Friday, February 28, 2020

マイルズ・バートン「ガントレイの死」(1932)

作者のマイルズ・バートンはジョン・ロードのペンネームでも多くのミステリを書いている。本作は彼の作品の中でも相当に出来のいいほうだと思う。

謎の中心には新聞社の社長ガントレイ氏の死と、彼の兄の妻レディ・ガントレイの死がある。両者の遺言状の内容上、もしもガントレイ氏が先に死に、次にレディ・ガントレイが死んだ場合は、膨大な遺産はチャドウィック兄妹へと受け継がれる。しかしその順番が逆になった場合はハリントン兄妹に受け継がれることになっていた。

実際はどうなったかというと、レディ・ガントレイがまず死に、その数日後にガントレイ氏が殺害された。つまり二番目のケースが起きた。

当然ハリントン兄妹が利益享受者としてガントレイ殺害の容疑者として疑われる。レディ・ガントレイは事故が起きて、そのショックで亡くなるのだが、その死も彼らの仕組んだことではないかと警察は考える。

はたしてそうなのか。探偵役のメリオンの推理やいかに。

構成がしっかりしていて、中だるみのない、いい作品である。物語の最後で目の覚めるような推理が展開されるわけではないが、探偵役のメリオンの説明は、間違った推測をする刑事達の盲点を突いていて、説得力がある。論理をてこに、物語の様相をがらりと変えるミステリ黄金期の定型を踏んだ、風格のただよう作品。

Thursday, February 27, 2020

ロン・ハバート

アメリカにいたころ見知らぬ人からロン・ハバートの「ダイアネティックス」を読むよう勧められたことが何度かある。彼らはロン・ハバートの熱心な教徒なのだろう。おれはこれを読んで人生が変わった、ぜひ、お前も読んでくれ。上海では身だしなみのいい若い女性からよくアムウェイに入れと勧められ、この違いはなんなのだろうと考え込んでしまった。

でもそんなことはどうでもいい。わたしはダイアネティックスには興味はないが、ロン・ハバートの小説は面白いと思っている。パルプ小説的熱量をあれだけ放出している作家はめずらしい。SF好きで彼に興味があるなら Battlefield Earth あたりを手に取ってみてほしい。長大な小説だけれど、ついつい最後まで読んでしまう。

今日、プロジェクト・グーテンバーグの新刊(?)一覧を見たら、なんとハバートの Strain という短編が出ていた。「アスタウンディング・サイエンス・フィクション」1942年4月号に出ていた作品だ。こういう雑誌に掲載された短編は、著者が著作権の更新をせず、パブリックドメイン入りしていることがある。PGはそれをしっかり調べた上でデジタル化しているのだ。(調べないと、とんでもない著作権違反金をふんだくられる)ハバートの作品がPGに収録されるのはこれがはじめてのようだから、うれしいニュースである。もしも日本で彼の作品が著作権切れになったら、わたしはまっさきに Mission Earth を訳すだろう。SFの分野ではディックと並んで彼の作品が面白いと思っている。

Monday, February 24, 2020

COLLECTION OF ENGLISH IDIOMS

早稲田大學敎授 深澤裕次郎著
應用英文解釋法
東京英文週報社發行

(p. 89-92)

範例
I
Published, as it was, at such a time, his work attracted much attention.

II
Coming out, as it did, at such a time, his work attracted much attention.

I & II
實際斯樣な際に出版されたから、彼の著書は多大の注意を惹いた。

解説
I
(a) Published, as it was, at such a time, his work attracted much attention.
(b) Published at such a time, his work attracted much attention.

II
(a) Coming out, as it did, at such a time, his work attracted much attention.
(b) Coming out at such a time, his work attracted much attention.

(a) と (b) とは意味に於て異なる所なし、唯 (a) の前の Verb を反復する爲に用ひたる as it was (published), as it did (=came out) なる Adverbial Clause を用ひ文意を強めたるに過ぎず。

 As it was |
  As it did |は「彼が如く」又は「實際」など譯す可し。

〔註一〕I の Published の如く Past Participle を用ひたる場合は(,)の有無に依りて次の如き差を生ず。
(1) Published, as it was, ......
    實際(又は、あの通り)出版されたから。
(2) Published as it was, ......
 |Published, ......
 |Being published, ......
=|As it was published, ......
 |Since it was published, ......
 出版されたから。

 |Published though it was, ......
=|Though it was published, ......
 出版されたけれども。

 即ち (1) に在りては as(=如く)は比較を示し、(2) に在りては(前後の關係に依り)as(=「故に」「とも」)は理由又は讓歩を示すことあり。

〔註二〕II の Coming (out) の如く Present Participle を用ひたる場合には I の如き區別なきが故に(,)を附する事あり、附せざる事あり、何れにても可なり。

用例
1.  Coming as it did at a period of exceptional dullness, it attracted perhaps rather more attention than it deserved.
    C. Doyle
    この事は珍らしく事件の無い時に起つたので恐くは一段世間の注意を惹いたので有らう。

2.  Opening too, as we do, an asylum for strangers from every portion of the earth, we should receive all with impartiality.
    W. Irving
    吾人は實際世界各國から遁れて來る人の爲に避難所を開いて居るのだから、總ての人々を公平無私に迎へねばならないのである。

3.  Living as she had done, in the midst of the teeming plenty of a fruitful earth, she did not seem to be able to grasp the fact that there are millions who from day to day know not how to stay their hunger.
    H. R. Haggard
    今日まで暮して來たやうに澤山の天産物の中で暮して居るのであるから、彼女には歐羅巴には日々飢を凌ぐ事の出來ない人間が幾百萬あるか分らぬと云ふ事が了解出來ないやうであつた。

4.  It would be tedious if given in the beadle's words: occupying, as it did, some twenty minutes in the telling; but the sum and substance of it was, that Oliver was a foundling, born of low and vicious parents.
    C. Dickens
    それは實際話すのに物の二十分も掛つたのだから其取締り自身の言で話したら中々果てしが無いが要するにオリヴーは賤しい質(たち)の惡い親から生れた棄兒だと云ふ事であつた。
  the sum and substance (=the gist) 要領。born of より生れたる。

5.  All of which, creating, as it does, a good deal of disturbance in the house, must be a great relief to the feelings of a man in the blues, rows being the only form of amusement in which he can take any interest.
    J. K. Jerome
    これ等は皆、實際家の中に大騒動を惹起するので氣の無者苦者して居る人には大に氣晴らしになるに違ひない、と云ふのは彼が興味を感ずる唯一の娯樂は喧嘩だからだ。
  a great relief to the feelings 心を大に慰めるもの。in the blues (=in low spirits) 氣が無者苦者して居る、氣がふさいで居る

