Friday, April 29, 2022

Ward Moore の作品が電子化される

Ward Moore (1903-1978) の作品はあまり翻訳されていないのでこの作家を知らない人も多いと思う。しかしどの本もそれなりに面白く読めるいい作家である。大恐慌の時期を描いた Breathe the Air Again、オルタナティブ・ユニヴァースを描いた Bring the Jubilee も興味深い作品だと思った。他の本もよさそうなので、心の片隅に彼の名前を記憶していたのだが、先日 Project Gutenberg の新刊(旧刊?)案内の頁を見ていたら、いきなり彼の Bring the Jubilee が電子本化されていたのでびっくりした。

これは1953年の出版だから、まだパブリックドメイン入りしていないのでは、と思ったが、おそらく著作権の継続申請が行われなかったのだろう。パルプ雑誌などに書き飛ばされた作品は、いちいち申請が行われず、すでにパブリックドメイン入りしている場合がある。Project Gutenberg はそれを調査して突き止めたのじゃないかしら。(ちなみにアメリカでは著作権の違反はすぐに裁判沙汰となり、膨大な違反金を取られるので、Project Gutenberg の調査も念入りである)

しかしそれにしても驚いた。このタイトルを見たとき一瞬目を見張り、自分はまだ寝ぼけているのかと思ったくらいだ。Bring the Jubilee の本は引っ越しの時に処分してしまってもう手元にないけれど、ほかの作品を捜して読んでみようかと思っている。

Tuesday, April 26, 2022

デイ・キーン「サモアへの航海」

この本は面白かった。デイ・キーンの作品のなかでもまずまず上等の部類に入ると思う。

大富豪ライアンを乗せた船が二年前に南太平洋の海で沈没した。乗組員二人をのぞいて全員が死亡した事件である。ライアンは大金と遺産にかかわる重要な書類を携行していたのだが、それも失われてしまった。

二年後、ライアンの継娘シルビアが、沈没船から金と書類を回収しようと、サルベージ・チームを編成する。彼女、生き残った二人の乗組員、そして潜水するマット・ケリーがその主要メンバーである。彼らはクルーズ船でホノルルまで行き、そこから事故現場へ向かう予定だった。

ところが船が出港する前から不可解な事件が次々と起こるのだ。まず、潜水の専門家マットがクルーズ船に乗ろうと埠頭に来ると、女性用のトイレから悲鳴が上がる。なにごとかと行って見ると、目のよどんだ男が若い女にしがみついている。マットはパンチをあびせて女を救うが、じつは男は背中にナイフをさされ、虫の息で彼女に助けを求めようとしていたことが判明する。

さらに航海がはじまったその日の晩、甲板に出ていたマットは後ろから鈍器で頭をなぐられ、あやうく海に落とされそうになる。残念ながら犯人はわからない。さらにその晩、彼はトイレで助けた女性と会う約束をしていたのだが、その女性がいないことに気づく。さっそく船長の命令で船の中が捜索されるが、どこにも彼女はいない。もしも海に落ちたのだとしたら、潮流の強い海域だから、もう見つかることはないだろうと船長は言う。ところがである。自室に戻ったマットは、バスルームの中で彼女の死体を発見するのだ。

こういう荒っぽい事件が連続するだけではない。シルビアや、とある新聞社の女性記者などが、なかなかエロチックな役割を持っていて、その手の場面もふんだんに織り込まれるものだから、少々下品な印象は残すけれども、読んでいて退屈する暇がまったくない。それこそクルーズ船が出る港や空港の書店に山積みされていそうなエンターテイメントに仕上がっている。

作者デイ・キーンの経歴や趣味などはまったく知らないけれど、しかし潜水についてはやたら詳しい人のようだ。潜水用具の知識だけでなく、潜水をする人の心情が的確に表現されていて、物語全体はメロドラマじみているのだが、そこだけは妙にリアルに感じられた。

Saturday, April 23, 2022

アンソニー・ロールズ「牧師のあやまち」(1932)

原題は Clerical Error。主人公はパーディコットという牧師さんである。彼は優柔不断ともいえるくらい性格が穏やかで、教区民からは非常に好かれている。ところがあるとき突如殺意を抱くのだ。彼の教区にはカーゴイという退役軍人がいた。現役時代は海軍で大活躍をしたらしいが、今はゴルフに明け暮れている。この男は新しいものが嫌いで、教会の窓ガラスを変えることにもいちいち文句をつける。牧師はカーゴイにねちねちと苦情を言われているときに、ふとこの男を殺すことこそ、神が自分に与えた仕事であると自覚する。なんだか突然すぎて奇妙な感じがするが、読み進めるとパーディコット牧師が密かにカーゴイの妻に心を寄せていることが分かってくる。退役軍人を殺そうと考えたのにはわけがあった。牧師は軍人がもともと邪魔だったのだ。

しかし牧師は、軍人を殺すことは「天意」だと本気で考えている。自分は退役軍人の妻に懸想している、だから彼を殺そうとしている、という意識はまったくない。ここがこの小説の面白いところだ。

パーディコットは毒薬の研究をし、まんまとカーゴイの殺害に成功する。しかし殺人は殺人を呼ぶ。カーゴイの墓を毎日見ることに耐えられなかった牧師は教区を変えたいと思う。そして行きたいと思う教区の牧師を殺そうとし、さらに自分の奥さんも……。

この本は予想以上に面白かった。パーディコットは殺人鬼だが、彼には犯罪を犯しているという意識がまるでない。妻を殺すときもそうだ。パーディコットが妻を毒殺するために医者の薬置き場から薬を盗む場面があるが、そこにはこう書いてある。

この行為は前もって予定されていなかっただけではない。無意識であったと言ったほうが正確だろう。もしも医者がふらりとあらわれ、パーディコットになにをしているのかと聞いたなら、彼はわからないと心から答えただろう。

彼はある行為をする。しかしその行為の意味・意図をまったくしらない。自分は自分が殺した退役軍人の妻を愛している、だから自分の妻は邪魔者である、それゆえ毒薬を盗んで彼女を殺そうとしている、といった意識がパーディコットには皆無なのだ。

こういう犯罪者を描いた作品はなかなか珍しい。自分が犯罪行為をおかしていることに気づかない人間。そのような行為をおかす動機にも気づかない人間(第三者の目には明々白々なのに)。

犯罪者は動機を意識しているという説はまったくあやまりである。無実を主張して死んでいく殺人犯は、おそらく99パーセントが本音をしゃべっている。すくなくとも動機に関しては本音をしゃべっている。自殺とおなじように殺人も、それ自身を真の意味で認識できていない精神がなす行為である。

意識は嘘をつく。これこそ精神分析の出発点である。この認識に到達しているという点で「牧師のあやまち」は非常に面白かった。

探偵小説と精神分析は、生まれた時期がいっしょだったとか、フロイトがシャーロック・ホームズのファンだったとか、いろいろ深い関係があるのだが、犯罪行為の無意識性にこれだけ焦点をあてて書かれた作品というのはめずらしいし、非常におもしろかった。ミステリとしては、いまひとつの出来栄えだが、読んで損はない作品だと思う。

Wednesday, April 20, 2022

エリザベス女王のプラチナ・ジュビリーを祝う七十冊

エリザベス女王が1952年に即位して七十年がたつ。それを記念して彼女の治世のあいだに発表された重要な文学作品七十冊が選ばれた。選んだのは図書館関係者、出版関係者、文学の専門家、さらに三十一もの国の読者である。これからこのリストをもとに読書会とかビッグ・リードが開催され、BBCの番組が作られることになるだろう。

作品は52年から61年までの十年から十冊、62年から71年までの十年から十冊というふうに選ばれている。英連邦で出版された本が対象だからじつにバラエティに富んでいる。リスト好きのわたしとしては、それを紹介し、短いコメントを附したい。まず最初の十年間から選ばれた本は……


1952-61


タイトル - 作者名(発表年、国)

The Palm-Wine Drinkard - Amos Tutuola (1952, Nigeria)

The Hills Were Joyful Together - Roger Mais (1953, Jamaica)

In the Castle of My Skin - George Lamming (1953, Barbados)

My Bones and My Flute - Edgar Mittelholzer (1955, Guyana)

The Lonely Londoners - Sam Selvon (1956, Trinidad and Tobago/England)

The Guide - RK Narayan (1958, India)

To Sir, With Love - ER Braithwaite (1959, Guyana)

One Moonlit Night - Caradog Prichard (1961, Wales)

A House for Mr Biswas - VS Naipaul (1961, Trinidad and Tobago/England

Sunlight on a Broken Column - Attia Hosain (1961, India)


見よ!! エドガー・ミッテルホルツァーの「わが骨、わがフルート」が入っているではないか!! わたしが訳した作品である。ミッテルホルツァーの重要性を理解するとは、この選定委員会はなかなか目利きの集団のようだ。


1962-71


A Clockwork Orange - Anthony Burgess (1962, England)

The Interrogation - JMG Le Clézio (1963, France/Mauritius)

The Girls of Slender Means - Muriel Spark (1963, Scotland)

Arrow of God - Chinua Achebe (1964, Nigeria)

Death of a Naturalist - Seamus Heaney (1966, Northern Ireland)

Wide Sargasso Sea - Jean Rhys (1966, Dominica/Wales)

A Grain of Wheat - Ngũgĩ wa Thiong’o (1967, Kenya)

Picnic at Hanging Rock - Joan Lindsay (1967, Australia)

The Beautyful Ones Are Not Yet Born - Ayi Kwei Armah (1968, Ghana)

When Rain Clouds Gather - Bessie Head (1968, Botswana/South Africa)


バージェスやスパークのような実験的な作家は好きだが、しかしこの十冊のなかではジーン・リースがいちばん腹にずしっと響いた。


1972-81


The Nowhere Man - Kamala Markandaya (1972, India)

Tinker Tailor Soldier Spy - John Le Carré (1974, England)

The Thorn Birds - Colleen McCullough (1977, Australia)

The Crow Eaters - Bapsi Sidhwa (1978, Pakistan)

The Sea, The Sea - Iris Murdoch (1978, England)

Who Do You think You Are? - Alice Munro (1978, Canada)

The Hitchhiker’s Guide to the Galaxy - Douglas Adams (1979, England)

Tsotsi - Athol Fugard (1980, South Africa)

Clear Light of Day - Anita Desai (1980, India)

Midnight’s Children - Salman Rushdie (1981, England/India)


マードックは「海よ、海よ」が選ばれている。なるほど。わたしは「黒い皇子」がいちばん好きだけれども。


1982-91


Schindler’s Ark - Thomas Keneally (1982, Australia)

Beka Lamb - Zee Edgell (1982, Belize)

The Bone People - Keri Hulme (1984, New Zealand)

The Handmaid’s Tale - Margaret Atwood (1985, Canada)

Summer Lightning - Olive Senior (1986, Jamaica)

The Whale Rider - Witi Ihimaera (1987, New Zealand)

The Remains of the Day - Kazuo Ishiguro (1989, England)

Omeros - Derek Walcott (1990, Saint Lucia)

The Adoption Papers - Jackie Kay (1991, Scotland)

Cloudstreet - Tim Winton (1991, Australia)


このあたりになるとちらほら読んでない本が出て来るなあ。ジャッキー・ケイの本は翻訳されているのだろうか。読んだ当時、西洋では人種や家族の問題をこういうレベルで考えているのかと認識をあらたにした。


1992-2001


The English Patient - Michael Ondaatje (1992, Canada/Sri Lanka)

The Stone Diaries - Carol Shields (1993, Canada)

