Friday, May 28, 2021

ゲーム実況者のための英語(6)

ゲーム実況で使われる表現はある程度パターン化できる。驚きの表現、悲しみの表現、くやしさの表現、怒りの表現のように感情のパターンで分けることもできるし、戦闘開始の表現、戦闘中の表現、戦闘後の表現のように情況によりパターン化することもできる。そうした網の目状の引き出しを作り、それぞれに固有の表現を覚えていけば、訛りがきつくないかぎり聞き取るのはかなり容易になるし、しゃべるのも楽だ。今は驚きの表現を集めている。

what the actual fuck

Oh my goodness, there's the key.
Well, that's not the way to do it.1
Um.
It's kind of2 interesting that there's this3 here.
Right?
How do I get that?
Do I knock it over and hide?
I think I do.
Oh my God, oh my God.
There's nothing!
Oh my God, what the actual fuck!4
Oh, that is nighmare fuel, that is nightmare fuel5.
Holy shit.6

ああ、よかった、鍵がある。
ふむ、いまのやり方じゃだめなのね。
なんか気になるわ、ここにこんなものがあるなんて。
そうじゃない?
どうやってあれ(鍵)を取るの?
あれ(棚)を倒して隠れるのかな。
よし、やろう。
うわっ、やばい、やばい。
(ろくろ首に向かって)なにもないわよ。
なにこれ、信じられない!
トラウマ級だわ、トラウマ級。
やめてよ、もう。

1. that's not the way to do it この way は「仕方・やり方」という意味。
2. kind of interesting 日本語に「あれ、ちょっと面白いわね」という言い方があるが、その「ちょっと」にあたるのが kind of である。はっきり interesting ではないけれど、でも「ちょっと」は interesting な部分がある。「なんか面白いね」という曖昧さを伴う表現。It's kind of dark here. (ここはなんか暗いね)。
3. this はもちろん隣の部屋と通じていそうな壁の通路のこと。
4. what the fuck ではまだ言い足りないというときに使う上位互換形。
5. nightmare fuel 直訳すると「悪夢の燃料」。悪夢を誘うような恐ろしい場面のこと。このゲームのろくろ首教師はよっぽど強いインパクトがあるらしく、別の実況者もろくろ首に追いかけられる場面で nightmare fuel という言葉を連発していた。
6. 「やめてよ、もう」と訳したが、Holy shit! のような言葉は内面にたまりすぎた恐怖や興奮や憤りを吐き出し、精神のバランスを取ろうとする言葉なので、訳す時は場面に合わせて言い方を考えなければならない。

Tuesday, May 25, 2021

関口存男「趣味のドイツ語」

Mehr Physik!

MUTTER: Wer hat denn1 das Eis unten2 in den Eisschrank3 gelegt4?
FRITZCHEN: Ich, Mutti5!

逐語訳:Mehr Physik! もっと理学を! MUTTER: 母: Wer 誰が denn いったい das Eis 氷を unten 下へ in den Eisschrank 冷蔵庫の中へ hat gelegt 置いた[のか]? FRITZCHEN: 小フリッツ Ich, Mutti! 僕だよ、お母さん!

:【1】denn: 『いったい』、『そもそも』(疑問文につきものの助詞:Wo denn? いったいどこですか? Wann war es denn? それはいったい何時でしたか?)もう少し念入りに『いったい全体』とか『いったいそもそも』とか云う時には denn eigentlich です:Wer hat es denn eigentlich gesagt? いったいそもそも誰がそんな事を云ったんだ?
Unten と unter とは品詞がちがう!【2】unten: unter という前置詞と unten という副詞とを混同してはいけません。前置詞は名詞とともに用いるもので、副詞はそれだけで独立して用います。同様に、über という前置詞に対しては oben (上方に)という副詞があり、in に対しては innen (内部に、内側に)があり、außer に対しては außen (外に)があり、vor に対しては vorn または vorne (前方に)があり、hinter に対しては hinten (うしろに)があります。すこし前の Professor Meier のところに Sein Kopf hat nur hinten Haare (かれの頭はただうしろの方にのみ毛を持つ)という文句がありましたが、あのhinten が此処の unten と同じような副詞です。
【3】Eisschrank, m. 英では refrigerator。Eis は「氷」、Schrank は「戸棚」あるいは「箪笥」です。なお Geldschrank (金庫)、Kleiderschrank (衣類用の箪笥)、Bücherschrank (本箱)をも覚えておくこと。――なお、ここで特に注目していただきたいのは、unten in den Eisschrank という、ちょっと妙な結合法です。分解すると unten は『下へ』、in den Eisschrank (『下へ、冷蔵庫の中へ』)というと、日本語に訳してみた感じではチョット変てこなものですが、これがドイツ語では最も頻繁に用いられる形式であることを知っておく必要があります。つまり『冷蔵庫の下方の段へ』(in das untere Fach des Eisschranks)とでもいうところを、二箇の副詞句に分けて表現するのです。他の例で云うと、『あすこの角のところに』を dort an der Ecke (彼処で、角に)、『此処の部屋の中に』を hier im Zimmer (此処に、部屋に)、『私の前の机の上に』を vor mir auf dem Tisch、『私の前の机の上へ』を vor mich auf den Tisch と云います。
【4】gelegt: legen (置く)の過去分詞。『置く』という動詞の普通用いられるものには legen, setzen, stellen の三つがあります。また「入れる」という意味のときには、その外になお stecken, tun という動詞がありますから、本文の場合には gelegt でも gesetzt でも gestellt でも gesteckt でも getan でもいいわけです。
【5】Mutti: Mama というのと同じ。-i という語尾は -chen、-lein と同じような愛称語尾の -y、-ie とおなじです。Vater を Vati と云い、Heinrich (英の Henry)を Heini と云い、Wilhelm (英の William)を Willi と云い、Schatz (愛人)という代りに Schatzi と云ったりするのなどがそれです。此の -i という愛称語尾を人名につけることは、本国のドイツよりは、むしろ瑞西に於て昔から習慣になっております。

MUTTER: Das ist aber falsch6. Das Eis muß zuoberst7 im Schrank8 liegen.
FRITZCHEN: Ja aber9 warum? Stellt man nicht das Feuer unten, wenn man den Topf10 erwärmen11 will?

逐語訳:MUTTER: Das それは aber しかし falsch 誤 ist である。Das Eis 氷は zuoberst im Schrank 冷蔵庫の中の一番上に liegen 横たわら muß ねばならぬ。FRITZCHEN: Ja aber だって warum? 何故? man 人が den Topf 鍋を erwärmen 温め will ようと思う wenn 時には das Feuer 火を unten 下に Stellt man nicht? 置きませんか?

:【6】falsch: 英語の false [フォールス]と同語。(用法の上からはむしろ wrong ですが)。
【7】zuoberst は zu oberst と書くこともあります。『箪笥の一番上に』という代りに『一番上に、箪笥の中に』(zuoberst im Schrank)と二部にわけて云うのは、註3 で述べた通り。
zuoberst 一番上に
zuunterst 一番下に
zuvorderst 一番前に
zuhinterst 一番うしろに
zuinnerst 一番内部に
zuäußerst 一番外側に
zutiefst 一番奥に
【8】Schrank, m. は Eisschrank を簡単に略した形です。いったいどうもドイツ語ということばは、長い厄介な合成名詞が多いので、実際これを用いるときには必ずしも其のままの長い形で用いるのではなく、すでにわかり切っているときには「規定部」(すなわち前半部)の方を省略して「基礎部」(すなわち後半部)だけで間に合わせることが多いのです。また或種のものにあっては、頭っから基礎部だけ云って意味の通ずるものもあります。たとえば女中は本当は Dienstmädchen、Hausmädchen ですが、普通単に Mädchen と云っています。また鉄道の駅は Eisenbahnstation、Bahnstation ですが、これも単に Station と云っています。Schrank だけはまだそこまで行きません。それは、Geldschrank (金庫)や Bücherschrank (本箱)などが冷蔵庫にまけないほど吾人の日常生活の中に隠然たる勢力を張っているからです。
【9】Ja aber は分解した意味を考えないで、このままの形を「だって」「でも」という意味の句としておぼえること。たとえば、何か食べに這入って、相手に勘定を払わせてしまったのち、清算するような顔をして、十円札一枚這入っていない財布を取り出して、「僕の分を取って下さい、いくらになりますか?」なんてな事を云って見る……相手が「いや、いいですよ」というと、「でも……」と云って言葉尻を濁します。あの『でも……』がチョウド独逸語の ja aber......です。でも払うのかと思うと、別に払いもしないようですがね。――これはよく用いられる句なので、ja の発音もヤーではなく、短かく「ヤ」といいます。
【10】Topf, m. 英語の pot (鍋)です。英語と独逸語とでは p と t とがあべこべになっています。
【11】erwärmen (温める):変温のない erwarmen の方は「温まる」「温くなる」という自動詞ですから、区別しておぼえておくこと。

MUTTER: Das schon12. Beim13 Abkühlen14 aber ist es gerade15 umgekehrt16.
FRITZCHEN: Wieso17 denn aber, Mutti?