6.  Possessing, then, as England does, the fountain head from whence the literature of the language flows, how completely is it in her power, and how truly is it her duty, to make it the medium of amiable and magnanimous feeling, a stream where the two nations might meet together, and drink in peace and kindness.
    W. Irving
  a stream は medium と同格なり。
    然らば、英國は英文學の流れ出づる源をもつて居るので有るから、それをして温柔雅量ある感情を生ずる媒介たらしめ、兩國民が相會し、心のどかに親しく、その水を掬つて飲む可き清流たらしむるは、英國の完全に實行し得る所であり、また、實に英國の義務であるのだ。

Sunday, February 23, 2020

近況報告

今度アマゾンから出そうと思っているのはルネ・フュレップ=ミラーの戦争小説 The Night of Time である。ルネ・フュレップ=ミラーを知っている人はドイツ文化の専門家でもないかぎり、いないだろう。オーストリア生まれで、本職は文化史研究家である。しかし彼の小説は英語に翻訳され、非常に高い評価を得た。第一次世界大戦は、すべての戦争を終わらせる戦争と呼ばれたが、彼の小説は、すべての戦争小説を終わらせる戦争小説と称された。実際読んでみると、多少冗長な部分がなきにしもあらずだが、シュールな描写でありながら、奇妙にリアルさを感じさせる面白い作品だった。しかもわたしがこのところ考えている問題がこの作品の中でも問われていると思った。それはトポロジカルな反転の問題である。

こんな場面がある。主人公の兵士アダムはドロヒッツという街への行軍の最中に、仲間とそこにある娼館の噂話をする。この娼館にはルドミラという有名な女がいて、その胸は軍隊が行進できるほど大きいのだと云う。

このときに反転が生じる。軍隊の行軍はメビウスの帯の上を行進しているかのように、いつの間にか反転して、異なる領域へ通じてしまうのだ。(これは今日出海の「山中放浪」でも起きている)

アダムが所属する大隊は最高司令部から「三一七高地へ援軍の部隊を送れ」という指示を受ける。そしてアダムのいる中隊がその任に当てられるのだ。この三一七高地というのが「敵の攻撃を自分にひきつけ、味方の別部隊が敵陣を襲う準備ができるまで、耐え抜く」という命令を受けている。

精神分析を知っている人なら、娼館の話は「欲望」の領域に属するが、敵の攻撃を絶えず引きつけ(自分らを殲滅せんとする敵の欲望を絶えず引き出し)かつそれをそのたびに(反復的に)挫折させるのが任務である三一七高地は「欲動」の領域になることがわかるだろう。つまりアダムは「欲望」の領域から「死の欲動」へと移行(反転)する。

火野葦平の「青春と泥濘」にも、頭を失っても動き回るアリという形象のなかに死の欲動が描かれていたが、ルネ・フュレップ=ミラーはこの小説のなかで、それを真っ向から主題化しようとしている。フロイトは第一次世界大戦に参戦した兵士達のPTSDを調べて「死の欲動」を考えたが、ルネ・フュレップ=ミラーはそれを小説の形で考察しようとしているのではないか。(彼は第一次大戦の際、ロシア戦線に従軍している)そういう作品なら訳す価値は十分にあるだろうと、そう思った。

シュールな戦争小説といえば「カチアートを追って」という名作がすぐに思い浮かぶが、本作もそれに負けないくらい興味深く、考えさせる力を持っている。しかも今ではほとんど完全に忘れ去られた作家なので、埋もれた名作に焦点を当てているわたしのプロジェクトにはぴったりの作品だ。できれば三月中に出したいと思っているが、そのへんはよくわからない。

Friday, February 21, 2020

白井喬二 「忍術己來也」

以前、今日出海の「山中放浪」を読んでいたら、台湾の日本語新聞に白井喬二の小説が連載されていたという記述があった。それで急に白井喬二が読みたくなって、国立国会図書館デジタルコレクションを調べたら上記の本があったので pdf 版をダウンロードしてみた。いやはや、予想以上の面白さ。白井喬二のストーリーテリングのうまさには舌を巻いた。

己來也という忍術をよくする怪盗と、面師でこれまた忍術を使う下衛門との忍術合戦が主眼となる大衆小説だが、ほとんど息を継ぐ間もないほど次から次へと事件が起きる。語りは講談口調で(いや、あれよりももうちょいと洗練されている)、人の憂いや悲しみといった側面にはいっさい触れない。徹底してわくわく、どきどきし、楽しんでもらおうという書き方。これは日本のペニードレッドフルだと思う。久しぶりに十九世紀のおどろおどろしい小説でも読んでみようか。

Wednesday, February 19, 2020

チャンピオン・カーニバル

すでに旧聞にぞくするが、今年のチャンピオン・カーニバルのメンツが決まった。この大会に出場する顔ぶれはここ数年、年を追うごとにはなやかに、豪勢になっているのだが、今年はデイビーボーイ・スミス・Jr と杉浦貴のおかげでとりわけ面白くなりそうだ。チャンピオンや王者が多数そろい、しかも巨体の持ち主、勢いのある選手ばかりが集まった。

若手と中堅選手のバランスもいい。ただ外国人選手の中にジョーとジェイムズがいないのは残念。ジェイムズは去年怪我で欠場して以来、姿を見ていないが、活動場所を変えたのだろうか。

わたしが注目するのは神谷英慶、吉田綾斗、入江茂弘の三人。いずれも実力者だが、スーパーヘビーを相手にどれだけ戦えるかはよくわからない。神谷は普段はおとなしそうな好青年だ。しかし突進力があり、がむしゃらに向かっていく姿は迫力がある。あのファイティング・スタイルは全日本に近いのではないか。吉田は数試合しか見ていないのだが、手足が長く、絞め技に力強さがある。入江は愛嬌のある顔をしているが、動きが機敏で自分の体重をうまく使って攻める。全日本の若手にも言えるが、この大会でどれだけ暴れられるか、それを今後の活躍にどう結び付けるか、それが問われることになるだろう。

どの試合も熱戦は必至。星のつぶし合いになって、後半戦の戦いは苛烈なものになるだろう。怪我には十分注意して欲しい。

Monday, February 17, 2020

喜ばしい再刊

ディーン・ストリート・プレスから近々ロイ・ホーニマンの傑作「イズリアル・ランク」が再刊されるそうだ。以前わたしは Internet Archive からダウンロードしてむさぼるように読んだことがある。この作品は映画されていて、アレック・ギネスの名演で御存じの方もあるかもしれない。映画版のタイトルは Kind Hearts and Coronets。これも Internet Archive で見ることが出来る。

しかしトッド・ロビンスの The Unholy Three もそうだが、映画よりも原作の方が数等面白い。「イズリアル・ランク」は連続殺人の物語なのだが、殺人者であり語り手でもある男の冷笑的な、人種差別的な、なんともいえないいやらしさが、この作品に独特の風貌を与えている。そのひねた感触が映画ではまったく消去されている。

