Tuesday, March 31, 2020

「闇の深みへ」無料配布終了のお知らせ

四月一日となりましたので、「闇の深みへ」の無料配布を終了します。ダウンロードしてくださった方々にはお礼申し上げます。        


COLLECTION OF ENGLISH IDIOMS

早稲田大學敎授 深澤裕次郎著
應用英文解釋法
東京英文週報社發行

(p. 101-105)

範例
If he were not ill he would attend the meeting.
As it is, he stays at home.
彼が病氣でなければ會に出るのである。
併し病氣であるから家に居る。

解説
As it is (was)......
    =As things are (were).
    =As matters stand (stood).
      斯る事態にて。
   斯う云ふ次第で。
  故に
   (But) as it is (was) not the case.
   (併し)事実さうで無いから。
  と解す可し。
 此 Clause は常に Sentence の初に在りて目前の状態を emphasize し、且つ次の事を云はむとする理由として前の事を反復するものなり。例へば
   If he were not ill he would attend the meeting.
      As it is,
=(a)|as things are,        |
    |As matters stand,     |he stays at home.
=(b)  As it is not the case,|
=(c)  As he is ill,         |
      彼が病氣で無ければ其會に出るのである。
 (a)さう云ふ次第で               |
 (b)(併し)さう(=健全)で無いから|彼は内に居る。
 (c)(併し)病氣で有るから     |
の如く As it is は (c) (But) as he is ill(病氣で有るから)に當るものにして場合に依り、現在とも過去ともなる外には其受く可き Clause の何たるを問はず、常に As it is (was) と云ふ一定の形式を以て前の Sentence を代表するものなり。而てこの Clause の前には上掲の如き Subjunctive の Sentence か又はそれと同樣假定の意の Sentence 有るを常とす。
 次に As it is を用ひずして前の語を其儘反復せる一例を示す可し。
 If I had been strong enough to sit up in my chair I should of course have bowed. Not being strong enough, I smiled my acknowledgments instead.
    W. Collins
    (Not being strong enough=As I was not strong enough=As it was).
    私は倚子に起き直れるほど體がしつかりして居たなら勿論頭を下げたで有らう。併しそれほどしつかりして居なかたから頭を下げる代りに笑顔を作つて禮を云つた。

用例
1.  "I should like to go far away on a pilgrimage, on some great exploit," she went on. "As it is (=But as I cannot go far away, etc.), the days pass by, life passes by, and what have we done?
    Turgenev
    私は何か大きな手柄をしに遠方へ巡禮に行きたいのです、それが出來ないから月日もたち、生涯もすぎ、何もなし得た事は無いのです。

2.  Had we come from any other country we could not have had permission to enter Sebastopol and leave again under three days--but as it was (=but as we came from America), we were at liberty to go and come when and where we pleased.
    Mark Twain
  私共が米國以外の國から來たのならば我々はセバストポールに入り三日以内に再び去る許を得る事は出來なかつた、然し米國から來たのであるから好きな時に好きな所へ行つたり來たりする事が自由であつた。
  Had we come=If we had come 來たならば。at liberty 勝手、随意、自由。

3.  Had she brought a plate or saucer from the salon, it would have been all very well. As it was (=But as she did not bring a plate or saucer from the salon) she was obliged to keep her eye intent on her right hand, and to proceed very slowly on her return journey.
    A. Trollope
  食堂から皿か鉢でも持つて來れば善かつたらうに。さうでなかつたから右の手に眼を注ぎ乍ら極そろそろ歸つて行かなくてはならなかつた。
  Had she brought=If she had brought 彼女が持て來たならば。

4.  When the London carmen treat their wives as well as they treat their horses, I shall appreciate their sentiments of humanity; as it is (=As things are=But as they do not treat their wives as well as their horses), they only remind me of the love of the Turk for his dog.
    Max O'Rell
    若し倫敦の馭者、其妻を遇すること馬を遇するが如く善く有らんには余は其仁心を賞す可し、然るに今の有樣にては彼等は唯余をして土耳其人の犬を愛する事を思はしむるのみ。
  remind......of を思はせる。

5.  It was an injudicious speech. If Ronald had only caressed her, all would have been sunshine again; as it was (=but as Ronald did not caress, but scolded her), the first impatient words she had ever heard from him somote her with a new, strange pain, and the tears overflowed.
    C. M. Braeme
    それは輕卒な言で有つた。ローナルドが勞つてさへやつたなら萬事また晴れやかになつたで有らう、然るに上に云ふやうな譯であつたから、始めて良人から聞いた氣短かな言が新しい異樣な苦痛を彼女に感ぜしめ而て涙が溢れたのである。

6.  These wounds were less severe than they would have been, had not the heavy jacket which I had on, cleansed the teeth of the lion in their passage. As it is (=As matters stood=But as it cleansed the teeth), the were soon cured and gave me no trouble afterwards.
    N. N. R. IV.
    此創は獅子が齒を立てた時に私が着て居た厚地のジヤケツが其齒を拭はなかつた場合よりは輕かつた、併し其齒を拭つたから、創は程なく癒えて其後その爲に困ると云ふ事は無かつた。
  Less severe よりは輕い。had not the heavy jacket which I had on=if the heavy jacket which I had on had not......私が着て居た厚地のジヤケツが……しなかつた場合に。in their passage 齒が通つた時。

7.  Poor human nature! Had he been an old man, even a middle-aged man, she would not have left him to his unmerited sufferings. As it was (=But as he was a young and handsome man), though she completely recognized her duty, and knew what justice and goodness demanded of her, she could not do it.
    A. Trollope
    人情の愚かさよ! 相手が若し年寄りか、中年の人でゝもあつたら、こんな不都合な苦しみに捨て置く事はなかつたらう。併し相手が若い好男子であつたので、自分のす可き道は充分に知り乍らも道理上、親切上、充分に知り乍らも、それをする事が出來なかつたのである。
  Had she been=if she had been 彼女が……であつたなら。demand of に要めた

8.  What a great matter a little fire kindleth! Ten cents' worth of salt would have saved all the misery and distress. As it is (=But as there was not ten cent's worth of salt), Danbury has some twenty persons with damaged backs or legs, the owner of the building has four suits on hand for damages.
    J. M. Bailey
    あはれ、一點の火より非常な大事の起るものかな。十錢程の盬が有つたら、此災難を救うたで有らう。併しそれが無かつたからダンベリーには背中を痛めた人、脚を折つた人が約二十人出來、家主は四人の人から損害賠償を訴へられて居る。

