この本は面白かった。デイ・キーンの作品のなかでもまずまず上等の部類に入ると思う。
大富豪ライアンを乗せた船が二年前に南太平洋の海で沈没した。乗組員二人をのぞいて全員が死亡した事件である。ライアンは大金と遺産にかかわる重要な書類を携行していたのだが、それも失われてしまった。
二年後、ライアンの継娘シルビアが、沈没船から金と書類を回収しようと、サルベージ・チームを編成する。彼女、生き残った二人の乗組員、そして潜水するマット・ケリーがその主要メンバーである。彼らはクルーズ船でホノルルまで行き、そこから事故現場へ向かう予定だった。
ところが船が出港する前から不可解な事件が次々と起こるのだ。まず、潜水の専門家マットがクルーズ船に乗ろうと埠頭に来ると、女性用のトイレから悲鳴が上がる。なにごとかと行って見ると、目のよどんだ男が若い女にしがみついている。マットはパンチをあびせて女を救うが、じつは男は背中にナイフをさされ、虫の息で彼女に助けを求めようとしていたことが判明する。
さらに航海がはじまったその日の晩、甲板に出ていたマットは後ろから鈍器で頭をなぐられ、あやうく海に落とされそうになる。残念ながら犯人はわからない。さらにその晩、彼はトイレで助けた女性と会う約束をしていたのだが、その女性がいないことに気づく。さっそく船長の命令で船の中が捜索されるが、どこにも彼女はいない。もしも海に落ちたのだとしたら、潮流の強い海域だから、もう見つかることはないだろうと船長は言う。ところがである。自室に戻ったマットは、バスルームの中で彼女の死体を発見するのだ。
こういう荒っぽい事件が連続するだけではない。シルビアや、とある新聞社の女性記者などが、なかなかエロチックな役割を持っていて、その手の場面もふんだんに織り込まれるものだから、少々下品な印象は残すけれども、読んでいて退屈する暇がまったくない。それこそクルーズ船が出る港や空港の書店に山積みされていそうなエンターテイメントに仕上がっている。
作者デイ・キーンの経歴や趣味などはまったく知らないけれど、しかし潜水についてはやたら詳しい人のようだ。潜水用具の知識だけでなく、潜水をする人の心情が的確に表現されていて、物語全体はメロドラマじみているのだが、そこだけは妙にリアルに感じられた。