この本は異なる出版社から何度か再刊されているはずだが、それでもまだ「知られざる傑作」のままに終わっているような気がする。不思議なことだ。パトリック・ハミルトンなどもときどき熱狂的な支持者の声を聞くが――そしてその作品の質は非常に高いのだが――なぜか決して重要作家の仲間入りはしない。常に周縁的な作家と見なされている。ベストセラー作家の作品よりはるかに繊細で味わい深いというのに。

こういう作家の本はとにかく出版社が何度も再刊し、読者の目の触れるところに押し出すよう努力するしかない。わたしも隠れた名作を世に知らしめたいと思って翻訳している。訳すだけではなく、その作品の価値が理解されるように解説にも気を配っているつもりだ。もちろんわたしの実力不足で、いくらその作品のすばらしさを感じていても、それを個人的な印象批評ではなく、ある種の論理性を持った説明に置き換えることができないことは、ままあるのだけれど。

ディーン・ストリート・プレスはヘンリエッタ・クランドンやラッドフォード夫妻の古典的ミステリも再刊する予定のようだ。とても全部は読めそうもないが、楽しみだ。

Saturday, February 15, 2020

基準独文和訳法

権田保之助著
有朋堂発行
「基準独文和訳法」より

問題2(p.42)

Wir wissen zur Genüge, daß es nicht auf den Einzelnen allein ankommt - das Zusammenwirken aller in Betracht kommenden Faktoren kann erst ein neues Theater erzeugen, nicht etwas, das dem bürgerlichen Theater entgegen und feindlich ist, sondern das dem Geiste der Zeit entsprechend eine notwendige Ergänzung dazu bedeutet: moderne Volksspiele.

研究事項
1)das Zusammenwirken aller in Betracht kommenden Faktoren の訳は?
2)das bürgerliche Theater の意味と訳語は?
3)dem Geiste der Zeit entsprechend の句に注意。
4)zur Genüge の句の意味は?
5)es kommt auf etw an の句の使用に注意。
6)nicht etwas, das... の etwas の文法上の位置は?
7)eine notwendige Ergänzung dazu の dazu は何を指してゐるか?
8)auf den Einzelnen allein の allein と、kann erst ein neues Theater の erst との関係する所を明らかにせよ。

解釈要項
1)das Zusammenwirken aller in Betracht kommenden Faktoren「観察に入り来る一切の要因(要素)の共働」。
2)本問の意味を晦渋ならしむるものは das bürgerliche Theater の bürgerliche と云ふ形容詞の誤つた解釈である。これを「大衆の劇」とか、「民衆の劇」とか、「平民の劇」とかと解する時は、論理が通らなくなつて了ふ。bürgerliche という字は、社会経済的に使用さるる場合には、必ず「ブルヂヨア的」と訳すべきものである。(法律的意味では「国民的」= staatsbürgerlich)といふことを覚えて置いて欲しい。即ちそれは「大衆的」「民衆的」とは正反対の意味であることを注意すべきである。故に das bürgerliche Theater は「ブルヂヨア劇場」と訳す。尚ほ此の Theater は「演劇」の意と解してよろしい。
3)dem Geist der Zeit entsprechend は「時代の精神に適応しつゝ」という副詞句。
4)zur Genüge は「充分に」といふ副詞句。
5)es kommt auf etw an は「或事に関してゐる」「或事が問題である」といふ成句であるが、本問ではこれの一応用で:es kommt nicht auf den Einzelnen allein an,「唯だ個々の事柄が問題ではないのだ」が使はれてゐる。
6)nicht etwas, das... の etwas は前の ein neues Theater の Apposition である。尚ほ其の nicht は次の句の sondern に対応してゐる。
7)その dazu は das bürgerliche Theater を指してゐる。
8)allein は den Einzelnen にかゝり、erst は kann...erzeugen を制限する副詞である。

訳文
単に個々別々の事象は問題ではなくて、観察に入り来る一切の要素の共働が初めて新しい劇場を創り出し得る。而してこれはブルヂョア劇場に対抗的なるもの敵対的なるものには非ずして、時代精神に適応してそれへの必然的補足を意味するもの、即ち近代民衆劇それであると云ふことは、充分我々の知る所である。

Thursday, February 13, 2020

トッド・ロビンス「邪悪な三人」(1917)

以前トッド・ロビンスの「街の精霊」をレビューしたが、未熟な出来ではあるものの、暴力や悪意に対する独特の視線に興味を引かれた。もしかしたら小説を書くことに馴れて、すごいものを書くかも知れないという、将来に期待を抱かせる作品だった。(もうすでに死んだ作家に「将来に期待を抱かせる」というのもなんだけれど)

そこで彼の代表作といわれる「邪悪な三人」を読んでみた。相変わらず小説の書き方はへたくそなのだが……結局彼はパルプ作家なのだ……しかしこれは格段に面白い、深みのある物語となっている。サーカスに出ていたこびと、腹話術師、怪力男が結託し、金持ちの邸宅に忍び込み、殺人を犯しながら宝石などを奪い取るという話しである。彼らは売れない作家に彼らの罪をなすりつけようとするのだが、腹話術師が仲間を裏切り、彼らは捕まる。

この話のなにが面白いのか。まず、The Unholy Three とはキリスト教で云う三位一体のネガティブ・バージョンであること。こびとは頭脳であり、腹話術師は声であり、怪力男は肉体である。これが不吉な一者を形成しているのだ。次に神話的な世界とのつながりが見て取れることが興味深い。声である腹話術師はエコーと称され、怪力男はハーキュリーズだ。ニューヨークの都会にひっそり生息する彼らの闇の世界は、たしかに神話的な、不思議な雰囲気をたたえている。三人の首領格であるこびとは、トウィードルディーと呼ばれる。キャロルの「鏡の国のアリス」に出てくるあれである。この名前も謎めいている。なぜならトウィードルディーはトウィードルダムと双子なのだから。こびとがトウィードルディーなら、誰がトウィードルダムなのか。これは不吉な謎かけになっている。

腹話術師のエコー、「声」が、頭であるこびと、つまり精神を裏切るという設定もいい。デリダのせいで主体の意図は声に現前するなどといった考え方が流布しているが、「邪悪な三人」では、主体の意図は声によって裏切られるのだ。これは肝心な点である。ムラーデン・ドラールが声の不思議なステータスについて書いていたが、あれをふと思い出した。

パルプ小説らしい文章のまずさはあるものの、作者はなにかある本質に荒々しく迫ろうとしている。トッド・ロビンスが「邪悪な三人」以降、どうこのテーマに迫っているのか、読んでみたいのだが、ほかの作品がなかなか手に入らないのが残念だ。

Wednesday, February 12, 2020

全日本プロレス二月十一日後楽園大会

この日の興業も最初の二試合だけ無料放送となった。映像を見て、第一試合から客の入りがすごいのでびっくりした。超満員札止めだったらしい。注目の選手権試合が四つも重なっただけでなく、中西学選手の引退を惜しむファンが、どっと詰めかけたのだろう。

