Tuesday, May 26, 2026

オクタヴァス・ロイ・コーエン「ブロードウェイの東」


コーエンの書くものはどれも生気にあふれていて楽しい。彼は黒人を主人公にした作品で有名になったが、たしかにステレオタイプな人物設定ではあるものの、はじけるような明るさを持っている。ミステリも書いていて、なかなかの出来だ。読んで損はしない。

本書は三人の芸人の話である。エディという司会者、その友人で綽名こそタイニィ(Tiny)だが雲突くような大男のサクソフォン奏者、そしてリンダという南部の田舎出身の歌手。三人とも個性豊かな人間ですぐに読者は彼らに好感を持つだろう。エディは気さくで、貧乏だがいつも明るい。ただ女性の気持ちがさっぱりわかっていないという欠点がある。タイニィは図体がでかい割に、控え目な男なのだが、エディよりは人情に通じている。リンダは背が低いが愛らしく、その歌声はブロードウェイでちょっとしたセンセーションを巻き起こす。彼女はまだ若く、親は彼女がブロードウェイに行くのを反対するのだが、エディは彼女と「結婚」し、夫婦者として彼女をニューヨークに連れて行く。もっともこの「結婚」はあくまでビジネスのためのもので、エディはリンダとキスすらしない。一方リンダはエディに静かな愛の炎を燃やしている……。

物語の興味の焦点は二つある。一つは金の話だ。これはちょっとややこしい話なので、簡略化して説明する。エディは現在あまり売れない司会者なのだが、じつは幼少のとき彼の叔父がエディ名義で買った株があり、それがいまやとてつもない額になっていたのである。ところがエディはそのことを知らずにいた。そしてこの事実を偶然知ったノースという悪党が、エディに近づきその金をだまし取ろうとするのである。

もう一つの焦点は、エディとリンダの関係だ。すでに紹介したようにエディはリンダとの関係をあくまでビジネスとして割り切っている。しかしリンダは心密かにエディに愛情を持っている。この二人がどうなるのか。ブロードウェイのショービジネスを背景に金と愛の物語が展開されるというわけだ。

作者はおそらくブロードウェイの実態に相当通じているのだろう。ビジネス上のやりとりなどはなかなか真に迫っている。しかしショービジネスに愛と金の主題を結合させるというのは、あまりにも通俗的すぎるし、エンディングも「この手の物語ならこういう終わり方をするだろうな」という予想の範疇を超えるものではなかった。型にはまった作品である点は残念だったものの、コーエンらしい明るさはやはり気持ちがいい。米国的なユーモア、あるいはオプティミズムをよく体現した作者だと思う。

Saturday, May 23, 2026

英語の変遷ーーin case と if の使い方


竹原常太が書いた「ソーンダイク基本構文 新英文解釈法」は1936年に大修館書店から出版された学習参考書である。名著と言ってもいいだろう。わたしは国立国会図書館デジタルライブラリではじめてこの本に接して、その見事な出来ばえに感服した。ソーンダイクは英語で用いられる文型を438に分類し、その頻度を調べた。この論文は Internet Archive で読める。竹原はそれをもとにして文法書を書いた。文型の紹介とその解説のあとに、テスト問題として例文がいくつか附されるという格好で、これはいつかデジタル化しようと思っていたのだが、最近その準備として細かく目を通している。まだそれほど読み進んではいないのだが、英文にはほとんど間違いがないようだ。五十頁ほど読んで英文の誤植は二つしか見つかっていない。ただし、原典に忠実な英文なのかどうかは調べていない。が、古い時代の参考書だけあってパンクチュエーションが今とはちょっと違うし、例文はどれも古めかしい。わたしは十九世紀後半から二十世紀前半の作品を多く読むのであまり違和感はないのだが、デジタル化する際には一応この文体上の特徴についてはひと言読者に注意したほうがいいだろう。文法も変わってきていて、この参考書が出たころは、仮定法過去の主文の主語が I とか we の場合は should をつけるというような規則があったが(わたしもそう習ったような気がする)、しかし今ではほとんどのケースは would ですましてしまう。デジタル化するときは、そういう変化もひと言注意しておいたほうが親切だろう。今このブログで連載している「英語読解のヒント」は1918年に出た深沢由次郞の「応用英文解釈」を土台にして、わたしがまとめ直したものだが、これは19世紀の英語を読む人には参考になると思って、古さを前提にしている。竹原常太の「新英文解釈法」をデジタル化するなら現代の英語の用法にも言及しておきたいと思う。

そういうわけで現代英語との比較を意識しながら「新英文解釈法」を読んでいたら、in case という仮定表現を扱った項目でびっくりしてしまった。ここには


In case it rains (=if it rains) I will not come.  --Thorndike.