Saturday, March 28, 2020

フットナー「非中立的殺人」(1944)

ハルバート・フットナーは非常に軽快なミステリを書いたカナダ生まれの作家である。わたしは彼の作風が好きで、一作だけ翻訳を出している。興味のある方は御覧いただけるとありがたい。彼はマダム・ストーリーを主人公にした作品で有名だが、リー・マッピンという犯罪研究家を主人公にしたシリーズも書いている。後者はなかなか手に入らないので、fadepage.com から Unneutral Murder が出たときはうれしくてならなかった。

しかし読んでみるとこれはフットナーの悪い側面が出た作品のようだ。第二次大戦中、マッピンが助手と共にポルトガルのリスボンに渡る。彼らはポルトガルにいるエージェントに暗号の説明をする使命を帯びていた。この暗号というのは敵国(ドイツ)のスパイに知られないようにするため、紙に書いて送ったり、電信電話で説明することができないのである。

ポルトガルでの活動はなかなか大変だ。とういのはポルトガルは中立国で、アメリカともドイツとも友好的な立場を取らなければならないからである。マッピンたちは常にゲシュタポたちに見張られながら活動をしなければならない。また現地の警察の協力を得ようとしても、ポルトガルとしては友好国の一方にだけ肩入れするわけにはいかない。協力は限定的とならざるをえない。

そんな困難な状況のなかで、マッピンたちはナチスに追われる人々を救ったり、いろいろな冒険を重ねるわけだ。そしてとうとうマッピンの助手はゲシュタポに殺される……。

マッピンがスパイを演じるというところは意表を突かれたけれど、しかしエピソードが横にただ連なっているだけで、なんのうねりもない。しかも一つ一つのエピソードもスパイものとしては単純で、面白くない。どんでん返しがどこにもないのだ。はじめから結末がわかってしまう。フットナーの軽快な筆致は、ともするとこのような単調さに陥る。おそらくドイツに立ち向かうマッピンという、プロパガンダ的な作品を書こうとしか思っていなかったのだろう。残念な一作だった。

Friday, March 27, 2020

無観客試合

二十世紀前半のスペイン風邪と、大恐慌が一度にやってきたみたいな時期なので、時事ネタを扱えばいくらでも記事が書けそうだ。しかしこういうときこそ逆に落ち着いて考えなければならない。事態はパニックに陥るにはあまりにも深刻すぎる、とスラヴォイ・ジジェクも語っていた。

昨日、プロレス興行も無観客試合をしてはどうかと書いたが、プロレスリング・ノアは行政的な要請もあって実際に二十九日に無観客試合をやるようだ。おやおやと思っていたら、なんと全日本プロレスもチャンピオン・カーニバルの初戦を無観客でやることになった。

昨日も書いたように、無観客自体はそう悪いことではない。普段は雑音で聞こえない音や息づかいが聞こえ、試合は迫力を増すかも知れない。カメラの眼はあるものの、完全に選手たちだけといっていい世界で彼らがどんな振る舞いを見せるのか、ある意味で純粋な「プロレス」が見られるのではないか、「プロレス」のあらたな魅力が垣間見られるのではないか、などと、わたしは期待している。文学や芸術においても、きびしい検閲の中で、逆に創造性が発揮されるという例は数多くある。もちろん無観客や検閲が望ましいなどというわけではないのはもちろんだけれど。

政府はメルケル首相のように「われわれは文化事業の重要性を忘れてはいない、活動に従事する人々を全力で支援する」と力強いメッセージを出し、その体制を急遽ととのえなければならないのだが……。

Wednesday, March 25, 2020

全日本プロレス――興行すべきか

全日本プロレスのファンとして、コロナウイルスが興業の大きな支障となっている事態を深く憂えている。興行できなければ会社は成立しない。しかし興業は大勢の人が集まることを意味し、彼らを感染の危険にさらすことでもある。とくに東京は感染者の数が増えつつあり、韓国のように徹底した対策を取っていない日本では、今後爆発的な拡大が起きる可能性もある。いや、その予兆はすでにあるのだ。

だとすれば、相撲のように無観客試合ということも考えなければならないだろう。会場も小さなところ、あるいは道場でやってもいいかもしれない。それを全日本プロレスTVで配信するのである。これはそんなに悪いアイデアではないような気がする。相撲の場合、無観客のせいで逆に肉体同士のぶつかる音が迫力をもって伝わり、意外と面白いように、プロレスだってある種の条件の中で行われるとき、予想外の魅力を見せるのではないか。プロレスラーがアマレスのルールで試合をするとき、あるいは客受けする派手な技をいっさい使わず地味な関節技の応酬を見せるとき、われわれファンははっとし、熱狂的にそれを受け入れてきた。もちろん声援が聞きたいという選手の気持ちもわかるが、異常事態が発生しているのだから、それに合わせて行動するのもいたしかたないと思う。

そしてなによりも肝心なのは、政府がこうした文化活動を守るためにしっかりした財政出動をしたり、税制上の措置を取ることだ。フリーランスに十万円を「貸し付ける」とか、貯金されることを恐れて商品券のみを配布するというような、ふざけたことを考えている場合ではない。イギリスは働けなくなった人々に対して給与の80%を支払うことにしたぞ。日本円に換算すると、月額で最大三十数万円の補助だ。

Tuesday, March 24, 2020

海外メディア

わたしがよく読むニュースサイトはBBCとガーディアン。シュピーゲルもときどき読む。(わたしはメルケル首相のファンなのだ)

BBCはニュースも見られるし、ラジオドラマやドキュメンタリーも聞けるとあって、すばらしいの一言。コロナ関連のニュースも充実している。このところ毎日見ているのは Live Reporting で、世界から発信されるニュースが時々刻々と表示される。たとえば三月二十四日にはフィリピンの保健省が、コロナウイルスの患者数を501、死者数を33と発表したが、韓国と比較すると検査数があまりにも少ないため、患者数はこれよりもはるかに多いはずだと専門家が警告しているという。日本も検査数が少なすぎるため、発表されている患者数は信用できないということだろう。しかしフィリピンは海外からの検査キット寄付を受け、一日千人の検査ができるようになるらしい。彼らは実際に検査をやるだろうし、そうすれば東南アジアにおける感染具合がより正確にわかる。対策を考える際の貴重な資料になる。とにかく、BBCニュースにはこんな具合に世界中から五分か十分おきに新しいニュースが入ってきて、すこしもあきないし、貴重な情報源だ。

