Tuesday, April 14, 2026

関口存男「新ドイツ語大講座  下」(19)

§19. Der Kapitän wollte das Schiff nicht verlassen und ging mit demselben unter.

船長は船を去ることを欲せず、船と共に沈んだ。

 上文のような場合に、mit ihm (それと共に)といってもいいところを、多少改まった調子で固苦しく言おうとすると、例の derselbe (同者、該者)を使います。これは別に「同じもの」とか違ったものとかいったような程の意味はなんにもないので、たとえば警察署の書類に「よって同女を連行して取調べたるところ」などとある同女や、同人と同じわけです。

 同女といえば面白い話があります。例の Heine の詩の Lorelei ですが、あるお役人があのお話をして聞かせるのに、Auf dem Fels saß Lorelei mit ihrem goldenen Haar und goldenem Kamm (岩の上には金髪の、金の櫛をさしたローレライが腰をおろしていた)まではよかったが、その次に und dieselbe kämmte dasselbe mit demselben (そして同女は該者を上記の物をもって櫛けずった)といったというお笑話ですが、なるほどドイツ語では、Lorelei は女性、櫛は男性、髪は中性と、それぞれ性が違っているから、該者を該者でもって櫛けずっても差し支えないわけですが、話がなにしろロマンティックな話だから、ひどく幻滅なところがご愛嬌です。

  selbig, derselbig. 古い形で今はもう多少おかしくなっています。

Saturday, April 11, 2026

英語読解のヒント(215)

215. be left to one's thoughts / devices / resources

基本表現と解説
  • He was left to his thoughts. 「彼は一人残されいろいろ考えた」
  • He was left to his devices. 「一人残されいろいろ自分で工夫しなければならなかった」
  • He was left to take care of himself. 「一人残され自分のことは自分でしなければならなかった」

例文はいずれも実質上 He was left alone. ということだが alone の内容をさらに詳しく述べている。

例文1

The detective was not left long to his reflections.

Jules Verne, Around the World in 80 Days (translated by Henry Frith)

刑事は長く思案している暇がなかった。

例文2

 "And, Dora, I don't think I want my hair brushed any more, thanks; my head is aching so dreadfully."
 This is a hint that she will be glad of Mrs. Talbot's speedy departure; and, that lady taking the hint, Florence is soon left to her own thoughts.

Margaret Wolfe Hungerford, The Haunted Chamber

 「ドラ、ありがとう。もう髪をすかなくてもいいわ。ひどく頭が痛いから」
 これはミセス・トールボットに早く帰ってほしいという謎である。夫人がそれを悟って帰ったので、フローレンスはすぐ一人になっていろいろ考えた。

例文3

 "Let us all start for Bavaria to-morrow, and have the marriage at Munich!"
 "And leave the business at Frankfort to take care of itself, at the busiest time of the year!"

Wilkie Collins, Jezebel's Daughter

 「明日ババリアへむけて出発しましょう。そしてミュンヘンで結婚式を挙げるんです!」
 「フランクフルトでの商売をほったらかしにしてかね? 一年でいちばん忙しい時期だというのに」

Wednesday, April 8, 2026

英語読解のヒント(214)

214. be left to oneself

基本表現と解説
  • He was left to himself. 「彼は一人捨て置かれた」

例文は He was left alone. と言い換えられる。

例文1

While those sounds were in my ears, my eyes were fixed on the candle. It had been freshly lit — if left to itself it would burn between six or seven hours.

Wilkie Collins, "The Ghost in the Cupboard Room"

その音がまだ耳に残っているとき、わたしの目は蝋燭をじっと見ていた。火を点されたばかりで、そのままなら六七時間は燃えそうだった。

例文2

"The horse is a very gregarious creature. If left to himself his instincts would have been either to return to King's Pyland or go over to Mapleton."

Arthur Conan Doyle, "The Adventure of Silver Blaze"

「馬は集団的な動物だから、もしもひとりにされたら本能的にキングズ・パイランドへ戻るか、メイプルトンへ行っただろう」

例文3

The green blinds were all drawn down upon the outside; the door into the verandah was closed; the garden, as far as he could see it, was left entirely to itself in the evening sunshine.