Paradise - Abdulrazak Gurnah (1994, Tanzania/England)

A Fine Balance - Rohinton Mistry (1995, India/Canada)

Salt - Earl Lovelace (1996, Trinidad and Tobago)

The God of Small Things - Arundhati Roy (1997, India)

The Blue Bedspread - Raj Kamal Jha (1999, India)

Disgrace - JM Coetzee (1999, South Africa/Australia)

White Teeth - Zadie Smith (2000, England)

Life of Pi - Yann Martel (2001, Canada)


アルンダティ・ロイの作品は文学的にも政治的にも決定的な力を持っていたと思う。ヤン・マーテルが選ばれたのはわたしには不可解。


2002-11


Small Island - Andrea Levy (2004, England)

The Secret River - Kate Grenville (2005, Australia)

The Book Thief - Markus Zusak (2005, Australia)

Half of a Yellow Sun - Chimamanda Ngozi Adichie (2006, Nigeria)

A Golden Age - Tahmima Anam (2007, Bangladesh)

The Boat - Nam Le (2008, Australia)

Wolf Hall - Hilary Mantel (2009, England)

The Book of Night Women - Marlon James (2009, Jamaica)

The Memory of Love - Aminatta Forna (2010, Sierra Leone/Scotland)

Chinaman - Shehan Karunatilaka (2010, Sri Lanka)


マーロン・ジェイムズがこのリストに入るのは当然だと思うけど、わたしが選ぶなら A Brief History of Seven Killings を取るがなあ。


2012-21


Our Lady of the Nile - Scholastique Mukasonga (2012, Rwanda)

The Luminaries - Eleanor Catton (2013, New Zealand)

Behold the Dreamers - Imbolo Mbue (2016, Cameroon)

The Bone Readers - Jacob Ross (2016, Grenada)

How We Disappeared - Jing-Jing Lee (2019, Singapore)

Girl, Woman, Other - Bernardine Evaristo (2019, England)

The Night Tiger - Yangsze Choo (2019, Malaysia)

Shuggie Bain - Douglas Stuart (2020, Scotland)

A Passage North - Anuk Arudpragasam (2021, Sri Lanka)

The Promise - Damon Galgut (2021, South Africa)


とうとう読んでない本の方が多くなった。わたしが英語にのめりこんだのは、エリザベス女王のクリスマスメッセージを聞いてその声の気高さ、気品に打たれたからである。エリザベス女王の隠れ臣民として、今年はこのリストの制覇を目指そうかと(つまり読んでない本を読もうと)思っている。

Sunday, April 17, 2022

新ドイツ語大講座 訳読編

第3課 天国への旅 天国への旅

解説:小学生の一二年ぐらいの子供はよく「ターザンとライオンとどっちが強いの?」とか「火星の人間は何を食べてるの?」といった質問をする。かれらにとっては、ターザンがどこかの密林に住んでおり、火星の人間はいつ地球を襲うかもしれないし、猿飛佐助やルパンがそこらを徘徊しているのである。年はとっても無知な人間、ことに百姓女なども、こうした小学生とあまり違わない観念の世界に住んでいる。この「天国への旅」という物語も、これに類して無知な百姓のおかみさんと貧乏な一書生の間に起こった滑稽な一挿話である。ことの起こりは、学生が巴里(Paris――パリース)から来たといったのを、とんまなおかみさんが天国(Paradies――パラディース)から来たと聞き誤ったことである。彼女の先夫は三年前に死んだのだが、彼女は牧師の説教どおりにハンス・グートシャーフ(先夫の名)が目下天国で幸福に暮しているものと思いこんでいる。そこへ天国からじかに来た学生さんが現われたのだから、ただではすまない。さっそくに家のなかへ招じ入れて天国にいるハンスのことを根ほり葉ほりたずね始める。はじめは無知な百姓のおかみさんをからかうくらいのつもりだったのが、見るとなかなか裕福らしいので、貧乏書生はついに悪心を起こして、ハンスが無一文で天国へ来たためにえらく惨めな生活をしていると、おかみさんのセンチメンタリズムを刺激してまんまと肌着、衣類のほかに大枚の金銭までもハンスへ届ける約束であずかってしまう。その上、ぐうぐういっている胃袋にたらふくご馳走をつめこんでから、足取りも軽く百姓家を出る。まもなく帰った亭主はおかみさんの話をきいて地団駄を踏んでくやしがり、さっそく厩から自慢の牝馬を引き出して、学生の後を追う。学生は追手に気づいて、道路工事夫に早がわりして待っている。気負って乗りつけた亭主が、人もあろうに学生の工事夫に馬をあずけて藪の中へ飛びこんでいる間に、学生は得手に帆をあげた形で、くだんの牝馬にまたがって逃げ去ってしまう。二三時間後に、げんなりして帰って来た亭主のせりふ:「もちろん、そいつに追いついた……できるだけ早く天国に帰れるようにわしの馬までくれてやったよ、くそいまいましい!」無知なおかみさんのお土産だけでもいい加減なのに、亭主までが盗人に追銭をやるところが、筋を二重におもしろくしている。

Die Reise ins Paradies

[1] Ein armer Student, der wenig1 Geld in der Tasche hatte, kam eines Tages vor das Haus eines reichen Bauers. Dieser war nicht daheim2, aber seine Frau stand am Gartenzaun und hing Wäsche3 auf4.
 „Wer seid Ihr5 und wo kommt Ihr her6?“ fragte sie den Studenten.>
 „Ich bin“, antwortete er, in den Garten hereintretend7, „ein armer Schüler und komme aus Paris.“  „Wie?“ sagte sie und setzte ihren Korb auf die Erde, „Ihr kommt aus dem Paradies?“
 Der Student bemerkte wohl, daß die Frau sich verhört hatte. Indessen machte ihm das Mißverständnis Spaß8 und erwiderte: „Jawohl, geraden Weges9, liebe Frau.“

〕Die Reise ins Paradies 天国への旅
 in der Tasche ポケットの中に wenig Geld......hatte いくばくのおかねも持っていなかった der ところの ein armer Student ある貧乏学生が eines Tages ある日のこと vor das Haus eines reichen Bauers ある裕福な百姓の家の前へ kam やってきました。Dieser (Bauer) 百姓は war nicht daheim 家におりませんでした、aber しかし seine Frau そのおかみさんが am Gartenzaun 庭垣のそばに stand 立ってい und て Wäsche 洗たく物を hing......auf かけていました。
 „Ihr あんたさんは Wer どなた seid ですか und そして wo どこから Ihr あんたさんは kommt......her おいでになったのですか?“[と] sie 彼女は den Studenten 学生[に] fragte たずねました。
 „Ich 私は、“[と] er 彼は in den Garten hereintretend 庭の中へ入って来ながら antwortete 答えました、„ein armer Schüler 貧乏書生 bin なんです und そして aus Paris パリ(パーリス)から kommt 来たのです。“
 „Wie 何ですって?“[と] sie 彼女は sagte 言いました und そして ihren Korb [せんたくものを入れた]籠を auf die Erde 地面に setzte おろしました、„Ihr あんたさんは aus dem Paradies 天国(パラディース)から kommt 来なすったんですって?“
 Der Student 学生は wohl もとより die Frau おかみさんが sich verhört hatte 聞き違いをした daß のであること bemerkte に気がつきました。Indessen しかしながら das Mißverständnis その誤解は ihm 彼に machte......Spaß 慰みをつくってくれました(その誤解が彼にはおもしろく思われました) und そこで erwiderte [こう]答えたものでした;„Jawohl そうですよ、geraden Wegs [天国から]まっすぐに[やって来たんです]、liebe Frau おかみさん。“

準否定詞の訳し方【1】wenig 文章全体の意を否定的にする言葉に selten = seldom、kaum = scarcely, hardly、wenig = little、unmöglich (schwerlich) = impossibly, not possibly などがあるが、これらの準否定詞の訳し方については多少注意を要するものがあるから、つぎに数例を挙げて参考に資する:
 (1) Er konnte kaum atmen.
  彼はほとんど息ができなかった。
 (2) Ich bin wenig froh.
  僕はたいして嬉しくない。
 (3) Ich kann unmöglich arbeiten.
  私はとても働けない。
 (4) Das kann schwerlich wahr sein.
  それはとてもまに受けられない。
 なお、準否定詞の詳細に関しては「文法詳説編」§70を参照すること。
【2】war......daheim = war......zu Hause.
【3】Wäsche die Wäsche は単数ではあるが、事実はシャツだのズボンだのいろいろな内容のある複数物の代用として使われている。したがって一種の Sammelnamen 「集合名詞」と考えてよい。集合名詞の代表といえば Obst, n. 「くだもの」は単数のままで用いて果物類の意、das Vieh も単数であるが多くの家畜のことである。
【4】hing......auf 不規則分離動詞 aufhangen は不規則動詞 hangen に分離前綴 auf がついたもの。hangen の三要形:hangen, hing, gehangen。
【5】Ihr 現代のふつうの用法ならもちろん Wer sind Sie? と Sie を使うのだが、巷の昔式の女だから昔式の呼びかけの代名詞 Ihr を使ったのである。古い時代にはよく二人称の複数形 Ihr を大書して今日の Sie の代わりに用いた。このほか三人称の Er も昔は Sie の代わりに用いたことがある。
【6】wo kommt Ihr sein? 「おまえさんはどこから来なすったか? どこのおひとですか?」という意味だが、本来なら woher kommt Ihr? なのが、本文のように her だけを離して、あたかも kommen の分離前綴のような扱いをしたのである。たとえば「彼がどこから来たひとであろう」という句を woher er auch kommen mag または wo er auch herkommen mag = wherever he may come from と言う。二番目の文では her は kommen と一語になっている。この転移は wohin にもある。「あなたはどこへ行きますか?」を Wohin gehen Sie? と言ってもよければ Wo gehen Sie hin? と言ってもよい。したがって「あなたはどこへ行こうとも」は wohin Sie auch gehen mögen または wo Sie auch hingehen mögen である。英語の wherever he may come from における前置詞 from の後置に似ていると考えてもよいだろう。
分詞を基礎とする述語的(客語的)副詞句【7】in den Garten hereintretend hereintretend は hereintreten の現在分詞なので、英語の現在分詞式に「庭へ歩み入りながら」と訳して間違いはないが、じつはこの現在分詞句は述語的副詞句なのである。その証拠にこの句は indem er in den Garten hereintrat と書き換えられる。このように現在分詞または過去分詞の前にいろいろな規定をつけると、述語的な副詞句ができる。つぎにわかりよい例を挙げておこう:  (1) 現在分詞を基礎とする述語的副詞句
  Die Kammerjungfer steckte ihr kleines Gesichtchen, sich nach allen Seiten umsehend, zwischen der Laube hindurch.
  侍女は、あたりの様子を窺いながら、その小さな顔を[そっと]葉棚の中から突き出した。
 (2) 過去分詞を基礎とする述語的副詞句
  Rechts und bei weitem näher lag die Burg, durch eine breite Waldschlucht von dieser Stelle getrennt.
  右の方に、そしてずっと近く、城は幅の広い森の峡谷によってこの場所から隔てられて横たわっていた。
 分詞を基礎とする述語句がつねに副詞句、すなわち動詞付加的(adverbal)に用いられるとはかぎらないが、本文のごとき動詞付加的な用法もその重要な一半であるから、十分に注意して覚えておかねばならぬ。なお、詳細については「文法詳細編」の§119 から§122 までを参照すること。
【8】machte ihm......Spaß einem Spaß machen 「ある人をおもしろがらせる」= to amuse a person (Spaß は fun である)。
geraden Weges など【9】geraden Weges はもちろん「まっすぐに」という副詞句である。つまり名詞の二格が絶対化し孤立してしまった形で、元来はギリシャ語やラテン語などの古典語からの影響である。ドイツ語ではそれがあまり発展しないで辛くもいくつかの凝結形式として残っているにすぎない:schweren Herzens 「苦しき心を抱いて」、geschlossenen Auges 「瞑目して」、festen Schrittes 「足どりもたしかに」、guten Mutes (gutes Mutes)「上機嫌で」、entblößten Hauptes 「脱帽して」、stehenden Fußes 「起立したまま・即座に」、eiligen Laufes 「いちもくさんに」、starren Blickes 「じっと・どろんと目をすえて」(詳細は「文法詳説編」§88)。