逐語訳:MUTTER: Das それは schon 申すまでもないこと。aber しかし beim Abkühlen 冷やす時には es それは gerade ちょうど umgekehrt 逆 ist なのだ。FRITZCHEN: aber しかし Wieso どうして denn いったい、Mutti? お母さん? schon には『勿論』、『申すまでもなく』の意あり【12】Das schon は、完全な形で云えば Das tut man schon (それはもちろんそう云う風にするさ)です。けれども、この二語が、このままの形でしばしば用いられる『それはまあそうだがね』という熟語と思ってさしつかえありません。schon (既に)は『申すまでもなく』の意に用います。すなわち、わざわざ口にして云うまでもなく既に、というところから生じた用法です。したがって、相手の方の口を封じ、言分を封ずるために用います。たとえば Schon gut! といえば『わかったよ!』で、ほとんど『うるさいから黙れ!』といったようにきこえます。Schon wahr! (それは勿論本当だ!)といえば、そんな事は云われなくたってわかり切ったことだ、しかし問題はそんなことでは片づかない、といった風にきこえます。

【13】beim: bei dem です。bei は『云々する際』、『云々する時』の意です:beim Essen (食事の際)、beim Besuch (訪問の際)など。英語の by (……によって)と間違えないようにすること。「によって」は durch (と四格)です。
【14】Abkühlen: abkühlen (冷やす、さます)の名詞化。kühl (英:cool)より。
【15】gerade: 『ちょうど』、『正に』(Es ist gerade fünf Uhr ちょうど五時です、Dort kommt er ja gerade 彼処へちょうどあの人がやってきた!)
【16】umgekehrt: 逆、反対、あべこべ。
【17】wieso は warum と同意。ただし通俗語です。warum が「何故?」なら wieso? は「どうして」ぐらいのところです。

MUTTER: Das18 mußt19 du ja20 eigentlich21 schon wissen, Fritzchen? Ich habe es ja22 in deinem Physik-Buch23 gelesen. Wenn das Eis oben liegt, sinkt die abgekühlte24 Luft nach unten, weil kältere25 Luft schwerer26 ist als27 wärmere28. Legt29 man aber das Eis unten hinein, dann30 wird31 nur die untere32 Luftschicht33 abgekühlt. Die kalte Luft steigt nicht nach oben, sondern bleibt lange34 am Boden35 liegen36. Da37 kommt ja Vati38 in die Küche; frage ihn39 mal nur40, ob41 ich recht habe42.

逐語訳:MUTTER: Das それ位のことは du おまえ eigentlich 本当は schon もうチャント wissen 知っている mußt 筈です ja よ、Fritzchen フリッツヒェン! Ich わたしは es そのことを in deinem Physik-Buch おまえの理科の本の中で habe gelesen 読んだ ja のですよ。Wenn もし das Eis 氷が oben 上に liegt 横たわ[れば]、kältere Luft より冷めたい空気は wärmere より温かい[空気] als よりも schwerer ist より重い weil から die abgekühlte Luft 冷やされた空気は nach unten 下方にむかって sinken 沈む。aber 然し man 人が das Eis 氷を unten 下に Legt hinein, 入れると、dann そうすると nur die untere Luftschicht 下方の空気層のみが wird abgekühlt 冷やされる。Die kalte Luft つめたい空気は nach oben 上の方へは steigt nicht 昇らない sondern で lange 長い間 am Boden 底に bleibt liegen 横たわったままになってしまう。Da ちょうど其処へ Vati お父さまが in die Küche 勝手元へ kommt ja おでかけあそばした。ich 私が recht habe 正しい ob かどうか mal nur ちょっと ihn お父さまに frage たずねてごらん。