第一試合は、ジュニアヘビー級の若手選手と新外人JRクラトスによる六人タッグマッチだった。クラトスは背も高く胸板も分厚い。獰猛な顔つきで、リングに入場してすぐさま相手チームに突っかかろうとした。タッグを組んだ岡田や佐藤が彼をなだめていたが、どうやらチームワークより個人プレーに力点を置いたレスラーのようだ。

もっともこれは初出場で観客に自分を印象づけようとする、意図的ポーズ。試合後にはチームの二人に握手を求めていたから、案外、普通の人なのだと思う。

しかしあの巨体と怪力は魅力で、ゼウスや諏訪魔や石川との対戦が楽しみだ。ただテクニックはないようだから、全日の上位陣に勝つのは難しいだろう。

第二試合は神さま軍団(ゼウス、イザナギ、UTAMARO)と陣のメンバー(吉田、阿部、花見)の対決となった。神さまたちは入場早々、場外乱戦をしかけ、荒れ模様になったが、その後の試合は短いなりに見応えがあった。花見も吉田も見せ場をつくれる、いい選手だと思う。が、ゼウスがやはり頭一つ抜けた実力を発揮して勝利をもぎ取った。

この試合にはもともと野村が出るはずだったのだが、故障のため欠場になった。彼は先月も欠場している。これはおそらく身体がSOSのサインを出しているのだろう。しっかり検査をし、時間を掛けて養生して欲しい。

なおこの日のメインイベントでは三冠ヘビー級選手権が行われ、チャンピオン宮原が青柳を下した。宮原はプロレスだけでなく、発信力も行動力も抜群だし、お客さんを楽しませるすべもよく心得ている。こういう点でも迫っていけなければ、彼を倒して全日本の顔になることはできないだろう。

Monday, February 10, 2020

価値形態論、ジジェク

マルクスの「資本論」の冒頭におかれた価値形態論はじつに謎めいている。ちょっと目には商品の中から貨幣が析出されてくる過程を歴史的に追ったような記述になっているが、哲学を学んだ人ならすぐにこれがオブジェクトレベルからメタレベルが発生する過程を描いていることに気づくはずだ。

わたしはドゥルーズをさほど読んでいないので間違っているかも知れないが、彼が「差異と反復」で展開している議論、多数の潜在的・部分的対象が、ファルスによってまとめ上げられていく過程は、やはりマルクスの価値形態論と同じ論述の過程を経ていると思う。

フロイトの原父殺しの物語もある体系が形成される過程を示すものだが、あれだってメタレベルがいかに発生するかを説明するものであり、価値形態論と連続性を持っているはずだ。マルクスの議論はその後のいろいろな分野での議論の原型となっているのである。

価値形態論は、単純な形態から拡大された形態へと論を進めているけれど、実際の思考は完成された貨幣形態からその「起源」へと遡行していったはずである。マルクスはその思考過程を逆にして「起源」から貨幣形態へと論を進めた。われわれは単純なものから複雑なものへと歴史が進展していくように思い、マルクスの価値形態論を見ても、そこに歴史的・時間的変遷を見ようとしてしまうが、じつはあれは歴史的・時間的「起源」ではない。強いて言えば論理的な「起源」である。貨幣という単数によるシステムが形成される「以前」には、モノの多中心的な世界があった、と考えてはならないだろう。後者は前者に内在する論理であり、マルクスはそれを抽象力によって導き出したのである。

逆に言うと、抽象力でなければ思考できない、ある種の奇怪な構造がそこにはあるということだ。ジジェクは新著「Sex and the Failed Absolute」で、単なるオブジェクト・レベルからメタレベルが立ち現れる、パラドクスに満ちた構造について語っている。それは主体の形成される過程でもある。これを読んでいると、いろいろな問題が群がりわいてきて、ときどき呆然としてしまう。

Saturday, February 8, 2020

COLLECTION OF ENGLISH IDIOMS

早稲田大學敎授 深澤裕次郎著
應用英文解釋法
東京英文週報社發行

(p. 75-88)

範例
I
(a) He looks as if he were sick.
(b) He looks as if to turn back.
(c) He looks as if expecting something.
(d) He looked as if dumbfounded at the sight.
(e) He looked restless and uneasy as if from fear.
    Etc. etc.

II
(a) He looks as though he were sick.
(b) He looks as though to turn back.
(c) He looks as though expecting something.
(d) He looked as though dumbfounded at the sight.
(e) He looked restless and uneasy as though from fear.
    Etc. etc.

I & II
(a) 彼は病氣のやうに見える。
(b) 彼は後戻りするやうに見える。
(c) 彼は何か待て居るやうに見える。
(d) 彼はそれを見て吃驚したやうに見えた。
(e) 彼は怖るゝ所が有るやうに落着かない樣子であつた。

解説
(1) As if
(2) As though
    (宛ら)……のやうに。
(1) (2) 共に As の次には If, though 以下の Dependent Clause に對する Principal Clause の省略有り。例へば
I
He looks as if he were sick.
彼は(宛ら)病氣のやうに見える。
He looks as pale as if he were sick.
彼は(宛ら)病氣のやうに血色がわるい。
II
He looks as though he were sick.
彼は(宛ら)病氣のやうに見える。
He looks as pale as though he were sick.
彼は(宛ら)病氣のやうに血色がわるい。

を其本來の形に改むれば

I
He looks as he would look if he were sick.
彼は若し病氣ならば斯うも見えるで有らうと思はれるやうに見える。
He looks as pale as he would look if he were sick.
彼は若し病氣ならば斯うも見えるで有らうと思はれるやうに血色がわるい。
II
He looks as he would not look though he were sick.
彼は譬へ病氣で有つても斯うは見えまいと思はれるやうに見える。
He looks as pale as he would not look though he were sick.
彼は譬へ病氣で有つても斯うは見えまいと思はれるやうに血色がわるい。

となる、また if, though の次には之に依りて導かるゝ Clause 中の Subject と Verb とを省略することあり。例

1.  He looks as if (though) confident of his success.
    彼は成功を信じてゐるやうに見える。
2.  He looks as if (though) expecting something.
    彼は何か待つて居るやうに見える。
3.  He looks as if (though) dumbfounded.
    彼は呆れて物が云へないやうに見える。
4.  He looks as if (though) to speak.
    彼は何か云はうとするやうに見える。
5.  He shivered as if (though) from cold.
    彼は寒くて震へるやうに震へた。

この中
1.より3.までは if, though の次に he were を、4.は he were 又は he were going を、5.は he shivered を略せるものと解す可し。

猶又 if, though に依りて導かるゝ Clause 中の Verb は Subjunctive なるが故に were を用ふるを正しとすれども Indicative の was を用ふることもあり、談話語に於て特に然りとす。例えば
  He looks as if (though) he was sick.
    He looks as pale as if (though) he was sick.
の如し。