[2] „Lieber, guter Freund,“ sagte die dumme Frau, indem sie ihn am Ärmel10 mit sich fortzog11, „kommt mit mir in die Stube, ich muß12 noch einiges von Euch erfahren13.“
 In der Stube ließ sie ihn auf eine Bank niedersitzen und fuhr fort14: „Ich habe nämlich schon einmal einen Mann gehabt, der15 Hans hieß16 und mir17 vor drei Jahren starb18. Ich weiß, daß er im Paradies ist, denn er war immer ein frommer Mensch. Habt Ihr ihn denn nicht dort im Paradies gesehen?“
 „Hans? Wie heißt er aber mit seinem Zunamen19?“
 „Hans Gutschaf heißt er. Er schielt ein wenig.“
 „Aber freilich20,“ rief der Student strahlend21 aus22 und schlug sich auf die Knie23, „Hans Gutschaf kenne ich sehr wohl, er wohnt nur ein paar Häuser weiter24.“

〕„Lieber, guter Freund 親愛なる、よき友よ“[と] die dumme Frau そのばかなおかみさんは ihn am Ärmel 彼の袖のところを[つかんで] sie......mit sich fortzog 自分といっしょに連れ去り indem ながら(彼の袖をひいて家の中へ案内しながら) sagte 言いました、„mit mir わたしといっしょに in die Stube 部屋[の中]へ kommt いらっしゃい、ich わたしは noch まだ einiges いくらかのことを von Euch あんたさんから muß......erfahren 聞かなくてはなりません(どうしてもお聞きしたいことがありますから)“
 In der Stube 部屋にはいると sie 彼女は ihn 彼を auf eine Bank ひとつのベンチの上へ ließ......niedersitzen かけさせました und それから fuhr fort [話を]つづけました:„nämlich じつは Ich わたしは schon einmal すでにいちど(いまの亭主をもつ前に) einen Mann ひとりの亭主を habe......gehabt もっていました、der その亭主は Hans ハンス hieß という名前 und で vor drei Jahren 3年前に starb mir 死んだのです。er ハンスが im Paradies [いま]天国に ist いる daß ことを Ich わたしは weiß [よく]知っています、denn なにしろ er ハンスは immer いつも ein frommer Mensch 信心深い人 war でした[からね]。Ihr あんたさんは denn いったい dor im Paradies あの天国で ihn あのひと[に] Habt......nicht gesehnen 会いませなんだかね?“
 „Hans ハンスですって? aber しかし er その方は mit seinem Zunamen 苗字の方は Wie heißt なんとおっしゃるんですか?“  „er あのひとは Hans Gutschaf ハンス・フートシャーフ heißt というんです。Er あの人は ein wenig 少しばかり schielt やぶにらみです。“
 „Aber freilich ああわかりました、“[と] der Student 学生は strahlend [顔を]輝かして rief......aus 言いました und そして sich auf die Knie 膝を schlug たたきました:„Hans Gutschaf ハンス・フートシャーフ[なら] ich 私は sehr wohl よく kenne 知っております、er あの方は nur ein paar Häuser weiter ほんの二三軒先に wohnt 住んでおります。“

物主代名詞代わりの四格 ihn auf den Kopf schlagen など【10】ihn am Ärmel ここは逐字訳でわかるように「彼を・袖のところをつかんで」連れていったという構造である。日本語の感じで言えば「彼の袖をつかんで」すなわち an seinem Ärmel としたいが、ドイツ語では、ふつうはそうは言わない。つまり、眼・手などの部分に加えられる行為が、当人にとって直接の利害を有するのみならず、むしろ直接に当人を目標として行われる際には、人代名詞(あるいは名詞)の四格を用いる習慣なのである。(三格の場合もあるが、それはまたべつに述べる)日本語なら an seinem Ärmel (物主形容詞)としそうなところを ihn (四格) am Ärmel とするのが特徴なわけ。つぎの諸例でこのドイツ語の癖に慣れてほしい:
 (1) Ich schlage ihn auf den Kopt. (ihn auf den = auf seinen)
  僕は彼の頭を打つ。
 (2) Ich küsse sie auf die Stirn. (sie auf die = ihre)
  私は彼女の額に接吻する。
 (3) Sie fassen mich bei der Hand. (mich bei der = meine)
  かれらは私の手をつかむ。
 (4) Er ergreift sie bei den Haaren. (sie bei den = Ihre Haare)
  彼は彼女の髪の毛をつかむ。
 (5) Er faßt den Hund an seiner Kette.
  彼は犬の鎖を手にとる。
 最後の例は人称代名詞の代わりに名詞の四格がある場合、また定冠詞の代わりに特に物主形容詞を用いた例である。
【11】fortzog 分離前綴 fort + 不規則動詞 ziehen。ziehen の三要形:ziehen, zog, gezogen.
【12】muß 三要形:müssen, mußte, gemußt. すこしこまかいことだが、ここの müssen の意味はただ「……ねばならぬ・ざるを得ぬ」ではぴったりこないと思う。ここは必然でもなければ論理場の帰結(「……のはずだ・に相違ない」)でもない。前後の文脈(Kontext)でもわかるように、おかみさんが天国の前夫の消息を聞きたさに、学生にとりすがらんばかりにして懇請する口調である。müssen にはこのような話者なり筆者なりの主張・忠告・要求・嘆願を意味する用法がある。だいたい「……しなくてはだめだ・どうしても……してもらいたい」といった訳語で表現される:Du mußt mich nur recht verstehen. 「君は僕をほんとによく理解しなくてはならぬ(僕の言うことをよくわかってもらわなくてはこまる)」。Du mußt mir helfen, ja du mußt! 「なんとかして僕を助けてくれよ」。
【13】erfahren 非分離前綴 er- + 不規則動詞 fahren という構造。三要形:erfahren, erfuhr, erfahren。
【14】fuhr fort 構造:分離前綴 fort + 不規則動詞 fahren。三要形:fortfahren, fuhr fort, fortgefahren。
規定的意味形態と後続的意味形態(副文章が主文章の後にくる場合)【15】der この der は Mann を受ける関係代名詞である。初歩の間は機械的に、関係代名詞に導かれた従属文章(副文章)は後の方から訳して行く、というふうに覚えてすましているが、むしろ逆に前の方から順々に訳してこないと意味のとおらないことがある。本文の場合は、後ろから訳して行って、すなわち規定的(determinierend)に訳してさしつかえないようだが、前から順々に訳してきて、すなわち後続的(konsekutiv)に訳しても意味がとれる。いわば中間的な現象だが、文章によっては規定的と後続的とをはっきり区別しなければならないものがある。この関係は関係代名詞に導かれる従属文だけでなく、従属的接続詞の全体にわたっている。後続的意味の場合は、従属文の方は先行する主文章の延長として並立的に訳さなくてはいけない。翻訳文の誤訳には、この konsekutiv な意局を determinierend に訳したものがかなり多い。それほど重要な問題であるから、この際徹底的に研究しておく必要がある。まず比較的分かりよい両方の型の文例を挙げて、両者の意味上の相違を調べてみよう:
 (1) 関係代名詞に導かれた従属文
  Er schenkte mir einen Korbvoll Äpfel, die er in der Stadt gekauft hatte. (規定的)
  彼は市で買った一籠のリンゴを私にくれた。
  Er schenkte mir einen Korbvoll Äpfel, die ich dann unter meine Kinder verteilte. (後続的)
  彼は私に一籠のリンゴをくれた、そして私はそれを私の子供たちに分けてやった。
 (2) 従属的接続詞に導かれた句と文
  Ich ging zu ihm hin, um ihm meinen schuldigen Besuch abzustatten. (規定的)
  私は訪問の約束を果たすために彼のところへ出かけて行った。
  Ich ging zu ihm hin, um unverrichteter Dinge wieder zurückzukommen. (後続的)
  私は彼のところへ出かけていったが、目的を達せずにまた帰ってきた。

  Da mußte er sich auf eine Bank setzen und warten, bis die Reihe an ihn herankam. (規定的)
  そこで彼はベンチに腰をおろして、自分の順番がくるまで待たざるをえなかった。
  Während der Nacht konnte er kein Auge zumachen, bis endlich der Morgen kam und all die Nachtgedanken verscheuchte. (後続的)
  夜の間彼はまんじりともできなかったが、そのうちにそうとう朝がやってきて夜の暗い想いを追いはらってしまった。

  Sprich klar und deutlich, so daß dich jedermann verstehen kann. (規定的)
  君の言うことが誰にでもわかるように、はっきり言いたまえ。
  Er hatte alles vergeudet, so daß ihm nunmehr nichts zurückblieb. (後続的)
  彼はいっさいを蕩尽してしまい、もはや何ひとつ残るものがなくなった。

  Es rauschte leise an der Tür, als er eben zu ihr hinauf wollte. (規定的)
  彼がちょうど彼女のところへ上がって行こうとした時、ドアに衣ずれの音がした。
  Er wollte eben zu ihr hinauf, als es leise an der Tür rauschte. (後続的)
  彼がまさに彼女のところへ上がって行こうとしていると、ドアのところで衣ずれの音がした。

 つぎに少々困難な後続的な文例を挙げよう。後続的な意局の場合には、その従属文に dann 「そのつぎに」とかあるいは dann よりもっと軽い意味の denn が助詞として入っていることが多い:
 (3) Die Frau las eifrig in ihrem Gebetbuch, nur machten ihr die beiden Kinder zu schaffen, die sie einmal vorschob, dann wieder zurückhielt, wie ihr denn überhaupt die Ordnung des Leichenzuges sehr am Herzen zu liegen schien.
 誤訳――Die Frau 婦人は eifrig 熱心に in ihrem Gebetbuch 彼女の祈祷書を las 読んでいた、nur ただ、denn überhaupt いったい ihr 彼女にとって die Ordnung des Leichenzuges 葬式の秩序が sehr ひじょうに am Herzen zu liegen 気にかかる schien ようにみえた wie ごとく、einmal あるいは verschob 前に押したり dann あるいは wieder また zurückhielt ひきとめたりしていた die ところの die beiden Kinder ふたりの子供が machten......zu schaffen なすべきことを作ってやった(手をやかせた)。
 適訳――婦人はいっしょうけんめいに祈祷書を読んでいた。ただふたりの子供にはだいぶ手をやいているらしく、ふたりをあるいは前に押しやったり、あるいは後ろへひきとめたりするのであった、それに一体彼女はこの葬式の秩序をひじょうに気にしているらしかった。
 (4) Immer wieder wird das Schifflein bis zum Himmel hinangetragen, um sich dann kopfüber in einen bodenlosen Abgrund hinunterzustürzen.  誤訳――dann そのつぎに in einen bodenlosen Abgrund 底知れぬ奈落の底へと kopfüber まっさかさまに um sich......hinunterzustürzen 投げ落とされんがために、das Schifflein 小舟は Immer wieder またしてもまたしても bis zum Himmel 天にまで wird......hinangetragen かつぎ上げられる。
 適訳――小舟はいくどとなく天にも達せんばかりに持ち上げられるかと思うと、そのつぎにはさっそく底知れぬ奈落へと投げ落とされる。
 (5) Er begab sich zuerst nach Paris, wo er dann einen russischen Maler kennen lernte, der ihn zuletzt mit nach Rußland nahm.
 誤訳――Er 彼は、zuletzt 最後に ihn 彼を mit いっしょに nach Rußland ロシアへ nahm 連れていった der ところの einen russischen Maler ひとりのロシア人の画家を dann そのつぎに kennen lernte 見知った wo ところの nach Paris パリへ zuerst まず begab sich おもむいた。
 適訳――彼はまずパリへ行き、ついでそこでひとりのロシア人の画家と知合いになり、最後にその画家は彼をロシアへ連れていった。