:【18】Das は四格。
【19】mußt (=müssen): müssen という助動詞は必ずしもいつも「ねばならぬ」ではなく、『……の筈だ』という意味の場合があります。
【20】ja: 前述の(註12)schon と同じような語。
【21】eigentlich (元来は、ほんとうは)ドイツ人は普通の会話によく此の eigentlich ということばを用います。相手が何か少し穿ったことを云うと Eigentlich ja! (ほんとうはマアそうでしょうね)などというのは日本語と同じですが、その他、「実は……」といったような時にも eigentlich を用いますから、日常会話は eigentlich だらけです。Eigentlich habe ich es Ihnen schon mehrmals gesagt (実はその事はもはやたびたび貴君に申しあげた筈ですがね)など。
Habe ich es doch......! (文頭の定形倒置と doch)【22】ja: たびたび出て来る ja ですが、此処の使い方はハッキリと ja の用法を示しているからよく睨んで下さい。『だって……なんですもの!』といったような型の文には ja または doch を入れるのです。doch を入れると、ja よりも、もっと力が強くなります。――それから、直接本文とは関係ありませんが、同じ意味合いの事を Habe ich es doch in deinem Physik-Buch gelesen! (だって私現にその事をあなたの理科の本の中で読んだんですもの!)とも云える点に注目して下さい。『だって……ですもの』という doch を用いる時には、ich habe の代りに habe ich の語順を用いることが多いのです。
【23】Physik-Buch (理科の本)はもちろん Physikbuch と綴ってもよろしいのです。ちょっと断わっておきますが、多少ドイツ語を囓った人だと、理科の本ならどうしてたとえば das Lehrbuch für Physik などとでも云わないのだろうという疑問が生ずるかも知れませんが、これは通俗のくだけたドイツ語なので、数学とか語学とか、その他学校の科目を指す語はすべてこういう風な簡単な結合で用いられるのです。たとえば「数学の時間」を Mathematik-Stunde。「地理の先生」を Geographie-Lehrer と云います。
【24】abgekühlt: 前出 abkühlen の過去分詞。「冷やされた」
【25】kältere: kalt (つめたい)の比較級が kälter (英:colder)。
【26】schwerer: schwer (重い)の比較級が schwerer。
【27】als = 英の than
「……の」、「……なやつ」という英語の one は独では不用【28】wärmere: warm (温かい)の比較級が wärmer。――wärmere の最後の -e という語尾によって、次に Luft が省かれてあることがわかります。wärmere はつまり「暖いの」、「暖かいやつ」です。此の「……の」は英語では one で表現し、warmer one (暖かい方のやつ)などと云いますが、ドイツ語には性を表現する -e とか -er とか -es とかいうものが形容詞につきますから、英語の one に相当する語は不用です。たとえば、『食べられる茸もあるが、然し食べられないのもある』は、英語でなら There are edible mushrooms, but there are inedible ones, too. ですが、ドイツ語では Es gibt eßbare Pilze, aber es gibt auch nichteßbare でよろしい。nichteßbare の次には Pilze が省いてあると見てもよく、あるいはまた ones のようなものが省いてあると思ってもいいわけです。『かれの生涯は波瀾万丈の生涯であった』なら、英語は His life has been a stormy one ですが、ドイツ語では Sein Leben war ein stürmisches です。
【29】Legt man: 副詞が先に来て、主語が後に来ています。この逆順(即ち定形倒置)は、突然文頭で用いると、普通は疑問文章になるのですが、その外に、只今の場合のように、Wenn man......legt とおなじ意味となることもあるのです。たとえば、『今日雨が降らなければ、明日にでも降るさ』は Wenn es heute nicht regnet, so regnet es vielleicht morgen とも云えますが、また Regnet es heute nicht, so regnet es vielleicht morgen とも云います。この場合は後者の方が好いドイツ語なのですが、どんな場合にどっちが好いかは、なかなかむつかしい問題です。
【30】dann の代りに so ともいう。
【31】wird......abgekühlt で『冷やされる』という受動の形になります。『……される』という受動形は werden という助動詞を元にして、それに過去分詞を添えて作ります。
【32】unter-e: 此の unter は、前置詞としての unter とは全然別物であることは、すでに格語尾がついていることによってもわかる筈です。この場合は形容詞です。これ、及び ober-、vorder- 等の類似の形を、全註2 の副詞と対照しておぼえること。
unter- 下方の
ober- 上方の
vorder- 前方の
hinter- 後方の
inner- 内部の
äußer- 外部の
【33】Luftschicht, f. (空気層)――此の die Schicht (層)という語をよくおぼえましょう。aus allen Schichten des Volkes (国民の各層から)とか何とか云って、現在ではしきりに用いられる流行語です。
【34】lange (長い間)という副詞は、lange Zeit から来ているために -e の語尾がついています。
【35】Boden, m. (底)英語の bottom (底)と形もよく似ています。――元来 -m であったのが、英語では正しく保持されていて、ドイツ語の方では崩れて n になってしまった例は、此の Boden 意外に、Busen, m. (胸)[英:bosom]、selten (稀に)[英:seldom]など、たくさんあります。
【36】bleibt liegen (依然として横たわったままでいる):liegen が不定形のままで附加される点に注目。bleiben (……にとどまる)という動詞は、いわば一種の助動詞と云ってもよいもので、他の動詞の不定形とともに用いると『相変らず云々する』、『依然として云々したままでいる』の意になります。Tabakrauch bleibt lange in der Luft schweben 等、前掲『bleiben の用法』参照のこと。
【37】Da kommt は英語の There comes です。(そこへやってくる)英語の There comes とか There stands とかは、その there が多少具体的に目前の光景を指す時にはドイツ語では da で訳し、然らざる場合には es で訳します。此処は Da によって、すでに父の姿が見えたことになります。もし、まだ姿も見えず、足音もきこえないのであったら Es kommt ja Vati...... 云々でもよいところです。
【38】Vati: 前の Mutti と同じような子供用の言葉(Kindersprache)で、Papa とか Pappi とかいうこともあります。英:daddaddy.
【39】frage ihn: fragen は四格支配!
【40】mal nur (ちょっと)は、よく命令法に附加される助詞で、日本語の「ちょっと」と全然同じ。英語では just です。just ask him!
【41】ob: 『……かどうか』、『はたして……や否や』(英:whether、時には if
【42】recht habe: 『理を持つ』、即ち『言分が正しい』、『言うことがもっともだ』です。これは会話でもよく用いられる句ですが Sie haben recht! または Da haben Sie ganz recht! といえば「なるほど仰せの通りです」という、相槌を打つ文句です。英語だけは『あなたは正しくある』(You are right)と、「ある」という動詞を用います。が、其の他の語は凡てドイツ語の通り「持つ」という動詞を用います。仏語:Vous avez raison [ヴー・ザェ・レーン]、伊語:Ella ha ragione [ルラ・ア・ラッョーネ]、西班牙語:Tiene Vd. razon [ティネ・ウス・ラン]。

FRITZCHEN: (grinsend43): Ich habe ihn schon gefragt, da hat er mir aber gesagt, das Eis gehöre44 natürlich zuunterst in den Schrank.

逐語訳:FRITZCHEN (grinsend にやにや笑いながら):Ich 僕は ihn お父さんに schon もう habe gefragt たずねたんだ。da すると aber 然し er お父さんは mir 僕に hat gesagt 云ったんだ:das Eis 氷は natürlich もちろん zuunterst 一番下へ in den Schrank 冷蔵庫の中へ gehöre 属する(入れるべきものだ)と。

註:【43】grinsend: -end という語尾は英語の -ing にあたり、云々しながらの意。grinsen は「笑う」ですが、lachen (笑う)や lächeln (微笑む)とはちがって、変な笑い方をする、にッと笑う、という時にしか用いません。意味ありげにニヤニヤ笑うのは必ず grinsen で、lächeln とは云いません。西洋人に云わせると、日本人の lächeln は、時と場合を弁えないために大抵 grinsen として感ぜられるそうです。
【44】gehöre: gehören (属する)英:belong ですが、gehört とならないで gehöre となっているのは、べつに ich が主語というわけではなく、「接続法」という形です。gehört が「属する」という邦語に該当するとすれば、接続法の gehöre は「属すると」、(即ち「属する由」、「属する旨」)にあたります。接続法というやつは、根本的にやらないと、ちょっと簡単には説明しにくい項目で、また正規の文法過程に属する事項ですから、これだけは一つ是非講座で研究して頂きます。――次に gehören (属する)という動詞の此の場合の用法に一寸御注意下さい。ここのは普通の用法ではありません。即ち in den Schrank (冷蔵庫の中へ!)という、方向を示す句がついています。方向を示す句がある場合の gehören は、『何処そこへ入れなければならぬ』或いは『何処そこへ持って行くのが正しい』という意味です。たとえば『wenn は文章の一番最初へもって行く』は Das wenn gehört an die Spitze des Satzes です。また、子供の画いた画を評して、『ここにはまだ窓がなくっちゃ』と教えてやるときには Hier gehört noch ein Fenster dran というでしょう。

意訳:物象落第!
母:だあれ氷を冷蔵庫の下の段に入れたのは?
坊や:僕だよ。
母:駄目よ、そんなことをしちゃあ。氷は冷蔵庫のいちばん上のところへ入れるものよ。
坊や:どうして? だって、お鍋を温めるときには、火を下へやるでしょう?
母:そりゃアそうだけど、冷やすときは逆よ。
坊や:それはどういうわけ?
母:それくらいな事は、坊や、モウちゃんと知っていなくちゃならないはずよ。だって坊やの物象の本にそう書いてあるじゃないの。つめたい空気は温かい空気より重いから、氷が上にあれば、冷えた空気が下の方へ降りて行くでしょう? ところが、氷を下へ入れちゃったら、空気は下の方だけしか冷めたくならないでしょう? つめたい空気は上昇しないから、いつまでも底の方に溜まってるわけじゃないの。ちょうどお父さまがお勝手へお見えになったから、お母さまの云う事がちがってるかどうか、うかがって見ると好いわ。
坊や:(にやにや笑いながら)うかがったんだよ。うかがったら、もちろん氷は冷蔵庫のいちばん下へ入れるとおっしゃったんだよ。

Sunday, May 23, 2021

スタインベックの未発表作

ガーディアンを読んでびっくりした。こんなにびっくりしたのは本当に久しぶりだ。ジョン・スタインベックが1930年頃に書いていた人狼・ミステリ小説が刊行されるのだという。出版社に受け入れられず筐底に納められたままだったのを大学の文学研究者がスタインベック財団を説得して出版にこぎつけたようだ。大快挙である。

もちろんノーベル賞作家が書いたパルプ小説という興味もあるが、しかしこの作品から発せられる光によって、スタインベックの他の作品が今までとはちがった陰影を見せるのではないかと、わたしは期待している。フォークナーの作品の中で「サンクチュアリ」は金儲けのために書かれたやっつけ作品と見なされたりするが、わたしはあれは間違いだと思う。まさしく「サンクチュアリ」をフォークナーの中心にすえ、他の作品を読み解く鍵にしなければならない。アメリカの上流社会を描いたイーディス・ウオートンが、父と娘の生々しい相姦関係を短編小説にしていたことがわりと最近わかったが、われわれはそれを珍品とか単なる彼女のファンタジーだと見なさず、逆にそれこそが他の小説に描かれていない秘密の核心なのだとして尊重するべきだと思う。スタインベックのリアリズムがある種のファンタジーを抑圧し、隠蔽することによって成り立っているとしたらどうだろう。抑圧と隠蔽のシステマチックな働きを見いだせれば、従来の読解をひっくり返すような読解が可能になるかもしれない。じつはわたしはそのようなファンタジーの存在をスタインベックの作品のあちらこちらで感じるのだが、今回出版される作品によってそれがより明確化されるのではないかと思う。

この作品は英語のタイトルを Murder at Full Moon という。今年一番の文学的大事件である。

Thursday, May 20, 2021

COLLECTION OF ENGLISH IDIOMS

早稲田大學敎授 深澤裕次郎著

應用英文解釋法

東京英文週報社發行


(p. 160-164)


範例

(a) Just at that moment who should enter the room but the missing girl herself(?)!

