Saturday, June 29, 2019

「ブラックネルの一家」 The Bracknels

フォレスト・リードが1905年に発表した作品。1947年にはこの作品を書き直し、Denis Bracknel として「再発表」している。後者のほうは、わたしはまだ読んでいない。

ブラックネル家は金持ちの家にありがちな人々で構成されている。父親は事業家で、金儲けや実務の能力で人を判断する。彼には情婦がいて、情婦に子供をつくらせてもいる。母親はそんな夫のそばでおどおどと主婦業に専念している(主婦業と言っても女中のいる立派なお屋敷に住んでいるのだが)。子供は節操のない我が儘な人間ばかりだ。長男はばくちや競馬にうつつを抜かし、仕事はまるでできない。家族に秘密で結婚し、早々に結婚したことを後悔している。二人居る二十代の娘はどちらも跳ね上がりで、自分の思うようにいかないとぷんぷんと怒り出す。ただ十五歳の一番下の息子はおとなしく、内向的で、あまりしゃべらず、ちょっと秘密めいたところがある。

その一番下の息子(デニス)のために若い家庭教師が雇われた。彼は住み込みでデニスの先生になる。

もちろん娘二人は、この若くてハンサムな家庭教師を放って置くわけがない。あの手この手を使って接近を試みるのだ。

こんなふうに粗筋を書くと、じつに平凡な話、どこか喜劇めいたところさえある物語のように思えるだろう。しかし全体の雰囲気はその逆で、ゴシック小説のような不気味さをどことなく漂わせている。それがこの小説の魅力でもある。書こうと思えば思い切り通俗的にも喜劇的にも書けるのだが、なぜか時代遅れのゴシック風の書き方をした小説なのだ。

なぜそんな書き方をするのかというと、作品の中心人物(ここではデニス)が想像力と感受性に富んだ少年であり、世の中の悪を敏感に感じ取り、どこにも所属することができない、繊細な人間だからである。彼は自分の世界に閉じこもり、外の世界のグロテスクなありようにふるえ、おびえる。家庭教師である語り手はそんな彼と世界をつなぐ架け橋になりそうであったのだが、残念ながら物語の最後で悲劇が訪れるのだ。

わたしは以前「春の歌」という、これまた内向的な少年を描いた作品を読み、その異様さに圧倒されたが、この二作を見る限り、フォレスト・リードというのはなかなか興味深い作家である。ジョイスに影響を与えたとも言われる「暗闇を追って」やジェイムズ・テイト・ブラック記念賞をとった「若きトム」なども読んで見ようと思う。

Thursday, June 27, 2019

ジジェクの講演

ジジェクの講演は星の数ほども YouTube にアップロードされている。わたしは暇なときによくこれを聞いている。一つの講演が質疑応答を含めて二時間以上も続くので聞き応えがある。

最初はジジェクの知的アクロバットに幻惑されるかもしれないが、いろいろ聞いているうちに、彼の論点が次第に整理されてきて、慣れれば彼がこれからあのエピソードを話すな、などと先を予想することができるようになる。

しかし今でも新しい論点を見出し、精力的に議論を展開するジジェクは、さすが一流の哲学者だし、自分の政治的な立場を徹底してつらぬいているところは尊敬に値する。

わたしは最近 Slavoy Zizek - Hegel in Athens: what would Hegel have said about our predicament? という二部構成の講演記録を聞いた。これはジジェクの講演のなかでも出色の面白さ、そして知的な刺激を持っている。

とりわけ第二部の質疑応答で、ジジェクがデリダについて語っている部分は、非常に興味深かった。ジジェクはデリダをよく攻撃するが、しかしいつもその攻撃はデリダ本人に向けられるのではなく、デリダ派、つまりデリダのエピゴーネンに向けられる。それを聞きながら、案外ジジェクはデリダと似たものを持っているのではないかと思っていたが、この講演でジジェクははっきりとある程度までデリダの功績を認めている。しかしジジェクはデリダの「声」とか「エクリチュール」にたいする考え方にさらなるひねりを加えていくのだ。そしてデリダ本人もこのひねりの可能性について気づいていたかもしれないと指摘している。