 最後につけ加えておくが、規定的意局と後続的意局とはいわば従属的文章形態の中に盛りうる意味傾向の両極であって、その間にいくつかの段階があると考えなくてはならない。本文の例などはこの両極の中間にあるものと言ってよかろう。
【16】hieß 三要形:heißen, hieß, geheißen。heißen が自動詞として用いられる際のひとつの用法に、本文のように一格の述語をとって「……と呼ばれる・名は……である」の意味のことがある。「……になる」という意味の werden や「いぜんとして……である」という意味の bleiben と関連させて知っておく必要がある。
関心の三格 ethischer Dativ【17】mir この mir は「私に」何かをくれるのでもなく、「私から」何かを取るのでもなく、また「私のために」何かを買い求めるのでもない。文法的には全く独立した人代名詞の三格である。これはドイツ語では関心の三格 ethischer Dativ と呼んでいる。日本語に類似現象を求めると、そういうことをして「くれ」ては困る、とか、ではもう教えて「やらない」、とかいう、片言隻語のうちに自己や相手の関心・情実・利害の関係をほのめかす言葉があるが、まさにこれがドイツ語の ethischer Dativ の使い場所である。漱石の「坊ちゃん」が、増俸のことが問題になった時に、「なあに、月給なんか上ってやるもんか」と強がりを言うのなぞは、この「やる」をうまく利用した滑稽である。「こんなところで小便をしてくれては困る」と言うが、小便を「自分に」くれるわけではないので、小便をするのを目のあたりに見る気づつなさが自分「に」くれられるわけである。この「に」を称して関心の三格というのである:Du willst mir doch nicht hier Wasser abschlagen? つぎに数例を挙げて参考に供する。
 (1) Japan! oh, das ist dir ein Land, wo alles märchenhaft schön ist.
  日本! 日本といえば「君」、すべてがまるでお伽噺のように美しい国だぜ。
 (2) Siehst du? der lange Peter ist dir ein Advokat geworden.
  どうだい、のっぽのペーテルが「君」、弁護士になったんだぜ。
 (3) Lieber Freund, was schreibst du mir bloß für ein sonderbares Buch?
  おいおい、変な本を書いて「くれ」ちゃ困るぜ。
 (4) Na! du weißt, ich bin ein Übermensch; darum schreibe ich dir nur Überbücher.
  へ! わが輩は超人だ。だから超書しかお書き遊ばさないんだ。
  (超書というのは、ドイツあたりの貧乏で鼻の高い詩人や哲学者を皮肉って作られた奇抜な言葉で、つまり、計画ばかり大したもので、頭の中だけで書かれていて紙には遂に書かれないでしまう書物ということ)。
 関心の三格を広い意味に使えば Er küßte mir die Hand. 「彼は私の手に接吻した」や Er kaufte sich einen Mantel. 「彼はマントを買い求めた」などの mir, sich も含まれるが、ここでは狭義の場合のみを説明したのである。
【18】starb 三要形:sterben, starb, gestorben。
【19】Wie heißt er aber mit seinem Zunamen? 「彼の苗字の方は何というか?」ということを「彼は、苗字をもっては、何と呼ばれるか?」と言う。Er が一般的な主語であるが、つぎの mit......は、それをなおいっそう詳しく言いなおしているとも見られる。heißen という動詞はこういう用法をするのであるが、さらにこの mit の用法からいうと、こうした用い方はかなり一般的である:Er steht mit einem Fuße im Grabe. 「彼はすでに片足を墓の中につっこんでいる」;Er erhebt sich mit halbem Leibe. 「彼は半身を起こす」;Er geriet mit dem rechten Arm in die Maschine. 「彼は右腕を機械にさらわれた」など、たいてい身体の一部を指す名詞の場合で、Namen の場合は例外である。
【20】Aber freilich この aber には「しかしながら」の意味はなく、たんに間投詞的に用いられている。小学校一二年くらいの子供がたまにお菓子の配給にありついて「しかしうまいなあ!」などと言うことがあるが、この「しかし」であると思えばよい。freilich は英語の certainlyto be sure と同じ。aber freilich または aber doch といった結合で英語の of course に相当すると考えてもよい。
【21】strahlend = vor (von) Freude strahlend = beaming with delight.
【22】rief......auf 分離前綴 aud + 不規則動詞 rufen という構造。三要形:ausrufen, rief aus, ausgerufen。
【23】schlug sich auf die Knie ここの sich が三格であり、schlug auf seine Knie の代わりであることも、もう分かったと思う。
形容詞につく数量的規定は四格【24】ein paar Häuser weiter たとえば「この子供は三才に一カ月だ」という時には Dieses Kind ist drei Jahre und einen Monat alt. と言う。Monat は男性名詞で einen という不定冠詞の語尾で分かるとおり「三年一カ月」は四格である。これはあらゆる数量的規定に適用される(女性・中性・複数のさいは、一格と四格の区別が偶然見分けられないが、それが四格であることを知っておく必要がある)。したがって本文の ein paar Häuser も複数なので一格と四格の区別がわからぬが、じつは四格である。
zwanzig Jahre alt 二十才の
10000 Mann stark 兵力一万の
drei Meilen lang 長さ三マイルの
einen Monat lang 一カ月間の
100 Mark wert 価百マルクの
zwei Fuß breit 幅二フィートの
zwei Fuß hoch 高さ二フィートの
zwei Fuß tief 深さ二フィートの

[3] „Ach, lieber Junge,“ jubelte die Frau, „wie geht's meinem guten Hans25?“
 „Schlecht genug26,“ sagte der Student mit umflorten Augen27 und blickte trübselig nieder, „er hat ja weder Geld noch Kleider mitgebracht28, der arme Kerl. Er wäre hungers gestorben29, wenn sich nicht ein paar gute Nachbarn seiner angenommen30 hätten.“
 Da begann31 die Frau bitterlich zu weinen: „Ach du mein armer Hans, bei mir hast du keinen Mangel gelitten32, und nun frierst33 und hungerst du in jener Welt! Hätte ich doch einen Boten34, dir eine Summe Geld und die nötigen Kleider zu schicken35!“
 „Faßt Euch36, liebe Frau,“ sagte der Student bewegt37, „wenn Ihr einen Boten braucht, so will ich Euch selber den Gefallen tun38 und sie ihm hinbringen, denn demnächst muß ich ohnehin39 ins Paradies.“

〕„Ach lieber Junge ああ、親愛なる若者よ(それはまたありがたいことで)、“[と] die Frau おかみさんは jubelte 歓びの声をあげて言いました、„meinem guten Hans ハンスは wie geht's 今どうしていますか?“
 „Schlecht genug とてもみじめですよ、“[と] der Student 学生は mit umflorten Augen 霞ませられたる目をもって(目をうるませて) sagte 言いました und そして trübselig 悲しげに blickte......nieder 目を伏せました、„er あの方は ja なにしろ weder Geld お金も noch Kleider 着物も hat......mitgebracht 持って来[なかった]のですからね、der arme Kerl かわいそうに。ein paar gute Nachbarn 近所の二三の親切な人たちが seiner あのひとの sich nicht......angenommen hätten 面倒を見てくれません wenn でしたら、Er あの方は wäre Hungers gestorben 飢え死にしたことでしょうよ。“
 Da この話を聞いて die Frau おかみさんは bitterlich さめざめと begann......zu weinen 泣き始めました:„Ach du mein armer Hans ああかわいそうなハンスよ、bei mir わたしの家では du おまえさんは hast......keinen Mangel gelitten なんの欠乏をもこうむらなかったのに(なんの不足なく暮していたのに)、und それだのに nun いまは in jener Welt あの世で du おまえさんは frierst 寒さにふるえ und そして hungerst ひもじさに苦しんでいるなんて! dir おまえさんに eine Summe Geld まとまったお金 und と die nötigen Kleider 必要な衣類を zu schicken 届けてくれる einen Boten 使いの人を ich わたしが doch せめて Hätte 持っていたら(おまえさんにお金や衣類を届けてくれる使いがあるといいのだが)!“
 „Faßt Euch 気をおちつけてください、liebe Frau おかみさん、“[と] der Student 学生は bewegt 感動して sagte 申しました、„[もしも]Ihr あんたが einen Boten 使いの者を braucht 必要とする wenn なら、so それなら ich 私が selber 自分で Euch あんたのために will......den Gefallen tun その親切をいたしましょう(私自身がその使いの役をひきうけましょう) und そして sie (=eine Summe Geld und die nötigen Kleider) それらのものを ihm あの方に [will]hinbringen 持っていってあげましょう、denn なぜかと申しますと ich 私は ohnehin そうでなくても demnächst そのうちに muß......ins Paradies 天国へ[行か]なくてはならないのですから。“

