Wednesday, April 29, 2026

驚きのOCR

国立国会図書館のラボが NDLOCR-Lite というOCRソフトを無償公開したが、これが評判通りのすばらしい出来で驚いている。OCRというのは、画像化された文字をテキスト形式に変換するソフトのことだ。PDFは非常に便利ではあるけれど、画面の小さな読書用端末を使うときは困ることもある。レイアウトが固定されているため、縦に長い版組の場合、文字が小さくなって読みにくい(眼の悪いわたしにとっては読めない)のである。もちろん小さい端末でも拡大表示して読みやすくはできるのだが、そうすると読みつづけるために絶えず画面をスライドさせなければならなくなり、面倒なことこの上ない。テキスト形式なら長い縦書きの一行を任意の箇所で改行して表示できるので、そのぶん、文字を大きくできる。自分が読みやすい版組を自由に設定できるようになるのだ。

そこでOCRの力を借りてPDFをテキスト形式に変えてしまおう! となるのだが……問題がある。画像の文字を正しくテキストの文字に変換してくれないのだ。わたしがよく使っていたのは Google Keep というネット上のサービスで、PDFの画像をコピーし、このページに貼り付け、文字に変換させる。なかなかの精度ではあるのだが、ときどき妙な挙動を見せる。単語があるべき場所から違うところに移動させられたり、ルビはどれも数行飛んだところに表示されるのである。これをいちいち手作業で修正するのはやっかいすぎる。そのため西洋語なら Google Keep で一冊まるまるテキスト化したことはあるが、日本語ではやったことがない。

今回出た NDROCR-Lite はその悩みを解消してくれそうである。まず文字の読み取りの精度が高い。精密に比較したわけではないが Google Keep と同等かそれ以上だろうと思う。そして明らかに Google Keep に優っているのは、読み取りの速度だ。Google Keep はネット上のやり取りがあるせいなのか、読み取りに十秒くらい待たなければならない。NDROCR-Lite は2秒である。さすが日本の文字、版組を最初から意識してつくられただけある。そしてルビの処理が秀逸。一切省かれてテキストが出力されるのだ。ページを示す数字も、文字以外のデザインもきれいに除去してくれる。ルビはわたしの場合、よほど特殊なものでないかぎりなくてもいいので、これはありがたい。しかしルビがこれだけきれいに省ける、つまりルビをきちんと認識できるなら、設定でルビ処理の仕方を選べるようにすることも(たとえば Epub 用に <ruby></ruby> で表記させる)可能になるだろう。

不満を言えば、章の区切りを示す「一」とか「二」といった漢数字がなぜか英語の -A とか妙な表示になる。もしかしたらソフトは章立ての漢数字をイラストと勘違いしているのかもしれない。またときどき引用の「が省かれてしまう。終わりの」は、わたしが調べた範囲ではすべて認識されているのに、おかしな現象である。さらに文字がかすれているわけでも画像に汚れがあるわけでもないのに、部分的に飛ばされている箇所があった。これは他のOCRでも見られる現象であるが、なにが原因なのだろう。読み取りを行う原文はテキストにおいては一行ごとに改行されて表示されるので、段落内に一行だけ短いものがあると、読み抜けがあるなとわかる。これは残念だった。もう一つ、句読点のあとに半角のスペースがよく入る。もっともこれはエディタの置き換え機能で簡単に除去できる。

こうした問題はあるが、文字の認識率は相当に高く、「浮城物語」を何頁か読み込ませたが、読み抜けは発生したものの、読み取った文字のなかに間違いは見つからなかった。高精度で日本語をテキスト化できるのは間違いないだろう。これはOCRの開発にとって大きな一歩だと思う。国立国会図書館はいい仕事をした。まだ未完成ではあるけれど、将来に期待が持てそうな、筋のいいソフトウェアである。いろいろな人が専門的なレビューを書いているので興味のある人は調べてほしい。無料でダウンロードし、使えるソフトである。

Sunday, April 26, 2026

コリン・ブルックス「死体発見」

 


コリン・ブルックス(1893-1959)はイギリスのジャーナリストで30年代40年代はファイナンシャル・ニューズやサンデイ・ディスパッチの編集をしていた。BBCのラジオにも出演していたらしい。同時に以下のようなミステリも書いていた。

Mr X (1927)

The Body Snatchers (1927)