ガーディアンにもコロナ関連ニュースのライブ報道がある。こちらもかなりの頻度で記事が更新され、世界中のおもだったニュースに眼を通すことができる。たまたまこちらにもフィリピンのニュースが出ていたので紹介すると、フィリピンのゲリラたちが、国連の呼びかけに応じてその活動を「ロックダウン」するらしい。「今は武力衝突をロックダウンし、われわれの生命にかかわる真の戦いにともに照準を合わせるべきときである」とゲリラは声明を出したそうだ。じつはこの認識はわたしが訳した「闇の深みへ」の認識と重なるところがある。人間同士の闘争は、狂った自然の闘争から派生したものでしかない。だから第一章ではアダムたちの軍隊と敵との戦いは、自然が繰り広げる闘争という「大本」に「回収されて」しまうのである。しかしこのことはいずれブログでゆっくり話をしようと思う。

海外メディアのよいところは、なんといっても、日本を外部の視点から見ることができるという点だ。政治家の言動や政策を比較して客観的に評価を下せる。

Monday, March 23, 2020

「闇の深みへ」無料配布のお知らせ

コロナウイルスのせいで図書館が閉鎖され、イギリスでは本屋さんも店を閉めているようですね。こんな時期なので少しでも人の気晴らしになればと思い、翻訳を完了したばかりの「闇の深みへ」を、これから一週間、無料配布します。下のリンクをクリックすればepubファイルがダウンロードされるので、ご自由にお読みください。無料配布期間(三月三十一日まで)が過ぎたらアマゾンから販売する予定です。

闇の深みへ.epub 

「闇の深みへ」はルネ・フュレップ=ミラーという人が書いた反戦小説です。第一次世界大戦なのか、第二次世界大戦なのか、よくわかりませんが、とにかく大規模な戦争が起き、三一七高地という架空の場所で兵士たちが生死の境をさまよう話です。滑稽でありながら残酷、シュールでありながら現実的という、一風変わった作品です。

反戦小説といえば、ベルタ・フォン ズットナーの「武器を捨てよ! 上下」(新日本出版社)も名作ですよ。なにしろわたしも訳者の一人として参加した作品ですから(笑)。

健康に気をつけていっしょに試練を切り抜けましょう。

Sunday, March 22, 2020

完全犯罪という夢

ピーター・スワンソンという作家が「完全犯罪の規則」という作品を出版するにあたり、ガーディアン紙に完全犯罪を扱った小説について記事を寄稿していた。(Making a killing: what can novels teach us about getting away with murder?)この中の一節が面白かった。

完全犯罪は完璧なソネットか完璧なローストチキンのように、近づくことはできるけれども、決して到達できない理想である。探偵や物語の伝統が到達することを妨げるのである。

それはそうだ。完全犯罪であっても探偵の登場するミステリでは解決されなければ逆に面白くない。まあ、解決の糸口すらつかめず、「なんという完璧な犯罪だろう」と名探偵が感嘆して終わる作品があってもいいけれど。

それはともかく、これを読みながらわたしは、究極の完全犯罪とはなんだろうか、と考えた。単に証拠が残らない犯罪とか、犯人が捕まらない犯罪というのではつまらない。スワンソンは完全犯罪をソネットにたとえているが、完全犯罪にはある種の芸術性が必要なのだ。

そのとき、ああ、そういえば、と、クリスティーの「ネメシス」という作品を思い出した。これはミス・マープルが出てくる作品で、別に完全犯罪を描いたものではない。「ネメシス」の特徴はなかなか殺人が起きない点である。普通は百ページも読めば(どんなに展開の遅いミステリであっても)必ず殺人が起きるのだが、この本ではそれがなかなか起きない。十代の頃に読んだので内容はおぼろなのだが、確かミス・マープルが依頼人とともに豪華客船に乗り、旅する様子が延々と描かれている。

わたしは「ネメシス」を読みながら、ひょっとしたらこれは究極のミステリになるのではないかと期待した。いつまでたっても殺人は起きない。平凡な日常がどこまでも続くだけだ。ところが本の最後でミス・マープルが、なにも起きていなかったようだけれど、じつは犯罪が起きていたことを指摘し、さらに厳密な論理を用いて犯人までもぴたりと当てるのではないか。

そんなことを期待しだしたとたんに殺人が起きて、わたしはがっかりした。ミステリを読みながら、殺人が起きてがっかりしたのは、後にも先にもこの一回しかない。

しかし、わたしがふと思いついた究極のミステリは、なかなかいい完全犯罪を描いているといえるのではないだろうか。一切の波風を立てず、起きたことも気づかれないような犯罪。日常の中に反日常(殺人)が織り込まれるのだけれど、織り込まれたことがまったくわからない。こんな犯罪なら完成度において芸術的といえるのではないか。もちろんそれを見破る探偵も、それこそ神のような探偵だろう。

Friday, March 20, 2020

ミステリと集合

ミステリという形式がなぜ文学作品の中によく取り込まれるのか。アラン・ロブ・グリエとか、大西巨人とか、錚々たる大文学者が、なぜミステリに魅了されるのか。知的なゲームだからか。それともこの娯楽形式には文学が思考を巡らさなければならない問題点を含んでいるからなのか。

わたしはミステリという形式には妙な問題が含まれているからだと思う。たとえば集合という観点から見たとき、ミステリが表現する集合はずいぶん奇怪な集合である。

ミステリ小説の本文が始まる前のページにはよく登場人物表が載せられている。あれを見ながら誰もが「この中の誰かが犯人だな」と考える。そこから除外される人間ももちろんいるだろう。シリーズものの名探偵の名前や、その助手などは、犯人ではないと考えられる。そんなふうにして残った人間が「犯人かもしれない人の集合」を形作る。

この「犯人かも知れない人の集合」には変な特徴がある。まず、この集合は犯罪を構成した人間によって意図的に作られた集合である。そして彼自身がその要素として集合の内部に存在している。もしも犯人がアリバイ工作をして犯罪を犯し得ないような見かけを作ったとした場合は、彼は空集合として「犯人かも知れない人の集合」の中に存在している。(自己言及性)

それ自身を含む集合というのは数学でも出てくるが、ミステリの扱う集合にはさらに変な特徴がある。集合の要素のあいだに要素らしさの(つまり犯人らしさの)濃淡がつくられるのだ。それはそうだ。犯罪を構成した犯人は、自分にもっとも容疑がかからないようにする。集合を構成した、その集合の要素がもっともその集合にふさわしくないような見かけを作り出すのである。(錯視効果)

こうした数学の集合とは異なる、ミステリの集合の奇怪さの中に、人間あるいは主体の問題が内包されているのではないか。ラカンが集合論について、主体の問題を捨象したところに成立していると云ったのはこのことではないか。

Wednesday, March 18, 2020

基準独文和訳法

権田保之助著
有朋堂発行
「基準独文和訳法」より

問題4

Der Geist, das unkörperliche Ich eines Menschen, bedarf, um auf den Geist eines andern Menschen zu wirken, stets eines Mittels, eines Werkzeugs, das nicht mehr rein geistiger Natur ist, sondern das den Sinnen zugänglich sein muß, das entweder gesehen oder gehört, betastet oder geschmeckt oder gerochen werden kann.