〕【25】wie geht's meinem guten Hans? geht's は geht es の省略形。この es geht einem gut (schlecht) の用法については第2課の注で文例を挙げて説明してある。guter Hans というのは、自分の夫だからそう言うのである。
【26】Schlecht genug これは Es geht ihm schlecht genug. の省略である。genug は英語の enough と同語源で意味用法もだいたい似ている。ただ genug の位置に注意する必要がある。wine enough または sufficient (plenty of) wine はドイツ語では Wein genug、genug Wein または des Weins genug と三様の表現をする。genug を規定される言葉の前におくか後におくかは、習慣や口調できまることだから出来るだけ早く語調に慣れなくてはいけない。
【27】mit unflorten Augen umfloren は非分離動詞で「紗 Flor で巻く・包む」という意味だが、それが比喩的になって den Blick umfloren = to dim the sight という熟語ができた。本文では der Blick 「瞳・眼」の代わりに die Augen を使い、mit とともに述語句にしたものである。「紗をかけられたる眼をもって」すなわち「目をうるませて」ということ。umflorten Blickes (Auges) といってもよい。学生が芝居気たっぷりに無智な百姓のおかみさんを愚弄している図である。
【28】mitgebracht = mit sich gebracht. 三要形:mitbringen, brachte mit, mitgebracht。
【29】Hungers gestorben Hungers sterben = vor Hunger sterben = to die of hunger (starvation), to be starved to death. Hungers は前に説明した Genitivus absolutes の一種で副詞的に凝結した形。festen Schrittes 「足どりもたしかに」や meines Wissens 「私の知るところでは」、allen Ernstes 「大まじめで」、folgendermaßen 「つぎのごとく」、unverrichteterdinge 「無駄骨を折って・手を空しくして」などと同型である。
二格支配の再帰動詞【30】sich......seiner angenommen sich einer Person annehmen は「あるひとの世話をする」という熟語。なお、再帰動詞で二格の目的語をとるものがかなり多いが、これらは口調で覚えるのが早い。その二格は日本語の「を」で訳しえられる場合が多い:
 sich jemandes annehmen あるひとを引きとって世話する
 sich eines Dinges enthalten あることをさしひかえる
 sich eines Dinges entschlagen あるものをかなぐり捨てる
 sich eines Dinges entsinnen あることを想いだす
 sich eines Dinges freuen あることを悦ぶ
 sich eines Dinges bedienen あるものを使用する
 sich eines Dinges befleißen あることを心がける
 sich eines Dinges schämen あることを恥じる
 sich eines Dinges entäußern あるものを手離す
 sich eines Dinges begeben あるものを放棄する
 sich eines Dinges vermessen あることを敢えてする
 sich eines Dinges weigern あることを拒否する
 angenommen の三要形:annehmen, nahm an, angenommen。なお Er hätte から、wäre までは、「基礎入門編」の第29講で述べた約束話法の文章であるから、hätte や wäre の形に不審のある読者はもう一度そこを読んでほしい。
【31】begann 三要形:beginnen, begann, begonnen。
【32】keinen Mangel gelitten Mangel leiden = to live in poverty (indigence), to be destitute。だから「ひじょうに貧乏する」なら großen Mangel leiden = to be in great distress (utter destitution) であり、「ちっともこまらぬ」なら本文の keinen Mangel leiden といった形になる。gelitten の三要形:leiden, litt, gelitten。
【33】frierst 三要形:frieren, fror, gefroren。
【34】Hätte ich doch einen Boten この文章全体は「基礎入門編」第29講(§138 の「前提部または結論部の独立用法」)で説明した約束話法の用法のひとつである。本文は前提部だけの独立用法で結論部の「そうしたらどんなに嬉しいだろう」といった言葉は言わなくても分かっているから省かれている。この種の文章は「願望の表現に用いる第二式接続法」と呼んでもよい。特徴としては noch などの助詞があることである。構文としては本文のように定形倒置形のものが多く、定形正置文もある。また daß や wenn などの接続詞を先頭にすえた形もある:
 (1) Wäre ich doch reich! (「基礎入門編」§138 参照)
 (2) Ach, käme er doch zu mir!
  彼がきてくれるといいなあ。
 (3) Ach, wenn ich reden dürfte!
  僕が話せるといいのだが。
zu を伴う不定句の名詞付加的な用法【35】zu schicken この zu を伴う不定句は名詞付加的(adnominal)に、すなわち Boten の規定句に用いられている。この場合のように、人間を意味する名詞に zu + 不定句を結びつけるのは例外的場合であるが、いわば関係代名詞文のかわりとして英独両語ともに存する型である。たとえば「……するための人間」「……するに適した人間」という場合にはこの結合が許される。英の You are the fellow to execute it. 「君ならこれぐらいのことはやってのけられそうな男だ」などはドイツ語でも Sie sind der Mann, das auszuführen。
【36】Faßt Euch sich fassen = to contain (collect, restrain) oneself 「しっかりする」、「気を落ちつける」の命令形。
【37】bewegt これは他動詞 bewegen の過去分詞である。bewegen は意味によって、本文のように規則動詞である場合と不規則動詞(三要形:bewegen, bewog, bewogen)である場合とがあるから注意しなくてはならない。規則動詞の場合は、物の位置を変えるために「動かす」が原義で、それが比喩的になって、ひとを「感動・感激させる」となる。本文の bewegt はこの比喩的な意味につかわれている。ところが不規則変化をする bewegen は人を「説き動かす」すなわち to induce someone to do something の意である。
den Gefallen tun について【38】Gefallen という名詞も意味によって性を異にして用いる。gefallen 「気にいる・好かれる」という自動詞の不定法を大書してそのまま名詞に用いた場合は言うまでもなく das Gefallen であるが、このほかに本文のような der Gefallen と男性の場合もある。この後者の場合は英語の kind, service, favour, kindness といった単語に当たるわけで、einem einen Gefallen tun (erweisen, erzeigen) = to do someone a favour (a good service) とか einem etwas zu Gefallen tun = to do something to please (oblige) someone のような慣用句として用いる。本文のように尽すべき親切の内容がなんらかの意味でわかっている時には定冠詞を用いて den Gefallen tun とする:Tun Sie mir doch den Gefallen zu kommen = Do me the favour to come.
【39】ohnehin ohnedas あるいは ohnedem あるいは ohnedies の形もある。英語に訳せば without that または apart from that、「そうでなくても・もともと・元来」である。

[4] Da wurde die Frau froh und gab dem Studenten reichlich zu essen und zu trinken40. Sie ging dann hinauf in ihre Kammer an den großen Schrank41, nahm zwei Paar Hosen heraus42 und den warmen gefütterten Rock43, dazu einige Hemden, fügte eine Handvoll Gold- und Silbergulden44 hinzu und wickelte das Ganze in ein großes Tuch ein. Das Bündel brachte sie dann zum Studenten herunter und schenkte ihm noch ein paar Groschen45, damit er alles brav ausrichte46. Der wischte sich den Mund47, schnallte sich die Bürde auf den Rücken, dankte der Frau von Herzen, schwenkte den Hut48 und zog davon.

〕Da これを聞いて die Frau おかみさんは wurde......froh 喜びました und それで dem Studenten 学生に gab......reichlich zu essen und zu trinken 豊富に飲食物を与えました(どっさりご馳走しました)。dann それから Sie 彼女は hinauf 上へ in ihre Kammer 彼女の部屋へ an den großen Schrank 大きなたんすの傍へ(二階の彼女の部屋にある大きなたんすのところへ) ging 行き、zwei Paar Hosen 二足のズボン und と den warmen gefütterten Rock 暖かい裏付けされた(暖かい裏のついた)上着、dazu そのほかに einige Hemden 数枚のシャツを nahm......heraus 取り出し、eine Handvoll Gold- und Silbergulden ひとつかみの金貨と銀貨を fügte......hinzu 添え und そして das Ganze それらすべてを in ein großes Tuch ひとつの大きな布に wickelte......ein 包みました。dann それから sie 彼女は Das Bündel その包みを zum Studenten 学生のところへ Brachte......herunter 持って降りました und そして er 彼が alles 万事を brav 正直に ausrichte 実行する damit ようにと(彼に彼女の依頼をちゃんと果たしてもらおうと思って)、ihm 彼に noch さらにまた ein paar Groschen 二三グロッシェンを schenkte 与えました。Der 学生は wischte sich den Mund [たらふく食べた後で]口をふき、die Bürde その荷物を sich......auf den Rücken 自分の背中に schallte ひもで背負い、der Frau おかみさんに von Herzen 心から dankte お礼を述べ、den Hut 帽子を schwenkte 振り und そして zog davon 立ち去りました。

述語句として用いられた zu を伴う不定法+sein・haben・geben など【40】gab......zu essen und zu trinken zu を伴う不定法が sein、haben、geben などと結合して述語句を形成する現象はきわめて重要な問題であるにかかわらず、ふつうの文法書ではほとんど問題とされず、したがって学習者もありまいな解釈をしてお茶をにごしている。それで「文法詳説編」では§38から§39までを費やして詳説してある。それでこの注ではわかりよい文例によって、zu を伴う不定法が述語句となるためにはいかなる動詞と結合するか、そしてそれぞれいかなる意味をもつか、を明らかにしておこう。
 (1) zu を伴う不定法が sein と結合する場合。(意味は「……することができる」すなわち können で言い換えられる場合と「……しなければならぬ」すなわち sollen または müssen で言い換えられる場合とに分かれるが、たいていはその両方を併有するような意味の際に用いられる)
 Diese Schwierigkeit ist nicht zu beseitigen.
 この困難は除去され得ない。
 (言い換え:Diese Schwierigkeit kann man nicht beseitigen.)
 Einige Briefe sind noch zu schreiben.
 なお二三通の手紙を書かなくてはいけない。
 (言い換え:Einige Briefe müssen noch geschrieben werden.)
 (2) zu を伴う不定法が haben と結合する場合。(意味は「……しなければならぬ」と「……すべきだけのものを持っている」の間に分極性を有する)
 Wir haben noch manche Hindernisse zu überwinden.
 われわれはなお幾多の障害に打ち勝たねばならぬ。
 Ich habe den ganzen Tag nichts zu tun.
 (3) zu を伴う不定法が geben と結合する場合。(意味は「……する材料を供給する」)
 Er gibt mir zu essen und zu trinken.
 彼は私に食物と飲物をくれる。
 Diese Sache gab ihm so viel zu bedenken, daß er die ganze Nacht kein Auge zutun konnte.
 この問題は彼にいろいろと考えさせたので、一晩中ねむることができなかった。
 (4) zu を伴う不定法が bekommen と結合する場合。(意味は「……する材料を手に入れる」)
 Ich habe ja so viel heute Mittag zu essen bekommen.
 今日の昼僕はとてもたくさん食べさせられた。
 Im Laufte dieses einen Tages bekam er manches Angenehme und Unangenehme zu hören.
 このただ一日の間に彼はいろんな愉快なこと不愉快なことを聞かされた。
 (5) zu を伴う不定法が es gibt と結合する場合。(意味は「……すべき(können または sollen、müssen の色彩)ものがある」)
 Bei ihm gibt es nichts zu essen und zu trinken.
 奴のところには飲む物も食べる物もない。
 Was gibt's zu lachen?
 何かおかしいことがあるのか? 何がおかしいのだ?
 (6) zu を伴う不定法が bleiben と結合する場合。(意味は「……すべき können または sollen、müssen の色彩)ものが残っている」)
 Es bleibt nichts mehr zu essen und zu trinken.
 食べるものも飲むものももはやない。
 (7) zu を伴う不定法が finden と結合する場合。(意味は「……すべきものを発見する」)
 Was finden Sie dabei zu lachen?
 そのことに何かおかしい点がありますか?
essen の三要形:essen, aß, gegessen。trinken の三要形:trinken, trank, getrunken。
空間概念を表現する副詞の序列【41】hinauf in ihre Kammer an den großen Schrank この長い副詞句は三つの副詞から成りたっている。「上(二階)へ・彼女の部屋へ・大きなたんすのそばへ」と一番広い規定から順々に狭い規定へと連ねてある。これがドイツ語における空間概念の副詞的規定を排列するもっともふつうな方法である。だいたい、日本語のそれと同じ序列と考えてよい。このほかに全部を一個の副詞句にまとめてしまう方法もあるが、この方はドイツ語ではあまりやらない。本文の場合なら an den großen Schrank in ihrer Kammer oben 「二階の彼女の部屋の中の大きなたんすのそばへ」とするのである。副詞が二個だけの場合は、上の法則を特に注意する必要がある。二個のうちどちらが広い概念であるかによって、一句に結びつくか、二句に分かれるかがきまるからである。  (1) 一句に結ばれる場合(広い概念が後にくる)
  auf dem Baume dort あそこにある樹の上に
  auf der Bank vor dem Hause 家の前のベンチの上に
  in der Schublade hier ここの引出しの中に
  am Brunnen bei dem Lindenbaum 菩提樹のそばの井戸端に
 (2) 二句に分れる場合(広い概念が前にくる)
  dort auf dem Baum あそこに、樹の上に
  vor dem Hause auf der Bank 家の前に、ベンチの上に
【42】nahm......heraus 三要形:herausnehmen, nahm heraus, herausgenommen。ここは nahm zwei Paar Hosen und den warmen gefütterten Rock heraus とすべきだが、同類項がいくつも後につづく時は本文のように最初のだけで一応しめくくって、後は格を合わせてつけ加えるのである。
名詞の前にふたつ以上の形容詞がある場合【43】den warmen gefütterten Rock この場合、warm と gefüttert とのふたつの形容詞が同等の立場で Rock を形容していると考えてはいけない。じつは der gefütterte Rock 「裏づきの上着」というひとつの概念に warm 「暖かい」という形容詞がつくのである。このように、形容詞と名詞を一括して一概念と見、その概念全体を規定する付加語をその前につけることがよくある。この場合には、あいだにコンマをうたないのが特徴である:das zweite große Erdbeben 「二度目の大地震」、der erste heiße Sommertag 「最初の暑い夏の日」、ein gewisser alter Herr 「さる老紳士」、die beiden jungen Leute 「ふたりの若人たち」、die andern wichtigen Gründe 「そのほかの重要な根拠」。ついでに、数個の形容詞がならぶ際のコンマの打ち方を述べておく。数個の形容詞のそれぞれが直接に名詞を修飾する際はコンマを打つ:A――ein großer, reicher, mächtiger Staat 「大きな、裕福な、強力な国家」、B――ein großer, reicher und mächtiger Staat 「大きく裕福でかつ強力な国家」。Bの例のように最後を und にすると、名詞が厳密にそれだけの性質を有することを意味し、Aのように全部をコンマにすると、それらの性質およびそれに似た他の多くの性質を持つことをほのめかしている。gefüttert は füttern の過去分詞だが、この füttern (Futter より)という動詞はふたつの異なった意味を持っている。ひとつは本文の例のごとく「……裏をつける」であり、もうひとつは「病人や子供に食物を与える・動物に餌をやる」という意味である。
【44】Gold- und Silbergulden Gulden はむかしの鋳貨で二マルクの値打があり、金グルデン(Goldgulden)と銀グルデン(Silbergulden)の二種があった。本文ではたんに日本の「金貨や銀貨」に相当する意味に使っただけのもの。
【45】Groschen これも銀貨だが、価値は一マルクの百分の一であった。日本語でなら「銅貨」といったところ。天国にいる前夫には金貨銀貨をひとつかみ、そのお使いをする学生には銅貨をすこしと区別したところ、おかみさんとしては大まじめだが、学生にとっては、それより読者にとっては、よけいにおかしいところ。
【46】damit er alles brav ausrichte = um ihn alles brav ausrichten zu lassen なお brav は英語の brave からの連想で、「勇敢に」と考える諸君もあろうが、「勇敢な」という意味は今ではすたれて、「正直な・健気な」という意味に用いられる。ausrichten という動詞はなんでも人からことづかった用務を「果たす」という意である。
【47】wischte sich den Mund 「口をぬぐった」というのは、おかみさんの出してくれたご馳走をたらふく食べたことを暗示していると同時に、好事魔多しで邪魔がはいらぬうちに引きあげようという態度をほのめかしている。
【48】schwenkte den Hut den Hut schwenken 「帽子を振る」で、胃袋がいっぱいなるうえに思いがけない衣類や金を手にいれて、満足して急に意気揚々と闊歩する有様が描かれている。