このあたりの議論は圧巻で、熱を帯びたジジェクの声に会場もしんと静まり返っていた。哲学に興味のある方は是非聞いていただきたい講演である。

Monday, June 24, 2019

COLLECTION OF ENGLISH IDIOMS

早稲田大學敎授 深澤裕次郎著
應用英文解釋法
東京英文週報社發行

(p. 42-44)

範例
He will devour you, skin and all.
彼はお前を皮ぐるみ食べて了ふぞ。

解説
......and all

......and everything
......and everything else
の意にして
   其他皆
......始め皆
......諸共
......ぐるみ
など譯す可く、事物を列擧し自餘のものを省略するに用ふ。Et cetra より遙に語勢強し。
猶ほ此形は上掲 skin and all (皮諸共)に於けるが如く Adverbial Objective の如く用ふる場合多し。
Cf.
......and all that = and all the rest of it; and so on

用例
1.  Here he is -- wig, whiskers, eyebrows, and all.
    C. Doyle
    之が其老爺だ――假髪、附髯、附眉、其他。
2.  Then I think if you were an active man, you might swarm up, wooden leg and all.
    C. Doyle
    さうすれば、若しあなたが身輕人間なら、義足諸共、攀ぢ上る事が出來ようと思ふ。
3.  He himself took the roast ram from the table, ate it, bones and all, and vanished.
    R. Nisbet Bain
    彼自ら食卓から燒羊を取り、骨ぐるみ、それを食べ、それから消えて了つた。
4.  The first blast of wind laid it [= the tree] flat upon the ground, nest, eagles, and all.
    L' Estrange
    風が颯と吹いて來ると忽ち其樹を巣、鷲諸共に地上に倒した。
5.  I shall traverse every inch of that old tower -- haunted room and all -- before I am a week older.
    The Duchess
    私は一週間經たない中に其古い塔――不開の間はじめ皆――を隈なく探らうと思ふ。
  every inch of (の各吋)は「殘す隈なく」の意。
6.  We shall be lying off in the stream, and it will be a strange thing if we do not take men, treasure and all.
    C. Doyle
    我々は河の沖に待て居る。それで若し我々が寶諸共彼奴等を捕へる事が出來なかつたなら、それこそ不思議だ。
7.  I asked nothing better than to throw myself down, damp clothes and all, upon that snowy coverlet; but for the instant my curiosity overcame my fatigue.
    C. Doyle
    私は其雪の樣な蒲團の上に、濡れた着物ぐるみ、ねて了ふより外に望はなかつた、併し暫くは好奇心が疲勞に打勝つた。
  asked nothing better than より外に望む所はなかつた。for the instant 一時は。
8.  Rather let me regale you with a breakfast such as you have never eaten since the day of your birth, only take care that you don't swallow your tongue and all.
    R. Nisbet Bain
    それよりはあなたが生れてから食べた事のないやうな朝飯を御馳走致しませう、唯(あまりうまいので)舌も何も一緒にお腹(なか)へやらないやうにお氣をおつけなさい。
9.  For the moment my wounds and my troubles had brought on a delirium, and I looked for nothing less than my five hundred hussars, kettle-drums and all, to appear at the opening of the glade.
    C. Doyle
    暫くは傷と困難との爲に昏睡状態に陥り、部下の五百の輕騎が、(?)鼓諸共、空地の入口に現はるゝを待つより外はなかつた。
10. The general once more raised his cane, and made a cut for Charlie's head; but the latter, lame foot and all, evaded the blow with his umbrella, ran in and immediately closed with his formidable adversary.
    R. L. Stevenson
    大將は又もや杖を振り上げ、チヤーリの腦天目掛けて斬り込んだ。併し後者もさるもの、跛諸共傘で受け止め、相手の懷に飛び込んで忽ち其の豪敵に組みついた。
    ran in 懐に飛び込んだ。closed with 組みついた
11. There are children who cry when they see the moon reflected in a pail of water, because they want it. I know a child who was cured. He got it, pail and all, thrown at his face by a father whose patience was easily exhausted.
    Max O'Rell
    桶の水に映る月を見て取て呉れろと泣く子が有るものだが、私の知てるのに其癖の直つたのが有る、他では無い、其親仁は忽ち堪忍袋の緒を切らしてバケツ諸共其のお月さんを子供の顔に投げつけたからである。

