ハーレムを舞台にしたミステリといえばチェスター・ハイムズの作品がまっさきに思い浮かぶが、それよりも以前にこのマンハッタンの黒人居住地区を描いた人がルドルフ・フィッシャーである。
彼は1897年にワシントンに生まれ、優秀な成績で大学を卒業すると、医者になった。その後小説を書きはじめ、1928年に出した「ジェリコの壁」は高い評価を得たという。さらに1932年に本書「占い師の死」を書き、ミステリの分野においてもその才能を発揮した。ところがそれから二年後の34年に彼は死んでしまうのである。ほんとうに惜しい才能をなくしたものだ。
「占い師の死」はじつによくできている。物語は起伏に富み、飽きることがない。登場人物はいずれも生き生きとしていて、本物の小説家の手になる作品と、一読してわかるだろう。アイデアはあるが、文章は素人という探偵小説作家が結構いるが、そうした人々の作物とは一線を劃している。
タイトルにある通り、物語はアフリカから来た占い師の死をめぐって展開する。彼は客の未来を占おうとしていたのだが、真っ暗な部屋の中で奇妙な叫び声をあげて倒れてしまう。客はあわてて近くの医者を呼んでくるが、医者は占い師の死亡を確認する。どうやら鈍器で頭をなぐられたらしい。
医者と駆け付けた刑事が手を組んで捜査したところ、凶器が発見された。そこには指紋がついていて、それにより容疑者が捕まる。
ところが驚いたことに、いつの間にか屍体が消えてしまっている。それどころではない。死んだはずの占い師が生き返って、彼らの目の前にあらわれたではないか……。
この作品の大きな特徴は、占い師がかもしだす神秘的な雰囲気と、容疑者の友人で、彼の無罪を証明しようとする黒人の冒険のユーモラスさが、非常にうまく溶け合っている点だろう。この二つが水と油のように分離してばらばらになるのではなく、うまい具合に互いを引き立てるように書かれているのだ。
しかも登場人物はすべて黒人。こんなミステリがそれ以前にあっただろうか。人種的な側面だけをとっても、これはミステリ史上、記念碑的な意味を持つのではないか。
わたしの調べた限り、日本語訳はまだ出ていない。
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