The Ghost Hunters (1928)

The Catspaws (1929)

Seven Hells (1929)

Found Dead (1930) 本書

Account Paid (1930)

O Sweet McTavish (1930)

Three Yards of Cord (1931)

Mr Daddy Detective (1933)

Frame Up (1935)

The Swimming Frong (1951)

このほかにも Her Serene Highness (1929) というのがあってこれもミステリっぽいところがありそうだ。HathiTrust で目次を確認したところ、語り手が「探偵になる」と題された章があるから。しかしまだ読んでないので断言はできない。

思わず彼の著作リストを調べてしまったのは、本書が予想以上によかったからである。出だしは仮定法の文章が三つ連続で使われている。

もし赤毛の娘の靴下止めがはずれなければマクタヴィッシュは振り返らなかっただろう。もしマクタヴィッシュが振り返らなかったら、わたしは彼とぶつかりはしなかっただろう。もしもわたしがマクタヴィッシュにぶつからなければ、この話は書かれなかっただろう。

通りを歩いていた赤毛の娘の靴下止めがはずれ、それを直そうと人目のない中庭に入っていった。マクタヴィッシュは娘が奇妙な足取りで中庭へ入っていったので通りからちらりとその方向を見たのだが、すると彼女が靴下止めを直す魅惑的な姿がちらりと見えるではないか。その瞬間、通りを急ぎ足で歩いていた語り手の「わたし」がマクタヴィッシュと正面衝突するのである。そのときだ。赤毛の娘が地階の窓からなにかを見つけ、悲鳴をあげる。そして靴下止めを直さずに男二人のほうへ駆け寄りこういうのだ。「人が死んでいる!」

 このあともちろん警察が捜査に乗り出すが、マクタヴィッシュの発案で赤毛の娘と語り手もチームを組んで事件の解決に乗り出すことになる。

 若い娘が薄暗がりのなか白い足を腿までさらけ出してガーターを直すという姿はなまめかしいが、しかしその後はとくにセンセーショナルなことも起きず話は進んでいく。しかしこれが面白くてついつい先を読んでしまう。センセーショナルなことは起きずとも、物語はテンポよく展開するし、会話がユーモラスで楽しいのである。アマチュア探偵チーム三人の個性もうまく表現されている。しかも彼らにはなんとなく怪しげなところがあるのだ。それは強調されてはいないが、すべての登場人物を疑ってかかるミステリファンならきっと「待てよ」と思う瞬間がところどころに配されている。コリン・ブルックスが文章家だとは思わないが、読者の興味を引き付ける技術はたしかに持っていると思う。

 物語は後半に入って第二の殺人事件が起き、一気にその興趣を増す。そして見事などんでん返しがあり、なぜ出だしの部分があれほど印象的に書かれていたのか、その理由も明らかになる。なるほど、そうだったのか! と読者はきっと膝を打つだろう。標準以上の、仕掛けにみちたミステリに仕上がっている。

 コリン・ブルックスのほかの作品は探偵小説と言うよりスリラーとか冒険小説に近いようだが、ぜひ読んでみたい。

Thursday, April 23, 2026

ミッキー・スピレイン「裁くのはおれだ」

初版の表紙
初版の表紙

ミッキー・スピレインはずっと昔一冊読んで、そのつまらなさに今までずっと手を出さずにいたのだが、たまたま古本屋で I, The Jury を見つけたので買ってみた。シグネット版のペーパーバックで紙がみごとに灼けている。出だしはこんな具合だ。

I shook the rain from my hat and walked into the room. Nobody said a word. They stepped back politely and I could feel their eyes on me. Pat Chambers was standing by the door to the bedroom trying to steady Myrna. The girl's body was racking with dry sobs. I walked over and put my arms around her.

