚起する(erweckt)9. 彼の突然なる死の(seines plötzlichen Todes)原因を(nach der Ursache)探求することは(zu forschen)註12苟くも(irgend)彼と(mit ihm)親しくあった(befreundet waren)所の(die)全ての人々の義務で(die Pflicht aller derjenigen)ある(ist)10. 彼は(一つ目の er)その者と(mit dem)自分が(二つ目の er)註13嘗て(einmal)親しくあった(befreundet war)〔所の〕者にのみ(nur demjenigen)信を置く(traut)が併しながら(aber)彼が(三つ目の er)註13最近(kürzlich)識合った(kennen gelernt hat)所の(den)者に〔信を置か〕ない(nicht dem)彼は(四つ目の er)註13恐らくは(wohl)正しい(hat recht)註14

11. Wir ehren nicht denjenigen, der von uns geehrt sein will, sondern nur denjenigen, der uns als ein ehrenwerter Mann bekannt ist. 12. Ich bin dem General, von dem du gesprochen hast, in der Stadt begegnet, da war er aber dieselbe Person, die ich vor kurzem bei meiner Schwester sah. I3. Er war in der Stadt; ich weiß nicht, wo er war; er war irgendwo, trank mit irgend einem, und kam irgendwann und irgendwie nach Hause. I4. Von ihm wird nichts Gutes geredet. Das eben ist die Sorge seiner alten Mutter. 15. Du siehst hier meine ganze Familie: das ist mein Vater, das ist meine Mutter, und dies ist mein Brüderchen.

【訳】11. 我々は(wir)我々から(von uns)尊敬されんと欲する(geehrt sein will)所の(der)者を(denjenigen)尊敬しなく(ehren nicht)て(sondern)我々に(uns)尊敬すべき人として(als ein ehrenwerter Mann)知られている(bekannt ist)所の(二つ目の der)者をのみ(nur denjenigen)12. 僕は(ich)その人に就いて(von dem)汝が(du)話した(gesprochen hast)〔所の〕その将軍に(dem General)市の中で(in der Stadt)出遭った(bin...begegnet)すると(da)彼は(er)併し(aber)僕が(二つ目の ich)最近(vor kurzem)註15僕の姉妹の許で(bei meiner Schwester)見た(sah)所の(die)同一の人で(dieselbe Person)あった(war)13. 彼は(er)市に(in der Stadt)いた(war);僕は(ich)彼が(二つ目の er)何所に(wo)いた(war)〔かを〕知らない(weiß nicht);彼は(三つ目の er)何所か或る所に(irgendwo)いて(war)誰か或る人と共に(mit irgend einem)飲酒して(trank)そして(und)何時だったか(irgendwann)そして(und)どう云う風にだったか(irgendwie)家へ帰って来た(kam nach Hause)14. 彼に就いて(von ihm)善い事は(nichts Gutes)話され(wird...geredet)〔ない〕それが(das)つまり(eben)彼の老いたる母の心配で(die Sorge seiner alten Mutter)ある(ist)15. 汝は(du)此所に(hier)私の全部の家族を(meine ganze Familie)見る(siehst):これは(das)私の父で(mein Vater)ある(ist)これは(das)私の母で(meine Mutter)ある(ist)そして(und)これは(dies)私の弟で(mein Brüderchen)ある(ist)

16. Der Briefträger trat an das Häuschen, fand aber keinen Briefkasten, worein er immer Briefe hineingesteckt hatte. 17. Die Tür tat sich auf und daraus kam eine kleine Magd heraus. 18. Er besitzt ein kleines Landbaus am Meerbusen und darin wohnt er mit seiner ganzen Familie. 19. Er ist mit dem Könige befreundet, darum traue ich ihm nicht. 20. Im Zimmer befindet sich ein alter Tisch, und daran steht eine alte Lampe, bei deren Licht ich schon manche Nächte gearbeitet habe.