「雨が降れば私は来ませぬ」.


と例文が提示されている。――のあとの Thorndike はこの例文が彼の論文から引き抜かれてきたことを示している。わたしがびっくりしたのは in case it rains と if it rains がイコールで結ばれていたからだ。括弧の中味はソーンダイクの論文にはない。竹中がつけ加えたものである。じつはこの解釈は二十世紀前半においては正しいが、その後英語は in case と if の用法を区別するようになった。簡単に云うと in case は、「ある可能性にそなえて~する」という意味で用いられる。それゆえ現代では例文は「雨が降るという可能性にそなえて、わたしは来ない」と言っているのだ。つまり「雨が降るかもしれないから来ない」ということ。それに対し if it rains と言えば「雨が降るようなら来ない」という意味だ。これは降らなければ来るということだが、in case の場合は降ろうが降るまいが来ないのである。

ケンブリッジ・ディクショナリには次のような二つの文が比較されている。


・Let’s take our swimming costumes in case there’s a pool at the hotel.

・Let’s take our swimming costumes if there’s a pool in the hotel.


最初の文はホテルにはプールがあるかもしれないから、その可能性にそなえて水着を持っていこうと言っている。二番目の文はホテルにプールがあるなら水着を持っていこうと言っている。つまりこれから調べてプールがあるなら水着を持っていく、ないなら持っていかないというわけだ。

さらに English Lessons Brighton というサイトにはこんな二文が比較されている。


・I will take a coat if it rains.

・I will take a coat in case it rains.


最初の例は「雨が降るならコートを着ていく」。二つ目の例は「雨が降るかも知れないからコートを着ていく」。違いはもう明白だろう。

現在ではこのように in case と if の用法はかなりはっきりと別れている。しかし百年前はどちらもおなじような意味で使われていたのだ。ただし「in case + that 節」ではなく、「in case of + 名詞」の場合は if 節に書き換えられる。たとえば

"In case of fire, break the glass."「火災の際はガラスを割って下さい」

"If fire breaks out, break the glass."

と言える。

が、思い返してみると、わたしが英語を習ったときも教科書や参考書は 「in case + 節」 を 「if + 節」に書き換えていたかも知れない。今はどう教えているのだろう。

しかし「ソーンダイク基本構文 新英文解釈法」をデジタル化する際、こんなふうに英語の変遷まで注記で説明していたら読んでいる方はかえって混乱してしまうのではないだろうか、と不安になる。下手をすると注記が膨大なものになりかねない。調査確認の労力も並大抵じゃないだろう。どう対処しようかなあ、とちょっとだけ頭を悩ましている。

Wednesday, May 20, 2026

今月の注目作


The Bracknels by Forrest Reid

Project Gutenberg

フォレスト・リードはアイルランドの作家・批評家で、生前はヒュー・ウォルポールやJ.M.バリーと並び称せられる存在だった。「ブラックネル家」は少年という主題やオカルト趣味など、リードの特徴がフルに発揮されている。彼は後年、本書を書き直して「デニス・ブラックネル」として出版している。こちらはわたしは読んでいないので、比較できないのが残念だが、文学的でじわじわと迫ってくる怪奇が好きな人にはおすすめの一冊である。


Because of the Lockwoods by Dorothy Whipple

Fadepage

ドロシー・ホィップルの作品は日本語に訳されてはいないけれども、ジェイン・オースティンの伝統を引き継ぐ、英国では今でも人気の作家である。本書は裕福な家族と没落した家族の交流を通して社会のありようを洞察した本で、ホィップルの作品はどれも水準以上の出来だが、本書はとくに興味深く読めた。