Saturday, June 22, 2019

岡田に期待する

青木選手の突然の死は、思っていた以上にわたしにとっても衝撃だった。全日本プロレスについてなにか書こうと思っても、青木選手のことを考えると、ただ茫然としてしまって、なにも書く気がなくなってしまうのだ。

しかしほかの選手たちが悲しみをこらえつつ試合に挑んでいる姿を見て、わたしもまたプロレスの記事を書こうと元気をふりしぼることにした。

六月の十八日に行われた後楽園大会ではメインイベントで岡田祐介が佐藤光留と対戦した。結果は腕ひしぎ逆十字で佐藤が勝ったが、試合時間が十八分。岡田がそうとうふんばった。

わたしは以前から言っているのだが、岡田がジュニアの中心に飛び出したとき、全日本のジュニアは変化すると思う。岡田の行動や発言を聞けば、彼が独特の情念の持ち主であることがわかる。あの情念は独特の磁場を形成して全日本のジュニアを引っ張る力になるはずなのだ。岩本は実力はあるが、どこか力が内向し、迫力が外にむかって放出されない。もちろん人間は小さなきっかけでがらりと変わるものだ。岩本が大化けする可能性は否定しないものの、今のままではなにか物足りない。それに取って代わる存在は岡田しかいない。青木の盟友であった佐藤からプロレスを学び、はやく彼と互角に戦える選手になってほしい。それこそが青木への供養じゃないだろうか。

Wednesday, June 19, 2019

精神分析の今を知るために(5)

ジャック・ラカンはドストエフスキーの言明「神がいなければすべてが許される」をひっくり返して、「神がいなければすべてが禁じられる」と言った。この転倒は神を否定するリベラルな快楽主義者をよりうまく説明する。彼らは快楽の追求に人生を捧げている。しかしこの追求のための空間を保障する外的な権威が存在しないため、彼らは政治的に正しい規則(PC)をみずからにおしつけるのだ。まるで伝統的な道徳よりももっときびしい超自我が彼らを支配しているように。彼らは快楽を追求する際に他者の空間を傷つけたり侵犯するのではないかと怖れ、他者にいやな思いをさせないためのさまざまな規制を設け、みずからの行動を縛る。もちろん自分自身のためにも、同じくらい複雑な規則をつくりあげる。フィットネス、健康食品、リラクセーションなどなどだ。快楽主義者になることぐらい過酷で規制に縛られるものはない。

一方、厳密にこれと対応しているのが、暴力的なくらい直接的な形で神に向かい合う人々である。つまりみずからを、神の意志を実現する手段と考えている人々である。すべてが許されているのは彼らのほうである。原理主義者こそが、キルケゴールのいう「宗教による倫理の保留」を行っている。神の使命を果たすという名目で彼らは何千という人を殺しているのだ。

2010年11月9日にニューヨーク・パブリック・ライブラリで行われたスラヴォイ・ジジェクの講演から

Monday, June 17, 2019

E-Reader の進化

今年は電子書籍用のリーダーを買おうと思っていたのだが、その矢先に Boyue から Mimas という新機種が登場し、それに対抗する形で Onyx が Note Pro を発売した。それらの使用感をいろいろと調べている最中にも、新しい機種がさまざまな会社から売り出され、Boyue は Alita というさらなる上位機種を用意しているというニュースまで入ってきた。一つ五万円くらいするものなので、しばらく様子を見て、機能や価格を充分比較検討した上、購入することにした。

中でも Alita には注目している。スペックが高く、SD カードが使える。Mimas はデバイス自体がやや重いという欠点があったが、今回の製品はそれが大部軽くなっているようだ。しかも六月下旬に販売が開始されるようだが、九月のファームウエアのアップデートでは、アンドロイド8.0が使えるようになると言う。だとすれば画面を分割して使用することができるということだろうか。それならタブレットを使ってやっている今の作業が E-Reader でできるようになる。