【訳】16. 郵便配達夫は(der Briefträger)小さな家へ向って(an das Häuschen)行った(trat=treten)併しながら(aber)その中へ(worein)註16彼が(er)常に(immer)手紙を(Briefe)入れていた(hineingesteckt hatte)註17〔所の〕郵便函を見出さなかった(fand keinen Briefkasten)17. 扉は(die Tür)開いた(tat sich auf)そして(und)その中から(daraus)一人の小さな下婢が(eine kleine Magd)出て来た(kam heraus)18. 彼は(er)一つの小さな別荘を(ein kleines Landhaus)湾に接して(am Meerbusen)所有する(besitzt)そして(und)その中に(darin)彼は(二つ目の er)彼の全部の家族と共に(mit seiner ganzen Familie)住む(wohnt)19. 彼は(er)王と(mit dem Könige)親しく(befreundet)ある(ist)それ故に(darum)僕は(ich)彼を(ihm)信じない(traue...nicht)20. 部屋の中に(im Zimmer)一つの古い机が(ein alter Tisch)在る(befindet sich)そして(und)その上に(darauf)一つの古いランプが(eine alte Lampe)立っている(steht)その光で(bei deren Licht)僕は(ich)既に(schon)幾夜も(manche Nächte)働いた(gearbeitet habe)

【註】〔1〕zwar は、aber と並立して用いられる接続詞である。
〔2〕ein Karikaturist kann nicht...erwecken であることは云う迄もないことである。
〔3〕unmöglich は元来「不可能なる」という意味の形容詞なるも、此の場合打消の副詞 nicht の代理をなしている。
〔4〕warten は、「待つ」という意味の時は、自働詞で、其の対象物(四格)の前に auf の前置詞を置く、日本語では「誰々を待つ」と「を」であるから、四格の目的格を用い度くなるが、此の時は、全然、意味を異にし、他働詞で「誰々を世話する」となる。
〔5〕此の如き位置に置かれたる指示代名詞は、よく関係代名詞と間違えられる恐があるが、左様でない証拠は、定動詞〔此の場合 gab〕が、dem の直ぐ次に位置し、関係文章としての配語法により gab が alles の次に来ていない事で判る。dem は指示代名詞である。
〔6〕etwas bei mir haben 「或物を持合せる」の熟字である。
〔7〕alles に対する関係代名詞は、das, welches を用いず、was を用うることになっている。
〔8〕deren は、Erscheinung の指示代名詞 die の二格である。
〔9〕dessen は、Schopenhauer の指示代名詞 der の二格なることは、意味の上からして、一点の疑問を挟む余地もないが、此の如き場合 dessen は、補足語の名詞を代理し主語を代理する際には、sein の物主代名詞を用いなければならぬ、という規則を記憶して置く必要がある。例えば、Er besucht Freund und dessen Bruder. の文章に於ては、dessen Bruder は「友人の兄弟」で、seinen Bruder なれば、「彼の〔即ち主語の〕兄弟」となる。
〔10〕wenig は、打消の意味を持ち、ein wenig 「少量の」は肯定的意味を持つ。
〔11〕hältst の発音は、殆んど hälzt の音になる。
〔12〕「zu+不定法」は名詞となる。即ち此の文章には nach der Ursache seines plötzlichen Todes zu forschen の全体が名詞的になり、此の場合、主語の役目をなしている。
〔13〕之等の er は、普通は、殊に関係文章の際は、訳さない方がよい。訳すと混乱して文意が却って判らなくなるから。
〔14〕recht は元来 haben の補足語として、das Recht 「理」なる四格の名詞であるが、副詞化して小文字で書いてある。
〔15〕「kurzem は何ですか」と質問さるる方もありませう。之は元来、云う迄もなく名詞であるが、vor kurzem と一緒にして、kürzlich 「最近」と同義の副詞と覚えて頂き度い。
〔16〕=in welchen 〔四格〕
〔17〕今迄手紙を入れるのが習慣であった、の意。

Thursday, December 14, 2023

英語読解のヒント(90)

90. collect one's courage とそのバリエーション

基本表現と解説
  • Raleigh, finding his fate inevitable, collected all his courage. 「ローリーは運命の避けがたきを知り、渾身の勇を奮い起こせり」

collect one's courage は「勇気を奮い起こす」という意味。courage の代わりに strength, energies などを用いれば「力を奮い起こす」となる。

例文1

This respite, which was prolonged, was a sign that the Government was taking its time and collecting its strength.

