Wednesday, June 29, 2022

デイヴィッド・スタックトン「内なる狐」

デイヴィッド・スタックトン(1925-1968)はネヴァダ生まれの作家。今彼を知る人はほとんどいないが、SF作家のトマス・M・ディッシュが彼のことを賞めていた。「内なる狐」はスタックトンが書いたミステリ風の小説だ。

「内なる狐」とは妙なタイトルだが、これは沙漠の女王と呼ばれた探検家ガートルード・ベルの言葉から来ているらしい。「われわれが盗んだものは、われわれを滅ぼす。それゆえスパルタの少年がいかにまともな外見をしていようとも、その心の中には狐がいるのだ」。狐とはわれわれの心の中にあり、われわれを滅ぼすものであるらしい。しかしもともとそれはわれわれが盗んだものである。われわれは欲に駆られてものを盗むが、欲望の対象がまさにわれわれを滅ぼす。まあ、よく見かける、世俗的な理屈ではあるけれど、スタックトンがパラドックスに興味がありそうなことは、これだけでもなんとなくわかる。

物語の中心にいるのは三人の人物。いつまでもある種の美しさをなくさない驕慢な金持ちのリリー・バーンズと、彼女の圧制下にある娘のマギー、そしてマギーの昔の恋人で、今は弁護士をしているルークである。マギーはチャールズというわがままな弁護士と結婚していたが、ある晩、チャールズのいる家へ行き、離婚を申し入れる。そのとき(マギーの話によると)チャールズは倒れ、石炭入れに頭を強く打ち、死亡したというのである。マギーは慌てて母のいる家に行き、事情を打ち明ける。母はことの重大さを知り、夜中であるにもかかわらず弁護士のルークを呼びつけ、マギーの身にスキャンダルが起きないように手配させようとする。

ルークはまずチャールズの家に行き、マギーの話が本当か確認する。しかしそのとき、彼はチャールズが死んで以後、何者かが家の中を捜索したような印象を持つ。実際、彼がチャールズの家を出て帰ろうとするころ、警察の車が走ってくるのである。家には屍体しかないはずなのに、誰かが警察を呼んだのだ。いったい誰がいたのか、その人間はなにを捜していたのか。

物語は徐々にこの事件の背景となった複雑な、あるいは隠された人間関係をあきらかにしていく。同時にサンフランシスコの上流社会がいかなるものであったかが、わかってくる。富と権力が幅をきかせる社会、欲望のせいでみずからの身の破滅を招く人間模様。これは随分と文学的で詩的なノワール小説と言っていいだろう。

正直な話、この作品にはのめり込むことが出来なかった。登場人物はどいつもこいつも不愉快な連中ばかりなのだ。こんな人間どもが鼻をつき合わせているような社会があるのだろうか、と不思議に思ったが、どうやら作者が若い頃は、実際にそういう人間がまわりにごまんといたらしい。ただ非常に印象的だったのは、サンフランシスコの自然と歴史の神秘的な描写である。とりわけそれはルークとマギーの関係を描く部分に見られるのだが、植物の生命力や歴史の記憶が二人の愛情に独特の味わいをつけ加えていて、これはちょっと忘れがたい。

Sunday, June 26, 2022

Ada Buisson のホラーストーリー(3)

今回読んだのは「男爵の棺」。これはやや長めの短編である。語り手であるオーウェンは若きイギリス人の建築家で、上司からフランスに仕事があるがやってみないかと言われ、一も二もなく引き受ける。ド・ゴールという男爵のお城の修繕作業だ。作業員はイギリス人を連れて行き、身の回りの面倒はジョゼットという召使いが見てくれることになった。あるときオーウェンが暇をもてあましていると、ジョゼットが読書をなさったらいかがですかと、男爵の部屋のベッドの下に本がたくさん置いてあることを教えてくれる。オーウェンはその部屋へ行き、ベッドの下を見ると、驚いたことにそこには棺が置いてある。ぎょっとしたが棺の蓋を開けて見ると中には本が入っていた。そのときである。ドアが開いて醜い男の顔が覗き、オーウェンを見たのだ。幽霊が出たと思った彼は泡を食って部屋を飛び出すが、ジョゼットにあれはわたしの祖父だと大笑いされる。この百歳になるジョゼットの祖父が先代のド・ゴール男爵について語る物語、それがこの物語の中核である。

先代のド・ゴール男爵は名前をルイと言った。年若くして財産を継いだのだが、気性は荒く、特に弟のポールにつらく当たった。さて覚えておかなければならないのは彼が生きた時代がちょうどフランス革命の時期だということだ。家族の者といえども裏切りを働くかもしれない時代、それまでのように召使いたちに無茶なことをすれば、命すら狙われる時代である。だからルイは爵位を隠し、召使いたちには愛想よく、とは言わぬまでも無理なことを要求したり、専制的な振る舞いは避けていた。そのかわり兄弟姉妹につらく当たったのかもしれない。ポールはルイの態度に腹を据えかね、パリへ出て行ってしまう。そしてあるときルイはポールが彼の財産を狙っていることを聞きつける。さらにポールからルイに、連絡したいことがあるのでボルドーまで来てくれと言う連絡が入った。ルイは召使いのアントワーヌ、つまり顔の醜さに建築家が幽霊を勘違いした、あの召使いをボルドーに送って、メッセージを聞き取らせることにした。

 アントワーヌがボルドーで聞いたのは、次のようなニュースだった。国民議会はルイが反逆者であると考えている。命があぶない。すぐ国外へ逃げるように。

 しかしアントワーヌからこのメッセージを受け取ったルイは、逃げることをせず、一計を案じる。彼はもしもポールたちが城に来て彼を反逆者として捕えようとするなら、棺に入って特殊な薬を飲み仮死状態に陥るつもりだった。そして彼らが去るのを待とうというのである。この計画は図に当たった。ポールたちはルイの「死体」を見て、それを一族の死体安置所へ持っていく。