用例
I
1.  You look as if you had seen a ghost.
    C. Doyle
    あなたはまるで幽靈でも見た樣な顔付きだ。
2.  He recoiled as if he had seen a ghost.
    J. G. Muddock
    彼は幽靈を見たやうに後しざりした。
3.  You look as if you were taking me to a funeral.
    H. James
    あなたはわたしを葬式にでも連れて行くやうですよ。
4.  I threw myself out as if I have been an old hat.
    T. B. Aldrich
    わたしは古帽子の樣に自分の體を投げ出した。
5.  I was as grieved as if it had been my blood-relation.
    V. Hugo
    私はそれが自分の肉親の樣に悲んだ。
6.  It seemed to her as if the end of the world had come.
    V. Hugo
    彼女には世の終りが來た樣に見えた。
7.  A little way off it looks as if the top were a cluster of red flowers.
    N. E. R. IV
    少し離れて見ると梢は赤い花が簇がつて居るやうに見える。
8.  He carried his sixty years as if they had been fewer than forty.
    W. Collins
    彼は六十歳であつたがまるで四十より少いやうであつた。
9.  This name made him start as if a flash of lightning had passed before his eyes.
    V. Hugo
    彼は此の名前を聞くと宛ら電光が目の前を掠めたやうにぎよつとした。
10. He fancied himself stronger than he really was, and that he could play with the lion as if it were a mouse.
    V. Hugo
    彼は自分を實際よりは強いと思ひ、鼠を弄ぶやうに獅子を弄べると思つた。
11. Without more words, he threw his companion the maple stick, and was speedily out of sight as if he had vanished into the deepening gloom.
    N. Hawthorne
    彼は直樣楓の杖を相手に投げやり、段々深くなり行く暗がりの中に掻き消すやうに姿を隠した。

12. The golden skirts of day were yet lingering upon the hills, but deep shades obscured the hollow and the pool, as if sombre night were rising thence to overspread the world.
    N. Hawthorne
    金色の夕日影はなほ丘のへに名殘りを止むれど黑き影は早や窪みを蔽ひ、池の面を鎖し、ぬば玉の夜はこゝよりぞ浮世に擴がらむとするものゝ如くなりける。               
13. And now at last he raises his eyes. Slowly at first and cringingly, as if dreading what he might see.
    The Duchess
    そして今やうやく顔を上げる。何が眼に着くかと恐るゝ樣に初はそろそろこはごは顔を上げる。

14. "Is it true that I am at liberty" he said, in an almost inarticulate voice, and as if speaking in his sleep.
    V. Hugo
    「私が赦されたのは實際ですか」とほとんど語をなさないやうな聲で、而して眠つて居ながら話して居るやうに彼は云つた。

15. She trembled, and cast her eyes upward to the verge of the basin, as if meditating to return with her purpose unaccomplished.
    N. Hawthorne
    女は震ひおのゝき、目的を果さで立ち去らむとするものゝ如く、凹の端の方を仰ぎ見ぬ。

16. Some stood bolt upright as if expecting something, and others lolled against the boxes as if they were dolls propped up, and which the least movement would knock down.
    L. R. IV.
    或者は何かを待つてゐるやうに眞直に立つて居た、他の者は人形を立て掛けたやうに而して少しでも動くと倒れさうに箱に凭(もた)れて居た。
  bolt upright 矢の樣に眞直に。直立して。the least movement 一寸動いても

17. Javert explored the gardens and fields as if looking for needle, and at daybreak he left two intelligent men on duty, and returned to the Prefecture of Police, looking as hang-dog as a spy captured by a robber.
    V. Hugo
    ヂヤヴールは針でも捜すやうに庭や野を捜索した。而して夜明けに二人の心利いた男に張番させて、宛ら賊に捕らへられた密偵(いぬ)の樣に悄然として警察本部に歸つて行つた。
  on duty 張番

18. In spite of himself, his eyes turned again and again, as if fascinated, to the gun over the mantel.
    Munsey's Magazine
    さうしまいと思つても彼の眼は怪しくも物に魅せられたらむやうに再三爐上の拳銃に向つた。
  In spite of himself (=in spite of his effor not to do so) さうすまいと思つても。

19. She looked as if stunned at the person who was speaking, and could only sob two or three times, "Oh, oh, oh!"
    V. Hugo
    彼の女は話して居る人の顔を呆れたやうに眺め、二たび三たび唯「おゝ、おゝ、おゝ」と泣くのみであつた。
  at the act 其行を見て。

20. Presently he entered, and hesitating, as if horrorstruck at the act, sprinkled some powder on the spot in which the peas were cooking.
    G. P. Quackenbos
    直ぐに彼は入つた而て其事がこはくなつたやうに躊躇して居たがやがて豆を煮て居る鍋の中へ何か知らぬ粉を入れた。

21. The lids clenched themselves together as if in a spasm.
    E. A. Poe
    瞼は痙攣でも起した樣にひとりでに閉ぢた。

22. His hair had blanched, his face was pallid and wrinkled, his eyes were restless as if from fear.
    J. E. Muddock
    頭髪は白くなり、顔は蒼ざめて皺が寄り、眼は恐怖の爲にや、落ち着かなかつた。

23. Torrents of rain poured down, soaking me to the skin; thunder crashed and my poor horse galloped as if for life.
    雨は盆を覆すやうに膚までしみとほり、雷は鳴り、馬は夢中になつて駈け出した。

24. An officer, as if by chance, left the paper on the table by which the suspected spy was sitting, and went out for a few moments.
    G. P. Quackenbos
    兼て英探の疑ある一人の男が卓子の傍に腰掛けて居たが、一将校が偶然置いたやうに其書付を卓上に置いて二三分間外へ出た。

25. Androcles expected nothing else than to be at once torn to pieces; but, to his great surprise, the animal came towards him as if in pain, and with a low moan seemed to beg for pity and help.
    L. R. IV.
    アンドロクルスは無論すぐに寸斷寸斷に引き裂かれるとのみ思つて居たが、非常に驚いた事には其獅子は何處か痛みを感じて居るやうに彼の方にやつて來て低い聲で泣いて憫みと助けを求むるやうであつた。
   nothing else than (=nothing less than=only) よりも外には何をも(期待しなかつた)。をのみ(期待した)。to his great surprise 「非常に驚いた事には」。結果を表はす Adverbial Phrase なり。

26. We repeatedly saw one on each side of it as he held it nearly vertically and gave the fan a short quick motion; then one butterfly would pass over to the other, both would wheel away as if in play, and again return.
    S. Osborn
    奇術師の殆ど垂直に扇子を持ち之を短く急に動かしゝ時、其兩面に蝶の戯れしこと一再ならざりしが、軈て一の蝶は他の方に移り行き、二つは遊び戯るゝが如く飛び去りてはまた歸るなりき。

27. But Phileas Fogg was as cool and collected as if he were in no way concerned in the matter.
    Jules Verne
  併し、フィリヤス・フォッグは其事に少しも關係がない樣に落着き拂つて居た。