英語の初学者にはうってつけのやさしい文章だが、これがくせものでもある。この単純さは認識の単純さにも結びつくからである。ポール・オースターの「ニューヨーク三部作」も文章はやさしいが、彼の物語にはいくつもの複雑なひねりが加えられていて、一筋縄ではいかないパラドキシカルかつ形而上学的な深みを持っている。単純なものから複雑なものへ引きずり込まれるそのスリルはたまらない。スピレインの場合はどうか。ノワール小説が持つリビディナルな世界が展開しているだろうか。

残念ながらそうはならない。なるほどノワール風の展開には一応なっているのだが、最終的にそこにあるのは人間の内なる暗黒ではなく、マッチョで身勝手な倫理観である。酒をがんがん飲み、古い女性観にこりかたまり(妻たるは家庭に閉じこもるべきだ!)、容疑者の女とも平気でセックスをし、この「男性的」空間を脅かす存在は平気で殺す、いや、自分には殺す権利があると妄想しているタフガイがマイク・ハマーという主人公である。トランプ大統領はマイク・ハマーの直系の子孫と言えるだろう。「裁くのはおれだ」つまり「おれが法律だ」というマイク・ハマーと、「国際法なんて関係ない。おれが決めるんだ」というトランプ大統領の類似は明白である。スピレインの文章の単純さは、アメリカのマッチョな世界観の単純さを示しているだろう。

スピレインの性的な、あるいは暴力的な描写は、当時いろいろな人から批判されたが、いま読むと「なんだ、この程度のものか」と拍子抜けする。本書には大がかりな買春組織が登場するが、エプスタイン事件の報道に慣れてしまったわれわれにはなにほどのショックも与えないだろう。ジュリアン・シモンズがスピレインの作品を「吐き気がする」と評したのは有名だが、いま読むと「吐き気」すらしない。

ノワールの複雑な世界が戦後アメリカのマチスモによってこんなふうに変形してしまうのか、というのが正直な感想だった。

ただこの記事を書くに当たってウィキペディアを読んだらアイン・ランドがスピレインを評価していたと書いてあって、それは興味深かった。アイン・ランドはスピレインの白黒をはっきりつける道徳観が気に入っていたようだが、なるほど彼女ならそうかもしれない。アイン・ランドもたしか Anthem を一冊読んだだけでその単純さにあきれ、わたしは読まなくなってしまった。


Monday, April 20, 2026

今月の注目作

 Fowlers End by Gerald Kersh

Fadepage


「ファウラーズ・エンド」というのはロンドンの郊外にある工業地区のことで、労働者が居住している。そこにある映画館の支配人が住民たちや仕事仲間とかわす会話を集めた本で、とくにドラマチックな筋があるわけではないのだが、しかしこの会話が圧倒的におもしろい。ただしいわゆるコックニー訛りがきつくて読むのは大変かもしれない。中流家庭出身の支配人を除くと登場人物はみな奇矯な人物か悪党で、ロンドンという都市の猥雑な魅力が爆発している。アンソニー・バージェスが本書をコミック小説の傑作と呼んだのもうなずける。


Angel Pavement by J. B. Priestley

Project Gutenberg


プリーストレーはディケンズばりのふくよかな物語を展開させる。「仲好し座」や本書の「天使通り」は彼の最上の作品といっていいだろう。わたしはモダニズムの作品が好きだが、神経衰弱的なところがあるウルフやジョイスらの作品ばかり読むのはしんどい。ときにはディケンズやベネットのような豊かな物語性をもつ作品も読みたい。そんなとき、まっさきに手に取るのがプリーストレーの作品である。最後の数頁にいたって彼くらい「ああ、こんなに面白い物語がもう終わってしまうのか」と悲しい気持ちにさせる作家はいない。しかし彼にはモダンな感覚もあって、ミステリ風味の戯曲などは一読に値する。


Jenny by Sigrid Undset

Standard Ebooks


シーグリ・ウンセットはノルウエーのノーベル賞作家だ。ノルウエーがナチスに侵略されたときはアメリカに逃亡している。本書は若き女性画家の、愛の転落を描いているのだが、いま読んでも生々しさがある。これが書かれた1911年頃はヨーロッパでフェミニズム運動が盛んだった時期で、独立を求める女性を描いた作品が多数生まれた。わたしはその手の作品をたくさん読んでいるわけではないが、本書はかなり上等の部類に属すると思う。彼女の代表作「クリスティン・ラヴランスダッテル」三部作や「ヘストビケンのあるじ」四部作など日本では翻訳が出ているのだろうか。


Friday, April 17, 2026

German Elementary Series (16)

16. Der Herbst

Im Herbst werden die Tage kürzer, die Abende werden länger, die Nächte werden kühler. Die Blätter auf den Bäumen werden rot, braun oder gelb. Ein Blatt nach dem anderen fällt zur Erde. Bald kommt der Dezember. Bald stehen alle Bäume ohne Blätter.