[5] Nicht lange danach kam der Bauer nach Hause. Die Frau sprang ihm entgegen49 und rief: „Weißt du was50? Es war ein Mann hier51, der kam geradenwegs52 aus dem Paradies und kannte meinen seligen53 Hans sehr wohl. Aber es geht ihm schlecht, hat er gesagt. Er leide54 großen Mangel dort. Darum habe ich ihm seine Kleider geschickt und seine Hemden und eine Handvoll Gold- und Silbergulden dazu, denn er geht nun wieder hin.“  Der Bauer schäumte vor Wut55 und schrie56: „Jawohl, er geht nun wieder hin! Und ich will dafür sorgen, daß er sicher ins Paradies kommt, und zwar in das wirkliche Paradies!“ Damit zog er seinen besten Hengst aus dem Stall, saß auf und sprengte dem Schwindler nach.

〕Nicht lange danach そのあと長くなく(それからまもなく) der Bauer 百姓は kam......nach Hause 家へかえって来ました。Die Frau おかみさんは sprang ihm entgegen 彼に向かってとんでいきました(大急ぎで彼を迎えて) und そして rief 声をはずませて言いました:„Weißt du was ねえお前さん? hier [いま]ここに ein Mann ひとりの男が Es war おりました(いまここへある人が来たんですよ)、der そのひとは geradenwegs まっすぐに aus dem Paradies 天国から kam やって来た[のだそうです] und そして meinen seligen Hans わたしの亡くなったハンスを sehr wohl とてもよく kannte 知っている[と言うのです]。Aber ところが es geht ihm schlecht あのひとは哀れな暮しをしている[と] er その人は hat......gesagt 言うのです。Er あのひとは dort あそこで(天国で) leide großen Mangel とても困っている[のだそうです]。Darum それだから ich わたしは ihm あの人に seine Kleider あのひとの着物 und と seine Hemden あのひとのシャツ und と dazu そのほかに eine Handvoll Gold- und Silbergulden ひとつかみの金貨と銀貨を habe......geschickte 送ってやりました。denn なにしろ er その学生さんは nun wieder すぐまた geht......hin [天国へ]行く[と言うもんですから]。“
 Der Bauer 百姓は vor Wut 怒りのあまり schäumte 泡をふきました(泡をふいて怒りました) und そして schrie どなりました:„Jawohl そうだとも、er 奴は nun wieder すぐまた geht......hin [天国へ]行くとも! Und それに ich わしは、er 奴が sicher まちがいなく ins Paradies 天国へ [kommt] [行く] daß こと dafür そのことのために will......sorgen 配慮するつもりだ(わしはその野郎が天国も天国、ほんものの天国へまちがいなく行けるようにしてみせる)! Damit こう言って er 彼は seinen besten Hengst 彼の一番上等の牝馬を aus dem Stall 厩から zog 引き出し、saß auf [その馬に]またがって und そして dem Schwindler その詐欺漢の sprengte......nach 後を追って[馬を]とばしました。“

〕【49】sprang ihm entgegen entgegen は springen の分離前綴と考えても、ihm の前置詞と考えてもよい。entgegen には「……に向かって・対抗して」と「……[を迎えて]その方へ」のふたつの意味があるが、ここは後者の意味である。前置詞としては後置される場合が多い。springen の三要形:springen, sprang, gesprungen。
【50】Weißt du was? 第1課の注16参照。
【51】Es war ein Mann hier. この文章はふたつの主語(文法上の主語 es と論理上の主語 ein Mann)があることについては第2課の注8 参照。
扮役的直接法 Indicativus mimicus【52】der kam geradenwegs この指示代名詞 der 以下を直訳すると「その人は天国からまっすぐにやってきました。そして私の亡くなったハンスをたいへんよく知っていました」となる。言葉に敏感な諸君は上の日本語におかしさを感ずると思うが、これはじつは、「……とその学生さんは言いました」が省いてあるのである。まさかおかみさん自身が、その学生が天国から「まっすぐに」やってくるところを見ていたわけでもなく、「天国にいる」前夫と学生が話しているところに立ち合ったわけでもない。おかみさんがかりに学生の身になってみて、いわば学生にかわってせいふを述べているのである。本文では作者がおかみさんの口をとうしてしゃべらせているのだが、小説などによく出る形では地の文(der erzählende Teil)において作者が作中の主人公にかわって、主人公に扮して語るのである。これは主人公の考えたことをいちいち「……と彼は考えた・言った」と繰り返す必要をなくするための手段であったのが、ひんぱんに用いられているうちに、ある特殊な面白さをもつようになったのである。しいて名づければ Indicativus mimicus 「扮役的直説法」である。ただ直説法過去の場合が多いので、Praeteritum mimicum 「扮役的過去」と言ってもよかろう。たとえば「私は彼女の所へお土産を持って出かけると„よいかたね“と呼ばれ、何も持たずに出かけると„またうるさいのがきた“と言われた」を扮役の直説法で表現すると「私は、彼女のところへお土産を持って出かけると„よいかた“であり、持たないで出かけると„また例のうるさいの“であった」となる。一例:Ich konnte ihn nicht leiden; wenn er kam, so war ich entweder verreist oder sonst abwesend. 「私は彼がいやでたまらなかった、彼がやってくると、あるいは旅行中、あるいはそのほかの理由で留守であった」。留守「であった」とは言うが、じつは留守を「つかった」ということは十分わかるからそう言うのである。
【53】selig 「冥福な」。ただし故人であることを示すために用いる形容詞で、「いまは亡き」、「故」などにあたる。
【54】Er leide leide は接続法の第一式だが、これは「……と彼が言った」が省かれたからで、「基礎入門編」第27講の間接話法でかなり詳しく説明しておいた。
「……あまり」などの意の vor【55】vor Wut 前置詞 vor は「……のあまり」、「……しすぎて」、「……のきわみ」という意味に用いられることがある。たいてい熟語的に凝結した形で現われる:vor Schreck 「おどろきのあまり」、vor Glück 「しあわせすぎて」、vor Langweile 「退屈のあまり」、vor Kummer 「苦労のあまり」、vor Schmerz 「悲痛のあまり」、vor Aufregung 「興奮のあまり」、vor Zorn 「腹たちまぎれに」、vor Eifersucht 「嫉妬のきわみ」、vor Lachen 「おかしさに堪えかねて」、vor Liebe 「可愛さあまって」、vor Freude 「喜びのあまり」、vor Scham 「恥かしさのあまり」。
【56】schrie 三要形:schreien, schrie, geschrieen。

[6] Der war aber nicht auf den Kopf gefallen57. Denn als er den Bauer hinter sich herangaloppieren hörte58, warf59 er sein Bündel in einen Busch, nahm eine Schippe60, die ein Straßenarbeiter dort hatte liegen lassen61, zur Hand und stellte sich fleißig62.
 „Habt Ihr nicht einen jungen Kerl mit einem Bündel auf dem Rücken gesehen?“ fragte der Bauer, den Gaul zügelnd.
 „Eben63 war einer64 hier,“ antwortete der Student, „aber wie65 er Euch kommen sah, ist er über den Graben gesprungen und in den Busch gerannt.“
 „Halte mir den Gaul“ sagte der Bauer, „gleich bin ich wieder zurück.“ Damit sprang er aus dem Sattel und rannte66 in den Busch hinein.

