Monday, February 2, 2026

英語読解のヒント(204)

 

204. 倒置 (5)

基本表現と解説
  • That vow he intended to keep. 「彼はその誓いを守ろうとした」

目的語を主語の前に倒置する例。

例文1

Its ascetic spirit he considered the kernel of Christianity.

Margrieta Beer, Schopenhauer

その禁欲的精神を彼はキリスト教の真髄と考えた。

例文2

Such utter and complete ruin one could hardly conceive of.

Mark Twain, The Innocents Abroad

それほど徹底的で完璧な破滅など、ほとんど想像することさえできない。

例文3

"Music I have learned till I am perfectly sick of it."

Jane Taylor, "Contrasted Soliloquies"

音楽はほんとうにいやになるまで習いました。

Thursday, January 29, 2026

ジュアンーデヴィッド・ナシオ「精神分析と反覆」

 


本書は現代フランス思想叢書の一冊として SUNY Press から2019年に出版された。著者はまったく知らないが、題名に惹かれて読むことにした。

最初のほうに随分ナイーブな言明があらわれてびっくりした。精神病患者は症候の解釈を与えられると、その症候から解放されるというのである。いや、そんなことはフロイトだって言っていないはずだ。解釈を与えても、症候が継続するケースにぶつかり、フロイトは考えを改めたはずである。しかしナシオ氏は単なる理論家ではなく臨床医であるので、これは彼の経験から得た、根拠のある言明なのかもしれない。そんなふうに考えて読み進んだのだが、本書の後半において、作者はわたしの疑問に答えてくれた。やはりたんに解釈を提示してもだめであって、分析医が患者にインパクトを与えられるように、ある種の関係を築かなければならないと、書いてあった。それは理論としてフロイトやラカンに接するのではなく、実践的に彼らを読もうとする臨床医の苦労や困難を感じさせる記述で、彼の方法の是非はともかく、経験の重みを感じさせるものであった。

精神分析における反覆という本書の主題は、非常に面白かった。ナシオは患者がある行為を反覆して行うのはなぜなのか、という問いを立て、その問いに直截に答えようとしている。ある女の患者は幼い頃に兄と性的行為をし、思春期以降は何人かの相手とSM的な関係を持ち続けている。そのような反覆は何故生じるのか。

ナシオの提示する解答はきわめて明快、明快すぎるほど明快だ。患者は幼児期に、彼/彼女の受容能力を超えたトラウマ的体験をする。それは意識によって解釈され得ない、忌避すべきものとして、無意識の領域に抑圧される。この抑圧されたトラウマをナシオは「無意識のファンタズム(心象)」と呼んでいる。この無意識のファンタズムは、意識によって解釈されることを求めて抑圧を打ち破り表面にあらわれる。するとそれが症候となる、というのである。その繰り返しが精神分析における反覆というわけだ。

ナシオはこの心的機構を説明しながら同時にフロイトやラカンの用語も簡明に説明している。「欲動」とか「享楽」とか「対象a」といった言葉の説明としてナシオのくらいわかりやすいものは、読んだことがない。

彼は反覆の構造を解き明かしたあと、分析医としてそれをどう治療していくのかという点についても語っている。わたしは臨床的なことはまったく知らないので、ナシオのやり方がどれほど一般的なのかわからないが、彼の言葉が長年の苦労のなかから紡ぎ出されていることは理解できた。

哲学者は概念の細かいニュアンスを考え抜こうとして、説明が長大で難解になるが、臨床医としてのナシオは思い切りよくある部分を単純化して理解し、説明を明快なもの、実用的なものに変えている。

本書の最後の部分には、ナシオが自分の議論を組み立てる際に、核心となったフロイトやラカンの言説が、短く、いくつも付されている。ここを読めば、本書の内容を振り返ることができると同時に、精神分析の勘所が理解できる。ラカン派は数多くの秀才を生み出しているが、ナシオもその一人だろう。

Monday, January 26, 2026

リサ・ランドール「歪んだ道筋」

 


これはいわゆる膜宇宙論を説明した一般向けの解説書である。膜宇宙論とはなにか。どうやら人間が理解する三次元空間の宇宙は、じつは高次元の空間に浮かんでいる膜みたいなものだということらしい。このバルクと呼ばれる高次元の空間にはわれわれの住む膜以外にも、いろいろな膜が浮かんでいると考えられている。