Wired Love by Ella Cheever Thayer

Project Gutenberg

グーテンバーグからこの小説の電子版が最初に出たのは2008年。今回出たのはそのアップデート版。電信局に務める若い女性が、モールス信号による謎のメッセージを受け、次第にその発信者との関係を深くしていく。書かれたのは1879年だが、今でも人気のある作品だ。インターネットのチャットを通じて異性と長距離恋愛に陥るのとまったく変わらない話で、感情移入がしやすいだろう。


Martin Birck’s Youth by Hjalmar Söderberg

Standard Ebooks

ヤルマール・セーデルベリィ(1869-1941)はスエーデンの作家で、Doktor Glas という小説で世界的に知られる。ストリンドベルクに並ぶ巨匠である。本書は主人公の幼少期から大人になるまでを描いたビルドゥングスロマン。非常に内省的で、孤独と憂愁にあふれており、個人と社会について考えたい人にはうってつけの本だろう。平明でありながら知的な訳文がすばらしい。

Sunday, May 17, 2026

Elementary German Series (17)

17. Der Winter

Heute ist der zwanzigste Dezember, morgen beginnt der Winter. Ein kalter Nordwind bläst durch die Straßen der Stadt.1 Hoher Schnee bedeckt die Straßen, hoher Schnee bedeckt auch die Häuser der Stadt und die Felder und Wälder. Der Fluß und der See sind mit Eis bedeckt.

1. die Stadt 都市.

Jeden2 Morgen2 geht Karl, der ältere Sohn der Familie, in den Keller und holt3 Holz.4 Er holt das Holz aus dem Keller und bringt es in das Wohnzimmer.5 Wohnzimmer brennt6 jeden Abend ein großes Feuer, ein Holzfeuer. Das Feuer brennt hell und stark. Die ganze Familie sitzt um das Feuer und ist glücklich. Auch der große Haushund und die Katze liegen am Feuer und schlafen.

2. jeder どの~も, すべての; jeden Morgen 毎朝.
3. holen 取ってくる.
4. das Holz 木材.
5. wohnen (住む, 住んでいる) + das Zimmer (部屋) = das Wohnzimmer リビングルーム.
6. brennen 燃える.

Der Himmel wird grau. Bald bekommen wir noch7 mehr Schnee, noch mehr Eis und noch mehr kaltes Wetter. Aber auch der Winter ist schön. Für die Kinder ist nichts schöner als Weihnachten. Für viele ältere Leute ist nichts schöner als ein gutes Buch bei einem warmen Holzfeuer im Wohnzimmer, nach einem Tage voller Arbeit.8

7. noch さらに.
8. voller Arbeit = voll von Arbeit.

Thursday, May 14, 2026

関口存男「新ドイツ語大講座 下」(20)

§20. Die Freude am Wissen als sochem

知識そのものに対する悦び

Die Freude am ~: sich freuen an...... 「……を楽しむ」というので、名詞 Freude も Freude an...... 「……に対する悦び」という用い方をする。

 知識そのものに対する悦びというのは、「知識のための知識」(Das Wissen um des Wissens willen, 英:The knowledge for knowledge's sake)あるいは「それ自身のための悦ぶことです。即ち、知ってどうするということはなく、知らんがために知るので、知ることそれ自身(das Wissen selbst, das Wissen an sich, das Wissen an und für sich selbst)が目的の学問です。芸術にも Kunst um der Kunst willen (芸術のための芸術)というのがあって、これは運動がフランスで起ったから l'art pour l'art [ラール・プール・ラール]というフランス語で知られていますが、とにかくこうした絶対的関係を Selbstzweck (自己目的)といいます。ところで、こうした理屈をいう場合に、「知識それ自体」とか「知識そのもの」とかいったような語を必要とするわけで、そのいい方はいろいろありますが、最も普通なのは das Wissen als solches, もっとわかり易くいう際には das Wissen als Wissen (身の飾りとしての知識」とか「金儲けの手段としての知識」とか、その他いろんな不純な知識と区別、他のあらゆる形容詞が割り込む余地がないように、おのれみずから形容詞の地位を兼摂して、自分で自分を形容して絶対化したした形が das Wissen als Wissen, die Kunst als Kunst, der Sport als Sport, 等々です。ところが、いったいドイツ語は同じ語を繰返すことをいやがる語なので、たとえば Wenn du keinen Mut hast, so mußt du welchen (あるいは solchen)aufbringen (勇気がないなら、出したらいいじゃないか)[§17] というのと同じように、二度目の名詞を solch- で間に合わせたのがこの das Wissen als solches, die Kunst als solche, der Sport als solcher なのです。