〕aber ところが Der くだんの[詐欺]漢は war......nicht auf den Kopt gefallen なかなか抜目のない奴でした。Denn なぜかと申しますと er 彼は den Bauer 百姓[が] hinter sich 自分のうしろから herangaloppieren [馬に乗って]駆けてくる hörte のを聞き als ますと、er 彼は sein Bündel [背の]荷物を in einen Busch とある藪の中へ warf 投げ[こみ]、ein Straßenarbeiter 道路工夫が dort そこに hatte liegen lassen 置き放しにしていた die ところの eine Schippe シャベルを nahm......zur Hand 手に取り und そして fleißig せっせと[働いているような] stellte sich ふりをしました。
 „Ihr あんたは einen jungen Kerl mit einem Bündel auf dem Rücken 背にひとつの包みをもった若い男を(包みを背負った若い男を) Habt......nicht......gesehen 見なかったかね“[と] der Bauer 百姓は、den Gaul zügelnd 馬の手綱をおさえながら、fragte たずねました。
 „Eben たったいま einer そんな男が war......hier ここへ来ました、“[と] der Student 学生は antwortete 答えました、„aber ところが er その男は Euch あんた[が] kommen やって来るのを sah 見る wie やいなや、er その男は über den Graben その溝を ist......gesprungen 跳び越え und て in den Busch あの藪の中へ [ist] gerannt 駆けこみましたよ。“
 „mir すまないが den Gaul この馬を Halte おさえていてくれ、“[と] der Bauer 百姓は sagte 言いました、„ich わしは gleich すぐに wieder また bin......zurück かえってくるから。“ Damit こう言って er 百姓は aus dem Sattel 鞍から sprang とび[降り] und て in den Busch 藪の中へ rannte 駆けこみました。

〕【57】war......nicht auf den Kopt gefallen この慣用句は er ist nicht auf den Kopf gefallen の形で用いられる。おそらく、倒れて頭を打つとばかになるから、こういう慣用句ができたのであろう。he is no fool (no stupid) 「なかなかどうして馬鹿でない」。fallen の三要形:fallen, fiel, gefallen。
目的語化した„不定法とその四格主語“【58】den Bauer hinter sich herangaloppieren hörte 「百姓が自分のうしろで[馬で]駆けてくるの――を聞いた」という構造でも分かるように、den Bauer から herangaloppieren までは hören の目的語になっている。そしてこの目的語内部の関係を見ると、四格の den Bauer は不定法 herangaloppieren の主語である。er hörte, wie der Bauer herangaloppierte の省略形と見ることができる。つまり本文で四格目的語になっている den Bauer は不定法 herangaloppieren の主語なのである。形のうえでは hören は herangaloppieren にたいしてあたかも話法の助動詞のような関係に立っているように見えるが、実際は hören は den Bauer......herangaloppieren という省略文章を目的とする他動詞である。このように「不定法とその四格主語」を目的語としてとり得る動詞は、実際においては、その数はごくわずかで、sehen、hören、lassen、machen、fühlen、finden、lehren、heißen 「命ずる」、haben など、および sehen、hören、fühlen と同意の語にかぎる。
 (1) Ich sehe ihn kommen. (= wie er kommt)
 (2) Ich höre einen Hund bellen. (= wie ein Hund bellt)
 (3) Der Alte fühlt seinen Tod nahen. (= wie sein Tod naht)
 (4) Mein Wort macht ihn zittern. (= daß er zittert)
 (5) Man läßt mich nicht gehen. (= läßt nicht zu, daß ich gehe)
 (6) Er lehrt mich Ski fahren. (= wie ich Ski fahren soll)
 以上の例で「不定法とその四格主語」を目的語とする動詞についての概念をつかむことができたと思うが、念のために初学者がややもすると間違いやすい一二の例を挙げておこう:
 (7) Ich helfe ihm Schnee schippen.
 これも同じ型に属する文章だが、「雪かきをする」Schnee schippen の意味上の主語である「彼」が三格になっている点に不審をもつ諸君もあろうと思う。これは helfen が三格支配だからである。
 (8) Er blickte auf, da er sinen Namen nennen hörte.
 「自分の名前が呼ばれるのを聞いたので、彼は目を上げた」であるが、seinen Namen nennen の主語が表現されていない。つまり四格が man であるか、あるいはわざわざ言及する必要のない時にはこの文章のように省くのである。
 (9) Er hat einen Geldschrank zu Hause stehen.
 これは「彼は金庫を家にもっている」ということで、stehen はほとんど贅語と言ってよい。haben が「四格主語を伴う不定法」を目的語とする際は、その不定法はたいてい贅語的であると見てよい。
【59】warf 三要形:werfen, warf, geworfen。
【60】Schippe 「シャベル」は通俗語で、ふつうは Schaufel と言う。
Ich habe ihn kommen sehen など【61】hatte liegen lassen 関係代名詞(die)に導かれた文章だから liegen lassen hatte としなければならないはずだと思う人は、もう一度「基礎入門編」§107 の「話法助動詞の完了時称」を読んでほしい。ただその知識だけで解釈がつかないのは lassen がなぜ gelassen になっていないか、という点だと思う。これも理屈よりも約束なのだから、ひとつの型として覚える方が早い。本課の注58で説いた動詞、すなわち、「四格(または三格)主語を伴う不定法」を規定句としてもつ動詞のうちで、もっともひんぱんに用いられるものは、話法の助動詞と同等の取扱いをして、不定法と同形の過去分詞を用いることがある:
 (1) Ich habe ihn kommen sehen. (または gesehen)
 (2) Ich habe ihn predigen hören. (または gehört)
 (3) Ich habe ihn atmen fühlen. (または gefühlt)
 (4) Ich habe ihn gehen heißen. (または geheißen)
 (5) Ich habe ihn tanzen lehren. (または gelehrt)
 (6) Ich habe ihm steigen helfen. (または geholfen)
 (7) Ich habe ihn kommen lassen. (gelassen は不可)
 ふたつの過去分詞のうち、どちらがよいかは語によって相違がある。lassen はほとんど話法の助動詞として扱うから、不定法の過去分詞を用い、sehen、hören はやや不定法の方が多く用いられ、それ以外は同等、もしくは ge- 形の方が多く用いられる。etwas liegen lassen = to let something lie (rest), to leave something behind. liegen の三要形:liegen, lag, gelegen。
【62】stellte sich fleißig sich stellen が述語的規定を伴って sich so und so stellen となると「……の風をする・装う」という意味になる:sich krank stellen = to pretend (feign) to be illsich unschuldig stellen = to assume (put on) an innocent air
【63】eben = soeben 「たったいま・いましがた」
【64】einer jemand と言うのにほとんど同じである。なお、不定指示詞としての einer の用法に関しては「ドイツ文法の要点」§6、§7、§8 を参照すること。
【65】wie = sobald 「……するやいなや」だからこの文章はつぎのように書き換えてもよい:Kaum sah er Euch kommen, als er über......gerannt ist.
【66】rannte 三要形:rennen, rannte, gerannt。

[7] „Ich halte ihn schon67,“ sagte der Student, indem er sein Bündel wieder an sich nahm und auf den Gaul stieg68. „Ganz fest halte ich ihn!“ Er drückte dem Gaul die Fersen in die Weichen69 und sprengte davon.
 „Hast du den Studenten noch70 eingeholt71? Hast du dafür gesorgt, daß72 er sicher ins Paradies kommt?“ fragte die Bäuerin ihren Mann, als er nach einigen Stunden ohne seinen Hengst zurückkam.
 Zunächst erwiderte er nichts. Nach einigen Augenblicken jedoch hieb73 er seinen Hut wütend auf den Tisch und rief: „Natürlich74 habe ich ihn eingeholt und......habe dafür gesorgt, daß er schneller ins Paradies kommt, denn ich habe ihm auch meinen Gaul gegeben, Himmelkreuzsakrament75!“

〕„Ich 私は ihn (Gaul) 馬を schon だいじょうぶ halte おさえていますよ、“[と] der Student 学生は sagte 言いました、indem そう言いながら er 学生は sein Bündel 例の包みを wieder またも an sich nahm 自分に取り(身につけ) und そして auf den Gaul 馬に stieg 乗りました。„ich 私は ihn 馬を Ganz fest しっかりと halte おさえていますよ(馬はテコでも離しはしませんよ)!“ Er 学生は die Fersen かかとを dem Gaul......in die Weichen 馬の脇腹へ drückte おしつけ(馬の脇腹をかかとでけって) und そして sprengte davon 疾駆し去りました。
 „du お前さんは noch うまく den Studenten あの学生に Hast......eingeholt 追いつきましたか? du お前さんは er 学生さんが sicher まちがいなく ins Paradies 天国へ kommt 行く daß ように Hast......dafür gesorgt ちゃんとしてくれましたか?“ er (Bauer) 彼が nach einigen Stunden 二三時間後に ohne seinen Hengst 馬なしで zurückkam 帰ってきた als 時に、die Bäuerin 百姓のおかみさんは ihren Mann だんなさん「に」 fragte たずねました。
 Zunächst 最初は er 彼は erwiderte......nichts なんとも答えませんでした。jedoch しかし Nach einigen Augenblicken しばらくしてから er 彼は wütend 憤然として seinen Hut 帽子を auf den Tisch てーぶるの上へ hieb たたきつけ und て rief 言いました:„Natürlich もちろん ich わしは ihn あいつに「に」 habe......eingeholt 追いついた und そして ......er あいつが schneller よりすみやかに ins Paradies 天国へ kommt 行ける daß ように habe dafür gesorgt してやったよ、denn なぜって ich わしは ihm あいつに auch meinen Gaul わしの馬までも habe......gegeben くれてやったからさ、Himmelkreuzsakrament くそいまいましい!“

時間概念の副詞が論理概念の副詞に転用される例【67】schon この schon を時の副詞と思って「すでに」と訳したのでは意味がとおらない。「だいじょぶ」とか「間違いなく」とか「必ず」とか訳さなくてはならないところである。これは時間概念の副詞が論理概念の副詞に転用された例だが、いったいに時の副詞のかなり多くのものが、このような比喩的意味に転用される:
 schon すでに → 申すまでもなく、きっと
 gleich すぐに → ただちにもって、わけもなく
 noch いまだ → なおその上に
 erst やっと → まずもって
 dann その後で→ そうだとすれば
 bald ほどなく→ ややもすれば、容易に
 wieder 再び  → また、一方において
 lange ながらく→ とても、なかなか(lange nicht など)
 nun いま  → さて、では、まず
 einmal 一度  → 元来(nun einmal
 am Ende ついに → 悪くすると
 これはドイツ語ばかりでなく、あらゆる言語に共通な現象だから、少し注意して読んでいれば自然に語感が養われてくる。
【68】stieg 三要形:steigen, stieg, gestiegen.
【69】die Weichen die Weiche = groin, side というのは馬の後脚の付け根に近い脇腹のことで、拍車(der Sporn)をあてる場所である。この学生は拍車などつけていないから、靴のかかとで蹴ったわけ。
【70】noch noch に「あやうく」、「やっとのことで」、「きわどいところで」の意があることはすでに述べたが、これもその一例である。念のためにつぎの例でこの noch の感じを確実にしておいてほしい。Wir haben ihn noch auf den Bahnsteig eingeholt. 「われわれはプラットホームでやっと(あやうく)彼に追いついた」。Das hat er mir noch im letzten Augenblick gesagt. 「そのことを彼は私に最後のきわどい瞬間に言った」。
【71】eingeholt この場合の einholen は to catch up, to come up with, to join, to overtake すなわち「追いつく」の意味である。
【72】dafür gesorgt, daß dafür sorgen, daß = to see that 「……するように注意をする・手配をする」
【73】hieb 三要形:hauen, hieb, gehauen. 「帽子を(テーブルなどに)たたきつける」。
批評の副詞【74】Natürlich ふつう副詞というと動詞の方法、様式を規定したり、または形容詞または他の副詞を規定したりするものと考えられるが、本文の natürlich 「言うまでもなく」はそれらとは趣きを異にして、文章全体を批評した形になっている。Er behauptet es mit Recht. 「彼がそう主張するのはもっともなことだ」になると、„Er behauptet es.“ 「彼はそう主張している」という事実を、その文を書いている人が批評して「もっともなことだ」と言っているのであることが明瞭である。換言すれば、Er behauptet es, und hat, meiner Meinung nach, Recht. 「彼はそう主張している、そして私の見るところでは、もっともなことである」の略構とも考えられるのである。Er such sie vergebens. の vergebens を方法の副詞と考えて「彼は彼女をむだに捜す」と訳すと意味がとおらない。探し方がむだだとすれば、わざわざむだな捜し方をする奴はよっぽどまぬけであろう。この場合 vergebens 「むだに」という副詞は、問題の当人から見てむだなのではない、それを傍からみているわれわれ(筆者)から見てむだなのである。だからこれらの副詞は批評の副詞とも称すべき独自の範疇を形成していると考えるべきである。数例を挙げておこう:
 (1) Er bleibt billig sitzen.
   彼が落第はあたりまえだ。
 (2) Er tut es mit Recht.
   彼がそうするのは当然だ。
 (3) Er tut es mit Unrecht.
   彼がそうするのは不当だ。
 (4) Er sucht mich vergeblich.
   彼が僕を捜したって見つかるものか。
 (5) Er ist glücklicherweise da.
   彼はさいわいにやってきた。
 (6) Er kommt sonderbarerweise nicht.
   彼は不思議にもやってこない。
Schwüre 啖呵【75】Himmelkreuzsakrament 「けしからん! しくじった! しまった! ちくしょう!」といった感情をこめた間投詞的な呪いの言葉である。これとおなじに使われるものに、なおつぎのようなものがある:verdammt!、verflucht!、Donnerwetter!、Potztausend!、Teufel!、zum Teufel!、zum Henker! ――こういう間投句のことを Schwur という。Schwur は「誓い」という意であるが、日本語では、むしろ啖呵(たんか)とでも言った方がよかろう。西洋語はすべて啖呵が豊富で、喜んだ時、おどろいた時はもちろん、くやしがる時でも、感心するときでも、とにかく瞬間的に勃発する強い感情をおてがるに、しかも景気よく表現するためには、どの国語にもこれがなければならないのだが、日本語はまことにこの点が貧弱で、まあせいぜい江戸っ児の「べらぼうめ」ぐらいしかないようである。