(b) Just at that moment the girl herself quite unexpectedly entered the room.

丁度其時行衛不明になつて居た娘が思ひ掛けなくも其處へ入つて來た。


解説

(a) と (b) とは全く同意味なれども (a) は案外の意を強く表さむが爲に疑問文を用ひたるなり。從てこの構文には驚愕の意を示す should の伴ふを常とす。

  Who (what) should ......but......

  誰(何)かと思へば。

  誰(何)かと見れば。

  誰有らう。

  None other than......

  に外ならず。

  I (we, etc.) was (were, etc.) surprised to......

  ……して驚いた。

  To my (our, etc.) surprise

  驚くことには。

  驚くまいか。

  Quite unexpectedly......

  案外にも。

  意外にも。

  ゆくりなくも。

  思ひも寄らず。

  思ひ掛けなく。

の如く解す可し。

 猶ほ文尾の印は?!.の何れを用ふるも可なり、これ普通の疑問文と異なるが故なり。


用例

1.  And just as coffee was served who should walk in but Mr. Mildmay and Alice.

    F. Marryat

  そして丁度珈琲が出された時に、思ひ掛けなくもマイルドメー氏とアリスとが入つて來た。


2.  He saw that I was brusque, so what does he do but draw me aside for a quite explanation.

    J. M. Barrie

    私の答が如何にもぶつきら坊で有つたから、先生わしを小脇に読んで靜に言ひ譯をした。

but draw の draw は to draw なり、but, than の次に來る Infinitive には斯く "to" を略すること多し。


3.  As Mr. Grant and his three daughters entered the railway station, whom should they meet but Mrs. Walsh, for whose house they were bound.

    グラント氏と三人の娘がステーシヨンに入つた時、彼等は端なくも、今訪問しやうとして居たウォルシュ婦人に出會つた。

bound for (=going to) 行かうとして居た。


4.  I was gazing after him with bitter thoughts in my mind, when who should touch me on the elbow but the little priest whom I have mentioned.

    C. Doyle

    「えゝ、腹が立つ」と思ひ乍ら、後姿を見送つて立つて居ると、肱にさわつた者があるから、誰かと見ると、例の小さい坊主だつた。

with bitter thoughts in my mind 憤怒を心に宿して。


5.  Just before reaching the top I heard the sound of voices; and upon rounding a point of rocks, whom should I see but Benjamin P. Gunn, seated on the very edge of the crater.

    Max Adler

    今しも絶頂に達しようと云ふ時、どうやら人聲が聞えた。やがて岩の一角を廻ると驚くまいか、そこに例のベンヂヤミン、ビーガンが噴火口の端に坐つて居るのである。


6.  Well, one cold, wretched night, when I was so tired I could hardly keep myself awake, who should come up for a half of Scotch but Lizzie, in a long fur cloak, elegant and comfortable, with a lot of sovereigns in her purse.

    B. Shaw

    すると或寒いひどい晩に、眠くて起きて居られないほど疲れて居ると、ウイスキーを半パイント呉れろと云つて長い毛皮の、品のいゝ氣持ちのいゝやうな外套を着て、財布には金貨を澤山持て、誰が來たとお思ひだ? リッジーが來たのさ。

keep myself awake 眼を開いて居る。half は half-pint なり(一パイントは我が三合一勺余)。Scotch は Scotch whiskey (蘇國産のウイスキー)の略。lot 澤山。


7.  In the meantime I had broken the canvass that he had drawn up, and whom should I perceive at some distance but your old friend Mr. Burchell, walking along with his usual swiftness, with the great stick for which we used so much to ridicule him.

    O. Goldsmith

其うち私は悪漢が引いた幕を引き破りますと、思ひも寄らず、向うに見えたのは、あなたのお友達のバーチェルさんでした。私共がよくからかってやった太い杖を持て、いつもの様に急いで來ました。


8.  But when he got there, what a delightful surprise awaited him. For not only did all the fairies come out to meet him and welcome him back, but in a moment who should come running forward with outstretched arms but Tom's very own dear father and mother!

    Tom Thumb

併し彼が其處に達した時には、何と云ふ嬉しい喜びが彼を待て居た事で有らう、と云ふのは外ではない、仙女が皆彼を迎へに來た計りでなく、忽ち兩手を擴げて走つて來たのは、誰有らう、トムの本當の戀しい懷

かしい父母であったのだ。

    very own dear 戀ひしい戀ひしい。


9.  After walking about the town four or five days and seeing the outsides of the best houses, I was preparing to leave this retreat of venal hospitality, when passing through one of the principal street, whom should I meet but our cousin to whom you first recommended me.

    O. Goldsmith

四五日間市中を歩き廻つて、立派な家の外側丈見物したあとで、こんな金次第でどんな待遇でもするいやな都は早く逃げて了はうと思つて居ると、其大通りの一つを通行中、思ひも掛けず、初めあなたに紹介して貰つた從兄に邂逅した。

    this retreat of venal hospitality 金次第でおんなにも待遇すると云ふこの郡。


10. It was in this manner that my eldest daughter was hemmed in and thumped about, all blowzed, in spirits, and bawling for "fair play," with a voice that might deafen a ballad-singer, when confusion on confusion, who should enter the room but our two great acquaintances from town, Lady Blarney and Miss Carolina Wilelmina Amelia Skeggs!

    O. Goldsmith

こんな風に総領娘が中に入れられ、叩き廻され、夢中になって、法界屋でも聾になりさうな大聲を出して、ずるいずるいと怒鳴つて居ると、いやはや大変、誰が入つて來たかと思ふと都下りの二人の偉いお友達ブラネ夫人とカロリナ・ウイレルミナ・アメリヤ・スケツグス孃が入つて來たのだ。

hemmed in 娘を中に入れたるなり。thumped about (スリツパを以て)叩き廻され。all blowzed in spirits (=greatly excited) 「一生懸命、夢中になって」blowzed は flushed (顔が眞赤になりて)の意。"fair play" 「やんとやれ」と呼ぶなり(「foul play (ずるいことをすること)をするな」と口々に叫ぶなり)。that might deafen a ballad-singer 往来を歌をうたって歩く門附け(法界屋にも譬ふ可き)の類は大きな聲のものだが、それをさえ聾せしむるやうな。confusion on confusion 混亂又混亂、いやはや大変。from town 倫敦下りの。


11. However unexpected our company might be to them, theirs, I am sure, still more so to us, and I was struck dumb with the apprehensions of my own absurdity, when whom should I next see enter the room but my dear Miss Arabella Wilmot, who was formerly designed to be married to my son George, but whose march was broken off as already related.