ところがなぜかポールはその日の晩、死体安置所に戻り、「死から目覚めた」ルイとかちあう。そして二人の間で死をかけた闘争が行われ、ルイが勝ち、ポールが棺に入れられて生き埋めにされてしまうのだ……。

兄弟姉妹間の闘争はときに激越な形を取るものだが、ルイとポールの関係もそうした一例なのだろう。わたしが読んでいて気になったのは、なぜルイが仮死状態になって横たわり、後にポールが生き埋めにされた棺が、今はベッドの下におかれ、本を詰め込まれていたのか、という点だ。この話はドラキュラの物語とちょっと似ている。ドラキュラは仮死状態(死んでいるとも生きているとも言えない状態)になって棺桶に横たわっている。そして夜になると外に出て、血を吸い、その者を自分と同様の undead の状態にしてしまう。小説「ドラキュラ」はそれまでにあったさまざまな想像力のパターンを強力に、効果的に統合したものだが、「男爵の棺」に見られる想像力もそのうちの一つではないか。しかしなぜ棺に書籍が入っているのか。書籍は undead なのか。それともわたしはまったく間違った方向に考えを進めようとしているのか。

Thursday, June 23, 2022

Ada Buisson のホラーストーリー(2)

これもベルグラビア誌に掲載された短編でタイトルは「幽霊の呼び出し」。前回紹介した「教会で語られた物語」よりもはるかに出来はいい。

語り手である医者のところにある男が訪ねてくる。今晩自分は死ぬが、その死に際を見届けてくれたら千ポンドを払う、というのだ。べつにどこも悪そうなところはないので、医者は神経の病だろうと見当をつけ、報酬の金に惹かれてその男の家へ行く。家に着くと男はさっそく寝る支度をするのだが、その間に医者はこっそり持って来た睡眠薬を飲み物に混ぜ、男に飲ませてやる。男はぐっすり眠りこみ、医者もついうとうととしてしまう。

ところが男が自分の死を予告した時間になったとき、医師はふと目を覚ます。家の中はしんと静まりかえっている。そのときだ。医者は死衣をまとい、無残に顔の崩れた幽霊が、ゆっくりと男の寝るベッドに近づいていくのを目撃したのである。そして幽霊が薬指の欠けたかぎ爪のような手を男の頭の上に伸ばすと、男は悲鳴をあげて絶命した。

医者は男の死を確認してから屋敷を出る。そして医者としての評判に傷がつくかもしれないからと、男の死に立ち会ったことを秘密にしていた。ところが男の妻が、医者への千ポンドの報酬を含む遺書に異議を申し立てたと聞いて、とうとう弁護士に相談することになる。そして奥さんと直接話をすることになった。そこでなにがあったのか。この場面は非常に短く叙述されているだけなのだが、わたしはその不気味さにかなりぎょっとした。

この短編はすべてを語り尽くしていないけれども、それがかえってこの作品に余韻を与えていると思う。なかなかの出来栄えだ。

Monday, June 20, 2022

Ada Buisson のホラーストーリー(1)

Ada Buisson は1839年に生まれ、1866年に亡くなっている。ずいぶん若くして亡くなった人だ。死因などはわからない。小説を二作残していて、一つは Put to the Test というタイトル。三巻本のセンセーション・ノベルだそうだ。もう一冊は A Terrible Wrong というタイトル。そのほかに彼女はベルグラビアという雑誌に短編小説を書いている。わたしが今回読んだのは、この雑誌に掲載された「教会で語られた物語」という短編。

枠構造が用いられた作品で、数名の人々が教会の飾り付けに汗を流していたのだが、いたずらっこどもが教会のドアというドアを開かないようにしてしまったため、人が来るまで教会の中で待たなくてはならなくなった。そのあいだの暇つぶしにドーラ・モンテムという家庭教師が寄宿学校時代に起きたとある事件を物語るのである。

それはミリーというお金持ちの、冷たく、傲慢な娘と、そのいとこであるイレーナという美しい娘の反目の物語だった。早い話が、ミリーはイレーナの美貌をやっかんでいたわけだ。この二人の関係がある出来事をきっかけに一気に悪化する。アーサーというミリーのいとこがクリスマスに彼らのいる寄宿学校を訪ねてきたのである。アーサーはミリーと婚約寸前までいっている仲だったが、アーサーは美しいイレーナを見るなり、彼女に夢中になってしまう。ミリーは自分を抑えてはいるものの、内心で怒りを爆発させていた。

さてこのアーサーが夜になって妙な提案をする。寄宿学校を出て墓地を横切り、教会を抜け、その向こうに生えているイトスギの枝を取って来たら、自分が持っている金のロケットを進呈しようというのだ。外は寒いし気味が悪いけれど、三人の女の子がその挑戦を受けた。一人はミリー、一人はイレーナ、一人は若き日の語り手、つまり家庭教師である。そこで事故がおきる。ミリーと語り手は無事イトスギの枝を持って帰って来るが、イレーナだけがいつまで経っても戻ってこない。大がかりな捜索が行われたが、それでも影も形も見つからないのだ。

いったいなにがあったのか。それから一年後にミリーとアーサーは結婚することになり、語り手の家庭教師はブライドメイドとして結婚式に呼ばれる。しかし結婚式の前日にあることが起きて事件の真相が明らかになるのだ。まあ、そこはここには書かないで置こう。

いかにもセンセーション・ノベルを書いていた作家がものしそうな短編作品で、とくにすぐれているとは思わないけど、上流階級の女が悪鬼と化したり、日常的な場面の中からドラマが生まれてくるあたりなど、1850年代、60年代の小説の雰囲気がよく出ている。

Friday, June 17, 2022

ジョン・ラッセル・ファーン「奇蹟の男」

原題は Miracle Man。ファーンのSF小説だ。主人公エソウ・ジョーンズが超能力を持つが故に科学者から警戒の目を向けられ、とんだ目に遇うという物語である。どんな超能力か。彼は物質を思い通りに変化させることができる。気に入らない相手の足許に急に穴を開けて見せたり、アタッシュケースの中身を鍵を開けずに取り出して見せたりできるのだ。記憶力も抜群で二十ページほどもびっしり書き込まれた数式を一目で完璧に覚えてしまう。