なぜ科学者がこんな膜宇宙を考えたかというと、重力の特異性をこれによって説明できるからだと言う。物理学では重力、電磁気力、弱い力、強い力という四つの力が考えられている。このうち重力は最も弱く、なぜこんなに弱いのかということが物理学者の疑問だったらしいが、膜宇宙モデルでは重力の力が高次元へ漏れているからだ、と説明できる点が強みだ。

もう一つこの本を読んで知ったのは、ビッグバンの起源についてだ。膜宇宙論においてはビッグバンは膜同士が衝突して起きると考えられるらしい。以前ユーチューブの番組で物理学者のショーン・キャロルが、ビッグバンが起きたことはあらゆる証拠から見て確実であると自信をもって語っていたので、このシナリオは決定的なものなのかと思っていたが、そうでもないようだ。赤方偏移の現象から宇宙は膨張していると長らく考えられていたが、じつは宇宙が回転しているために膨張しているような見かけを与えているのではないか、という説が去年あらわれたり、科学といえども「常識」はつぎつぎと書き換えられるようだ。

しかし正直にこの本の感想を言えば、ひどいのひと言に尽きる。リサ・ランドールはまったく文章が書けない人だ。アメリカには科学の最先端をわかりやすく門外漢に説明するサイエンス・ライターがたくさんいて、いつもうらやましく思うのだが、この人はまったくの例外である。話し言葉と書き言葉を無造作に混在させる文章感覚のなさ、比喩表現のぞろっぺいさ、論旨の混乱、意味のない繰り返し、読んでいて不愉快きわまりなかった。本書は「ワープする宇宙 五次元時空の謎を解く」というタイトルで翻訳が出ているそうだが、アマゾンの評価は星4.2。信じられないような高評価である。よっぽどの「名訳」なのだろう。しかし原文はひどい。わたしは最近の物理学における高次元の考え方に興味があるから最後まで我慢して読んだが、そのあとすぐ口直しにジュリアン・バーンズのミステリを読んだ。リサ・ランドールは二度と読まない。

Friday, January 23, 2026

ロバート・W・チェンバース「隠密作戦」

 


チェンバースといえば短篇「黄色い服を着た王」で有名だが、長編小説もかなり書いている。「隠密作戦」は1919年、第一次世界大戦の経験をもとに書かれたスパイ小説だ。この頃のスパイ小説は今と違ってロマンチックな冒険小説といった趣きを持っている。ル・キューやフィリップ・オッペンハイムといった、当時の人気作家もみなル・カレやグレアム・グリーンとはおよそかけはなれたロマンチックな物語を書いた。今読むとこうした作品はいかにも古びて見える。スパイ小説の古典とみなされているのは、チルダースの「砂州の謎」とかコンラッドの「密偵」といった、ロマン主義をできるかぎり排した書き方の小説である。

「隠密作戦」は、たまたまスイスとフランスの国境においてドイツ軍が企んでいるある作戦に気付いたスコットランド出身の男ケイと、アメリカの秘密情報局ではたらく美しい敏腕局員エリスがタッグを組み、ドイツのスパイに命を狙われるなか、ケイが見出したドイツ軍の作戦を挫折させようとする物語である。十九世紀的なロマンが二十世紀に入って読者に嫌われ出したのは、ひとつには物語を展開する仕掛けとして「偶然」があまりにも多用されたからである。最初のうちはこの偶然は意表をついて面白かったけれど、何度も繰り返されると鼻につくようになった。悪党に襲われていた女性を救ってみたら、じつは幼くして生き別れになった妹であった、とか、人が行かない山中の小屋で事件が起きたのに、じつはたまたま村人が通りかかり、その一部始終を見ていた、とか、そんな偶然がぞろぞろ出てくる。ある人は皮肉交じりに、十九世紀後半の小説においては双子の出生率がぐんと上がった、などと言っている。一見不可解な事件の謎が、双子の存在によって解明されるという話がずいぶん書かれたのである。「隠密作戦」も十九世紀的な伝統を引きずっていて、ケイとエリスの出会いは、絶対ありえないような偶然によって可能とされている。この種の展開にはわたしも食傷気味で、ちょっとうんざりした。作者自身もそれには自覚的だったのだろう。エリスが「こんなことってあるわけないわ!」と独りごちると、三人称の語り手は「しかしそういうことは実際あるのである」などと書いている。そんな強弁をしなければならないくらい、びっくりぎょうてんの二人の出会いである。