    G. Goldsmith

我々の居たのが彼等には嘸意外であつたらうが、彼等を見た我々の驚きと云つたら、更に一層であつた。而て私が自分の失態に言句も出ず、唯、茫然として居ると、續いてまた一人入つて來たのが、意外も意外、伜ヂヨーヂと結婚の筈であつたが、既に前に述べて通り破談になつたあのアラベラ・ウィルモツト孃であつたのだ。

theirs = their company. so = unexpected. was struck dumb 吃驚して言句が出なくなつた。with the apprehensions of my own absurdity とんでもない失態にびくびくして。

Saturday, May 15, 2021

R.C.ウッドソープ「丘陵地帯の影」(1935)

イングランド南部には草の生えた丘陵地帯が広がっている。英語ではダウンズと呼ばれているが、本書はそこにある小さな村を舞台にしている。海辺の近くで景色はいいのだが、とくに産業はなく、さびれた村だ。そこにレースコースを建設し、観光の目玉にしようという計画が持ち上がった。計画の主導者は村議員のスピークマンという男。彼は悪知恵の働く男でもあって、レースコース建設予定地に土地を持っている人からせっせと土地を買いあさっている。レースコース建設が現実のものとなったあかつきには高く転売しようとしているのだ。

この村議員が教会の内部で死体となって発見される。一応、心臓病のためという診断が下されるのだが、村では誰かが彼に毒を盛ったのではないかと噂されていた。実際、彼は敵も多いし、周辺には殺人を犯しかねないあやしげな人間が何名かいるのだ。しかし、もしも彼が毒殺されたのなら、いつ、どこで、誰の手によって毒を飲まされたのか。

鄙びた村社会で展開する殺人事件という、イギリスのミステリではよくある設定。伝統的な、沈滞した社会に、新しい、ダイナミックな資本主義が侵入してくるさまを描いた点でも、ブリティッシュ・ミステリの典型的な作品と言えるだろう。

さて、本書において探偵役を務めるのは、この村に住む親戚をたまたま訪ねて来たミス・パークスという老嬢である。ウッドソープの作品を読むのはこれがはじめてなので、彼女がどんな経歴の持ち主なのかよくわからないが、学校の教師をしていたことがあるようだ。ある人物を見て、彼女は「その尻をムチで叩いてやりたい」気持ちになったという。彼女は言いたいことをぴしりと真っ向から言ってのける気の強さを持っている。初対面の人間に対してもずけずけと遠慮のない物言いをするところが小気味いい。

事件の手掛かりは断片的に提示されていく。ミス・パークはそれを最後に総合し、事件の真相をあきらかにする。彼女の推理は、与えられた情報を上手に整理するだけで、たいして興趣のあるものではない。しかし本書には興味深いところが二点だけある。第一点はコミュニケーションの混乱。登場人物の中に一人おそろしく軽率な男がいて、彼は薬剤師なのに薬を間違えたり、いくつかの手紙を宛先を間違えて送ってしまうのだ。これが事件をややこしくしている。第二点はこの混乱の結果、思いも寄らぬ事態が引きおこされるわけだが、それはある意味に於いて事件が起きた村社会の無意識を表現することになるのだ。つまりレースコースを造るというスピークマンの目論見をその「殺害」によって否定するのである。村人たちは資本主義より伝統的な生活の継続を望んでいる。その願望がコミュニケーションの混乱を通して成就されるのである。これは面白い現象だ。マルケスが「予告された殺人の記録」という瞠目すべき作品を書いているが、それと非常によく似た問題を本書は扱っている。たぶん作者のウッドソープは自分が書いた作品の意義を理解していなかったと思うが、この作品はミステリという形式の、いまだあきらかにされていない可能性にかすかに触れていると思う。

Wednesday, May 12, 2021

「ヤクザ」とメロドラマ

英語版では Yakuza 、日本語版では「龍が如く」というシリーズは抜群に面白いゲームである。暴力に充ち満ちたノワール風味の主筋があり、これを追うだけでも十時間から二十時間はかかるのだが、それに脇筋やらミニゲームが付加され、こちらもやりこなそうとすれば、ゲームをコンプリートするのに百時間以上はかかるだろう。奇妙なのは主筋は本格的な犯罪ドラマであるのに、それに付加される部分はほとんどがコメディ、またはギャグなのである。しかしそれが分裂を生むのではなく、渾然一体化してゲームの魅力になっているという、まことに珍なる傑作なのだ。

主筋のドラマは十九世紀後半から二十世紀初頭にかけて隆盛を極めたメロドラマ仕立てになっている。メロドラマの最大の特徴は、ほとんどありえないような偶然の一致を利用して物語を盛り上げていくところにある。「ヤクザ」はこの仕掛けを臆面も無く再利用している。たとえばYakuza 0 のエピローグでは地面に埋められたオルゴールが、その持ち主の登場とともに鳴り出すのだが、これはあまりにも都合がよすぎる偶然といえる。 Yakuza 7 では主人公の生い立ちにおいて信じられないような取り違えが生じていて、それが衝撃を与えるように創られている。また双子とか影武者とか寸分たがわず他者に化ける暗殺者とか、外見がそっくりな人間を使って謎を深める書き方もメロドラマの基本戦略といっていい。劇的瞬間を人工的に生み出すことで読者を楽しませるわけだ。

メロドラマのもう一つの特徴は誇張表現。恐怖が描かれるときは、なぜか嵐が吹き荒れ、雷がなり、稲妻が真っ暗な部屋の中を一瞬照らして、怖ろしい血の跡を垣間見せる。主人公は目を見開き、悲鳴を上げ、手も足もぶるぶる震える。読んでいるこっちまで頭がクラクラするくらいだ。この手の作品が大衆向けに大量生産されたのだが、しだいにばかばかしさが鼻につくようになり、読者に飽きられていったという歴史がある。「ヤクザ」シリーズも漫画的な誇張表現を多用し、大いに雰囲気を盛り上げている。

「ヤクザ」はとりわけ十九世紀の半ばに大人気となった犯罪都市小説に似ている。当時、「パリの秘密」とか「ロンドンの秘密」といったヨーロッパの大都市を舞台にした犯罪小説が大流行した。後者の作品はディケンズなどより読まれていたという研究もあるくらいである。この犯罪小説においては、主筋に加えて脇筋が膨大に展開されるのだが、それがメインストーリーと無数のサブストーリーから成る「ヤクザ」にそっくりなのだ。(「ヤクザ」のサブストーリーは0から6へと進むにつれ、次第に洗練され、メインストーリーの構造を反覆するようになる。単なるランダムなエピソードではなくなるのである)しかもシリーズ化され、延々とつづいていくという点もおなじだ。「ロンドンの秘密」は最初の二巻はレノルズが書いたが別の作家がさらに二巻を書き継ぎ、さらにレノルズがタイトルを変えてそのつづきを二十巻ほど書いている。

また「ロンドンの秘密」は当時のイギリス社会のあらゆる階層に見られる悪徳、腐敗を描いて、一種の社会学的研究にもなっているのだが、同様のことが「ヤクザ」シリーズにも言えるだろう。外国人コミュニティーの存在や、中央と地方の格差、権力の傲慢と庶民のこずるさ、さらに子供の教育や愛の形や親子の関係など、定型的だが、一応日本のさまざまな局面が描き込まれている。

更に言えば、「ロンドンの秘密」など、労働者階級向けの安価な連載ものはペニー・ブラッドと呼ばれて、当時のモラリストから非常な反発をくらっていた。つまり現代における漫画とかビデオゲームと同じような文化的地位にあったのである。

そういうわけでわたしは「ヤクザ」シリーズを見ながら歴史がちょっとだけ形を変えて反復されているような気分に陥った。なぜこのような反復が生じたのだろう。たとえば「ヤクザ」シリーズも「ロンドンの秘密」も極端な格差社会の時期に生まれているが、それはこの反復と関係があるのだろうか。ポストモダニズムは大きな物語が消滅した時期にあらわれた。それは当時の政治・経済状況と密接に関係している。メロドラマも政治・経済状況の一表現ではないのか。ゲームとはいえ、物語論的に見ればいろいろ面白い問題をはらんでいる。