エソウ(聖書の中でおかゆ一杯と引き替えに相続権を売ったあのエソウとおなじ綴りだ)はそれまで田舎を放浪しながら人にその能力を知られることなく、のんびり生活していたのだが、たまたま世界的な科学者であるハスラム教授と出会い、かつまたその直後に結婚相手を見つけ、その人生は一変する。彼は自分の能力を知られないように生きていきたいのだが、教授はそれを科学者の集会で無理やり披露させる。彼らは驚き呆れるが、さっそくエソウに警戒の目を向ける者があらわれた。カーファックス博士というシニカルな科学者で、彼はエソウが超能力をとんでもない目的のために使うかもしれない、もしかしたらこの世界が崩壊させられるかもしれない、と言うのである。

結婚相手のローズもエソウに問題をつきつける。彼女は田舎で閑古鳥が鳴く宿を経営していたのだが、もうそんな生活にはあきあきしていたのだ。彼女は都会に住み、エソウの超能力を利用して派手な生活を楽しみたがっていた。しかしエソウは超能力をできるだけ使わない生活をしようとしていた。これにはもっともなわけがある。たとえば彼は無から車を作り出すことができるが、この社会で合法的に生きて行くには、その車両が政府に登録されたものでなければならない。しかし魔法で作り出された車など登録されるはずもないではないか。お金をつくったりしたら偽金になってしまうし、彼がつくるどんなものも社会的な通常の手続きを経ていない品となって問題が生じてくる。だから彼は普通の人間のように働いて金をかせいで工場をつくり、そこで毀れた物の修理をしようと考えた。修理なら彼の能力を使っても問題はなかろうというのだ。

しかしローズはそんな生活がいやなのだ。エソウは疎外感を感じながら生きていかなければならない。

さて、その一方でハスラム教授はロンドンで危険な実験を行った。簡単に言うと教授はブラックホールみたいなものを実験室内に作り出したのである。それは真っ黒な、なにもない空間だ。しかも科学者たちの努力にもかかわらず、それはどんどん大きく広がっていった。ハスラム教授は、エソウの超能力に頼るしかないと判断する……。

これを読みながらわたしはいくつかの物語を思い出した。まず浮かんできたのはリチャード・マーシュの「キリスト再臨」とか半村良の「岬一郎の抵抗」などである。超能力者と、それにたかろうとする人間、あるいはそれを危険視する人間を描いた作品だ。またエソウという名前からわかるように、この作品には parable めいた趣があるため、T. F. ポゥウィスの「ミスタ・ウエストの高級ワイン」みたいな寓話も思い出した。その一方で「ハルマゲドン」とか「メテオ」といったSF映画も思い出した。いずれの作品においても人間関係の亀裂が、地球に衝突する巨大隕石によって象徴化されているが、本書のブラックホールもエソウとローズの関係の破綻を象徴している。「ハルマゲドン」も「メテオ」も本書も、隕石と地球の衝突やブラックホールの出現が物語の目玉のように見えるけれど、じつはそのドラマの脇で展開している人間的な確執こそが本当のドラマなのである。

しかし以前も書いたが、ジョン・ラッセル・ファーンのSFはあんまり面白くない。ミステリのほうが緻密に考えられていて読み応えがある。

Tuesday, June 14, 2022

新ドイツ語大講座 訳読編

第5課 「かの如く」の哲学

解説:Hans Vaihinger (1852-1930) が「かの如くの哲学」の著者として日本に紹介されたのは、今から二十年近くも前だったろうか。一生をカントの復興と祖述に捧げた人で、カント文献学の創始を初め、「純粋理性批判註釈」のような地味な研究、世界のカント研究者のための機関誌「カント研究」の編集などが主な仕事であった。主著の „Die Philosophie des Als-Ob“ も、標題は奇抜に見えるが、じつはカントの主観的観念論のひとつの応用である。本文は筆者がファイヒンゲルの著書並びに彼に関する研究をあさっているうちに興味を感じた点を独文にまとめたもので、第8課の「アインシュタインの空間論」とならんで、哲学に興味を有する諸君の手引きになれば幸いである。哲学と言うと何か難解な漢字を使って、常人に分からないようなことを説いたり考えたりするもののように思いこんでいるひとびとは、本文を研究することによって、哲学が具体的な生きた現実から出発したものであること、毎日われわれが当面する日常生活の個々の問題を合理的につきつめていくことが哲学することであることを、悟ると思う。本文は主題が „als ob“ であるから、接続法の動詞がしきりに出てくる。「基礎入門編」の第26講および第29講を思いかえしながら研究してほしい。

Die Philosophie des Als-Ob

[1] Das Hauptwerk des Philosophen Hans Vaihinger führt den wunderlichen Titel: Die Philosophie des Als-Ob1. Es sei2 an einigen Beispielen erklärt, was der Philosoph eigentlich mit diesem „Als-Ob“ sagen will.
 Man weiß3, was ein Punkt ist. Man weiß, daß er in der Mathematik eine große Rolle spielt4. In Wirklichkeit5 aber gibt es6 nirgends einen Punkt. Man kann sich zwar einen Punkt denken7, aber8 zeichnen kann man ihn nicht9. Nimm10 einen ganz spitzen Bleistift und versuche es, einen streng mathematischen Punkt zu machen! Es wird dann kein mathematischer Punkt, d.h.11 eine ausdehnungslose Stelle im Raume12 sein, sondern eine Fläche. Nein, nicht einmal eine Fläche, sondern ein Körper. Sieh ihn dir einmal durch ein Vergrößerungsglas an13: es ist ein massiver14 Berg von Graphit!