最近、急激に E-Reader は進化した。競争が激しくなると製品の質がどんどん向上する。

Saturday, June 15, 2019

ジェレミー・コービンと「ユリシーズ」

この前、ウィンストン・チャーチルを扱ったので、今回も政治家と文学の話をしよう。

六月十六日は「ブルームの日」と呼ばれている。ジェイムズ・ジョイスの記念碑的な作品である「ユリシーズ」はこの日一日の出来事を詳細に描いているのだが、その主人公がブルームという広告取りの男なのである。おそらくアイルランドでは「ユリシーズ」全編がラジオかなにかで朗読されるだろう。世界中で「ユリシーズ」をめぐるシンポジウムや学会が開かれるだろう。それくらいジョイスのこの作品は傑出しており、ブルームの日は有名なのである。

ガーディアン紙はこの日を前に、なんとジェレミー・コービンが「ユリシーズ」を愛読していることを記事にした。ご多聞に漏れずコービンも最初は「ユリシーズ」の難解さに辟易し、途中で本を投げ出したことが何度かあるようだ。しかし彼は物語の流れを無視して、ところどころ面白そうな部分を断片的に読みだした。それが功を奏してコービンは「ユリシーズ」が好きになったらしい。たしかにこういう読み方がいいかもしれない。物語の大筋はいろいろな本やウエッブサイトで紹介されているから、それを読んで一応把握しておき、あとは読めそうなところを拾い読みする。それだけでも結構得るところはあるはずだ。

コービンは文芸批評家ではないから、なにか特異な「ユリシーズ」論を展開しているわけではない。しかし次の一言には批評精神が感じられる。「ジョイスは街中で起きていることを豊かに描き出している。たとえば誰かが政治的な大問題について演説しているとき、ごみを積んだ荷車が通り過ぎるんだ」このような描写からコービンは次のような考え方を引き出す。「ぼくらはブレクシットとか、そんな大問題にどっぷりつかっているかもしれないが、多くの人はちがうんだ。彼らにとって日々の生活はもっと大切だ。政治家は忘れちゃいけないんだよ、人々は生活しなきゃならないんだってことを、そして口にこそしないけれど、しばしば彼らは夢を抱いているってことを」

コービンは「ユリシーズ」のほかにもチヌア・アチェベの「崩れゆく絆」とかベン・オクリの「満たされぬ道」もよく読み返すらしい。

イギリスの政治家には、衰えたりとはいえ、いまだ文人精神が息づいている。文学を読み、そこからなにごとかを汲み取る想像力がある。「おっぱい」を連呼するどこぞの政治家とは大違いである。

Friday, June 14, 2019

「サヴローラ」ウィンストン・チャーチル作

チャーチルは一作だけ長篇小説を書いている。それがローレニアという架空の国家を舞台にした政治小説「サヴローラ」だ。

ローレニアという国は内戦後、独裁者によって支配されるようになった。それに対する革命勢力を率いるのが表題のサヴローラという男である。

独裁者モラーラは革命勢力の秘密の活動について情報を得ようと、みずからの美しい妻ルシールをスパイとしてサヴローラに接近させる。

ところがルシールは、果断で知性的なサヴローラに恋をしてしまうのである。

彼女がサヴローラに接触した晩、革命勢力はついに行動を起こし、王宮に攻め入ろうとする。迫力のある戦闘場面がつづく。

独裁者モラーラはついに革命勢力によって殺害される。

ところがモラーラに忠実な海軍がローレニアに戻って来て、革命勢力の指導者サヴローラを引き渡さなければ首都を砲撃するという。革命勢力はその要求をのむが、サヴローラはルシールとともに逃げ出し、首都は海軍の攻撃によって崩壊する。

ざっとこんな話である。前半は美しいスパイによるハニートラップが描かれるが、後半はすさまじい市街戦が展開される。この部分はなかなかの迫力だ。革命軍は小麦粉が詰まった袋をつみあげて塹壕を築くのだが、それに敵の銃弾があたり「クリームのように白い奇妙な煙があがった」というあたりに、わたしはリアリズムを感じた。