Sunday, May 9, 2021

チャンピオン・カーニバル

今年の全日本のチャンピオン・カーニバルはひと味ちがった。外国人選手が呼べない情況のため、国際的な華やかさはないけれど、選手の気魄がまざまざと伝わってくるすごい試合ばかりだった。大谷選手がケガをしたのも気合が乗りすぎていたためだったのだろう。早い回復を切に祈る。

わたしが今年いちばん注目したのは土肥こうじ選手。カーニバルは初参戦で、一勝しかできなかったが誰とあたってもあとに引かない面白い勝負をした。対石川戦では二メートル近い相手をかついでアルゼンチン・バックブリーカーに持って行ったが、あれは圧巻だった。全日本のヘビーに力で負けていないのは見事。以前、鷹木選手が全日に参戦してくれたときも新鮮な風を吹き込んでくれたが、あれとはまたひと味ちがう新鮮さを運んできてくれた。今後の活躍を期待する。

優勝したのはジェイク。彼は去年、もう一つのところで結果が残せなかった。それを反省して彼は変わろうと努力している。その努力が大きな大会で実ったのは喜ばしい。やはりジェイクが前面に出てこなければ全日本は面白くないのだ。これで諏訪魔、石川といったベテラン勢、そしてジェイク、宮原といった若手が頂点を争うようになるだろう。トップを争える選手層がちょっとだけ厚くなった。

この大会を見て青柳優馬も順調に実力を伸ばしていることがわかった。ただしまだ凄みがない。自分でも格下を認めるような発言をしているが、それは若さへの甘えだと思う。ジェイクはその点、年上だし、あせりがあった。それが彼を変えさせたのである。青柳がいつ覚醒するのか、楽しみだ。

Friday, May 7, 2021

大谷選手のケガ

久しぶりにプロレスの話を書く。

四月二十八日に行われたチャンピオン・カーニバルで大谷選手がケガをした。肩の骨の骨折と聞いている。ビデオを見る限り、大谷選手がリングのエプロンからリング下の相手に一廻転して体当たりをくわせようとしたようである。そのときの落ち方が悪く、堅い床に肩をぶつけたのだろう。

リング内に戻った大谷選手はもう右腕が動かない状態、いや、激痛にうずくまっている状態だった。レフェリーは「ギブアップするなら(試合を)止めてやるよ」と信じられないようなものいいで負けをすすめるのだが、大谷は結局、スリーパーを決められるまで試合をした。

選手がケガをし、明らかに異常な状態と認められたら、レフェリーなりドクターはすぐさま試合を止めなければならない。選手が闘う意志を示したとしても、あるいは、後の検査で異状がなかったとしてもそれが選手を守るためのルールなのだと選手は納得しなければならない。異常な状態の相手に勝ったところで、その勝利にはなんの意味もない。ただ嫌な気分が残るだけだろう。見る側もむかむかするだけだ。

全日本プロレスはこの点についてレフェリーの判断に任せるのではなく、明確な安全重視のルールを作らなければならない。さもなければ「明るく楽しい」というこの団体のモットーが泣く。

Tuesday, May 4, 2021

ゲーム実況者のための英語 (5)

  

Holy shit. 

Oh, there is the key. Okay. 

So the key is on top of this bookshelf1

To get on top of that.... 

Does this go back to the classroom?2 

I can't grab3 it. 

But I'm thinking we climb these things.....or not.4 

I'm still learning5 what kind of things we can climb. 

Oh, no. Get inside the box. 

Holy shit.6 What!7 I don't like that. I'm against it.8

 

ああ、鍵がある。よし。 

鍵は書棚の上にあると。 

書棚の上にたどりつくには……。 

ここから教室に戻れるのかな? 

つかめないね。 

ここをよじ登ろうと思うんだが……だめか。 

なにに登れるのか、まだよくわかってないんだ。 

まずい。 箱の中に入れ。

くそう。 なに! 虫ずが走る。 ああいうものには賛成できん。  

1. on top of this bookshelf 細かい点だが、on top of the bookshelf は「書棚のフレームの上に」、つまり「天井と向き合い、埃が溜まっている、天板の外側の部分に」を意味する。一方 on the top of the bookshelf は「書棚のいちばん上の棚に」である。 

2. 小さな主人公は現在教室の隣の物置のような小部屋にいる。 

3. grab は「つかむ」。ゲームで操作している主人公になにかをつかませるとき、ひろわせるとき、grab を使う。 

4. 正確には I'm wondering if ... not の構文を使うべきだが、口語ではこの程度の混乱はよく起きる。 

5. もちろん直訳すれば「学んでいる最中である」ということ。 

6. Holy shit! たんに Shit! とも言う。意味はおなじだが、だいたいいろいろな語がくっついた句のほうが語勢が強いと考えていい。 

7. What! 驚きを示す、基本中の基本の表現。ついでにいうと ChirisopherOdd 氏は驚いたときに What the frick! という句を多用する。いつか紹介する折りもあるかと思う。 

8. I'm against it は「わたしはそれに反対である」という意味。たんに「嫌いである」というレベルを超えて、「あんな首は認められん」と存在自体に憤慨している感じである。誰かの意見や提案に賛成である場合は I am for it. と言う。

Saturday, May 1, 2021

関口存男「趣味のドイツ語」

Eine geniale Erfindung

Ich habe eine geiale1 Erfindung2 gemacht3. Es handelt4 sich nämlich5 darum, Hasen6 mit Schnupftabak7 zu fangen. Das Verfahren8 ist verblüffend9 einfach. Sie wissen, alle genialen Erfindungen sind verblüffend einfach.

逐語訳:Ich 私は eine geniale Erfindung 一つの天才的な発明を habe......gemacht しました。nämlich というのは即ち Hasen 兎どもを mit Schnupftabak 嗅ぎ煙草で zu fangen 捕える Es handelt sich darum [熟語]という問題です。Das Verfahren そのやり方は verblüffend おどろくべきほど einfach 簡単 ist です。Sie wissen 貴君は御存じでしょう、alle すべての genialen Erfindungen 天才的な発明は verblüffend einfach おどろくべきほど簡単 sind です。