28. You were as thoroughly removed from the habitable parts of the castle as if you were in the next country.
    The Duchess
    あなた方はまるで隣の國にでも居るやうに此の城の人間の住む處からは離れて居たのです。

29. The shopman slightly raised his head, with an air of deep abstraction, and resumed his entry with as much deliberation as if he were engraving.
    C. Dickens
    番頭は深く他の事に氣を取られてゐる樣子で、一寸頭を揚げたが又俯向いて彫刻でもして居るやうに、ねちらねちらと帳簿に記入をして居る。

30. She opened her lips as if to speak, and, at the thought of what lay at her tongue's tip, her face grew red.
    A. Hope
    女は何か云ひさうに口を開いた。そして口から出さうになつて居る事を考へて眞赤になつた。

31. Old Shag, the dog, stood by, wagging his tail and looking up into Malcom's face as if to say, "Yes, master, I will take good care of. Let him go."
    N. N. R. IV.
    老犬シヤツグは尾を掉りながら、「はい、私が充分氣を附けますから、お遣りなさい」と云はぬばかりにマルカムの顔を見上げて立つて居た。

32. Farm-houses, with roofs like great slouched hats pulled over their eyes, stand on wooden legs, with a tucked up sort of air, as if to say, "We intend to keep dry if we can."
    N. N. R. IV.
    大きな緑の垂れた帽子を目深に被つた樣な屋根の百姓家は「わたし達は出來れば乾いてゐたいのです」と云はぬばかりに裾をかゝげて木の脚で立つて居る。

33. The surgeon gazed, for a moment, on the black veil, as if to ascertain the expression of the features beneath it; its thickness, however, rendered such a result impossible.
    C. Dickens
  醫師は暫く黑き覆面を凝視して、中なる顔色を探らむとするやうであつたが、ヴールが厚くてさうすることが出來なかつた。

34. "Thankee, Sir, Thankee," returned Sailor Ben, looking as guilty as if he had been detected in picking a pocket.
    T. B. Aldrich
    「有難う、有難う」と船頭ベンは宛ら掏摸でもして居る所を見付けられたほど罪ありげな顔付をして答へた。
  Thankee は thank thee の一緒になりたるものにして thank you と同意なり。

35. So they set this great queen on her throne, in the presence of the court, with her nose as bright as if it had caught fire.
    P. Parley
    そこで彼等は火のついたやうに眞赤な鼻のこの偉大なる女皇を廷臣の面前で皇位に即けた。

36. She watched for the youth's appearance, and flew to his side with confidence as unreserved as if they had been playmates from early infancy -- as if they were such playmates still.
    N. Hawthorne
    彼の女は若者の來るのを待て居た、而て子供の時からの友達であつたやうな……今もなほさう云ふ友達であるやうな隔ての無い心持でそのそばに走つて行つた。

37. Many of these holes are as round and as cleanly cut as if they had been made with an augur.
    Mark Twain
    此等の穴の多くは宛ら錐で作つたやうに圓く奇麗に抉られてある。

38. There are careless things which are said in general conversation, but which often have as much apparent weight as if they had been well considered.
    普通の談話の際に口頭に上る不用意なる事柄で往々よく考へて云つたほど重大な價値を有するものがある。

39. I am as sure of it as if he had whispered his secrets in my ear, and down in my numb, cold heart a warm little spring of hope began to bubble and run.
    C. Doyle
    私は彼が其秘密を私の耳に囁いたほどもそれを信じて居た、而て私の麻痺した心の下の方に小さい暖かい希望の泉が湧いて流れ出した。

40. "You are afraid?"
    "Do I look as if I was?"
    W. Collins
    「あなたは心配して居る?」
  「心配して居るやうに見えますか」。

41. "No, mum; but I think he's kind of a foreign gent. But he's very ill and looks as if he was going to die."
    J. E. Muddock
    「いいえ、存じませんが、外國のお方のやうに思ひます、併し大層おわるくて今にも死にさうな樣子です」。

42. Thus, after a while, it seemed as if the liberty of the country was connected with Liberty Tree.
    N. Hawthorne
    斯う云ふ譯で暫くしてからは此國の自由は彼の「自由の木」と關係して居るやうに見えた。

43. It would seem as if the day of general doom was come, and the utensils of the house were dragged forth to judgment.
    F. Hopkinson
    譬へば大審判日の到來して、審判を受けむが爲に家具の引き出されたるが如き觀あり。

44. His face was stolid and immovable, but the smoke came out in streams from under his moustache as if fire was smouldering there.
    彼の顔は無感覺のやうになつて動かなかつた併し髭の下に火がくすぼつて居るやうにてその下から煙は縷の如くに出て來た。

45. All at once a voice which was the more sinister because no one could be seen, and it seemed as if the darkness itself was speaking, shouted, -- "Who goes there?"
    V. Hugo
    突然一つの聲(其聲は誰にも見えず、暗がりが物云ふたやうに見えたからいっそう氣味惡く聞えた)が「其處へ行くのは誰か」と叫んだ。

46. Retribution was at hand, and, with a desparing effort to escape by diving, I bumped my head smartly against the wall, and woke up feeling as if there was an earthquake under the bed.
    N. N. R. IV
    報いが今にも來ようとした、而てくぐつて逃げようと夢中になつて壁にしたたか頭を打ちつけ寢臺の下に地震が有つたやうな氣がし眼が覺めた。

47. You seem to know as much about it as if you were there.
    C. Doyle
    あなたはその事に就いてはその場に居た位よく知つて居るやうに見える。

48. I remember how it happened as well as if it were yesterday.
    私はその事を昨日のやうに善く覺えて居る。

49. But the smile is forced, and Arthur Dynecourt, watching her, reads her heart as easily as it were an open book.
    The Duchess
    併しその笑顔は無理に作った笑顔であつて、アーサーダイコートは其樣子をぢつと見て居たが、宛ら開いた本を讀むやうにたやすく其心を讀んで了つた。

50. The electric telegraph enables us to communicate with friends at the other side of the world, almost as rapidly and as easily as if they were in different parts of the same town.
    電信は吾人をして世界の他方に於ける友人と交通するを得しむること殆ど其友人が同一都會の違つた部分に居ると同樣に迅速且つ容易である。

II

51. I laughed as though I was quite prepared to do that, and thoroughly understood my business.
    D. Donovan
    私は全くさうする積りで有るし、又充分自分の仕事が分て居る樣な風に笑つた。

52. They heeded him not, and again he changed his direction, and, as though he was about to skate into their midst, followed the wolves.
    N. N. R. IV
    彼等(狼)は彼を省みなかつたので、彼は又方向を變へ宛ら狼の眞ん中へ辷り込まうとするやうに其後へ跟いて來た。

53. I sat down, feeling as though I could cry like a woman.
    H. R. Haggard
    私は女の樣に泣きさうになつてそこへ座つた。

54. "I feel as though I were going to die," he answered hoarsely.
    H. R. Haggard
    「私は今にも死にさうだ」と嗄れた聲で彼は答へた。