すばらしく硬質な文章で、物語の展開のさせかたも堂に入っている。チャーチルの教養を存分に味わうことが出来る作品だ。サヴローラがチャーチルにとって理想的指導者であったのか、また、ルシールはチャーチルの母親をモデルにしているらしいが、この作品にオイディプス的欲望を読み取るべきなのか、わたしは今の段階ではちょっとよくわからない。しかしこの作品がたんなる手すさびではなく、彼が長く自分の内部であたため、どうしても表現せざるをえなかったなにものかであることは、よくわかる。

ウィンストン・チャーチルにはアメリカに住む同名の従弟がいたようで、彼も作家だった。そのため Internet Archive へ行って、ウィンストン・チャーチルの名前で作品を検索すると、両者の作品が入り混じって表示される。わたしもこれは知らなかった。ご注意。

Tuesday, June 11, 2019

作家の平均収入

ガーディアン紙に英国著作権料回収団体(Authors Licensing and Collecting Society)の作家収入に関する調査結果が記事となって出ていた。手っ取り早く内容を要約するなら、作家収入の年平均は一万ポンドしかなく、生きていくためには副業や婚姻相手の収入に頼らなければならないという状況なのだそうである。

しかも作家収入は過去と較べて徐々に減る傾向にあるようだ。だとすれば、作家業以外の収入がまずなければ、作家にはなれないという事態がおきつつあるということだ。いや、実際いま、そうなっているのである。

女性は男性より収入が低いから、作家になろうとするなら男性よりも不利な条件下におかれる。有色人種は白色人種より収入の道がきびしいから、作家になろうとするなら白色人種より不利な条件下におかれる。労働階級の人々はもちろん、作家になろうとするなら上流階級の人々より不利だ。

こういうことが積み重なると、文学はエリートのものとなり、作家の多様性から生まれる文学全体としての豊饒さは失われてしまうだろう。ある人々は文学による自己表現の権利・機会を奪われるのである。それどころかゆくゆくは生き残ったエリート文学者すら文学に従事できなくなるだろう。

ある種の功利主義的思考が文化をずいぶんやせ細らせている。文化の大切さを唱える者は、反時代的な態度をとらざるをえない。

Saturday, June 8, 2019

火野葦平と戦争小説

戦争小説を訳そうと思っているが、これを機にと、戦争小説でまだよんでなかった本を去年の終わり頃から読みはじめた。火野葦平の兵隊ものはその一つである。

彼は戦犯作家と認定されたが、確かに「土と兵隊」や「麦と兵隊」を読むと、他者にたいする視線の欠如に唖然とする。

ただ「土と兵隊」は非常に参考になった。どこが参考になったかというと、兵隊が泥まみれになって、進軍していくという部分である。

わたしが訳そうと考えている小説も「土と兵隊」と同様に季節は秋だ。そして山中を行軍するのだが、雨が降り、本道は泥濘と化し、兵隊達は泥人形のようになるのである。そして主人公である語り手は、「われわれは敵と戦っているのではなく、泥と戦っている」とすら考えるようになる。この作品はかなりシンボリックな書き方がされているのだが、しかし泥まみれになることが兵隊の現実であることを知ることが出来たのは貴重だ。わたしが作品に踏みこんでいくときの、ひとつの足場となるだろう。

Thursday, June 6, 2019

COLLECTION OF ENGLISH IDIOMS

早稲田大學敎授 深澤裕次郎著
應用英文解釋法
東京英文週報社發行

(p. 40-42)

範例
Are you going away, and (= when) you came only this morning?
あなたは今朝來た計りなのに、もうお歸りですか。

解説

上例に用ひたるが如き and は條件又は理由を附加するものなるを以て
    When    = のに
    Though  = とも
  Because = 故に
等を以て之に代ふる事を得。

