Saturday, May 1, 2021

関口存男「趣味のドイツ語」

Eine geniale Erfindung

Ich habe eine geiale1 Erfindung2 gemacht3. Es handelt4 sich nämlich5 darum, Hasen6 mit Schnupftabak7 zu fangen. Das Verfahren8 ist verblüffend9 einfach. Sie wissen, alle genialen Erfindungen sind verblüffend einfach.

逐語訳:Ich 私は eine geniale Erfindung 一つの天才的な発明を habe......gemacht しました。nämlich というのは即ち Hasen 兎どもを mit Schnupftabak 嗅ぎ煙草で zu fangen 捕える Es handelt sich darum [熟語]という問題です。Das Verfahren そのやり方は verblüffend おどろくべきほど einfach 簡単 ist です。Sie wissen 貴君は御存じでしょう、alle すべての genialen Erfindungen 天才的な発明は verblüffend einfach おどろくべきほど簡単 sind です。

Genius 守護神【1】genial (天才的):「天才」という名詞は das Genie [ジェー]で、g を(原語たる)フランス語式に発音しますが、その形容詞である[ゲニール]の g はドイツ語式に発音します。これは、仏語の génie 以外に、ラテン語の Genius m. [ーニウス]というのが時に天才の意に用いられるから、それから形容詞を派生させたのです。Genius は、人間の一人一人について各々一柱づつ配属されていると云うことになっている「守護神」、「護り本尊」のことで、それを西洋人がどういう風に考えているかということを説明すると「天才」というものの考え方がよくわかります(フランス語の génie も結局ラテン語の genius から来て、本来は「天才」ではなく、やはり守護神の意なのですから)仏教の方でも、「仏性」という事を云います。つまり、どんな人間でも、その心の中には各々一体の「仏」が宿っていて、その仏は人々具足、個々円成(にんにんぐそく、ここえんじょう)、すなわち「一人一人がみんな一つづつ具えていて、その一つづつが皆それぞれ完全無欠な状態にある」のだそうです。西洋人の Genius もまずそれに近い考え方のもので、画などで見ると、よく天使のような姿をして、当人のうしろに立っていたり、頭のへんを飛びまわっていたりしますが、(だから Schutzengel [護りの天使]とも云います)、「仏性」様の方なら、さしづめ御当人のお臍か胸の中にでも結跏趺坐してござるところなんでしょうが、まだそんなオカシナ個性如来のお姿を絵や像でお見かけしたことはありません。けれども、とにかく人間という奴は、不知不識の間に、そういう Genius さまのお導きを受けて生きているということになっています。たとえば、何だかチョット「虫」のせいにするが(無理もないです、日本人ほど蛔虫の多い国民はないそうだから)、西洋人は Mein Genius hat mich davor gewarnt (私の守護神が私をそれに対して戒しめた)などと云う。その他、いわゆる「霊感」とか「怪我の功名」とか云ったような、あたり前ではそんなに巧く行くはずのない事はすべて此の Genius のせいにしてしまいます。ところが、世の中には、たとえば Mozart とか Edison とか云ったような、まるで Genius その者のような人が飛び出すことがある。そこで遂に天才のことを Genius というようになったのですが、しかし此の Genius というのは誇張していうのですから、滅多な場合に用いてはいけません。大抵は Genie (ジェー)というべきです。日本語の「天才」はやや濫用される傾向があるから、ドイツ語に訳する時には単に das Talent [タント](才)でよろしい。たとえば「語学の天才」なんてのは Sprachtalent で、Sprachgenie とは決して申しません。Genie は天才だが、天才は Genie に非ず。これ恰も、南瓜は野菜なるも、野菜は南瓜に非ざるが如し焉。
【2】Erfindung は「発明」で、「発見」(Entdeckung)と区別しておぼえること。
【3】habe......gemacht: have made.
Es handelt sich um ~に就て【4】Es handelt sich darum: これは熟語ゆえ、このままの形で覚えること。(ただし darum は um das ですから、Es handelt sich um ~という形が基礎をなしているわけです)。どういう意味かというと、「それは実はコウコウいうわけだ」とか「此処で問題になっているのはコレコレの件だ」とか云った場合に用いるのです。たとえば、人が大勢寄ってガヤガヤ騒いでいるとします。すると通りがかりの人は「いったい何事がおこったんですか?」(Ja, was ist denn los?)とか、あるいは「いったい何事なんです」(Worum handelt es sich? 直訳すると「それは・何の件をめぐって・みずからを・スッタモンダするか?」となります。handeln は英の deal で、スッタモンダする、ゴタゴタする、わたり合う)と云って問うでしょう。すると、仔細を知った人は、「泥棒がつかまったんです」とか何とかいう。此の「泥棒がつかまったんです」は、Nun, man hat einen Dieb gestellt (stellen は「御用!」と云って押さえること)と云ってもいいが、或いは「それが泥棒を中心としてそれ自身をスッタモンダする」(Es handelt sich um einen Dieb)と云ってもいい。要するに「仔細は云々だ」、「話は斯うだ」という時に用いる常套形式なので、しかも非常によく用いられる形式です。名詞の代りに長い文が来るときには um のところを darum として、その次に、本文のごとく、zu を伴う不定句を持ってきます。たとえば、「いったいどうしようというのだ?」という問に対して、「泥棒をつかまえようと云うわけなんだよ」と答えたい時には Es handelt sich darum, einen Dieb zu stellen と云います。
【5】nämlich: 「というのは即ち」、あるいは「実は」という副詞。この語は形容詞として用いると全然意味が変って、「同一の」という意になります。たとえば Die nämliche Person (同一人物)など。
【6】Hasen (兎):単数は der Hase (英:hare)で、弱変化男性名詞。
【7】Schnupftabak, m. (嗅ぎタバコ)日本人はあんまりやりませんが、西洋では、普通の、火をつけて吸うタバコ以外に、チウインガムみたいな Kautabak (噛みタバコ)と、それから、鼻の下にこすりつけてフンフンと嗅ぐ Schnupftabak というやつがあります。両方とも少し下司な趣味となっていますが、昔は嗅ぐ方は相当上品な紳士までやったものです。ちょうど、五六年も煙草入れの底に溜っていて発酵した刻みのようで、眼がチクチクするようなタバコです。
【8】Verfahren (英:process)いわゆる「やり方」「手順」です。die Methode (英:method)と云っても同じ。
【9】verblüffend (おどろく可きほど):「あれッ?と思うほど」です。verblüffen という動詞は、呆気に取られるように意表に出ておどろかすことを云います。(英:stun)。