〕 Die Philosophie des Als-Ob 「かくの如く」の哲学  Das Hauptwerk des Philosophen Hans Vaihinger 哲学者ハンス・ファイヒンゲルの主著は den wunderlichen Titel: Die Philosophie des Als-Ob 「かの如くの哲学」という風変わりな標題を führt もっている。der Philosoph この哲学者が eigentlich そもそも mit diesem „Als-Ob“ この「かの如く」をもって sagen will 言わんと欲する was ところの Es ことは an einigen Beispielen 二三の例によって sei......erklärt 説明されてあれ(この「かの如く」なる言葉によってファイヒンゲルが何を言わんとするかを、二三の例によって説明しよう)。
 Man われわれは ein Punkt 点とは was 何で ist あるかを weiß 知っている。Man われわれは er (Punkt) 点が in der Mathematik 数学において eine große Rolle ひとつの大きな役割を spielt 演じている daß ことを weiß 知っている。aber しかし In Wirklichkeit 本当は einen Punkt 点は gibt es nirgends どこにも存在しない。zwar なるほど Man われわれは einen Punkt 点を kann sich......denken 考えてみることはできる、aber しかし man われわれは ihn 点を zeichnen kann......nicht 描くことはできない。einen ganz spitzen Bleistift 非常に先のとがった鉛筆を Nimm 取って und そして einen streng mathematischen Punkt 厳密に数学的な点を zu machen つくる es ことを versuche 試みてみたまえ(試みに先の鋭く尖った鉛筆を取って数学上の定義にすこしもちがわないような点をこしらえてみたまえ)! dann [さて]書いてみると Es それは kein mathematischer Punkt 数学上の点、 d.h. (das heißt と読む)すなわち eine ausdehnungslose Stelle im Raume 空間内における拡がりのない位置 wird......[kein]......sein とはならないであろう、sondern むしろ eine Fläche ひとつの平面[になるであろう]。Nein いな、 eine Fläche 平面 nicht einmal ですらもない sondern むしろ ein Körper ひとつの立体[となるだろう]。einmal こころみに ihn (Körper) それを durch ein Vergrößerungsglas 拡大鏡によって Sieh......dir......an [よく]見てみたまえ! es それは ein massiver Berg von Graphit ひとつのかさばった黒鉛の山 ist である!

das Als-Ob, das Morgen, das blutgerdrillte Muß など【1】Die Philosophie des Als-Ob 名詞以外の品詞、または句、文章などを、そのままの形で名詞化すると、すべて中性の扱いをする。そして二格の語尾 -s をつけない。本文の場合も、接続詞 als ob を名詞化して das Als-Ob とし、さらにそれを二格にして die Philosophie の規定句としたのである。英語でも Most of my yesterdays have been spent telling what's wrong with America--always, I hope, with suggestions for constructive change. Most of my tomorrows will be similarly employed. 「私の„昨日“の大部分はアメリカの調子の狂った点を語ることに費された――しかもそのつど、どう改革したらいいかということを検討することを忘れなかったと思う。私の„明日“の大部分も同様な目的に用いられるであろう。」などと言って任意の品詞・句・文章を名詞化するが、性についてはなんの規定もなく、ふつうの名詞と同じ扱いをするだけである。この点、ドイツ語は性が判然と区別されているだけに冠詞をつけるときに注意を要する。
 (1) Arbeite nur für das Heute; das Morgen kommt von selber und mit ihm auch die neue morgige Kraft.
  ただ„今日“のために働け。„明日“はひとりでやってくる、そして„明日“とともに新しい明日の力もやってくる。
 (2) Er hatte von seinem Vater das blutgedrillte Muß, vor einer bittern Sache nicht auszukneifen.
  彼は困難に面して尻込みして逃げるような真似をしないだけの、血のにじむような修行でたたき込んだ„べし“を父から承けついでいた。
【2】Es sei これは「基礎入門編」の第28講で勉強した要求話法の一例である。筆者の要望を表わしていると考えても、筆者と読者との取りきめを表わしていると考えてもよい。Es sei から sagen will までを、次のように書きかえてもよい:Was ist denn das nun eigentlich, dieses „Als-Ob“? Ein paar Beispiele werden es uns klar machen. 「そもそもこの„かの如く“とは何であろうか? 二三の例を引いてみればわかると思う」。
【3】Man weiß ここは Wir [alle] wissen, was in Punkt ist. と言うのと同じ。
【4】eine große Rolle spielt = eine wichtige Rolle spielt.
【5】In Wirklichkeit = im Grunde 「実際は」
【6】gibt es es gibt については「基礎入門編」の§123 を参照すること。
【7】sich......einen Punkt denken = sich einen Punkt vorstellen 「点を心に描く」。
【8】zwar......aber 「なるほど……だがしかし」の意を表わす対照的接続詞には、zwar......aber のほかに wohl......aberfreilich......aber などがある。
【9】zeichnen kann man ihn nicht ここはまた herstellen kann man ihn nicht 「点をこしらえることはできない」と言ってもよい。
【10】Nimm du にたいする nehmen の命令形。次の versuche も同じく du にたいする命令形である。zu machen! までの文章を Sie を主語にするとこうなる:Versuchen Sie es einmal, nehmen Sie Ihren ganz spitzen Bleistift und machen Sie einen Punkt.
【11】d.h. = das heißt. 並立的接続詞でよく省略形を用いるのは:zum Beispiel (略 z.B.)「たとえば」、zum Exempel (略 z.E.)「たとえば」、das ist (略 d.i.)「すなわち」、beziehungsweise (略 bzw.)「あるいは」、nämlich (略 näml.)「すなわち」などである。
【12】eine ausdehnungslose Stelle im Raume 「位置だけはあるが拡がりがない」。この句は前文の„mathematischer Punkt“だけの言い換えで、kein は含まれていないことに注意する必要がある。
【13】Sieh......dir......an これも du にたいする命令形。sich etwas ansehen, sich etwas denken などの sich (三格)は前注で説明したように「関心の三格」で、わざわざ訳出するにおよばない。
【14】massiver 英語の massive と同じ意味に使うこともあるが、ここはむしろ solidcompact 「どっしりした・厚味のある」の意味。ここのところを es ist ein winziger Berg von Graphit 「それは黒鉛のごく小さい山である」と言ってしまえば平凡になってしまう。massiv と言うと表現の面白さが加わる。