ただ第一次世界大戦を受けて、スパイ小説は変貌しなければならなくなったということは、この小説を読んでいて感じられた。このカタストロフィックな現実は、従来のロマンチックなナラティブにはなかったいくつかの要素を導入してしまった。たとえば近代的な兵器のとてつもない殺傷能力は、ロマンティックな語りの織物を切り裂くような効果を持っている。ケイとエリスが魚雷で攻撃される場面など、生ぬるい十九世紀的な叙述のなかに突然異分子が持ち込まれたような異様さを感じさせる。古い現実認識のもとに書かれた文章が、新しい風俗や現象を描こうとするとき、そこにある種の齟齬が生じるケースがままあるが、それがこの作品でも起きている。スイスの山中の牧歌的な風景が描かれたあとに、ケイとエリスがドイツの殺し屋に遭遇する場面でも、殺し屋が山から落下し、ぐしゃりと内蔵や脳漿をぶちまけるという描写は、不吉なくらい場違いな印象を与える。また、スパイのあいだの騙し・騙される関係、常に不信にさらされている心理状態は、勧善懲悪のような古い、安定的イデオロギーから生まれた文体で表現されるにはあまりにも向いていないような気がする。しかし最大の齟齬はエリスだろう。彼女は都会育ちのお嬢様である。暗号解読の仕事をしているだけで、とくに体力があるとは思えない。なのに男も無理だという冷たい湖を泳いで銃弾を取ってきたり、スイスの山中を歩き回り、あるいはスパイに追われて逃走するのである。とても近代的な武器を使用した銃撃戦に耐えられる存在ではないのだが、それがまるで妖精のように大活躍する描写には、さすがに当時の読者も違和感を覚えただろう。

こうした欠陥、失敗を克服すべく、作家は新しい現実を表現する文体を徐々に鍛え上げ、ついにはル・カレの作品のような、見事な構築物を生み出すに至ったわけだ。その間のモームやアンブラーなどの努力があらためてすばらしいものであったと認識させられた。

Tuesday, January 20, 2026

今月の注目作

 The Scorpion by Anna Elisabet Weirauch

Project Gutenberg


正月早々びっくりしたが、ドイツのレズビアン文学で高名な「さそり」が電子化されていた。ナチスが政権を取る前の、レズビアニズムを肯定的に描いたこの作品は1919年、ヴァイマール時代に出版された。のちに有害図書ということで一般に広くは行き渡らなかったようだが、1932年に出た翻訳、つまり今回 Project Gutenberg から出た本によってアメリカに大きな影響を与えた。レズビアニズムに興味があるなら Radclyffe Hall の The Well of Loneliness (1928) と合わせて読んでいただきたい。どちらも名作だが、翻訳は出ていないと思う。「さそり」はドイツ語の原文も電子化されている。


Women in the Shadows by Ann Bannon

Project Gutenberg


「さそり」を見つけたときは驚いたが、そのすぐ下にアン・バノンの「影の女」を見つけたときは噴き出してしまった。今年はレズビアンもの、ホモセクシュアルものがたくさん出るのだろうか。アン・バノンはレズビアン・パルプ小説の女王と呼ばれる人で、ビーボ・ブリンカーを主人公にした一連の小説は大いに大衆受けした。作者は大学の先生でもあり、文章は読みやすい。「さそり」が1920年頃のレズビアン文化を示しているとするなら、アン・バノンは50年代、60年代のレズビアン文化をあらわしている。


2026年パブリックドメイン・デイを記念して Standard EBooks が次のような豪華なタイトルを電子化してくれた。

(作品..........作者)