用例
1.  You have taken Agatha out on the terrace, and she is so delicate.
    O. Wilde
    あなたはアガサを花壇に連れ出したんですね、あんなに弱いのに。
2.  What, my sweet, pretty wife, dost thou doubt me already, and we but three months married?
    N. Hawthorne
    何、可愛いゝ、美しい妻よ、結婚してまだ三月にしかならないのに御身は早や私を疑ふのか。
3.  But he has a wife, Norman, and innocent little children; in exposing him I shall punish them, and they are innocent.
    M. Clay
    ですが、あなた、その男には女房も有り、罪の無い子供も有るんです。ですから表向にしますとその妻子を罰する事になるのです。何の罪もないのに。
4.  "You have seen him! And you only arrived in France last night. Where did you see him? What has happened to him?" She gripped my by the wrist in her anxiety.
    C. Doyle
    「貴郎は昨夜佛蘭西にお着になつた計りなのに、もうあの方にお會ひになつたの? 何處でお會ひになつて? あの方はどうかさないましたか」と云つて彼女は心配して私の手首を握つた。
  gripped me by the wrist 私の手首を握つた。
5.  It is rather interesting in its way, because of the fight between the two lions, of which I never saw the like in all my experience, and I know something of lions and their manners.
    H. R. Haggard
    それは二頭の獅子の戰であるから、その方で面白い、私は獅子と獅子の習慣は幾分知ては居るが今までにこのやうな戰は見た事がない。
  in its way それはそれで the like 似たもの
6.  Yes; I had no motive in keeping them secret, save that I did not wish my marriage to be known to my father until I myself could tell him -- and I know how fast these news travels.
    M. Clay
    左樣です、私が自分で父に話すまでは結婚した事を父に知られたくなかつたと云ふ外には隱す動機は無かつたのです、と申すのは、斯う云ふ事は直ぐに知れるからです。
7.  My wife made a great pet of it; but I gave him away for fear he should be tempted to catch the birds and the mice, and all the cats in the world are not worth a poor prisoner's mouse.
    N. E. R. IV
    家内はそれを大變可愛がつて居りましたが併し私は若しや鳥や鼠を取るやうになつてはと心配しまして人にやつて了ひました、と申しますのは、世界中の猫を皆一緒にしましても憐れな囚人の飼つて居る一匹の鼠にも及ばないですから。
8.  "Evangeline, is that you calling? What is the matter? Where are you?"
  "Shut up in the boot-closet. You ought to be ashamed to lie there and sleep so, and such an awful storm going."
    Mark Twain
    「エヴンジエリン、お前か、呼んだのは、どうしたんだ何處に居るんだ」
  「靴箱の中です、こんな雷の鳴る晩に、あなた、そんな處に寢てぐうぐうねいつて居て耻づかしくは無いの」。

Wednesday, June 5, 2019

訃報

我が目を疑うとはこのことだ。青木篤志選手が交通事故で亡くなったというニュースを見て、一瞬、身体が宙に浮いたような気がした。記事に書いてある青木篤志が、あの青木篤志で、死亡という文字が死亡という意味をあらわしていることを納得するまで、しばらく時間がかかった。ああ、そんな馬鹿な……。

事故の状況がよくわからないのだが、青木は無茶な運転をするような男ではない。きっと思いも寄らぬなにかが起きて、たまたま事故に至ったのだろう。残念でならない。

彼はこの数年間、ずっと全日本ジュニアの中心だった。実力だけでなく、責任感をもって団体を引っ張ってきた希有の存在だった。ヘビー級に負けないくらいジュニアを盛り上げるにはどうしたらいいか、常に考えて試合をしてきた選手だった。試合のスタイルも正攻法だが、人間自体も正攻法。男らしい男だったと思う。

どうか安らかに眠ってほしい。全日本プロレスには大きな損失だが、青木が残したものは全選手によって引き継がれると思う。合掌。

Tuesday, June 4, 2019

モーリス・ルナール

つい最近、プロジェクト・グーテンバーグの蔵書リストに「フォーチュン氏を呼べ」と「古き身体に新しき身体を」が新しく入った。

前者は誰もが知っている H.C.ベイリーの名作で、わたしが話すことなんて、なにもない。しかし後者を書いたモーリス・ルナールは、知っている人がどれくらいいるだろうか。

