アニー・ヘインズは1865年に生まれ、十冊ほどミステリを書き残して1929年に亡くなった。本作は1928年に発表されたもの。彼女はファーニヴァル警部のシリーズとストッダード警部のシリーズを書いているが、本作は後者の第一作にあたる。
筋は非常に単純だ。バスティドという医者が書斎で銃殺される。ストッダード警部が調査を始めると、怪しげな状況が次々と明らかになる。まず医者の助手であるウィルトンという男。彼は医者の娘と恋仲にあり、殺人が起きた日にバスティドに結婚したい旨を告げていた。しかし医者はそれに猛反対したのだった。
次にバスティドの机の上に置いてあった奇妙なメモ。それには「黒髭の男」と書いてある。バスティドは犯人を指摘するためにそんなメモを残したのだろうか。
さらに女中のメアリ。彼女は事件後、見張りに就いていた警官をだまして家を出、行方をくらましてしまった。
またバスティドの親友であるモリス医師。彼は髭を生やしていたのだが、事件後なぜかきれいにそれを剃ってしまう。
そしてバスティドが殺された書斎の状況。窓にはカーテンがかかっていて、外からのぞき見のできないようになっていたのに、なぜか事件後、カーテンが一部開いていたことが判明する。
ストッダード警部の懸命な捜査にもかかわらず、事件はなかなか解決されない。そんな中、バスティドの秘書をしていた若い女性が、事件後結婚したウィルトンに殺されるという事件が起きる。新聞はウィルトンが恨みからバスティドを殺害し、遺産目当てに元秘書を殺したのではないかと書き立てた。
しかしストッダード警部はウィルトンの無罪を信じ、捜査を続ける。
正直に言って、ミステリとしてそれほど面白い作品ではない。ストッダード警部が手がかりを追って捜査すると、自然に事件の真相が見えてくるという物語である。べつに彼が見事な推理を展開し、読者をうならせるというお話ではない。ただし当時の風俗を知る上では興味深いと言えるだろう。たとえば「髭」だ。昔は日本でもそうだが、立派な紳士はみな堂々たる髭を生やしていたものだ。(三島由紀夫の「偉大な姉妹」という短編にもそのことは書かれている)しかし欧米ではおそらく二十年代、三十年代のころから、その考えに変化があらわれたのだろう。歯に衣着せずものを言う、ラヴィニアというオールド・ミスは髭を、それこそ毛嫌いしている。二十年代といえばアメリカではフラッパーが登場し、ヴィクトリア朝の堅苦しい道徳観念から人々が解放されつつあった時代だが、髭に対する美的感覚も変化していたわけである。
ジョン・ラッセル・ファーン「栄光の輝きに照らされて」
原題は Reflected Glory。他人がつかんだ栄光だけれども、その人と関係のある人が、まるで自分の栄光であるかのように感じる、という意味だ。「親の七光り」という日本語が示す事態と、よく似ていると云っていい。 女流作家のエルザは、ふとしたきっかけから画家のクライブと知り...
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