研究事項
1)das unkörperliche Ich の訳は?
2)eines Mittels, eines Werkzeugs といふ二格は何物か?
3)das nicht mehr rein geistiger Natur の geistiger Nature は主章成分の何であるか?
4)den Sinnen zugänglich sein の意味は?
5)das nicht mehr 以下……の文の接続詞の照応の関係を明らかにすべし。

解釈要項
1)das unkörperliche Ich は「非肉体的自我」でもいゝが「無形の自我」と云つた方がいゝ。
2)eines Mittels, eines Werkzeugs は bedarf (bedürfen の三人称・単・現)の二格補足語であり、eines Werkzeugs は eines Mittels の Apposition。
3)geistiger Nature は第二格で Prädikat である。
4)den Sinnen zugänglich sein は「五官に到達し得るものである」の義。
5)das nicht mehr rein geistiger Natur ist, sondern das den Sinnen zugänglich sein muß, das entweder gesehen oder gehört, betastet oder geschmeckt oder gerochen werden kann. (尚ほ entweder...order を weder...noch と間違はぬやう注意)

訳文
精神即ち一個の人間の無形の自我が、他の人間の精神に働きかけんが為めには、常に一個の手段、即ち一個の道具を必要とするものであつて、此の道具たる最早純精神的性質のものには非ずして、五官に触れ得るものでなくてはならぬのであり、或は目にされ、耳にされ得、或は触れられ味はれ又は嚊がれ得るものである。

Sunday, March 15, 2020

COLLECTION OF ENGLISH IDIOMS

早稲田大學敎授 深澤裕次郎著
應用英文解釋法
東京英文週報社發行

(p. 92-101)

範例
(a) Stormy as it was, we tried to pitch our tents.
(b) Stormy though it was, we tried to pitch our tents.
  暴風雨で有つたけれども我々は天幕を張らうとした。

解説
(a) Stormy as it was,......
    =Stormy though it was,......
(b) Stormy though it was, ......
(a)|
(b)|=Though it was storymy,......
     暴風雨で有つたけれども……

 この Clause は Complex Sentence の Dependent Clause にして Verb の Complement となるものは (1)Noun (2)Adverb (3)Adjective (4)Past Participle なり、而て Conjunction の "as" は "though" の意に解す可し。例

(1) Physician |as    | he was, he was quite at a
       |though|
    loss what to do.
    彼は醫者であつたがどうして善いか全く分らなかつた。
(2) Carefully |as    | he lifted it, the vase fell
       |though|
    to a thousand pieces.
    注意して取り上げたけれども其器は微塵に破れた。
(3) Late |as    | it was, he stared at once.
     |though|
    時刻は遲く有たが、彼は直に出發した。
(4) Deprived |as    | he was of all his weapons,
       |though|
    he would not give in.
    武器は悉く奪はれたけれども彼は降伏するを欲しなかつた。

〔註一〕(b) は though を初に置き、Though it was stormy,......と云ふ普通の形に改むる事を得れども (a) は之を改めて As (=though) it was stormy,......となす事能はざるはもと Be it as stormy as it was (=Though it was stormy) と云ふ形が略されて (Be it as) stormy as it was となりたるものなるが故なり。若し (a) を改めて As it was stormy,......とする時は as は though の意を示さずして since, because (故に)の意となる。

次の二文を比較す可し。
(a) Stormy as it was, we pitched our tents.
   =Stormy though it was, we pitched our tents.
   =Though it was stormy, we pitched our tents.
    暴風雨であつたけれども天幕を張つた。
(b) Stormy as it was, we could not pitch our tents.
   =As it was stormy, we could not pitch our tents.
   =Since it was stormy, we could not pitch our tents.
  暴風雨であつたから天幕を張る事が出來なかつた。

  Stormy as it was の as の though の意なりや、將た since の意なりやは文意に依りて定むるの外なし。例

  It was too far to go for me, weak and ill as I was.
  C. Doyle
  私には遠くて行けなかつた、弱つて不快であつたから。

 Taken as I was by surprise, I confess that astonishment and terror so far mastered all my faculties that, without daring to cast a second glance towards the apparition, I walked rapidly back into the garden.
  L. R. V.
 私は餘りに不意を食つたので、實のところ、驚きと恐怖の爲に全く度を失ひ、二度とその化物を見ずして急ぎ庭に引き返した。

〔註二〕(1) の場合に於ける Noun には Article を附せず。

用例
I
1.  Child as he was, he was desperate with hunger, and reckless misery.
    C. Dickens
    彼は子供であつたが、空腹の爲に夢中になり、辛苦の爲に前後の辨へもなくなつて居た。
  desperate 必死、夢中。reckless 向う見ず、前後のわきまへなし

2.  "Nay, I only meant that, girl as she is, she is evidently accustomed to what is called 'society.'"
    Mrs. Craik
  いや、僕の云ふのは唯、あの女はまだ娘だけれども、所謂「交際社會」と云ふものには明かに慣れて居るやうだと云ふ丈だ。

3.  Lawyer as he was to the very marrow of his bones, I startled him out of his professional composure.
    W. Collins
    彼は骨髄までも法律家で有つたけれども、私は彼を驚かしその職業柄の沈着を失はしめた。
  to the very marrow of his bones 「骨髄までも」「頭の底までも」。startled him out of 驚かして……を失はせた。

4.  Strong man as he was, his eyes grew dim with tears and his lips trembled with deep-drawn bitter sob.
    M. Clay
    彼は意志の強い男であつたが、兩眼は涙に曇り、唇は深くしやくり上げた苦しいしやくり泣の爲に震へた。

5.  Republican as he was, the young American took off his hat with almost a sentiment of devotion to the retreating carriage.
    R. L. Stevenson
    この若い米人は共和國の人では有つたが、殆ど敬虔の年を以て帽を脱ぎ、立ち去る馬車を見送つた。