 Also10, man nimmt11 eine Prise12 Schnupftabak und legt sie auf einen Stein. Und das ist auch13 die ganze Mühe, die man sich gibt14; das übrige15 übernimmt16 der Hase selbst. Er kommt aus dem Wald, tritt an den Stein heran17, riecht am18 Knaster19. Was dann geschieht20, können Sie sich21 leicht denken, wenn Sie die Wirkung des abscheulichen22 Krautes23 auf24 eine ahnungslose25 Nase kennen: das Tier26 muß27 niesen: ha--ha--hatschi!

逐語訳:Also すなわち man 吾人は eine Prise 一摘みの Schnupftabak 嗅ぎタバコを nimmt 取り、und そして sie それを auf einen Stein 石の上へ legt 置きます。Und そして das それが auch また man 吾人が sich 吾人自身に gibt 与える die ところの die ganze Mühe 凡ての労 ist なのです。der Hase selbst 兎自身が das übrige その余のことを übernimmt 引き受けます。Er かれは aus dem Wald 森の中から kommt 来ます、an den Stein 石に tritt heran 近づきます、am Knaster やくざ煙草を riecht 嗅ぎます。Was 何が dann その次に geschieht 起るかは wenn もし Sie あなたが des abscheulichen Krautes 此の醜悪なる草の auf eine ahnungslose Nase 何も御存じなき鼻に対する die Wirkung 効果を kennen 御存じである[ならば] Sie 貴君は leicht 容易に sich denken 想像することが können 御出来になります:das Tier 動物(兎の奴)は niesen くしゃみする muß のが必然です。ha--ha--hatschi! ハ……ハ……ハクション!