Thursday, April 14, 2022

英語読解のヒント6

6. in the affirmative

基本表現と解説
  • He answered in the affirmative. 「彼は然りと答えた」

in the affirmative は affirmatively とおなじ。同様に in the negative は negatively とおなじ。

例文1

 ‘Ivan Vambéry, are you here?’
 A cold wind swept across my face, and I interpreted that as a sign in the affirmative.

J. E. Muddock, "The Blue Star"

 「アイヴァン・ヴァンベリ、ここにいるのか?」
 冷たい風がわたしの顔をかすめて吹いた。わたしはそれを「イエス」の印と解釈した。

 幽霊譚の一節

例文2

I asked first if Sir Percival was at the Park, and receiving a reply in the negative, inquired next when he had left it.

Wilkie Collins, The Woman in White

わたしはまず「サー・パシヴァルは公園にいるのか」と問うた。すると「いない」という返事を得たので、今度は「いつ出かけたのか」と聞いてみた。

例文3

She had then written to Mrs. Catherick at Welmingham to know if she had seen or heard anything of her daughter, and had received an answer in the negative.

Wilkie Collins, The Woman in White

彼女は娘に関してなにかを見たり聞いたりしたことがあるかと、ウェルミンガムのミセス・キャサリックに手紙を出した。すると見もしないし聞きもしないという返事が来た。

Monday, April 11, 2022

英語読解のヒント5

5. the + 形容詞

基本表現と解説
  • the dead 「死せる人々」
  • the beautiful 「美」

「the + 形容詞」は「人々」をあらわすこともあれば、抽象概念をあらわすこともある。

例文1

We know how prone the strong are to suspect the weakness of the weak — as the weak are to be disgusted by the strength of the strong.

Anthony Trollope, Christmas at Thompson Hall

頑健な人間は病弱な者の病弱さ加減を疑う傾向がある。病弱な者が頑健な人の力強さを見てうんざりする傾向があるように。

例文2

The Beautiful is a manifestation of secret laws of nature, which, without its presence, would never have been revealed.

Johann Wolfgang von Goethe, The Maxims and Reflections of Goethe (translated by T. Bailey Saunders)

美は秘密なる自然法則の表現なり。美無くんば自然の法則はとこしえに吾人より隠れたりしなり。

例文3

The sublime and the ridiculous are often so nearly related that it is difficult to class them separately. One step above the sublime makes the ridiculous, and one step above the ridiculous makes the sublime again....

Thomas Paine, The Age of Reason

崇高と滑稽は往々にして相似通い、これを分離することはむずかしい。一歩崇高の上に出れば滑稽となり、一歩滑稽の上に出ればまた崇高となる。

Friday, April 8, 2022

英語読解のヒント4

3. something / anything / nothing + 形容詞 + about / in

基本表現と解説
  • There is something queer about him. 「彼は奇妙な雰囲気を漂わせている」
  • There is something queer in her letter. 「彼女の手紙にはおかしなところがある」

前項と同様、性質・雰囲気・趣があることを示す表現。

例文1

By the side of Hyde Park stands Kinsington Gardens. This place has something of the solemn grandeur of a wood about it — something uncultivated that delights the eye.

Max O'Rell, John Bull and His Island

ハイド・パークに連なるようにケンジントン公園がある。この公園には森林のごとき雄大な趣、人目を喜ばす自然のままの趣がある。

例文2

There was something so awful, though, about talking with living, sinful lips to the ghostly dead, that I could hardly bring myself to rise and speak.

Mark Twain, "Among the Spirits"

しかし生者の罪深い唇をもって亡霊と話をするのはなんとなく恐ろしくて、ほとんど立ち上がって切り出す勇気がなかった。(註 降霊術の場面)

例文3

There is something fiendish in the look of exultation that lights Arthur Dynecourt's face.

Margaret Wolfe Hungerford, The Haunted Chamber

アーサー・ダインコートの顔に浮かぶ勝ち誇った表情には、悪魔のような趣があった。

Tuesday, April 5, 2022

ポール・ハルパーン「大いなる彼方」

原題は The Great Beyond で、作者はアメリカの物理学者。四次元、あるいは多次元の考え方がいかに科学的、文化的に培われてきたのかを紹介した、わかりやすい本である。知的刺激に充ちているかというと、正直に言って、それほどでもない。しかし十九世紀以降、科学や数学に於ける進歩がしだいに他の文化領域に広がっていく様子や、新しい考え方の基本の所が非常によくわかるように書かれている。わたしはヘルマン・ミンコフスキーが生みだしたミンコフスキー空間がおおよそどのようなものか、この本を読んではじめて知った。カルーザやクラインの人となり、さらにその議論の大まかな形(素人には十分な情報である)も教えてくれる。また多次元が絵画の領域にもたらした影響について丁寧な紹介がなされていて、参考書があげられれている点もよかった。こういう本はほんとうにありがたい。

多次元の考え方が重要なのは、一見してつながりのない事柄が、多次元を考えることで統一的に把握されるという点である。マクスウエルの電磁気学と、ニュートンからアインシュタインにつながる重力の問題は、長らく接点をもたなかったけれど、それらを多次元からとらえ直すと、一つの公式で両方が表現できるのである。これは驚くべき発見である。このことの意味は、文化系の学問においてはまだ十分に認識されているとは思えない。文学にも時間論、空間論というのがあるが、ほとんどは三次元的な空間論であったり、素朴な時間概念を作品の中に見出すようなものでしかない。シンボルで構成される芸術作品の空間性が、ユークリッド幾何学的な空間のわけがないではないか。そんなものよりはるかに奇怪な構造を考えるべきなのに、文学研究者というのはほんとうに詰まらない連中だと思う。

奇怪な構造といったけれども三次元的な了解の世界から四次元的な了解の世界に飛躍するのは、いったん気がつけばそれほどむずかしいことではない。もう一つのあり得べき方向性(縦、橫、高さを示す、いずれの軸にも直角な、新たな軸)を見いだせるかどうか、それが問題なだけだ。しかもその方向性はなにか突飛もないものではなく、ほかの方向性と同様、ある種の論理性を帯びている。それは3Dの内部で考えていた人々には解消不可能なパラドクスをもたらすかもしれないけれど、にもかかわらず論理的なのだ。わたしが「わが名はジョナサン・スクリブナー」の後書きや、ホラー映画「ドールズ」に関する論考で考えたのはこのことだ。

そんなことはともかく、本書はアインシュタインが量子力学に対抗する立場から多次元世界を考え、その後の研究で十次元やら十一次次元やらまで思考されるようになった経過を教えてくれる。素人にはいささかわかりにくい部分もあることはあるけれど、物理学者たちの長年にわたる取り組みが活写され、とても参考になった。本書は物理学と多次元の関係を歴史的に説明・紹介した良書である。物理学は発展が著しいので、多次元に対する新たな考え方が出て来たら、ぜひこの作者に本を書いてもらい、説明して頂きたいと思う。

Saturday, April 2, 2022

Yakuza 0 のローカリゼーション

Yakuza 0 の面白さはこのシリーズの中でも群を抜いている。海外でも圧倒的な人気である。キャラクターのインパクトといい、徹底したメロドラマ(あるいはソープオペラ)的筋書きといい、アニメ的誇張といい、とにかく強烈な印象を残す。しかし海外の人にも面白がられるのは、台詞の翻訳(ローカリゼーション)が非常に巧みだからでもある。ばかばかしいコントや下卑た話題から、シリアスな犯罪ドラマにいたるまで、この作品は幅広い言語を用いているが、それを翻訳者たちは、やはり多彩な表現を駆使して英語に変えて行くのである。その手腕は並のものではない。

二箇所だけ紹介したいと思う。

兄弟の縁を切った主人公桐生と錦山が、その後神室町の街角でばたりと出会う。そして二人はもう一度兄弟の関係を取り戻すという、任侠劇のハイライトシーンが展開されるのだが、そこでの錦山の台詞はこうなっている。

おれは……おめえがいない東城会でのしあがっても意味はねえんだ。おめえがいくらいったところで、おれとの縁は切らしゃしねえ! 覚悟しろよ。おらぁ一生おめえにつきまとってやる。

この最後の部分は英語では

I'm sticking with you till death do us part.

となっている。これには感心した。till death do us part 「死が二人をわかつまで」はもちろん結婚式で使われる表現だが、二人の絆の深さ、ホモセクシュアルな関係を、一抹の滑稽感とともに伝える秀逸な翻訳となっている。こういう遊び心のあるローカリゼーションは読んでいてもほんとうに楽しい。

もう一例。ゲームのはじめのほうで桐生がバッカスという正体不明の外国人およびカモジというホームレスに出会う場面がある。このカモジの仕事をめぐって桐生とバッカスがこんなやりとりをする。

桐生「カモジの仕事? ホームレスがどんな仕事をしているんだ」

バッカス「ズバリ、“押しタオシテ見て屋”だネ!」

桐生「……いかがわしい仕事みたいだな」

カモジ「違えよ! 倒してみろ屋……だよぉ」

カモジは客に自由にパンチを繰り出させ、それを巧みによけるという商売をやっている。それが「倒してみろ屋」である。英語ではバッカスの台詞が

He's a... whatchacallit. A fisting artist!

となっていて、商売名を間違えられたカモジは憤慨して

That ain't it! It's PUNCHOUT artist.

と答えている。これはちょっと悪ふざけがすぎた翻訳のようだが、しかし……面白い。わたしは大笑いしてしまった。ちょっとだけ英語の解説をすると、whatchacallit は what you call it を一つづりにしたもので、「いわゆるあれだね」という感じの言葉。fisting は、ううむ、ちょっと説明を憚る。英語のポルノサイトで検索でもしてもらおうか。fist (手)と punch (パンチ)の類似性が言い間違いを生じさせたというわけだが、よく考えられた(Yakuza 0 のいかがわしさをよく表現した)訳になっていると思う。

英語読解のヒント(111)

111. never so / ever so (1) 基本表現と解説 He looked never so healthy. 「彼がそのように健康そうに見えたことは今までになかった」 He looked ever so healthy. 「彼はじつに健康そうに見...