[2] Aber diese Tatsache stört uns gar nicht. Wir tun so, als ob15 es wirklich Punkte gäbe16, und treiben unsere Geometrie unbeirrt weiter17. Und zwar mit Reicht! Denn täten wir das nicht18, dann gäbe es überhaupt keine Wissenschaft und keine Technik mehr in der Welt.
 Und dennoch: der eigentliche mathematische Punkt, der nur ein Ort sein und keine Ausdehnung haben soll, existiert nirgends in der Welt, sondern nur in unserem Denken19. Er ist ein Gedankending, eine Fiktion, über deren Unwirklichkeit man sich völlig im klaren ist20, die man aber nicht entbehren kann.

〕Aber しかし diese Tatsache この事実は uns われわれを stört......gar nicht すこしもさまたげない(こういう事実があったからといって一向さしつかえはない)。Wir われわれは als ob あたかも wirklich ほんとうに Punkte 点が es......gäbe 存在する[かの如く]に、so そのように tun 行う(われわれはあたかも点というものが実在しているかの如くにふるまっている)、und そして unbeirrt 迷うことなく unsere Geometrie われわれの幾何を treiben......weiter やりつづける(そんなことにおかまいなくお馴染みの幾何を先へ先へと研究していく)。Und zwar しかも mit Recht [そうすることが]正しいのである(そしてまたそれでよいのだ)! Denn なぜならば wir [もしも]われわれが das そのことを täten......nicht なさない[ならば](もしもわれわれが、点が実在するという仮定に立って研究をしないならば)、dann その場合には(そうすると) überhaupt そもそも in der Welt この世の中に keine Wissenschaft......mehr もはや科学も und また keine Technik [mehr] 技術も gäbe es 存在[しないであろう]。
 Und dennoch それにもかかわらず: nur ein Ort sein......soll たんに位置であるべきで und そして keine Ausdehnung haben [soll] 拡がりをもつべきでない der ところの der eigentliche mathematische Punkt 本来の数学的点は(本来の数学的な点というものは、位置だけはもっているが拡がりのないものであるから)、nirgends in der Welt 世界のどこにも existiert 存在[しない] sondern のであって nur ただ in unserem Denken われわれの頭のなかに[存在するだけである]。Er (der mathematische Punkt) それは ein Gedankending 思惟の所産 ist である、eine Fiktion ひとつの仮構[である]、über deren Unwirklichkeit それの非現実性に関して man われわれは völlig 完全に sich......im klaren ist 意識している、aber しかし man われわれは die それを nicht entbehren kann 無しにすませるわけにはいかないのである(点なぞというものはわれわれが頭の中でこしらえたもので、したがって実在しないものであることはよくわかっているが、さりとて無くてはさっそくにこまるものなのだ)。

〕【15】Wir tun so, as ob = Wir stellen uns so, als ob = We pretend to......したがって意味の重点は tun よりも als ob 以下にある。
【16】als ob es......Punkte gäbe als ob の用法については「基礎入門編」の§139 を参照すること。
Er trinkt seinen Kaffee. 習慣・性癖などを指す物主代名詞【17】und treiben unsere Geometrie unbeirrt weiter 「一向おかまいなしにわれわれの幾何学をつづけてやる」だが、日本語としては unsere 「われわれの……」が余計なもののように感じられる。Er trinkt seinen Kaffee. 「彼は彼のコーヒーを飲む」といった表現はドイツ語に限らず、英語にも仏語にも多いが、これには「彼のおきまりの」、「いつもの」または「彼独特の」という着色がある。つまり、習慣あるいは習癖を指す意味が付随概念(Nebenbegriff)として含まれている。次の諸例で微妙な意味の着色になれてほしい:
 (1) Ich habe meine Geschäfte.
  私には仕事というものがある。
 (2) Er ist auf seiner Reise.
  彼はいつもの旅行に出ている。
 (3) Er raucht sein Pfeifchen.
  彼は例のごとくパイプで喫煙している。
 (4) Er will sich sein Mittagsschläfchen nicht stören lassen.
  彼は習慣の昼寝をさまたげられることをいやがる。
 (5) Da kommt der Herr Professor mit seiner Erkenntnistheorie herbei und beweist, daß es erkenntnistheoretisch falsch sei.
  すると教授という厄介な代物が例の認識論とやらをひっさげて立ち現われ、それは認識論的に誤っていると言ってご証明になる。
 (6) Sie hat ihren Mässigkeitsverein, ihren Mitwoch, ihre Besuche, ihr ich weiß nicht was alles, ich aber habe rein gar nichts, höchstens meine Langeweile.
  彼女には彼女の禁酒宣伝会や、水曜の例会や、訪問や、そのほか何だか変なものがたくさんあるが、僕には全然何にもない、たかだが退屈があるぐらいなものだ。
 (7) Ein jeder hat seine eigene Weise, betrogen zu werden, wie er seine eigene Weise hat, sich einen Schnupfen wegzuholen.
  [女に]だまされるのにも、人によってそのひと独特のだまされ方がある、それは風をひくのにも人によってそれぞれひき方があるのと同様である。
【18】täten wir das nicht = wenn wir das nicht täten. この wenn のかわりの倒置法については「基礎入門編」の§137 を参照すること。
【19】existiert......in unserem Denken = existiert......in unserem Kopfe (in unserer Einbildung, in unserer Vorstellung).
【20】über deren Unwirklichkeit man sich völlig im klaren ist über etwas im klaren sein = to be fully enlightened about something, to see (understand) it clearly.