55. I woke with a feeling as though the blessed rain were falling on my face and head.
    H. R. Haggard
    私は有難い雨が顔と頭に降り掛つて居る樣な心地がしながら目を覺ました。

56. I felt a movement of air above me as though the woman of my vision turned quickly, and once again I opened my eyes.
    幻の女が急に振りむいた樣に空氣の動く氣配を感じながら又目を開いた。

57. He struggled for awhile with himself, as though he were on the point of giving way to anger, but prudence had the best of the controversy.
    R. L. Stevenson
    彼は今にも怒り出しさうに暫くは煩悶して居たが併し用心の方が議論に勝つた。
    on the point of...せんとして。give way(=yield)「屈す」(堪へられずに遂に怒りたり、との意)。had the best of に勝つた。

58. Then he thrice snorted louder than before, and moved up his knee uneasily beneath the clothes as though the sharpness of the mustard were already working on his skins.
    A. Trollope
    其時男は前よりも高く鼾をかいたが、之で三度目で、芥子の強さがはや肌に滲み始めたと見え、夜具の中で苦しさうに膝を動かした。

59. To me this nugget of bright crystal is as loathsome as though it were crawling with the worms of death; it is as shocking as though it were compacted out of innocent blood.
    R. L. Stevenson
  私に取つては此燦然たる金剛石は宛ら蛆虫が這うて居るやうに嘔吐を催す可きものであり、宛ら罪なき血を固めて造つたものゝやうに戦慄す可きものである。

60. He started back as though he had been stung.
    H. R. Haggard
    彼は蜂に刺された樣に後じさりした。

61. "Look there," he returned, nodding with his head, as though he had been afraid to point.
    R. L. Stevenson
    「あすこを見よ」と指す事を憚る樣に頭を動かして彼は答へた。

62. The blue bells looked as though they had just been gathered.
    C. M. Breame
    ブリユーベルは今取つた計りのやうに見えた。

63. I felt nothing, but, to my sight, it seemed as though it had passed through me.
    H. R. Haggard
    私は何も感じなかつた。然し私の目には槍が自分の體を貫いた樣に見えた。

64. It seemed to her as though she had passed a night among these miseries.
    A. Trollope
    この辛さの中で一夜を明かしたやうに見えた。

65. Stealthily he follows as though fearful of being seen.
    The Duchess
    彼は見られる事を憚るやうに忍びやかに跟いて行く。

66. The Durande had dashed upon the rock as though attacking it.
    V. Hugo
    デュランド號は宛らそれを攻撃する樣に岩に衝き當つた。

67. He bowed his head very slightly, as though acknowledging the compliment and then down she dropped her veil.
    A. Trollope
    良人は會釋するやうに一寸頭を下げた、それから婦人は覆面を下して了つた。

68. Is it some vague shadowy sense of danger that makes him stand now as though hesitating? A quick shiver runs through his veins.
    The Duchess
    彼が今躊躇するやうに立て居るのは何か危險の迫つて居る事がぼうんやり分つて居るからで有らうか。彼は急に總身が寒くなつて來た。

69. Sieur Clubin said in a low voice, as though speaking to himself, -- "That was quickly done."
    V. Hugo
    クルービンは獨語する樣に小聲で言つた「鮮やかな手際だ」。

70. Once again she put her hand out as though to return to the bed.
    A. Trollope
    又もや夫人は寢臺の方へ歸らうとするやうに手を伸べた。

71. Then she waved her hands as though to keep some dreadful thing off, and fell back dead!
    G. R. Sims
    それから女は何か恐ろしい物でも押し掃ふ樣に手を打振り、それから後に倒れて死んで了つた。

72. All this corner of the old tower is wrapped in darkness, as though to obscure the scene of terrible crimes of past centuries.
    The Duchess
    古塔の中でもこの一角は全く闇に裏まれ、宛ら昔の恐ろしい罪惡の犯されし場所を隱さうとするやうである。

73. In two minutes we were wet through up to the thighs, as wet as though we had waded through water.
    H. R. Haggard
    我々は二分の中に膝まで濡れて了つた。宛ら水の中を渡つて來た樣に濡れて了つた。

74. There was no need for caution; the lion was as dead as though he had already been stuffed with straw.
    H. R. Haggard
    用心の必要はなかった、獅子は早や剥製にされて居る樣に死んで居た。

75. She smiled as though charmed with the picture.
    M. Clay
    女は其光景に魅せられたやうにほゝゑんだ。

76. Her hads were white and delicate, as though carved in ivory.
    M. Clay
    女の手は象牙で刻んだやうに白くて奇麗であつた。

77. The clump was in motion, and the lantern swung as though carried by men walking.
    R. L. Stevenson
    その黑い物は動き出した、而して角燈は歩いて居る人が持つて居る樣にゆらゆらと搖れた。

78. The silhouette of the house was outlined against the vague lividness of the sky, as though stamped out with a punch.
    V. Hugo
    家の側面は機械で押した樣に生白い空を背景に現はれて居た。

79. He had been crouching there, and now arouse as though by magic.
    H. R. Haggard
    獅子は前から其處に蹲つて居たが今は魔術の樣に起上つた。

80. The man dropped his head on his breast for a minute as though in thought.
    H. R. Haggard
    その男は考へる樣に一寸胸の上に頭を垂れた。

81. Instantly they stopped their hideous clamour as though at a word of command.
    H. R. Haggard
    忽ち彼等は號令を聞いた樣に其のいやな騒をやめた。

Friday, February 7, 2020

T. F. ポウイス「ミスタ・ウエストンの極上葡萄酒」

ポウイスといえばわたしはジョン・クーパー・ポウイスを思い出すのだが、T. F. ポウイスはその弟に当たる。弟も小説を書いていて、「ミスタ・ウエストン」はその代表作と云われている。Fadepage.com から電子化されていたので読んでみたが、なるほど馥郁たる文章で書かれた名作だと思う。

話は登場人物が多いため、説明し出すと面倒くさいのだが、要はウエストンとマイケルというワイン商人が、フォリーダウンという田舎町へ行ってワインを売りつけるという内容だ。なんだ、そんなことか、と思われるだろうが、どうもこのウエストンとマイケルは神様と天使らしいのである。神様が商売人に身をやつすとは奇妙に思われるかも知れないが、ワインはイエスの血と見なされているキリスト教文化を考えればべつに驚くことではない。

彼らがワインを売りに行くフォリーダウンには、さまざまな人々が住んでいる。他人の幸せそうな様子を見ると我慢がならなくなり、悪巧みをはたらこうとするミセス・ヴォスパー。神への信仰を失ったグローブ神父。若い娘を強姦して楽しんでいる自己中心的なマンビー家の二人の息子。動物たちにむかって神の教えを説くルーク。天使が自分を迎えにくると夢見るジェニー。物語は彼らの暮らしぶりを事細かに伝え、そののちウエストンやマイケルがワインを売りに来る場面がつづく。