Im Herbst fliegt der Storch zurück nach den wärmeren Ländern des Südens. Wir sehen ihn nicht mehr auf dem roten Dache jenes Hauses. Sein Nest ist leer.

Der Apfelbaum im Garten hängt voll von schönen, roten Äpfeln. Der Wind bläst1 und bläst, und viele Äpfel fallen zur Erde. Die Kinder tragen die Äpfel ins Haus oder in den Keller.

1. blasen 風が強く吹く.

Auf den Feldern arbeitet der Bauer2 mit Frau und Kind. Mit großen Wagen und starken Pferden bringt der Bauer das Korn3 nach Hause.4

2. der Bauer 農夫.
3. das Korn 穀物.
4. nach Hause 家へ.

Die Luft ist frisch und kühl. Die langen, heißen Sommertage sind zu Ende. Die Menschen können wieder arbeiten und schlafen.

Tuesday, April 14, 2026

関口存男「新ドイツ語大講座  下」(19)

§19. Der Kapitän wollte das Schiff nicht verlassen und ging mit demselben unter.

船長は船を去ることを欲せず、船と共に沈んだ。

 上文のような場合に、mit ihm (それと共に)といってもいいところを、多少改まった調子で固苦しく言おうとすると、例の derselbe (同者、該者)を使います。これは別に「同じもの」とか違ったものとかいったような程の意味はなんにもないので、たとえば警察署の書類に「よって同女を連行して取調べたるところ」などとある同女や、同人と同じわけです。

 同女といえば面白い話があります。例の Heine の詩の Lorelei ですが、あるお役人があのお話をして聞かせるのに、Auf dem Fels saß Lorelei mit ihrem goldenen Haar und goldenem Kamm (岩の上には金髪の、金の櫛をさしたローレライが腰をおろしていた)まではよかったが、その次に und dieselbe kämmte dasselbe mit demselben (そして同女は該者を上記の物をもって櫛けずった)といったというお笑話ですが、なるほどドイツ語では、Lorelei は女性、櫛は男性、髪は中性と、それぞれ性が違っているから、該者を該者でもって櫛けずっても差し支えないわけですが、話がなにしろロマンティックな話だから、ひどく幻滅なところがご愛嬌です。

  selbig, derselbig. 古い形で今はもう多少おかしくなっています。

Saturday, April 11, 2026

英語読解のヒント(215)

215. be left to one's thoughts / devices / resources

基本表現と解説
  • He was left to his thoughts. 「彼は一人残されいろいろ考えた」
  • He was left to his devices. 「一人残されいろいろ自分で工夫しなければならなかった」
  • He was left to take care of himself. 「一人残され自分のことは自分でしなければならなかった」

例文はいずれも実質上 He was left alone. ということだが alone の内容をさらに詳しく述べている。

例文1

The detective was not left long to his reflections.

Jules Verne, Around the World in 80 Days (translated by Henry Frith)

刑事は長く思案している暇がなかった。

例文2

 "And, Dora, I don't think I want my hair brushed any more, thanks; my head is aching so dreadfully."
 This is a hint that she will be glad of Mrs. Talbot's speedy departure; and, that lady taking the hint, Florence is soon left to her own thoughts.

Margaret Wolfe Hungerford, The Haunted Chamber

 「ドラ、ありがとう。もう髪をすかなくてもいいわ。ひどく頭が痛いから」
 これはミセス・トールボットに早く帰ってほしいという謎である。夫人がそれを悟って帰ったので、フローレンスはすぐ一人になっていろいろ考えた。

例文3

 "Let us all start for Bavaria to-morrow, and have the marriage at Munich!"
 "And leave the business at Frankfort to take care of itself, at the busiest time of the year!"

Wilkie Collins, Jezebel's Daughter

 「明日ババリアへむけて出発しましょう。そしてミュンヘンで結婚式を挙げるんです!」
 「フランクフルトでの商売をほったらかしにしてかね? 一年でいちばん忙しい時期だというのに」

驚きのOCR

国立国会図書館のラボが NDLOCR-Lite というOCRソフトを無償公開したが、これが評判通りのすばらしい出来で驚いている。OCRというのは、画像化された文字をテキスト形式に変換するソフトのことだ。PDFは非常に便利ではあるけれど、画面の小さな読書用端末を使うときは困ることも...