[3] Nehmen wir jetzt ein anderes Beispiel. Da21 wird ein Mensch zum Tode verurteilt22, weil er einen andern ermordet hat. Und warum verurteilt man ihn zum Tode? Offenbar darum, weil man seine Tat mißbilligt, d.h. weil man sich sagt23: er hätte seine Tat nicht begehen sollen, er hätte anders handeln sollen24.
 Dem Satz: „Er hätte anders handeln sollen,“ liegt aber als notwendige Voraussetzung ein anderer zugrunde25: „Er hätte anders handeln können.“ Ohne diesen zweiten26 hätte der erste keinen Sinn.

〕jetzt つぎに wir われわれは ein anderes Beispiel ほかの例を Nehmen とってみよう。Da ここに ein Mensch ひとりの人間が[あって] er 彼が einen andern [Menschen] ほかの人間を ermordet hat 殺した weil という理由で、wird......zum Tode verurteilt 死刑の宣告を受ける[と仮定してみよう]。Und ところで warum なぜ man われわれは ihn 彼を verurteilt......zum Tode 死刑に宣告するのであろうか? Offenbar 明らかに、man われわれが seine Tat 彼の行為を mißbilligt 非とする weil から、d.h. すなわち、er 彼は seine Tat その行為を hätte......nicht begehen sollen なすべきではなかった、er 彼は hätte anders handeln sollen 別な行動をとるべきであった、[と] man われわれは sich 自分に sagt 言う weil から darum それだから[である](それは明らかに、われわれが彼の行為を非なりと判断するからである、言葉を換えて言えば、われわれは、彼はかかる犯罪を犯してはならなかった、彼はべつな行動をとるべきであった、と考えるからである)。
 aber ところが „Er hätte anders handeln sollen,“ 「彼はべつな行動をとるべきであった」 Dem Satz [という]命題には als notwendige Voraussetzung 必然的な前提として ein anderer [Satz] 他の[命題]が liegt......zugrunde 基礎に横たわっている、[すなわち] „Er hätte anders handeln können.“ 「彼はべつな行動をとることができたのだ」(ところが、「彼は別の行動をとるべきであった」という命題が成立するために、その基礎として「彼は[その気になれば]べつな行動をとることもできたのだ」というもうひとつの命題が必ずなくてはならない)。Ohne diesen zweiten [Satz] この第二の[命題]がなければ der erste [Satz] 第一の[命題]は hätte......keinen Sinn なんの意味をももたないであろう(無意味となるであろう)。

〕【21】Da ほとんど zum Beispiel と言うのに同じである。
【22】zum Tode verurteilt einen zum Tode verurteilen = to pass a sentence of death (a death-sentence) upon someone の受動形。
【23】sich sagt = sich denkt.
Für dich täte ich alles. 約束話法の結論部の独立用法【24】er hätte......sollen この接続法を用いたふたつの文章はどちらも「基礎入門編」の第29講で述べた約束話法である。もっと詳しく言えば、§138 の「前提部または結論部の独立用法」の中の結論部の独立用法である。どちらの文意にもたとえば Wenn er sich Sache die besser überlegt hätte 「もし彼がこの件についてもっとよく考えてみたのであったら」といったような前提部が省かれていると考えることができる。いかなる前提部が省略されているかは、文脈で容易に判断しうるものである:
 (1) Für dich täte ich alles.
  君のためなら僕はなんでもするよ。
 考え方Wenn es für dich geschehen sollen, dann täte ich alles. 「君のためにするのであったなら、それなら僕はなんでもするよ」 Für dich täte ich alles, wenn ich Gelegenheit dazu hätte. 「君のためになら、機会さえあれば、僕はなんでもするよ」
 (2) Er hätte es nicht tun sollen.
  彼はそんなことをすべきではなかった。
 考え方Eigentlich hätte er es nicht tun sollen. 「本来ならば彼は……」 Er hätte es nicht tun sollen, wenn es nach mir gegangen wäre. 「僕の考えどおりになっていたら、彼は……」
 (3) Niemand widersprach ihm. Es wäre auch überflüssig gewesen.
  だれも彼に反対しなかった。また反対したところで無駄だったろう。
 考え方Wenn jemand ihm widersprochen hätte, so wäre es überflüssig gewesen. 「だれか彼に反対したところ……」
 (4) Ohne dich wäre ich umgekommen.
  君がいなかったら僕は死んだだろう。
 考え方Wenn du nicht da gewesen wärest, so wäre ich umgekommen.
【25】liegt......zugrunde etwas liegt etwas anderem zugrunde 「甲が乙の基礎となっている。甲が成立するためにはその基礎として乙がなければならない」。
【26】Ohne diesen zweiten 「この第二の命題がなかったならば」。注24を参照せよ。

[4]Hätte er aber tatsächlich anders handeln können? Hätte ein anderer Mensch, der Richter zum Beispiel, an seiner Stelle27 anders gehandelt? Hand aufs Herz28: Hättest du selbst an seiner Stelle anders handeln können, wärest du29, nehmen wir mal an, mit demselben Charakter geboren wie dieser Mensch, in dasselbe Milieu, in dieselben Verhältnisse, in dieselbe Lage geraten, worin sich dieser Mensch zur Zeit seiner Missetat befand?
 Höchstwahrscheinlich30 hätte dann auch jeder andere gerade so handeln müssen, wie dieser Mensch gehandelt hat. Allem Anscheine nach hat er nur so, und nicht anders handeln können.