Genius 守護神【1】genial (天才的):「天才」という名詞は das Genie [ジェー]で、g を(原語たる)フランス語式に発音しますが、その形容詞である[ゲニール]の g はドイツ語式に発音します。これは、仏語の génie 以外に、ラテン語の Genius m. [ーニウス]というのが時に天才の意に用いられるから、それから形容詞を派生させたのです。Genius は、人間の一人一人について各々一柱づつ配属されていると云うことになっている「守護神」、「護り本尊」のことで、それを西洋人がどういう風に考えているかということを説明すると「天才」というものの考え方がよくわかります(フランス語の génie も結局ラテン語の genius から来て、本来は「天才」ではなく、やはり守護神の意なのですから)仏教の方でも、「仏性」という事を云います。つまり、どんな人間でも、その心の中には各々一体の「仏」が宿っていて、その仏は人々具足、個々円成(にんにんぐそく、ここえんじょう)、すなわち「一人一人がみんな一つづつ具えていて、その一つづつが皆それぞれ完全無欠な状態にある」のだそうです。西洋人の Genius もまずそれに近い考え方のもので、画などで見ると、よく天使のような姿をして、当人のうしろに立っていたり、頭のへんを飛びまわっていたりしますが、(だから Schutzengel [護りの天使]とも云います)、「仏性」様の方なら、さしづめ御当人のお臍か胸の中にでも結跏趺坐してござるところなんでしょうが、まだそんなオカシナ個性如来のお姿を絵や像でお見かけしたことはありません。けれども、とにかく人間という奴は、不知不識の間に、そういう Genius さまのお導きを受けて生きているということになっています。たとえば、何だかチョット「虫」のせいにするが(無理もないです、日本人ほど蛔虫の多い国民はないそうだから)、西洋人は Mein Genius hat mich davor gewarnt (私の守護神が私をそれに対して戒しめた)などと云う。その他、いわゆる「霊感」とか「怪我の功名」とか云ったような、あたり前ではそんなに巧く行くはずのない事はすべて此の Genius のせいにしてしまいます。ところが、世の中には、たとえば Mozart とか Edison とか云ったような、まるで Genius その者のような人が飛び出すことがある。そこで遂に天才のことを Genius というようになったのですが、しかし此の Genius というのは誇張していうのですから、滅多な場合に用いてはいけません。大抵は Genie (ジェー)というべきです。日本語の「天才」はやや濫用される傾向があるから、ドイツ語に訳する時には単に das Talent [タント](才)でよろしい。たとえば「語学の天才」なんてのは Sprachtalent で、Sprachgenie とは決して申しません。Genie は天才だが、天才は Genie に非ず。これ恰も、南瓜は野菜なるも、野菜は南瓜に非ざるが如し焉。
【2】Erfindung は「発明」で、「発見」(Entdeckung)と区別しておぼえること。
【3】habe......gemacht: have made.
Es handelt sich um ~に就て【4】Es handelt sich darum: これは熟語ゆえ、このままの形で覚えること。(ただし darum は um das ですから、Es handelt sich um ~という形が基礎をなしているわけです)。どういう意味かというと、「それは実はコウコウいうわけだ」とか「此処で問題になっているのはコレコレの件だ」とか云った場合に用いるのです。たとえば、人が大勢寄ってガヤガヤ騒いでいるとします。すると通りがかりの人は「いったい何事がおこったんですか?」(Ja, was ist denn los?)とか、あるいは「いったい何事なんです」(Worum handelt es sich? 直訳すると「それは・何の件をめぐって・みずからを・スッタモンダするか?」となります。handeln は英の deal で、スッタモンダする、ゴタゴタする、わたり合う)と云って問うでしょう。すると、仔細を知った人は、「泥棒がつかまったんです」とか何とかいう。此の「泥棒がつかまったんです」は、Nun, man hat einen Dieb gestellt (stellen は「御用!」と云って押さえること)と云ってもいいが、或いは「それが泥棒を中心としてそれ自身をスッタモンダする」(Es handelt sich um einen Dieb)と云ってもいい。要するに「仔細は云々だ」、「話は斯うだ」という時に用いる常套形式なので、しかも非常によく用いられる形式です。名詞の代りに長い文が来るときには um のところを darum として、その次に、本文のごとく、zu を伴う不定句を持ってきます。たとえば、「いったいどうしようというのだ?」という問に対して、「泥棒をつかまえようと云うわけなんだよ」と答えたい時には Es handelt sich darum, einen Dieb zu stellen と云います。
【5】nämlich: 「というのは即ち」、あるいは「実は」という副詞。この語は形容詞として用いると全然意味が変って、「同一の」という意になります。たとえば Die nämliche Person (同一人物)など。
【6】Hasen (兎):単数は der Hase (英:hare)で、弱変化男性名詞。
【7】Schnupftabak, m. (嗅ぎタバコ)日本人はあんまりやりませんが、西洋では、普通の、火をつけて吸うタバコ以外に、チウインガムみたいな Kautabak (噛みタバコ)と、それから、鼻の下にこすりつけてフンフンと嗅ぐ Schnupftabak というやつがあります。両方とも少し下司な趣味となっていますが、昔は嗅ぐ方は相当上品な紳士までやったものです。ちょうど、五六年も煙草入れの底に溜っていて発酵した刻みのようで、眼がチクチクするようなタバコです。
【8】Verfahren (英:process)いわゆる「やり方」「手順」です。die Methode (英:method)と云っても同じ。
【9】verblüffend (おどろく可きほど):「あれッ?と思うほど」です。verblüffen という動詞は、呆気に取られるように意表に出ておどろかすことを云います。(英:stun)。

 Also10, man nimmt11 eine Prise12 Schnupftabak und legt sie auf einen Stein. Und das ist auch13 die ganze Mühe, die man sich gibt14; das übrige15 übernimmt16 der Hase selbst. Er kommt aus dem Wald, tritt an den Stein heran17, riecht am18 Knaster19. Was dann geschieht20, können Sie sich21 leicht denken, wenn Sie die Wirkung des abscheulichen22 Krautes23 auf24 eine ahnungslose25 Nase kennen: das Tier26 muß27 niesen: ha--ha--hatschi!

逐語訳:Also すなわち man 吾人は eine Prise 一摘みの Schnupftabak 嗅ぎタバコを nimmt 取り、und そして sie それを auf einen Stein 石の上へ legt 置きます。Und そして das それが auch また man 吾人が sich 吾人自身に gibt 与える die ところの die ganze Mühe 凡ての労 ist なのです。der Hase selbst 兎自身が das übrige その余のことを übernimmt 引き受けます。Er かれは aus dem Wald 森の中から kommt 来ます、an den Stein 石に tritt heran 近づきます、am Knaster やくざ煙草を riecht 嗅ぎます。Was 何が dann その次に geschieht 起るかは wenn もし Sie あなたが des abscheulichen Krautes 此の醜悪なる草の auf eine ahnungslose Nase 何も御存じなき鼻に対する die Wirkung 効果を kennen 御存じである[ならば] Sie 貴君は leicht 容易に sich denken 想像することが können 御出来になります:das Tier 動物(兎の奴)は niesen くしゃみする muß のが必然です。ha--ha--hatschi! ハ……ハ……ハクション!