6.  Following the line of his outstretched hand, my eyes fell upon a sight that made me jump, old hunter as I was in those days.
    H. R. Haggard
    彼が指す所を辿つて見て、私は驚きの餘り飛び上るほどのものを見た、當時すでに老猟人であつたけれども。
  Following the line of his outstretched hand 伸ばした手の線を辿つて。my eyes fell upon 認めた。

7.  Much as sheep look alike, there is a difference between them, and John knows one from another.
    四二 大阪高工
  羊は殆ど同じやうに見えるが相違が有る、而してジヨンは其の區別を知つてゐる。
  knows one from another 甲と乙との區別が分る。

8. But, dearly as he loved liberty, there was one thing he loved even more,--Regulus loved his native land.
    S. R. III.
    併し彼の自由を愛するは深かつたが、彼がそれよりも深く愛したものが一つあつた、即ち、レギュラスは自分の本國を愛したのである。
  even more 更に多く。

9.  But, little as he said, his whole face beamed with pride and pleasure. It was, in truth, a great step forward.
    Mrs. Craik
    併し彼は多くは語らなかつたが、誇りと嬉しさで滿面輝き渡つた。それは實に一大進歩であつたのだ。
  whole face 顔ぢゆう。in truth 實に

10. Little as I had seen of him by the shifting light of the lantern on the links, I had no difficulty in recognizing him for the same.
    R. L. Stevenson
    私は砂丘の上を通つて行く角燈のちらちらする光で僅かに彼を見たのであつたが、容易に同じ人だと見分ける事が出來た。
    links **(二字不明)の海岸に在る砂丘。for the same 同じ人として。

11. No doubt, much as worthy friends add to the happiness and value of life, we must in the main depend on ourselves, and every one is his own best friend or worst enemy.
    三七 *(一字不明)電
  云ふまでもなく良友は人生の幸福と價値とを大に增すものではあるが、我々は多くは自分に頼ねばならぬ、それで人みな自分の最も善い友ともなり、また最も惡い敵ともなるのである。
  add to (=increase) 增す(「減ず」は take from なり)。in the main 主として、おもに。depend on たよる。

12. There was something so honest and earnest in the tone of the boy, that, much as Harmon had felt disposed, at first, to sport with his ignorance, he could not refrain from giving him a true answer.
    S. U. R. IV.
    其子の語氣が如何にも正直で熱心であつたのでハーマンリーは餘程相手の無智をからかつてやらうと思つたのではあるが本當の答を輿へずには居られなかつた。
  felt disposed 心持になる。sport with からかふ、弄ぶ。refrain from......せずに居る。

13. There is nothing in any of the northern countries with which to compare the richness of tropical growth; and lovely as are the tints in a broad American landscape, they are as nothing in point of splendour to those of tropical scene.
    四四 東京高師
  北方の國に於ては如何なる所にも熱帯植物の盛なる繁茂に比す可きものは何もない。茫漠たる米國山野の色彩は如何にも美であるが、壮大と云ふ點に於ては熱帯地方の色彩に比べては全で話にならない。
  as nothing 比較にならぬものゝやう。云ふに足らぬやう。

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14. Young as he was he was not unequal to the task.
    三七 専門
  彼は若かつたがその仕事に堪えないものではなかつた。

15. Yet, silent as he was, I knew perfectly well what it was over which he was brooding.
    C. Doyle
   然し彼はだまつては居たが、彼が考へて居るのは何であるかそれを私はよく知つてゐた。

16. Old as he was, Marlborough's designs had drom the first all the dash and boldness of youth.
    四○ 農大實科
  老いたりと雖マールボローの計畫は初より年少の勇氣と剛膽を具へて居た。

17. Weak as he was, he slowly and painfully worked his way to the edge of the bed-end and to his feet.
    Munsey Magazine
    彼は衰弱しては居たが静に苦しげに寢臺の端にゐざつて行つて下に居りた。
  worked his way にぢりよつて行つた。(worked) to his feet 立ち上つた。

18. But these honest patriots, poor as they were, were above selling their country at any price.
    G. P. Quackenbos
    併し此等の正直な愛國者は貧しくは有つたけれども、金で國家を賣るやうな人間ではなかつた。

19. Incredible as it may seem, the spirit cheerfully answered Yes to that astounding proposition.
     Mark Twain
     信ぜられないやうに見ゆるが亡靈は其驚く可き問題に對して快活に「然り」と答へた。

20. Strange as it may seem, window glass is luxury of which the country people of Japan know little.
    三二 一高
  不思議に見えるけれども窓硝子は日本の田舎の人の殆ど知らない贅澤品である。

21. Curious then as the conclusion may be, the cold ice of the Alps has its origin in the heat of the sun.
    三二 海兵
  して見ると結論は奇體に見えるがアルプス山の冷たい水は太陽の熱に基因するのである。

22. Quite diligent as he appears to be, your brother has made little progress since he entered the school.
    三四 外語
  貴下の兄弟は本當に勉強家のやうに見えるけれども、入學してから餘り進歩しない。

23. Cold and dreary as it is in Manchuria, our soldiers are quite at home, and equal to any task whatever.
    三八 山口高商
  quite at home (=at ease) 全く安心して。全く平氣で。
    滿州は寒くて淋しいが我が兵は全く平氣で如何なる仕事にも堪へる。

24. Short as was the time he had known her, Dora had, in some mysterious way, grown to be a part of himself.
    C. M. Braeme
    彼がドラを知つた時日は短く有つたけれどもドラは何か或る不思議な方法で彼の一部で有る樣になつて了つた。

25. Late as it was, I flew to New York and got a policeman to conduct me to the headquarters of the detective force.
    Mark Twain
    遲くは有つたが自分は紐育へ急行し巡査に賴んで探偵本部へ連れて行つて貰つた。

26. Easy as it might be to inaugrate a system of small economies, there are lots of women who refrain from taking the preliminary step.
    New York Herald
    小さい經濟の方法を立つるは容易かも似れぬが世間にはその必要な豫備的方法をとらない女が澤山ある。

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27. I found it a little difficult to keep pace with my guides, burdened as they were.
    三一 一高
  案内者は荷物を持て居たのであるが、それでも彼等に後れないやうにするのは少々困難であつた。
  to keep pace (=to keep up; not to fall behind)「に後れぬやうにする」keep の代りに hold を用ふるも同じ。

28. Deprived as he was of the fluency of speech, we did not feel his kindness the less.
    三五 高校
  彼は言語の流暢を奪はれしと雖、我々は彼の親切を感ずる事は減ぜざりき。