(1) Die Erkältung als solche ist gar nicht bedenklich, wohl aber ihre Komplikationen!
  風邪そのものは決して心配したものではない、がしかしその余病がね。

(2) Es gibt Menschen, die das Geld als solches lieben.
 世には金そのものを愛する人がいる。

(3) Gegen das Tanzen als solches habe ich nihts enzuwenden.
 踊ることそれ自身に対してはなんら抗議すべき点を持たない。

 格変化の問題ですが、この場合 solch- の語尾は本当は「強語尾」でなければならないのですが、普通よく二格三格を弱語尾にして、-em の代わりに -en, -es の代わりに -en を用いる傾向もあります。題文の als solchem も、なんなら als solchen としても差支えありません。

§20. um des Wissens willen: um......willen は「……のため」という二格支配の前置詞(for the sake of)。seiner selbst: 「それ自身」(seiner は er の二格)an sich (= an und für sich): それ自体、そのもの。aufbringen: 出す、搾り出す、奮い起す。(1) bedenklich: 心配な、おそろしい。wohl aber: sondern と殆ど同意。前を一たん否定しておいて、次に肯定を持ち出す際に、その間に挟む句。Komplikation: 余病、「複雑化、紛糾」。(3) einwenden: 抗議する、文句をいう、苦情を申し立てる。

Monday, May 11, 2026

英語読解のヒント(219)

219. letter

基本表現と解説
  • He obeys the law in the letter, if not in the spirit. 「法の精神には従わないかもしれないが、明文には従っている」
  • We carried out our arrangement to the letter. 「われわれはかねての手筈を正確に実行した」

spirit は「精神(内容)」を、letter は「字句(形式)」を示す。ここから転じて to the letter は「文字通りに」「厳密に」「正しく」という意味になる。

例文1

He was more concerned with the letter than with the spirit of his faith.

Victor Hugo, The Toilers of the Sea (translated by James Hogarth)

彼は信仰の精神に従うよりも字句に拘泥した。

例文2

...and when promises have been made, fulfill not only the letter, but the spirit of that which they agreed to perform.

Charles W. Sanders, Sanders' Union Fourth Reader

そして約束をしたときには、その約束の文面ばかりでなく、精神をも履行せよ。

例文3

"Follow my instruction to the letter, or dread the consequences."

Margaret Wolfe Hungerford, The Haunted Chamber

「わたしの指示に忠実に従え。さもないと後が怖いぞ」

Friday, May 8, 2026

英語読解のヒント(218)

218. lest (2)

基本表現と解説
  • Take heed fearing lest it prove harmful to you.
  • Take heed fearing lest it may prove harmful to you.
  • Take heed fearing lest it should prove harmful to you.

fear, fearful, dread, dreadful, worry, afraid など、恐怖を意味する語の後にある lest は that と解する。

例文1

"Begone, and fear lest you be made to pay for the temerity you have already committed!"

William Godwin, Caleb Williams

「立ち去れ、そしておまえが犯した無分別の報いを受けることを怖れよ」

例文2

He turned up the bank, not without some fear lest he might miss the right way, since he was not certain whether the light were in front or on the side of the cottage.

George Eliot, Silas Marner

彼は土手のほうへと向かったが、道を間違っているのではないかという懸念がないわけではなかった。というのはその燈火が家の前にあるのか、横にあるのか知らなかったからである。

例文3

The eyes of the wrinkled scholar glowed so intensely upon her, that Hester Prynne clasped her hands over her heart, dreading lest he should read the secret there at once.

Nathaniel Hawthorne, The Scarlet Letter

皺だらけの学者の視線は爛々とヘスターにそそがれ、へスター・プリンは思わず胸の上で手を合わせた。彼に胸の秘密をたちまち読み取られるのではないかと恐れたのだ。

オクタヴァス・ロイ・コーエン「ブロードウェイの東」

コーエンの書くものはどれも生気にあふれていて楽しい。彼は黒人を主人公にした作品で有名になったが、たしかにステレオタイプな人物設定ではあるものの、はじけるような明るさを持っている。ミステリも書いていて、なかなかの出来だ。読んで損はしない。 本書は三人の芸人の話である。エディという司...