:【10】Also: 新たに話を起すときには、ドイツ人はよく also と云います。「では申しましょう」、「ではお聴きなさい」(Hören Sie mir also zu!)などという also (では)が常套形式化したものです。
【11】nimmt: 不定形:nehmen (英:take)つまり「取る」という語ですが、べつに手に取るとか何とか云ったハッキリした動作を考えてそう云うのではなく、こう云う際には大した意味もなく「取る」というのが英独その他の習慣です。「用いる」というのと同じです。たとえば、「例を取る」、「例を持って来る」、「例を引っぱる」、「例を持ち出す」、「例を引っぱり出して来る」などというのもそれで、例という奴はそんなに汗をかいて引っぱるほど重いものではないが、とにかく両手に唾をして引っ張って来る。西洋人も例(Beispiel)は「取」ったり「引っぱり寄せ」(heranziehen)たり「持ち出し」(hervorholen)たりします。此処の「タバコを取る」もそれで、英語では man の代りに you と云いますから、Man nimmt eine Prise Schnupftabak は英語でもやはり You take a pinch of snuff です。
【12】Prise: 元来はフランス語、タバコの「一服分」、すなわち刻みなどの「一つまみ」を云います。英語は現に「つまむ」という意の pinch を用いて a pinch of snuff と云います。ドイツ語では、of に相当する von も用いず、また二格形にもしません。Ein Glas Bier (一杯のビール)、Ein Stück Papier (一枚の紙)、Eine Schüssel Bohnen (一皿の豆)など凡て同様。
【13】auch: なぜ auch (また)という語が這入っているかというと、それは「それがまた全部の労力である」という文だからです。
【14】sich gibt: ここのところには sich die Mühe geben (労を執る)という熟語が基礎にあるのです。従って die Mühe, die man sich gibt は「吾人が執るところの労」です。英語には trouble (Mühe) という語があって、これは日本語の「労」と同じく「執る」(take trouble)と云いますが、ドイツ語の Mühe は「執る」と云わないで「自分に与える」と云うことになっているのです。
【15】das übrige (爾余のことは、それ以外のことは):übrig は「それ以外の」という形容詞。das weitere (その先のことは)というに同じ。こと『は』といっても、格は四格。たとえば男性名詞(der Rest, 「余り」)を用いたら den Rest となるでしょう。
【16】übernimmt (引き受ける):übernehmen (引きうける、引き継ぐ)は英語の overtake (追いつく)と構造が似ていますが、意味は overtake の方ではなくて take over の方です。
【17】tritt heran: herantreten (歩み寄る)という分離動詞。
対表面動作の an【18】riecht am Knaster (タバコを嗅ぐ):タバコ『を』嗅ぐ、なら riecht den Knaster と四格にしそうなところを an という前置詞を用います。或る物の表面にむかって行われる動作、即ち「嗅ぐ」、「なめる」、「吸う」、「磨く」、「こする」、「ひねる」、「引っぱる」、「噛む」等の動詞は、ドイツ語の特癖として、an という前置詞を介して名詞(の三格形)と結びつくことが多いのです:「米人はしょっちゅうチウインガムを噛んでいる」 Der Amerikaner kaut beständig an seinem Kaugummi; 「犬が骨をしゃぶる」 Der Hund knabbert am Knochen; 「猫が扉をガリガリと引っ掻いて、中へ入れてくれてと云う」 Die Katze kratzt an der Tür und will herein: 「獄囚が鉄格子にやすりを掛ける」 Der Sträfling fielt am Eisengitter; 「かれは盃の酒をチビチビ飲む」 Er nippt an seinem Becher; 「彼女は恥かしそうに自分のスカートに襞をつけてみたり伸ばしてみたりする」 Ganz verschämt faltet und entfaltet sie an ihrem Rock.
貶詞(Depretiativ)という現象について【19】Knaster, m. 「やくざタバコ」です。「やくざ」というのは、他に表現しようが無いからそう云ったのですが、Knaster ということば、それよりモット面白い気持を与える言葉なのです。日本語には、人間を意味する貶詞(たとえば「あの人」という代り「あの餓鬼」というなど)はあるが、物の場合には殆どありません。これは、これからドンドン製造してはどうかと思います。たとえば、同じタバコでも、バットやハッピイなんてのは、「ダバコ」と呼ぶことにしてはどうかと思う。Knaster はつまり「ダバコ」です。――ドイツ語では、犬(Hund)のことを Köter 、馬(Pferd)のことを Gaul、Klepper といったりする外、「物」(Ding, Sache)という代りに Zeug といったり、家(Wohnung)という代りに Nest (巣)とか Loch (穴)とかいったりするなど、貶詞活動はすこぶる旺盛です。日本もちっとその真似をして、頭を「ドタマ」(関西)というように、いろいろと貶詞を発明して感情のはけ口を拵えなければ、真にことだまの幸わう国と誇るわけには行きますまい。
【20】geschieht (起る、行われる):geschehen は、何か事が起る、すなわち vor sich gehen または vorgehen と同じ。was dann vor sich geht とも云います。
【21】sich denken: sich は三格の方の sich で、「自分に考える」即ち「念頭で想像する」ことです。
感情色彩に依る力点の移動について【22】abscheulich (いやな、けしからぬ、ひどい):「アップ・ョイリヒ」です。此の語のアクセントの在り場所に注意してください。この語は、普通一般の法則から云うと、ab- の所にアクセントがある筈なのです。たとえば abhängig (英の dependent)「依存的」はップヘンギヒであるようにです。ところが、此の abscheulich (ひどい)とか absonderlich (一風変った)とか ausgezeichnet (すばらしい)とか vollständig (すっかり、全然)とか ausführlich (くわしく)とか云ったような形容詞、副詞は、日常会話において、或る種の、「間投詞的」、「感嘆的」な力を以て投げ出すように、吐き出すように発音されることが多い結果、そういう場合のドイツ語の intonation の常套形式にあやかって、遂に「ップショイリヒ」が「アップョーイリヒ!」となってしまったのです。abhängig などという、感情色彩を持たない概念的な語は、まさか abhängig! などと云う場合はおこって来ませんから、そんなことにはなりません。(この現象は un- ではじまる語にも多くあります。unmöglich [可能に非ざる]は「ンメークリヒ」ですが、「まさか!」という unmöglich は「ウンーークリヒ」です。
【23】Kraut, n. (雑草):すでにタバコのことを Knaster と云ったから、こんどは目先を代えて、別の貶詞を用いたのです。
【24】auf: Wirkung (効果)というと必ず auf (……に対する)といいます。英でも effect といえば upon というでしょう。
【25】ahnungslos: 「何も御存じない」即ち「不用意な」の意。兎は、まさかクシャミの危険がひかえているとは思っていない。ごく無邪気な気持で、心に何も待ち設けず、いわゆる知らぬが仏の状態にあることを ahnungslos といい、その反対を gewarnt (警戒した)、gewitzigt (それと感づいた)といいます。
【26】Das Tier, n. 「動物」という語ですが、定冠詞がついているから「此の動物」で、即ち der Hase (兎)という代りです。(此の用法の原理に就いては、拙著「新独逸語大講座」下巻§128 に詳述)
【27】muß: 隔字体に注目! 此の müssen という動詞に非常に力がはいっているわけです。『どうしたってクシャミするの外はない』、『クシャミするのが自然科学的必然性である』ということ。