R. L. Stevenson, New Arabian Nights

緑のブラインドがことごとく降ろされていて外から中は見えなかった。ベランダへ出るドアは閉ざされ、見たかぎり、夕日を浴びる庭には人っ子一人いなかった。

Sunday, April 5, 2026

英語読解のヒント(213)

213. least

基本表現と解説
  • Of all the teachers, he is the least popular. 「教師のなかで彼はもっとも評判がよくない」

言うまでもなく least は little の最上級で「もっとも……でない」の意味。

例文1

If she is pretty, well made, and possesses the least bit of a voice, she is tempted to look to the stage for support. But what chance of success has she?

Max O'Rell, Between Ourselves

もしも娘さんがかわいらしくて、スタイルもよく、ほんのちょっとでも通る声が出せれば、生活のために舞台に出てみようかという誘惑にかられるものだが、しかし成功できる見込みなどどれほどあるだろうか。

例文2

The man the least pardonable is the one who declines to correct his faults, unless it be he who prides himself on them.

Robert Christy, Proverbs, Maxims and Phrases of All Ages

もっとも許しがたい人間、それは間違いを誇るような人間をのぞけば、間違いを正そうとしない人間である。

例文3

The man of business is entirely subject to system and rule. The happiest home is that where the descipline is the most perfect, and yet where it is the least felt.

Samuel Smiles, Thrift

実業家は秩序と規則の完全な奴隷である。もっとも幸せな家庭とは規律がもっとも完璧でありながら、その規律がもっとも感じられない家庭である。

Thursday, April 2, 2026

英語読解のヒント(212)

212. see the last of / hear the last of

基本表現と解説
  • That was the last I saw of him for some time. 「それきりしばらくは会わなかった」
  • That was the last I heard of him for some time. 「それきしばらくは便りがなかった」

いずれも慣用表現で see the last of は see no more の意、hear the last of は hear no more の意。

例文1

"I shall be very glad to see the last of him."

Arthur Conan Doyle, Uncle Bernac

「あんなやつには二度と会いたくないね」

例文2

"I fancy it was because he believed me to be more than mortal, and was anxious to see the last of Bombyane."

Henry Rider Haggard, Allan's Wife

「思うに彼はわたしを人間を越えた存在と信じていたんだろうね。そしてボンビエーヌを殺してしまいたいと思っていたんだ」

例文3

She went with her father to California, and the last I heard of him was that he was managing a dry good store in San Francisco, and doing well.

James Edward Preston Muddock, "The Skeleton in the Cupboard"

彼女は父親と一緒にカリフォルニアへ行って、最近聞いたところによると、彼はサンフランシスコで織物商を営み、繁盛しているということだった。

Sunday, March 29, 2026

マージェリー・アリンガム「ブラック・ダドレイ事件」

 


マージェリー・アリンガムはどうも苦手だ。ミステリ作家と分類されているもののそこにはファンタジーやSFの要素が組み込まれている。しかしそれはいいのだ。問題は物語にさっぱりのめりこめないという点である。わたしがミステリを読むとき、事件が起きるまではゆっくりと読む。しかし人が死ぬと急に読書のペースが上がって、一気に最後まで読んだりする。ところがアリンガムの場合は事件が起きてもなんだか興が乗らない。ミステリにミステリ以外の要素が含まれた作品は好きなはずなのに、アリンガムの場合だけはいつも最後までのろのろと読む。キャンピオンという探偵も結構面白い男なのだ。本作では食事の席をギャングたちに襲われたとき、とんでもないいたずらをやって笑わせてくれた。他の登場人物は……まあ、普通である。よくもないが、悪くもない。なのに物語に引き込まれない。いったいなぜなのだろう。

退屈なミステリ作家というとドロシー・セイヤーズがよく挙げられるが、あれはかえって面白い。彼女は事件からセンセーショナリズムを徹底的に排除しようとしているところが興味深いのだ。しかしアリンガムは読者を楽しませようと趣向を凝らしている。でもわたしにはなんとなく詰まらない。

そんなことを考えながら本作を読んでいったのだが、おそらく理由の一つはこれだろうというものに思い当たった。つまり、装いは凝らされているが、ミステリの核となる謎自体に興味がわかないのである。

本作はキャンピオン探偵がはじめて登場する記念すべき作品である。内容はこうだ。ワイアット・ペトリという男がブラック・ダドレイというお屋敷に客を呼び週末にパーティーを開く。ところがみんなでパーラーゲームをやっている最中にペトリの叔父が殺害される。さらにその後、お屋敷はギャングどもに乗っ取られ、客はある品物をギャングに提出しないかぎり、ずっとお屋敷に監禁されるということになる。