29. Accustomed as he was to the rubs of his profession, Berthelini was unpleasantly affected by the landlord's manner.
  R. L. Stevenson
    ベルセリニは其職業のいやな事柄には慣れて居たのではあるが、主の樣子を見て不快に感じた。

30. Deprived as he was of all external attractiveness, he showed himself full of kindness to all who came to him, and, though he never would put himself forward, he had a welcome for every one.
    Souvestre
    彼は外形の美しくないが、近づいて來る者には皆々親切を盡し、自分からは出ては行かなかつたが、訪れて來る人をばみな歡迎した。
  external attractiveness 「外部の美」とは容貌の美を云ふ。showed himself = showed that he was. full of kindness (=all kindness=very kind) 非常に親切。

31. "Thou knowest" said Hester--for, depressed as she was, she could not endure this last quiet stab at the token of her shame--"thou knowest that I was frank with thee. I felt no love, nor feigned any."
    N. Hawthorne
    「あなたは御存じでせう」ヘスターが斯う問ひ掛けたのは打ちしほれては居たが、耻辱の印(緋文字)に向つて柔かに一と突き突き込まれたのを堪へ忍び得なかつたからで、「あなたは御存じでせう、私があなたに對して正直に申しましたのを。私はあなたに對して少しも愛を感じなかつたのです、また、愛を持て居る樣子もしませんでしたのを」。
  this last quiet stab at the tokenof her shame 「貴樣にこの事が有らうと先見す可きであつたに、それに氣がつかなかつたのは不覺であつた」と柔かに、而も、鋭く己の急所を突かれたるを云ふ、token of her shame とはこの Hester と云ふ女が破廉耻罪を犯しゝし印として胸に*(一字不明)ひ着け居る A と云ふ字の Scarlet letter (緋文字)を云ふ。feigned の any は any love なり。

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32. Child though she was, she was more than a match for him.
    彼女は子供であつたが、彼の敵ではなかつた。
  more than a match for him 彼には匹敵異常、彼には迚もかなはぬ。

33. Marius, dreamer though he was, possessed a firm and energetic nature.
    V. Hugo
    マリヤスは空想家ではあつたが、確乎たる剛健なる性質を持て居た。

34. Man of learning though he was, Loui XVIII, nevertheless, loved a little joke.
    A. Dumas
    ルイ十八世は學者では有つたが、それでも少々冗談を好んだ。

35. Felons, though they were, I could never refuse the charity they invariably prayed for.
    H. Conway
    彼等は罪人では有つたが、私は彼等が始終嘆願する慈悲をば拒む事は出來なかつた。

36. It was not easy to astonish Javert, still, master though he was of himself, he could not supress his emotion.
    V. Hugo
    ヂヤヴールを驚かすのは容易ではなかつた。併し(縄目を解かれて)自分の體は早や自分のものになつたに拘らず、彼はその驚を禁じ得なかつた。
  master though he was of himsself (Javert は自分を殺すと思つた Jean Valjean に思ひ掛けなくも縄目を解かれて)自分の體は自分のものになつたけれども

37. And, man of peace though he was, I was very sure I saw in the other--what always lay near his strong box, at his bed's head at night.
    Mrs. Craik
    父は平和の人では有つたが私は彼が他の方の手に一夜分いつも枕元の金庫の側に置いてあつたもの(短銃)を握つて居るのを見たと信ずる。
  in the other の次に hand を補ひ見よ。what etc. は短銃なり。Strong box 小さい金庫。

38. Englishman though he was, he filled his Oriental tower with masterpiece from Italy and Holland, only to add form and color to the luxuries of his reverie, behind his gilded lattices.
    P. G. Hamerton
  彼は英國人で有つたけれども、伊太利や和蘭から得來つた名畫を以てその東洋的の塔を充たして居た。併し之は其の金の格子の中で耽つて居る空想に形状と色彩を輿へんが爲であつた。

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39. Tenderly though she laid it, the baby soon opened its eyes.
    彼女はそつとねかしたが赤兒は直ぐに眼を開いた。

40. Old though she was, her strength was truly marvellous.
    彼女は老人であつたが、その力は眞に非凡であつた。

41. Weak though she was, she struggled to a sitting position.
    彼女は弱つては居たが、やつと起き直つた。

42. Bare and plain though the room was, it had that nobility which comes from ancient usage.
    Ouida
    其室は飾もなく質素であつたが、古く使用されたと云ふことから生ずる尊さをもつて居た。

43. At the motion of his hand the four rioters resumed their seats; the more readily, because their violent exertions had wearied them, youthful though they were.
    N. Hawthorne
    彼が手を振ると踊つて居た四人の者は坐に着いた。彼等は若くあつたけれども、其劇しい運動の爲に疲れたから、直ぐに坐に着いたのであつた。
  resumed 再び着いた。the more readily それが爲に一層たやすく(席に着いた)。

44. Thus paradoxical though it may seem, pain is one of the conditions of the physical wellbeing of man; as death, according to Dr. Thomas Brown, is one of the conditions of life.
    S. Smiles
    故に矛盾して居る樣に見えるけれども苦痛と云ふものは人間の肉體的幸福の條件の一つである。博士トーマス、ブラウンの説に從へば、死と云ふものは生の條件の一つで有るが如く。

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45. Startled though he was, he did not lose his balance.
    彼はびつくりはしたが體の平均は失はなかつた。

46. Inexperienced though he was, he had still a strong sense of the danger of Sibyl's position.
    O. Wilde
    彼は無經驗ではあつたが、それでも猶ほシビルの境遇の危險なのを強く感じて居た。

47. I know him, changed though he was; but he did not know me in the least, as, indeed, was not likely.
    Mrs. Craik
    彼は變つては居たが私には分つた。併し私を少しも覺えて居なかつたが、それは如何にも尤であつた。
  knew は knew again と同じく、recognized(それと見知つた、誰と云ふ事が分つた)の意。in the least 少しも。as was not likely 分ると云ふ事は有りさうもなかつたが。

Friday, March 13, 2020

驚き

言語学者のソシュール、経済学者のマルクス。わたしはどちらも大好きだ。なぜならソシュールはいつも言語に対して驚き、マルクスは貨幣の謎に魅了されていたから。彼らが残した書き物(ソシュールの場合は彼の学生が書き残した講義録)を読むとそれがよくわかる。

ソシュールは変化する言語のとらえどころのなさについて「人間が使うものなのに、人間とは違うべつの生き物みたいだ」と云っていた。彼はそのことをいろいろな箇所で、言葉遣いを変えながら繰り返し述べている。そしてその不可解な言語について思考するなかで、決定的に重要な認識をわれわれにもたらしてくれたのである。