Victor Hugo, Les misérables (translated by Lascelles Wraxall)

長く続くこの小康状態は、政府が時間をかけてその力をためている証拠である。

例文2

 "M. Valdemar, do you still sleep?"
 As before, some minutes elapsed ere a reply was made; and during the interval the dying man seemed to be collecting his energies to speak.;

Edgar Allan Poe, "The Facts in the Case of M. Valdemar"

 「ヴァルデマーさん、今も眠っているのですか」
 前とおなじように返事がかえって来るまで数分を要した。その間、瀕死の男はもの言う力を振りしぼっているようだった。

例文3

On reaching an old chestnut-tree which she knew, she made a longer halt than the others to rest herself thoroughly; then she collected all her strength, took up the bucket again, and began walking courageously.

Victor Hugo, Les misérables (translated by Lascelles Wraxall)

かねて知っている古い栗の木までたどりつくと、彼女は今までより長めに休憩を取ってすっかり身体を休めた。それからありったけの力を振り絞りバケツをまた取り上げると、元気よく歩き出した。

Monday, December 11, 2023

英語読解のヒント(89)

89. collect oneself とそのバリエーション

基本表現と解説
  • He tried to collect himself. 「彼は自分を落ち着けようとした」

この collect は、ばらばらになったものを一つにまとめるという意味。himself の代わりに senses が用いられることもある。

  • He tried to collect his senses.
  • He tried to collect his scattered senses.
  • He tried to collect his wandering senses.

さらに senses の代わりに wits, ideas, feelings, emotions, faculties, thoughts を用いて、 collect one's wits, collect one's thoughts などということもある。すべて「自分を落ち着ける」という意味になる。

例文1

 "Are you going back to the house, Miss Halcombe?" he inquired, without showing the least surprise on his side, and without even looking after the fly, which drove off while he was speaking to me.
 I collected myself sufficiently to make a sign in the affirmative..

Wilkie Collins, The Woman in White

 「うちに戻られるのですか、ミス・ハルカム」彼はすこしも驚いた様子をみせず聞きました。そう問いかけている最中に馬車は出発したのですが、彼はそのあとさえ見ませんでした。
 わたしはやっとのことで気持ちを落ち着け、そうですと頷きました。

例文2

He sat down on a stone bench opposite the door, which served for seat and bedstead; and casting his bloodshot eyes upon the ground, tried to collect his thoughts.

Charles Dickens, Oliver Twist

彼は入口に向かい合っている石のベンチに腰かけた。このベンチは腰掛けであり、かつ寝台でもあった。彼は血走った目を下に向け、気持ちを落ち着けようとした。

 「彼」は牢屋のなかにいる。

例文3

Having, as I thought, sufficiently collected my ideas, I now, with great caution and deliberation, put my hands behind my back, and unfastened the large iron buckle which belonged to the waistband of my pantaloons.,

Edgar Allan Poe, "The Unparalleled Adventure of One Hans Pfaall"

もう気持ちが充分に落ち着いたと思ったわたしは、ごくごく慎重に用心しながら手を後ろにまわし、ズボンのウエストバンドについている大きな鉄の締め金をはずした。

Saturday, December 9, 2023

英語読解のヒント(88)

88. make one's way とそのバリエーション

基本表現と解説
  • He made his way by groping. 「手探りで進んでいった」

make one's way は「進む」という熟語だが、make の代わりに別の動詞(feel, fight, elbow, force, pay, plough, wend 等)が用いられ、どのように進んだのかを示す場合がある。

  • He groped his way. 「手探りで進んだ」
  • I wended my way here and there. 「あちらこちらを歩いた」
  • He elbowed his way out. 「(肘で)押し分けるようにして外に出た」
  • The vessel was ploughing her way at full speed. 「船は全速力で進んだ」

例文1

But the man is not poor who can pay his way, and save something besides.

Samuel Smiles, Thrift

だが負債をせず、そのうえ幾分か貯えることのできる人は貧乏ではない。

例文2

Nearly every great discovery or invention that has blessed mankind has had to fight its way to recognition, even against the opposition of the most progressive men.