:【10】Also: 新たに話を起すときには、ドイツ人はよく also と云います。「では申しましょう」、「ではお聴きなさい」(Hören Sie mir also zu!)などという also (では)が常套形式化したものです。
【11】nimmt: 不定形:nehmen (英:take)つまり「取る」という語ですが、べつに手に取るとか何とか云ったハッキリした動作を考えてそう云うのではなく、こう云う際には大した意味もなく「取る」というのが英独その他の習慣です。「用いる」というのと同じです。たとえば、「例を取る」、「例を持って来る」、「例を引っぱる」、「例を持ち出す」、「例を引っぱり出して来る」などというのもそれで、例という奴はそんなに汗をかいて引っぱるほど重いものではないが、とにかく両手に唾をして引っ張って来る。西洋人も例(Beispiel)は「取」ったり「引っぱり寄せ」(heranziehen)たり「持ち出し」(hervorholen)たりします。此処の「タバコを取る」もそれで、英語では man の代りに you と云いますから、Man nimmt eine Prise Schnupftabak は英語でもやはり You take a pinch of snuff です。
【12】Prise: 元来はフランス語、タバコの「一服分」、すなわち刻みなどの「一つまみ」を云います。英語は現に「つまむ」という意の pinch を用いて a pinch of snuff と云います。ドイツ語では、of に相当する von も用いず、また二格形にもしません。Ein Glas Bier (一杯のビール)、Ein Stück Papier (一枚の紙)、Eine Schüssel Bohnen (一皿の豆)など凡て同様。
【13】auch: なぜ auch (また)という語が這入っているかというと、それは「それがまた全部の労力である」という文だからです。
【14】sich gibt: ここのところには sich die Mühe geben (労を執る)という熟語が基礎にあるのです。従って die Mühe, die man sich gibt は「吾人が執るところの労」です。英語には trouble (Mühe) という語があって、これは日本語の「労」と同じく「執る」(take trouble)と云いますが、ドイツ語の Mühe は「執る」と云わないで「自分に与える」と云うことになっているのです。
【15】das übrige (爾余のことは、それ以外のことは):übrig は「それ以外の」という形容詞。das weitere (その先のことは)というに同じ。こと『は』といっても、格は四格。たとえば男性名詞(der Rest, 「余り」)を用いたら den Rest となるでしょう。
【16】übernimmt (引き受ける):übernehmen (引きうける、引き継ぐ)は英語の overtake (追いつく)と構造が似ていますが、意味は overtake の方ではなくて take over の方です。
【17】tritt heran: herantreten (歩み寄る)という分離動詞。
対表面動作の an【18】riecht am Knaster (タバコを嗅ぐ):タバコ『を』嗅ぐ、なら riecht den Knaster と四格にしそうなところを an という前置詞を用います。或る物の表面にむかって行われる動作、即ち「嗅ぐ」、「なめる」、「吸う」、「磨く」、「こする」、「ひねる」、「引っぱる」、「噛む」等の動詞は、ドイツ語の特癖として、an という前置詞を介して名詞(の三格形)と結びつくことが多いのです:「米人はしょっちゅうチウインガムを噛んでいる」 Der Amerikaner kaut beständig an seinem Kaugummi; 「犬が骨をしゃぶる」 Der Hund knabbert am Knochen; 「猫が扉をガリガリと引っ掻いて、中へ入れてくれてと云う」 Die Katze kratzt an der Tür und will herein: 「獄囚が鉄格子にやすりを掛ける」 Der Sträfling fielt am Eisengitter; 「かれは盃の酒をチビチビ飲む」 Er nippt an seinem Becher; 「彼女は恥かしそうに自分のスカートに襞をつけてみたり伸ばしてみたりする」 Ganz verschämt faltet und entfaltet sie an ihrem Rock.
貶詞(Depretiativ)という現象について【19】Knaster, m. 「やくざタバコ」です。「やくざ」というのは、他に表現しようが無いからそう云ったのですが、Knaster ということば、それよりモット面白い気持を与える言葉なのです。日本語には、人間を意味する貶詞(たとえば「あの人」という代り「あの餓鬼」というなど)はあるが、物の場合には殆どありません。これは、これからドンドン製造してはどうかと思います。たとえば、同じタバコでも、バットやハッピイなんてのは、「ダバコ」と呼ぶことにしてはどうかと思う。Knaster はつまり「ダバコ」です。――ドイツ語では、犬(Hund)のことを Köter 、馬(Pferd)のことを Gaul、Klepper といったりする外、「物」(Ding, Sache)という代りに Zeug といったり、家(Wohnung)という代りに Nest (巣)とか Loch (穴)とかいったりするなど、貶詞活動はすこぶる旺盛です。日本もちっとその真似をして、頭を「ドタマ」(関西)というように、いろいろと貶詞を発明して感情のはけ口を拵えなければ、真にことだまの幸わう国と誇るわけには行きますまい。
【20】geschieht (起る、行われる):geschehen は、何か事が起る、すなわち vor sich gehen または vorgehen と同じ。was dann vor sich geht とも云います。
【21】sich denken: sich は三格の方の sich で、「自分に考える」即ち「念頭で想像する」ことです。
感情色彩に依る力点の移動について【22】abscheulich (いやな、けしからぬ、ひどい):「アップ・ョイリヒ」です。此の語のアクセントの在り場所に注意してください。この語は、普通一般の法則から云うと、ab- の所にアクセントがある筈なのです。たとえば abhängig (英の dependent)「依存的」はップヘンギヒであるようにです。ところが、此の abscheulich (ひどい)とか absonderlich (一風変った)とか ausgezeichnet (すばらしい)とか vollständig (すっかり、全然)とか ausführlich (くわしく)とか云ったような形容詞、副詞は、日常会話において、或る種の、「間投詞的」、「感嘆的」な力を以て投げ出すように、吐き出すように発音されることが多い結果、そういう場合のドイツ語の intonation の常套形式にあやかって、遂に「ップショイリヒ」が「アップョーイリヒ!」となってしまったのです。abhängig などという、感情色彩を持たない概念的な語は、まさか abhängig! などと云う場合はおこって来ませんから、そんなことにはなりません。(この現象は un- ではじまる語にも多くあります。unmöglich [可能に非ざる]は「ンメークリヒ」ですが、「まさか!」という unmöglich は「ウンーークリヒ」です。
【23】Kraut, n. (雑草):すでにタバコのことを Knaster と云ったから、こんどは目先を代えて、別の貶詞を用いたのです。
【24】auf: Wirkung (効果)というと必ず auf (……に対する)といいます。英でも effect といえば upon というでしょう。
【25】ahnungslos: 「何も御存じない」即ち「不用意な」の意。兎は、まさかクシャミの危険がひかえているとは思っていない。ごく無邪気な気持で、心に何も待ち設けず、いわゆる知らぬが仏の状態にあることを ahnungslos といい、その反対を gewarnt (警戒した)、gewitzigt (それと感づいた)といいます。
【26】Das Tier, n. 「動物」という語ですが、定冠詞がついているから「此の動物」で、即ち der Hase (兎)という代りです。(此の用法の原理に就いては、拙著「新独逸語大講座」下巻§128 に詳述)
【27】muß: 隔字体に注目! 此の müssen という動詞に非常に力がはいっているわけです。『どうしたってクシャミするの外はない』、『クシャミするのが自然科学的必然性である』ということ。

 Mit „ha--ha--“ holt28 er zum Niesen aus. Mit „hatschi!“ fährt29 er aber mit dem Kopfe gegen den harten Stein und ist auf der Stelle30 tot.

逐語訳:Mit „ha--ha--“ ハ……ハ……でもって er かれは zum Niesen くしゃみへと holt aus 身構えします。aber ところが Mit „hatschi!“ ハクション!でもって er かれは mit dem Kopfe 頭をもって gegen den harten Stein 固い石にむかって fährt 猛突します und そして auf der Stelle (熟語)たちどころに ist tot 死にます。

註:【28】ausholen: これは面白い動詞で、いわゆる「モーションをかける」という奴です。たとえば、ボールを投げるピッチャーなどは、とても複雑きわまる ausholen をやります(私は野球とか云うものは大嫌いだからよくは知らんが、あんな大袈裟な ausholen をしなければ投げられんのかね……こりゃマア余談だけど。)それから ausholen は zu と共に用います:Er räuspert sich und holt zu einer langen Rede aus (かれは長広舌を揮わんとして先ず咳払いをしてモーションをかける)。
【29】fährt: fahren という動詞は、英の dash と同じく、すさまじい勢で邁進する、或いは「サッと」迅速に動くことを意味します。吃驚して「ハッと起ち上がる」のも auffahren、内緒話をしていた人たちが悪い人に見つかって「さッとお互いに飛びのく」のも auseinanderfahren、突嗟の間に或る考えが「サッと念頭をかすめる」のも Ein Gedanke fährt mir durch den Kopf です。なお、本文の場合のように、頭をぶっつけるとか、泥溝に足をつっこむとか、人の財布に手をつっこむとかいった場合にはすべて mit を用います:『誰かがサッと私の上着のポケットに手をつっこんだ』 Es fuhr mir jemand mit der Hand in die Tasche.
【30】auf der Stelle: 「その場で」「たちどころに」西洋語も日本語も、『すぐその現場で』という空間的な表現によって『即刻』、『ただちに』という時間的副詞に用いるところは期せずして一致しているから面白いではありませんか。(英語にも on the spot というのがあり、仏語にも sur-le-champ というのがありますが、みな「場所の上で」という構造です)

意訳:僕は一つの天才的な発明をしました。というのは、ほかでもない、嗅ぎ煙草で兎を捕る方法です。しかも驚くべきほど簡単なんです。御存じの通り、いったい天才的な発明というやつは、すべて驚くべきほど簡単なものです。
 まず煙草を一摘み持って行って、石の上に置くのです。それでモウ仕事は全部すんだので、それから先は兎にまかせておけば好いのです。兎はまず森から出て来て、石に近づき、タバコを嗅ぎます。嗅ぐとどういう事になるか、それはいったい此のタバコという奴の不用意な鼻に対する覿面の効果を御存じの皆様方には改めて申し上げるまでもありますまい。理の当然として兎はハ……ハ……ハックショイ! とやります。
 ハ……ハ……でもって先ずくしゃみの準備姿勢をととのえ、ハックショイ! でもって勢よく石に頭を叩きつける、そしてコロリと参る、という寸法です。

英語読解のヒント(111)

111. never so / ever so (1) 基本表現と解説 He looked never so healthy. 「彼がそのように健康そうに見えたことは今までになかった」 He looked ever so healthy. 「彼はじつに健康そうに見...