彼は年老いてから頭がおかしくなり、アナグラムにこり出したなどと考えられているけれど、わたしは断然違うと考える。彼はあいかわらず言語の不可解さに取り憑かれていた。だから奇怪な研究にのめり込んだのだ。

マルクスは経済の仕組みを理解し尽くした地点から「資本論」を書いているわけではない。どんなに考えても謎だから書いたのだ。

「一つの商品は、見たばかりでは自明的な平凡な物であるように見える。これを分析してみると、商品はきわめて気むずかしい物であって、形而上学的小理屈と神学的偏屈にみちたものであることがわかる」

「商品世界のの中における貨幣の存在は、動物世界の中でライオンやトラやウサギやその他全ての現実の動物たちと相並んで「動物」なるものが闊歩しているように奇妙なものだ」

ところが後代の研究者たちはなぜかソシュールやマルクスの大本にある驚きを消し去ってしまおうとする。わたしはそれが不満でならない。言語も貨幣も文学作品も、こんなに不可解なものはないだろうに。

Wednesday, March 11, 2020

「キング・ジョー・ケイ」ケネス・ローブソン(1945)

久しぶりに読むドック・サヴェッジものである。

世界中に隠然たる勢力を誇る、とある女陰謀家から依頼を受け、ドック・サヴェッジは、これまた陰謀家であるイトルという男の秘密の計画に手を貸すこととなる。この計画がいかなるものかは、物語の進行とともに明らかになる。読者はなにが起きているのかを、読み進むうちに知るわけだ。(ほとんど最後の部分にいたってようやく全貌が判明する)

物語の背景が最初に確立され、それから事件が起きるという書き方ではなく、物語の軸あるいは方向性が与えられることなく事件が進展していく。いわば読者は上下左右の区別がない、無重力空間に放り出されたまま事件の展開を見守らなければならない。こういう書き方は、ジャンル小説においては、だいたい1940年代に現れだした。善悪の区別が判然としないノワールの出現とほぼ軌を一にしている。

「キング・ジョー・ケイ」におけるこの物語形式は、じつは内容を反映している。ネタバレになるけれども、要するに、世界中の航空会社が空の覇権を握ろうと勢力争いをしているのである。この勢力争いがイトルという男の秘密の計画に関係しているのだ。ギャングの場合だろうと航空会社の場合だろうと、勢力争いというのは意味付けの軸を定める争いの謂いである。意味付けの軸が確立する前の混乱した状況、それが物語の形式にもあらわれているのだ。

人によっては本作をドック・サヴェッジものの最高傑作と呼んでいる。確かにアクションと謎がうまい具合に折り合わされ、退屈する暇がない。(いったいドック・サヴェッジはいつ寝ているのだろうか?)

しかしわたしはこの作品をあまり評価しない。なぜならドック・サヴェッジも航空会社のオーナーであって、この物語は結局のところ、彼がライバル会社の悪だくみを暴くというものでしかないからである。ドック・サヴェッジの冒険は、自社の権益を守るためのものでしかない。しかも彼は弱肉強食、生き馬の目を抜くこの業界の中で「ホワイト・ナイト」と呼ばれているという。なんだろう、この言い方は。資本主義において「ホワイト・ナイト」など存在するのだろうか。パルプ小説であってもこの認識の浅さにはあきれ返る。

Tuesday, March 10, 2020

プロレス雑感

Wrestle-1 が活動を停止するというニュースは衝撃的だった。Wrestle-1 は全日本から分裂してできた団体で、常態的に赤字がつづき、オーナーによる補填ももう無理ということで三月いっぱいで活動をやめることになったらしい。全日本に登場したことのある吉岡選手とか、イケメン選手、大森のタッグパートナーである征矢選手などはわたしも知っている。イケメン選手は国外に活躍の場を求めて出ていったが、吉岡とか征矢とかほかの選手はどうするのだろう。フリーになるか、他団体に流れて行かざるをえないだろうけど……。プロレス界としてもあぶれた選手達をうまく吸収してほしいものだ。

全日本の野村がチャンピオン・カーニバルを欠場することになった。怪我の治療に専念するためだ。ジェイクとのツーショットが全日本プロレスのホームページに出ていて、どこか寂しげな表情をしているのが印象に残った。もちろん焦りや不安が心の中で渦巻いているだろうけれど、怪我による長期欠場は誰もが経験すること。いまどきの観客は怪我を押して出場したって、そんな選手を誰もほめない。しっかり治療にはげんで、万全の体制でまた元気に動き回ってほしい。野村の朋友のジェイクだって長期欠場し、充分に治療とトレーニングを重ねて再出発した。

全日本プロレスで、あすなろ杯が二十年ぶりに復活する。参加選手は若手四名、大森、青柳、田村、ライジングHAYATO だ。HAYATO は愛媛プロレスの選手だが、一時的に全日本に「留学」に来ている。他団体の選手と云うことで青柳とか田村はライバル意識を燃やしているようだが、これはいいことである。見ている方も面白い。秋山が社長になってから全日本は外部からの刺激を上手に取り込むようになった。彼自身が一度全日本を出て、また戻ってきたという経歴を持っているからだろうか。あすなろ杯参加選手の中では大森とライジングHAYATO が頭一つ抜けているようだが、田村も身体ができてきたし、技も豊富になってきたので、ちょっと期待している。青柳は骨折でしばらく欠場していたが、あばれまくって存在感を見せて欲しい。

Saturday, March 7, 2020

パンデミック文学

コロナウイルスが発生して以来、カミュの「ペスト」が売れているのだそうだ。フランスだけではなく、日本でもそうらしい。

伝染病を扱った文学はかなりある。しかも(今、こんなことを云うのはいささか軽率かもしれないが)読んで面白いものが多い。ポーの短編「赤死病の仮面」はデカダンな味わいがたまらないし、デフォーの「ペスト」は記録文学として秀逸である。ボッカッチョの「デカメロン」、ヘッセの「ナルチスとゴルトムント」、マンゾーニの「許嫁」。いずれも傑作として知られている。また、あまり知られていないがメアリ・シェリーも「最後の人間」というSFみたいな本を書いている。

ジャンル小説、つまり大衆向けの作品に眼を向けるなら、この手の作品は数知れない。クライトンの「アンドロメダ病原体」、グレッグ・ベアの「ブラッド・ミュージック」。ウエルズの「宇宙戦争」ではウイルスがエイリアンをやっつけてくれた。ホラーの大家であるキングやクーンツ、ミステリ分野の大物ル・カレやP.D.ジェイムズにも伝染病を扱った本がある。医学スリラー専門のロビン・クックもたぶんパンデミックものをなにか書いているだろう。