ルナールは1875年生まれで1839年に死亡しているフランス人だ。グロテスクなSFを書いたことで知られる。「古き身体に新しき身体を」は人間に動物の身体をくっつけたり、植物と機械をくっつけたりするマッド・サイエンティストの話のようだ。「ようだ」というのは、わたしはまだ読んでいないからで、たしか去年、面白そうだと思って Internet Archive から pdf をダウンロードし、電子書籍リーダーに入れておいたのだが、まだ読む暇がない。本書を H.G.ウエルズに捧げるという序文がついているが、おそらくウエルズの「モロー博士の島」からインスピレーションを得たのだろう。

話がすこし横道にそれるが、臓器移植にわたしはちょっとだけ興味がある。モダニズムの作品というのは有機的な全体を一度ばらばらにし、もう一度知的に組み立て直したものではないか、と考えているからだ。人体をミクロコスモスではなく、パーツの集合体とみなす考え方が二十世紀の初頭に、ジャンル小説の中にすらあらわれたというのは、注目すべきではないかと思っている。

残念ながらルナールの長篇作品は日本語には訳されていないようだ。これもわたしは未読なのだが、「オリアックの手」(事故で手を失ったピアニストに犯罪者の手がくっつけられるという話)などは映画化もされたらしい。ルナールは通俗作家で今は半分忘れられているのかも知れないが、当時はそれなりに人気があったようだ。

いまウィキペディアを見たら、「古き身体に新しき身体を」は、なんと2010年にブライアン・ステイブルフォードが「ドクタ・ラーン」というタイトルで訳し直している。興味のある向きはアマゾンで新訳を買って読むのもいいだろう。

Sunday, June 2, 2019

「占い師の死」ルドルフ・フィッシャー作

ハーレムを舞台にしたミステリといえばチェスター・ハイムズの作品がまっさきに思い浮かぶが、それよりも以前にこのマンハッタンの黒人居住地区を描いた人がルドルフ・フィッシャーである。

彼は1897年にワシントンに生まれ、優秀な成績で大学を卒業すると、医者になった。その後小説を書きはじめ、1928年に出した「ジェリコの壁」は高い評価を得たという。さらに1932年に本書「占い師の死」を書き、ミステリの分野においてもその才能を発揮した。ところがそれから二年後の34年に彼は死んでしまうのである。ほんとうに惜しい才能をなくしたものだ。

「占い師の死」はじつによくできている。物語は起伏に富み、飽きることがない。登場人物はいずれも生き生きとしていて、本物の小説家の手になる作品と、一読してわかるだろう。アイデアはあるが、文章は素人という探偵小説作家が結構いるが、そうした人々の作物とは一線を劃している。

タイトルにある通り、物語はアフリカから来た占い師の死をめぐって展開する。彼は客の未来を占おうとしていたのだが、真っ暗な部屋の中で奇妙な叫び声をあげて倒れてしまう。客はあわてて近くの医者を呼んでくるが、医者は占い師の死亡を確認する。どうやら鈍器で頭をなぐられたらしい。

医者と駆け付けた刑事が手を組んで捜査したところ、凶器が発見された。そこには指紋がついていて、それにより容疑者が捕まる。

ところが驚いたことに、いつの間にか屍体が消えてしまっている。それどころではない。死んだはずの占い師が生き返って、彼らの目の前にあらわれたではないか……。

この作品の大きな特徴は、占い師がかもしだす神秘的な雰囲気と、容疑者の友人で、彼の無罪を証明しようとする黒人の冒険のユーモラスさが、非常にうまく溶け合っている点だろう。この二つが水と油のように分離してばらばらになるのではなく、うまい具合に互いを引き立てるように書かれているのだ。

しかも登場人物はすべて黒人。こんなミステリがそれ以前にあっただろうか。人種的な側面だけをとっても、これはミステリ史上、記念碑的な意味を持つのではないか。

わたしの調べた限り、日本語訳はまだ出ていない。

英語読解のヒント(111)

111. never so / ever so (1) 基本表現と解説 He looked never so healthy. 「彼がそのように健康そうに見えたことは今までになかった」 He looked ever so healthy. 「彼はじつに健康そうに見...