ウエストンのワインは村人達に不思議な効果を与え、それまでの彼らの暮らしぶりに応じてよいことが起きたり、望みが叶ったり、罰を受けたりする。つまりこれはバンヤンの「天路歴程」みたいなアレゴリーといっていいだろう。しかしこの作品にはなにか変なところがある。なにか秘密を隠しているような、おかしな感触がある。たぶん近いうちにまた読み返し、考え直すことになりそうだ。

全日本プロレス二月六日新木場大会

全日本プロレスが新年早々に見せたさまざまなドラマのタネがどう発展するか。今月十一日に行われる後楽園ホールでの興業で、ドラマの最初の一区切りがつけられることになるだろう。その直前の試合、二月六日の新木場大会は、新ユニット「陣」がプロデュースする、エンターテイメント性の強い興業だったが、無料放送された最初の二試合は、意外なくらい面白かった。

第一試合、大森北斗・ライジングHAYATO 対 田村・花見戦は、熱のこもった好試合だった。田村は投げ技もエルボーも迫力を増し、着実に成長しているという印象を与えた。この調子でつづけていけば、どこかで爆発的に伸びるのではないか。わたしは田村に大きな期待をかけている。大森はすでに自分のスタイルを確立しつつあるように思う。若手の中では群を抜いているが、ジュニアの上位と比べると、まだ技の重さや魅せ方に差があるようだ。早くトップ戦線に食い込めるよう、精進して欲しい。

この試合でいちばん存在感を出していたのは、しかしながら、花見だった。とにかく相手チームにつっかかり、試合が終わっても、まだまだエネルギーが鬱積しているように大森に向かっていった。こんなふうに場の雰囲気とか、先輩後輩の序列を無視してがむしゃらに突貫する選手、傍若無人な選手は全日本にはいない。良くも悪くも全日本の若手はお行儀がよい。それゆえわたしは花見がこれからも全日本に登場し、若手に刺激を与えることを望む。

この試合は観客の声援も鋭く飛び交い、第一試合としては出色の出来だったと思う。

第二試合の宮原対小仲は、宮原が小仲の独特なペインティングを真似して登場するという、爆笑もののはじまりかたをした。白塗りのペインティングをほどこした両者が並ぶと、八十年代、九十年代の前衛演劇を見ているようで、観客から「気味が悪い」とか「今日来てよかった」などというつぶやきがしきりに漏れた。組み合って戦うことはまったく無かったが、いずれの選手も観客へのサービス精神たっぷりで、これはこれで楽しめる内容になった。第一試合との対照が際出つ、これまた出色の試合だった。

この興業では青柳が今練習中のスピンキックで UTAMARO に勝利したようだ。頼もしい。十一日の後楽園大会では三冠チャンピオンの宮原に挑戦することになっているが、青柳のキックが宮原の膝攻撃にどれだけ対抗できるか、大いに見物である。

Tuesday, February 4, 2020

基準独文和訳法

権田保之助著
有朋堂発行
「基準独文和訳法」より

問題1(p.41)

Ich denke an ein Wort Goethes: daß ein Mann mit Ideen, der geistig schaffen will, nicht in einem Zimmer wohnen dürfe, das mit prächtigen Gegenständen vollgestellt sei, weil er dadurch abgelenkt werde.

研究事項
1)ein Mann Ideen の訳、殊に Idee の訳語は?
2)geistig schaffen とは何の意か?
3)an etw (4) denken の句と、mit etw vollgestellt sein の句とに注意。
4)最後の文にある dadurch は何を指すか?
5)...wohnen dürfe, ...vollgestellt sei, ...abgelenkt werde という接続法は何の為に使用されているか?

解釈要項
1)Idee は Idea(イデア)で、「観念」「理念」と訳す。故に ein Mann mit Ideen は「観念の人」「イデアを有する人」と訳す。然るに Idee を「思想」とか「意志」とかと解し、又は Ideal と混同して「理想」と解したる為め、或は「思想家」とか「理想ある人」とかと訳すことは誤である。
2)schaffen は「創造する」であって、其の創造が精神的の方面で行はるることを geistig schaffen と称す。「精神的に創造する」の義。
3)an etw (4) denken,「或物のことを思ふ」。――mit etw vollgestellt sein,「或物で飾り立てられてゐる」。
4)dadurch は上に記した事柄の„in einem Zimmer wohnen dürfe, das mit prächtigen Gegenständen vollgestellt sei“ を全部受けてゐる。其の一部丈けしか受けさせぬと、誤読となる。
5)daß 文章に接続法が使用されてゐるのは、Goethe の言葉を間接に表はさんとする間接説話法の為めである。

訳文
精神的に創造せんとする観念の人は、綺羅美やけき品物もて飾り立てられし部屋に住むことは、その為めに心擾さるゝが故に、其処に住み得ざるものであるといふ、ゲーテの言葉を憶ふ。

Monday, February 3, 2020

ドイツ語参考書

今、古い英語の参考書「應用英文解釋法」をデジタル化しようと思って、このブログで数ページずつ公表している。参照されている文章が十九世紀後半の作家のもので、この時期の文学作品を読む人には参考になるかも知れないと思ったのだ。もちろん、わたしにとっても勉強になる部分がある。英文に誤植が多いので、それを訂正しながらの作業である。

最近、国立国会図書館のデジタルコレクションを調べてみたら語学系の参考書がかなり増えていた。その中に上級者向けの参考書があり、それがなかなか悪くない内容なのだ。権田保之助著、有朋堂発行「基準独文和訳法」という本だ。ドイツ語学習者ならわかると思うけれど、中級レベルに達し、さらに哲学など抽象度の高い作品に挑戦しようとすると、難しすぎて挫折してしまうということがある。そんな人には本書は最適ではないだろうか。文法を復習しながら上級レベルを目指せるのだから。

というわけで、英語の参考書のほかにもドイツ語の参考書もこのブログでデジタル化しようと思う。ただし「基準独文和訳法」の問題編のみを。問題編の前にはいろいろ有益なアドバイスが書かれているのだが、ここは暇があったら後日入力しよう。また、原本では問題編がまずあり、解答編がそのあとに続くのだが、たとえば問題1とその解答はまとめてブログに掲載する。そのほうが読みやすいだろうから。さらにもう一つ、漢字は変換が面倒くさいので新漢字に置き換える。仮名遣いは古いままにしておく。こうしておけば、置き換えソフトで新漢字を旧漢字に入れ替えることも簡単だ。

古い参考書だからと云って馬鹿にはできない。若さが教師としての善し悪しを決定しないのとおなじである。

英語読解のヒント(111)

111. never so / ever so (1) 基本表現と解説 He looked never so healthy. 「彼がそのように健康そうに見えたことは今までになかった」 He looked ever so healthy. 「彼はじつに健康そうに見...