The Castle..........Franz Kafka

The Maltese Falcon..........Dashiel Hammett

As I Lay Dying..........William Faulkner

Not Without Laughter..........Langston Huges

The Murder at the Vicarage..........Agatha Christie

Strong Poison..........Dorothy L. Sayers

Vile Bodies..........Evelyn Waugh

Years of Grace..........Margaret Ayer Barnes

Miss Mole..........E. H. Young

The Faraway Bride..........Stella Benson

The End of the World..........Geoffrey Dennis

Swallows and Amazons..........Arthur Ransome

Ash Wednesday..........T. S. Eliot

Short Fiction..........Daphne du Maurier

Cimarron..........Edna Ferber

Giant's Bread..........Agatha Christie

The Secret of the Old Clock..........Carolyn Keene

The Hidden Staircase..........Carolyn Keene

The Bungalow Mystery..........Carolyn Keene

The Mystery at Lilac Inn..........Carolyn Keene


おそらくこの中で一番日本人に馴染みがないのは Geoffrey Dennis だろうが、The End of the World は1930年にホーソーンデン賞を受賞している。終末に関するエッセイというかなんというか、奇天烈な本で、なぜこの本が賞を取ったのかよくわからないのだが、しかし詰まらないわけではない。それどころか結構おもしろい。この人は Harvest in Poland という、まことに奇妙なオカルト小説? 恐怖小説? それとも寓話?なのか、わけのわからない作品を書いている。ずば抜けた才能があるわけではないが、鬼才であることはまちがいない。

Saturday, January 17, 2026

Elementary German Series (13)

13. Das Jahr

Das Jahr hat zwölf Monate, zweiundfünfzig Wochen, dreihundertfünfundsechzig oder dreihundertsechsundsechzig Tage. Das Jahr hat vier Jahreszeiten. Die Jahreszeiten heißen Frühling, Sommer, Herbst und Winter.

Das Jahr beginnt am ersten Januar. Am ersten Januar ist Neujahr. Am einundzwanzigsten März ist der Tag so lang wie die Nacht. An diesem Tage ist das Ende des Winters und der Anfang1 (der Beginn) des Frühlings. Am einundzwanzigsten Juni ist das Ende des Frühlings und der Anfang (der Beginn) des Sommers. Dieser Tag ist der längste Tag des Jahres. Am einundzwanzigsten September ist das Ende des Sommers und der Anfang des Herbstes. Am einundzwanzigsten Dezember ist das Ende des Herbstes und der Anfang des Winters. Der einundzwanzigste Dezember ist der kürzeste Tag des Jahres. Am einunddreißigsten Dezember endet2 das Jahr.

1. anfangen 始まる; der Anfang 始まり.
2. enden 終わる; 名詞: das Ende; zu Ende 終わりに, 終わった, 過ぎ去った.

Wednesday, January 14, 2026

関口存男「新ドイツ語大講座  下」(16)

§16. dieser (後者)と jener (前者)

 英語は former (前者)、latter (後者)で区別しますが、ドイツ語では前者は jener または der erstere、後者は dieser または der letztere を用います。簡潔を好むのあまり遂には晦渋生硬をもあえて憚らぬのがドイツ語の特徴ですが、次の例文はよく考えて読んでください:

 Genie ist nie ohne hohe, breite, schön gewölbte Stirn; dieser aber oft ohne jenes. --Schopenhauer--
 天才には高い、宏い、見事に盛り上った額がつきものである。しかし後者は往々にして前者を欠く。

 Genie は中性ゆえ、-es で受け、Stirn は女性ゆえ -e で受けてあります。die letztere aber oft ohne das erstere でもよいところ。

 「前に述べた方の場合では」と「今問題になっている方の場合では」とを区別するためには dort と hier とを用います。たとえば、「新ドイツ語の基礎」でも文法をやり、また本書でも文法をやりますが、両者は同じではありません:Dort wußtet ihr noch gar nichts von der deutschen Sprache, hier aber habt ihr schon eine Menge Lesestücke im Kopf 「あそこでは(すなわち「新ドイツ語の基礎」においては)諸君はまだドイツ語についてはなに一つ知らなかったのですが、ここでは(本書では)諸君は既にたくさんの読物を頭に入れている」のですから。

§16. Genie ist nie ohne ~: 天才は決して[......]なしではない。schön gewölbt: 美しく穹りゅう形をした。Genie [発音ジェニー]。eine Menge: 多くの (plenty of, lot of). Lesestück, n. : 〔断片的な〕読み物。

英語読解のヒント(204)

  204. 倒置 (5) 基本表現と解説 That vow he intended to keep. 「彼はその誓いを守ろうとした」 目的語を主語の前に倒置する例。 例文1 Its ascetic spirit he considered the kernel...