〕 aber しかし er 彼は tatsächlich 実際に hätte......anders handeln können べつな行動をとることができたであろうか? ein anderer Mensch ほかの人間、 der Richter zum Beispiel たとえば裁判官は an seiner Stelle 彼の地位におかれたならば Hätte......anders gehandelt べつな行動をとったであろうか(ほかの人間、たとえば裁判官が彼の立場におかれたとして、はたしてべつな行動をとったであろうか)? Hand 手を aufs Herz 胸の上へ(正直に言いたまえ):du selbst 君自身が an seiner Stelle 彼の立場におかれたとして Hättest......anders handeln können [はたして]べつな行動をとることができたであろうか、nehmen wir mal an これは仮定の話だがしてみよう、du 君が mit demselben Charakter......wie dieser Mensch この人間と同じ性格をもって geboren 生まれ、dieser Mensch この人間が zur Zeit seiner Missetat 彼の犯行の時期に sich......befand 置かれた worin と in dasselbe Milieu 同じ環境へ、in dieselben Verhältnisse 同じ境遇へ、in dieselbe Lage 同じ状態へ wärest......geraten 陥ったならば(仮に君がこの犯罪者と同じような性格を持って生まれ、犯行時期に彼がおかれたと同じ境遇に陥ったとして、はたして君はべつな行動をとりえたであろうか)?
 dann その場合には Höchstwahrscheinlich おそらくは auch jeder andere 各々のほかの人間も(ほかのどんな人間でも) gerade so......wie dieser Mensch gehandelt hat この人間が行動したとちょうど同じように hätte......handeln müssen 行動しなければならなかったであろう。Allem Anscheine nach 十中八九 er (jeder andere) 彼は nur so ただそうしか hat......[handeln können] 行動できなかったであろう、und そして [hat]......nicht anders handeln können べつな行動をとることができなかったであろう。

〕【27】an seiner Stelle この文章は an seiner Stelle に前提部が含蓄されていると見て:Hätte ein anderer Mensch, der Richter zum Beispiel, anders gehandelt, wenn er an seiner Stelle gewesen wäre? と言いかえてもよい。
【28】Hand aufs Herz die Hand aufs Herz legen = to lay one's hand on one's heart これは法廷に立って証言をする時などの仕草で、誓って嘘を言わないことを表示する。転じて「正直なところ」、「掛け値のないところ」の意の挿入句に用いる。
【29】wärest du = wenn du......geraten wärest, worin......
【30】Höchstwahrscheinlich wahrscheinlich の意味を強調するために höchst を付加したもの。つぎに出てくる allem Anscheine nach と同じである。日本語なら、とくに強く発音する場合の「たぶん」「おそらく」(まちがいない!の意)に相当する。

[5] Und doch hätte er anders handeln sollen? Wie reimt sich das aber zusammen, die Forderung einerseits: „Er hätte anders handeln sollen“ und andererseits die eiserne Tatsache31: „Er hätte aber gar nicht anders handeln können“? Denn jene bejaht die Freiheit des menschlichen Willens32, diese verneint sie.
 Hiergegen ist zu antworten: Um überhaupt bestrafen zu können, ist die Annahme der Freiheit des menschlichen Willens unumgängliche Voraussetzung. Denn wenn man alle menschlichen Handlungen samt und sonders33 als Wirkungen betrachtete, welche mit ihren Ursachen naturnotwendig verknüpft wären, so würde es ein großes Unrecht sein, Verbrecher überhaupt bestrafen zu wollen.

〕 Und doch しかもそれにもかかわらず er 彼(犯行者)は hätte......anders handeln sollen べつな行動をとるべきであった[というのであろう]か? aber しかし das つぎの[ふたつの矛盾した]ことは Wie どういうふうに reimt sich......zusammen つじつまが合っているのであろうか(すなわち「撞着しているではないか」)、[すなわち] einerseits 一方においては „Er hätte anders handeln sollen“ 「彼はべつな行動をとるべきであった」 die Forderung [という]要求 und と andererseits 他方では „Er hätte aber gar nicht anders handeln können“? 「しかし彼はぜんぜんべつな行動をとりえなかったであろう」 die eiserne Tatsache [という]鉄の(盤石のごとき)事実と(一方では「彼はべつな行動をとるべきであった」と要求しても、他方には「しかし彼はべつな行動をとることはぜんぜん不可能だった」という厳として動かしがたい事実がひかえている、この両者の矛盾をつじつまを合わせる方法があるだろうか)? Denn なぜ[こういう疑問が起こる]かというと jene (Forderung) 前者は die Freiheit des menschlichen Willens 人間意志の自由を bejaht 肯定し、diese (Tatsache) 後者は sie (Freiheit) それを verneint 否定する[からである]。
 Hiergegen この[疑問]にたいしては ist zu antworten [つぎのように]答えなくてはならない: überhaupt そもそも Um......bestrafen zu können 罰しうるためには(いやしくも処罰ということが成りたちうるためには) die Annahme der Freiheit des menschlichen Willens 人間意志の自由の仮定(人間の意志は自由であるという仮定)は unumgängliche Voraussetzung 不可避的な前提 ist である。Denn なぜかと言うに wenn もしも man われわれが alle menschlichen Handlungen あらゆる人間の行動を samt und sonders ことごとく、 mit ihren Ursachen その原因と naturnotwendig 必須的に verknüpft wären 結びついている welche ところの Wirkungen 結果 als として betrachtete 観察する[ならば](なぜならば人間のあらゆる行為は、結局それぞれ原因があって、この原因からかならず出てくる結果であるというふうに考えてくれば)、überhaupt そもそも Verbrecher 犯罪者を bestrafen zu wollen 処罰しようなぞと思う es ことが ein großes Unrecht 大きな不正 würde......sein となるであろうから。

〕【31】die eiserne Tatsache eisern は「鉄の」すなわち「鉄石のごとき」で、unbestreitbar 「争うべからざる」、unabwendbar 「不可避の」、unleugbar 「否定しがたい」といった意味。
【32】die Freiheit des menschlichen Willens 通俗的にわかりやすく言うと、「意志の自由」というのは、われわれがわれわれの行為に責任をもつ(Wir sind verantwortlich für unsere Taten.)ことである。このような意志自由説を奉ずるひとびとにたいして、人間意志の自由を否定するひとびとは、たとえば「人間は環境の産物である」といったことを主張して、われわれの欲する通りに行動できる(Wir können, wie wir wollen.)というのは嘘で、実際は、われわれは必然にしたがって動いている(Wir tun, wie wir müssen.)にすぎないと主張する。この争いは古来、哲学の、いな、全人類のもっとも困難な問題のひとつとして、こんにちなお解決されずにある。
【33】samt und sonders = each and all, all and sundry, jointly and severally, all together.