あまりできのよくないミステリにおいては、事件が起きたあと、読者が味気ない捜査に長々とつきあわされるということがありうるが、本作ではギャングの登場、お屋敷の秘密の部屋、ちょっとしたロマンスという具合に、読者を楽しませる仕掛けがいくつも用意してある。だが、作品の中心となるペトリの叔父の殺人にはなんらの魅惑も感じないし、作者にとってもそこは重要なポイントではないような感じなのだ。事件をきっかけに日常の裏面が見えてくるとか、現実の様相が一変するとか、そういうことにはアリンガムは興味がないようなのである。舞台の上はなかなか賑やかで、表面的には楽しい芝居が展開するが、深みがあるかと言われると……どうなのだろう、わたしにはないように思われる。それともわたしはなにかを見落としているのだろうか。

Thursday, March 26, 2026

マリ・ドルトン「跪く女の謎」


マリ・ドルトン(Moray Dalton)は1881年にロンドンに生まれ、スコットランドヤードのヒュー・コリアー警部を主人公にしたミステリを三十冊近く書いた。近年 Dean Street Press が彼女の作品を電子化して出しており、わたしもはじめて彼女の本を手にした。1936年に出た「跪く女の謎」はコリアー警部が小さな村で起きる四つの殺人を捜査する物語で、一応ミステリの形を取っている。しかし推理が主眼というよりも、この事件をきっかけにして戦争に対する二つの態度、好戦的なそれと反戦的なそれが庶民のあいだにどのように広がっていたかということを描いた作品といっていいのではないだろうか。

物語は田舎の牧師クレア師が友人のキリックを尋ねる場面からはじまる。二人はともに六十になろうとする年頃でチェスという共通の趣味がある。しかしクレア師は温厚でキリックは人間嫌いのシニカルな男である。彼は化粧品の製造に携わっていた化学者で、仕事をやめて田舎に引き込んでからは毒ガスの研究をしていた。そしてふとクレア師にその毒ガスの製造法をある国のスパイに売るつもりであることを打ち明けるのだ。牧師は呆然とするが、製造法をスパイに渡すはずの日にキリックは自宅で殺害される。

キリックが殺された頃、もう一つの殺人事件が村で起きていた。トビーという少年がたまたま森の中を歩いていたとき、死にかけている男を発見する。村に住んではいないよそ者である。彼はトビーに「跪く女」という謎の言葉を残してこときれるのだが、はたしてこの男が外国のスパイなのだろうか。そして「跪く女」とはなにを意味するのだろうか。

地元の警察には手に余る事件ということでスコットランドヤードのコリアー警部が捜査にあたるのだが、二つの殺人事件を結ぶ線がなかなか見つからない。そのうち村で一番の金持ちサー・ヘンリー・ウェバーの息子二人が毒殺されるという事件が起き、事件は混迷を深めていく。

しかし最初に言ったように本書の眼目は謎の解明というより、戦争に対する人々の態度が随所に表明されるところにある。この本が出版された1936年というのは、イギリス国民のあいだに平和主義的気分が広がったのに、政府が軍備拡張を推し進めたという時期である。本書はこの時代の風潮を色濃く反映している。冒頭のクレア師とキリックの会話も戦争を巡るものだし、彼らの性格も前大戦の経験によって形作られたものである。コリアー警部が地元の警察とかわす会話でも戦争が話題になる。たとえばある人が砲弾ショックで神経に異常をきたした人のことを「卑怯者」とののしったとき、コリアー警部は顔を蒼白にして反論する。「なんの落ち度もないのに地獄へ突き落とされた兵士たちにそんなレッテルを貼るのか。わたしなら戦争を起こした連中を卑怯者というがね」また、ネタバレになるので詳しくは言わないが、本書の最後の裁判の結果、およびそれに対する人々の反応も、戦争に対する忌避感を暗に示しているだろう。

本書はミステリとして読むとがっかりするような内容なのだが、1936年当時の風俗を描いた作品としてはなかなかに面白い。

関口存男「新ドイツ語大講座  下」(19)

§19. Der Kapitän wollte das Schiff nicht verlassen und ging mit demselben unter. 船長は船を去ることを欲せず、船と共に沈んだ。  上文のような場合に、mit ihm (それと共に)といっ...