 Mit „ha--ha--“ holt28 er zum Niesen aus. Mit „hatschi!“ fährt29 er aber mit dem Kopfe gegen den harten Stein und ist auf der Stelle30 tot.

逐語訳:Mit „ha--ha--“ ハ……ハ……でもって er かれは zum Niesen くしゃみへと holt aus 身構えします。aber ところが Mit „hatschi!“ ハクション!でもって er かれは mit dem Kopfe 頭をもって gegen den harten Stein 固い石にむかって fährt 猛突します und そして auf der Stelle (熟語)たちどころに ist tot 死にます。

註:【28】ausholen: これは面白い動詞で、いわゆる「モーションをかける」という奴です。たとえば、ボールを投げるピッチャーなどは、とても複雑きわまる ausholen をやります(私は野球とか云うものは大嫌いだからよくは知らんが、あんな大袈裟な ausholen をしなければ投げられんのかね……こりゃマア余談だけど。)それから ausholen は zu と共に用います:Er räuspert sich und holt zu einer langen Rede aus (かれは長広舌を揮わんとして先ず咳払いをしてモーションをかける)。
【29】fährt: fahren という動詞は、英の dash と同じく、すさまじい勢で邁進する、或いは「サッと」迅速に動くことを意味します。吃驚して「ハッと起ち上がる」のも auffahren、内緒話をしていた人たちが悪い人に見つかって「さッとお互いに飛びのく」のも auseinanderfahren、突嗟の間に或る考えが「サッと念頭をかすめる」のも Ein Gedanke fährt mir durch den Kopf です。なお、本文の場合のように、頭をぶっつけるとか、泥溝に足をつっこむとか、人の財布に手をつっこむとかいった場合にはすべて mit を用います:『誰かがサッと私の上着のポケットに手をつっこんだ』 Es fuhr mir jemand mit der Hand in die Tasche.
【30】auf der Stelle: 「その場で」「たちどころに」西洋語も日本語も、『すぐその現場で』という空間的な表現によって『即刻』、『ただちに』という時間的副詞に用いるところは期せずして一致しているから面白いではありませんか。(英語にも on the spot というのがあり、仏語にも sur-le-champ というのがありますが、みな「場所の上で」という構造です)

意訳:僕は一つの天才的な発明をしました。というのは、ほかでもない、嗅ぎ煙草で兎を捕る方法です。しかも驚くべきほど簡単なんです。御存じの通り、いったい天才的な発明というやつは、すべて驚くべきほど簡単なものです。
 まず煙草を一摘み持って行って、石の上に置くのです。それでモウ仕事は全部すんだので、それから先は兎にまかせておけば好いのです。兎はまず森から出て来て、石に近づき、タバコを嗅ぎます。嗅ぐとどういう事になるか、それはいったい此のタバコという奴の不用意な鼻に対する覿面の効果を御存じの皆様方には改めて申し上げるまでもありますまい。理の当然として兎はハ……ハ……ハックショイ! とやります。
 ハ……ハ……でもって先ずくしゃみの準備姿勢をととのえ、ハックショイ! でもって勢よく石に頭を叩きつける、そしてコロリと参る、という寸法です。

独逸語大講座(20)

Als die Sonne aufging, wachten die drei Schläfer auf. Sofort sahen sie, wie 1 schön die Gestalt war. Jeder von ihnen verliebte sich in 2 d...