パンデミック文学のよいところは面白いだけでなく、考えさせるところである。科学の意味とか、人間存在の意義とか、平時は自明視している社会という構造物について鋭く反省をうながされるのだ。カタストロフィの地点から日常をとらえ返すのは大切なことだ。マルクスは恐慌から資本主義の働きを考えたし、フロイトも精神異常から正常の意味を考え直した。作家はパンデミックを想像することで日常に反省を加える。名作が多いのも当然だろう。

コロナウイルス騒動のせいで図書館が閉まっているようだが、自宅にこもりがちな週末などには本屋でパンデミック文学を捜してきて読むのも一興だと思う。読書は案外ストレスの解消にもなる。

Friday, March 6, 2020

小さな出版社

大手の出版社、たとえばペンギンとかクノップとかから出る作品は、もちろん気になるし、ホームページを毎月一度はチェックする。しかしそれ以上に気になるのが小さな出版社、英語で independent press といわれるところである。こういうところはアグレッシブに過去の忘れられた作家や、海外の新人作家などを発掘しようとする。大手の出版社から出る本は、名声の確立した作家の、質的にも安定した作品がメインとなるが、小出版社は冒険的な作家の選び方をする。そこがたとえようもなくいいのだ。

本年度の国際ブッカー賞のロングリストが発表になったが、ノミネートされた十三作品のうち、九作品はインディー系の出版社から出た本だった。プーシキンとかオイローパとかチャーコ・プレスなどだ。昔は五つの大出版社から出た本ばかりがノミネートされていたが、今は小さな会社が気を吐いている。

しかも彼らは収益もあげているようだ。もちろん経営の苦しい会社もあるのだろうが、中産階級の白人だけでなく、もっと多様な人種的・社会的背景を持つ作者を紹介している小さな会社をいろいろ調べたら、売り上げが80%近くも伸びているという結果が出たそうだ。

欧米では昔から男性作家ばかりが注目されること、本の内容に文化的な多様性が欠けていること(たとえば中産階級の白人作家は大量にいるが、移民の視点から書かれた本は少ない、など)、こうしたことが何度も問題にされてきた。大手の出版社はどうしても保守的だが、インディー系の出版社はLGBTの動きを反映して本の選定をしたり、古い作家、マイナー作家にもスポットライトをあてようとする。大手の出版社がしようとしない、文化の裾野の拡大という役割を、彼らは引き受けているのである。

読書家もある程度すれっからしになると、忘れられた作家、外国の未知の作家、入手困難な珠玉の名品などを貪欲に探し出そうとするものだ。そうした人間にとって小出版社の動きは目が離せないのである。

Monday, March 2, 2020

基準独文和訳法

権田保之助著
有朋堂発行
「基準独文和訳法」より

問題3

Kultur ist die Erhebung des Menschen über den Naturzustand durch die Ausbildung und Betätigung seiner geistigen und sittlichen Kräfte. Sie entsteht durch das Zusammenwirken vieler innerhalb einer menschlichen Gesellschaft, die sich auch selbst wieder in Wechselwirkung mit der Kultur zu festeren und höheren Formen entwickelt.

研究事項
1)durch die Ausbildung und Betätigung seiner geistigen und sittlichen Kräfte の訳は?
2)vieler の意味、そして durch das Zusammenwirken vieler innerhalb einer menschlichen Gesellschaft の訳?
3)selbst はどの名詞の強力代名詞か?
4)sich zu etw entwickeln の訳し方?

解釈要項
1)durch die Ausbildung und Betätigung seiner geistigen und sittlichen Kräfte は「彼の精神的及び道徳的諸勢力の完成と活動とに依つて」であつて、「彼の精神的並びに道徳的諸勢力を完成せしめ働かしむることによって」と訳す。
2)vieler は「多数人の」といふ不定代名詞第二格である。これを「多くの場合には」とか、「他の社会よりもより多く」とか、「より多く発達する」とか、又は vielmehr (寧ろ)の意味に解するとかすると(これは甚だよく多くの学生が陥り易い誤だが)、全然意味を成さぬことゝなる。故にdurch das Zusammenwirken vieler innerhalb einer menschlichen Gesellschaft は「人間社会内部に於ける多数人の共働に依つて」と訳す。
3)selbst は関係代名詞 die が代表する eine menschliche Gesellschaft の強力代名詞である。
4)sich zu etw entwickeln は「或ものに発達させられる」である。――一体、再帰動詞は訳出に際して受動の形を用ゆるとピタリと適合する場合が随分あるものである。これを記憶して置いてほしい。

訳文
文化とは人間の精神的及び道徳的諸勢力を完成せしめ働かしむることによつて、人間が自然状態以上に高まることをいふ。それは人間社会内部に於ける多数人の共働によつて成立するものであるが、此の人間社会それ自身が亦更らに文化との交互作用によつて一層確実にして高い形式に発達させられる。

Sunday, March 1, 2020

数学と国語

数学は答があるからわかりやすい。でも国語は答が一つじゃないし、曖昧だから、わかりにくい。世間的にはそんな評価が蔓延している。

数学というのは無矛盾の体系を作ろうとする。すくなくとも二十世紀の初めまでは、そのようなものを作ろうとしていた。ところが数学を基礎づけるはずの集合論に決定的なパラドクスが発見され、ゲーデルが数学という試みの不完全性を証明してしまった。無矛盾の体系を作ろうとしても、そこには証明も反証も不可能な領域が存在してしまうことを「証明」してしまったのだ。本当は数学はそこまで勉強しなければならない。

証明も反証も不可能な領域。そう、数学にだって答は一つじゃない、曖昧な領域があるのだ。中学や高校ではそこまではいかないから数学は答がはっきりしている、などと思うのである。

文学(テキスト研究)は数学が自壊する地点をはじめから含んでいる。排中律の成立しない領域に於いて思考を展開しようとする。しかし排中律が成立しないからと云ってメチャクチャが展開されているわけではないのだ。ハムレットじゃないが、狂気の中にも一定の論理がある。その論理は案外数学的(トポロジカル)であったりするのだが。

英語読解のヒント(111)

111. never so / ever so (1) 基本表現と解説 He looked never so healthy. 「彼がそのように健康そうに見えたことは今までになかった」 He looked ever so healthy. 「彼はじつに健康そうに見...