Orison Swett Marden, Rising in the World

人類に恩恵を与えた大発見、大発明は、ほとんどいずれもが認められるまで苦難の道を歩まねばならなかった。ときにはもっとも進歩的な人間の反対にすらあらがわなければならなかった。

例文3

The result of this terrible day was, that Buonaparte withdrew his troops and abandoned all hope of forcing his way through the Russians.

John Gibson Lockhart, The History of Napoleon Buonaparte

この恐るべき日の結果、ナポレオンは兵を引き揚げ、ロシア軍突破の望みを絶つにいたった。

Tuesday, December 5, 2023

英語読解のヒント(87)

87. 同族目的語 (5)

基本表現と解説
  • He kings it well. 「彼はじつに国王らしく振る舞っている」
  • He lords it over the others. 「彼はひとり威張っている」
  • He fought it out to the last. 「彼は最後まで戦った」
  • We boated it. 「ボートで行った」
  • You will have to rough it. 「きみは難儀しなければならない」
  • He carries it with a high hand. 「彼は高圧的にふるまう」

同族目的語を it で置き換えたケース。最初の例で言えば He kings the king. が He kings it. になったのである。

例文1

"We'll train it from Charing Cross."

Fred M. White, The Doom of London

「チャリングクロスから汽車に乗るよ」

例文2

"Surely, my dear, you jest," cried my wife; "we can walk it perfectly well: we want no coach to carry us now."

Oliver Goldsmith, The Vicar of Wakefield

「あなた、とんでもないわ」と妻が言った。「歩いて行けるんだから、馬車なんかいりません」

例文3

We therefore decided that we would sleep out on fine nights; and hotel it, and inn it, and pub it, like respectable folks, when it was wet, or when we felt inclined for a change.

Jerome K. Jerome, Three Men in a Boat

それゆえ晴れた晩には野宿し、雨が降るか、気分転換したいときは、世間の立派な人たちがするようにホテルや旅籠やパブに泊まることにした。

Sunday, December 3, 2023

英語読解のヒント(86)

86. 同族目的語 (4)

基本表現と解説
  • She laughed his loudest. 「声をかぎりに笑った」
  • She smiled her brightest. 「いちばんあでやかな笑顔を見せた」
  • She cried her hardest. 「声をかぎりに泣いた」
  • She breathed her last. 「彼女はこときれた」

最上級の形容詞の次に来る同族目的語を省略したケース。

例文1

It is yesterday again since we parted — yesterday, since your dear hand lay in mine — yesterday, since my eyes looked their last on you. My love! my love!

Wilkie Collins, The Woman in White

あなたと別れてまた一日がたった。あなたのいとしい手が、わたしの手のなかにあったときからまた一日がたった。わたしの目が最後にあなたを見てからまた一日がたった。ああ、愛する人よ!

例文2

He, too, ran his very best; but, try as he might, the physical advantages were not upon his side, and his outcries and the fall of his lame foot on the macadam began to fall farther and farther into the wake.

R. L. Stevenson, New Arabian Nights

彼も懸命に走った。しかしいくらがんばっても肉体的優位は彼の側にはなかった。彼の叫び声と、舗道に響くびっこの足の足音はしだいに遠ざかっていった。

例文3

Never find fault with a new dress, especially if it is a costly one; because, as she wants to please you and to appear her best for you, she will never again wear that dress, and you will have to buy her a new one. Praise that dress, old man. Be sure that you do.

Max O'Rell, "Guide to Married Happiness"

新しい服はけっしてけなしてはいけない。値が張るものであればあるほど、そうだ。というのは、細君というものは諸君を喜ばせ、諸君にたいしてもっとも美しく見せようとするのだから、けなすとその服は二度と着なくなってしまう。したがって諸君は新しいのを買ってやらねばならなくなる。新しい服は褒めなさい。必ず褒めなさい。

英語読解のヒント(111)

111. never so / ever so (1) 基本表現と解説 He looked never so healthy. 「彼がそのように健康そうに見えたことは今までになかった」 He looked ever so healthy. 「彼はじつに健康そうに見...