[6] Was würde nun aber aus der menschlichen Gesellschaft34, wenn man alle Verbrecher laufen ließe35?
 Es ist also eine praktische Forderung, daß wir die Verbrecher bestrafen müssen. Hierzu müssen wir aber durchweg so handeln, als ob es einen freien Willen gäbe. Ob es überhaupt einen solchen gibt, kümmert uns hier ebensowenig wie die Frage, ob es einen mathematischen Punkt gibt. Wir machen demnach jeden Missetäter für seine Tat verantwortlich, als ob er ebensogut anders hätte handeln können. Aus alledem erhellt, daß auch das Strafrecht auf einem Als-Ob beruht.

〕 nun aber ところが wenn もしも man われわれが alle Verbrecher あらゆる犯罪人を laufen ließe 無罪放免する[としたら]、aus der menschlichen Gesellschaft 人間の社会から Was 何が würde できあがるであろうか(人間の社会はどうなるであろうか・秩序が保てなくなる!)?
 also それゆえに wir われわれが die Verbrecher 犯罪者を bestrafen müssen 罰しなくてはならない daß という Es ことは eine praktische Forderung 実際上の要求 ist なのである(だからしてわれわれは[理論はともかくとして]社会生活を実際に営んでいくうえからして、いやでも犯罪人を罰しなくてはならないのだ)。Hierzu そうするためには(犯罪者を罰するためには) aber しかし wir われわれは、 als ob あたかも、 einen freien Willen 自由意志なるものが es......gäbe 存在する[かの如く]、durchweg あくまでも so そのように müssen......handeln 行為しなければならない(われわれはあたかも自由意志が存在するかのごとくにふるまわねばならない)。überhaupt そもそも einen freien [Willen] かかるもの(自由意志なるもの)が es......gäbe 存在する ob か否か[という問題]は、hier この場合においては、ob es einen mathematischen Punkt gibt 数学的点が存在するかいなか die Frage [という]問題 kümmert uns......ebensowenig wie と同じくわれわれの関わるところではない。demnach したがって Wir われわれは jeden Missetäter あらゆる犯罪者に für seine Tat その[犯した]行為にたいして machen......verantwortlich 責任を負わせる、als ob あたかも er 彼が ebensogut ちょうど同じようによく anders hätte handeln können べつな行動をとることができたかの如く(罪を犯した者があると、あたかもその犯罪者がべつな行動をとることもできたかの如くに考えて、その犯行にたいして責任をとらせる)。Aus alledem 以上のことから、auch das Strafrecht 刑法もまた auf einem Als-Ob ひとつの「かの如く」(仮定)に beruht 立脚する daß ということが erhellt 明らかになる。

〕【34】Was würde......aus der menschlichen Gesellschaft 人なり物なりが「……の状態なる」ことを aus と werden とで表現する。Aus ihm wird nichts = He will never be anything (in the world). Was soll aus dir werden? = What is to become of you?
【35】laufen ließe einen laufen lassen (to discharge him) 「雇人などを解雇する・おいはらう」;to let one off, to set free, to release 「犯人などを放免する・追わぬ」

[7] Und so stoßen36 wir im geistigen Leben Schritt auf Schritt37 auf solche notwendigen und nützlichen Fiktionen. Hätte man sie nicht38, dann könnte man weder denken noch handeln. Ja, nicht einmal leben könnte man ohne einen solchen nützlichen Irrtum. Wie bald ist der Tod da39! Und dennoch leben wir so, als ob wir ewig da sein könnten40! Vielleicht hat dieses Leben gar keinen Sinn! Und dennoch leben wir, als ob es einen hätte!
 Und wir tun recht daran41. Das ist der Sinn der Philosophie des Als-Ob.

〕 Und so こういうふうに wir われわれは im geistigen Leben 精神生活において Schritt auf Schritt 一歩一歩(いたるところで、精神生活のいかなる方面においても) auf solche notwendigen und nützlichen Fiktionen このようなやむをえないしかも有用の虚構に stoßen 逢着する。man [もしも]われわれが sie (Fiktionen) かかる虚構を Hätte......nicht もたなかったならば、dann その時には man われわれは könnte......weder denken noch handeln 考えることも行動することもできないであろう。Ja いな、ohne einen solchen nützlichen Irrtum かかる有用な誤謬がなかったならば man われわれは nicht einmal leben könnte 生きることすらできないであろう。Wie bald いかに早く der Tod 死は ist......da 来ることか(死はすぐまじかに迫っている)! Und dennoch それにもかかわらず wir われわれは、als ob あたかも wir われわれが ewig 永遠に da sein könnten 生きつづけられるかのごとくに so そのように leben 生きている! Vielleicht おそらく dieses Leben この[われわれの現世の]生活は hat......gar keinen Sinn なんの意味ももっていない[であろう]! Und dennoch それでも wir われわれは、als ob あたかも es (dieses Leben) それが einen (=Sinn) 意味を hätte もっているかのごとく leben 生活している。
 Und しかも wir tun recht daran そうすることが正しいのだ(それはそれでいいのだ)。Das これが der Sinn der Philosophie des Als-Ob 「かの如く」の哲学の意味 ist である。

〕【36】stoßen 三要形:stoßen, stieß, gestoßen. auf etwas (四格) stoßen 「あるものにぶっつかる・逢着する」。auf einen stoßen なら「ひとにめぐり会う・邂逅する」。
【37】Schritt auf Schritt = auf jeden Schritt = überall 「いたるところ・どこへでも」。これとつぎの句とが混同されやすいから注意を要する:Schritt für Schritt 「一歩一歩・漸次に」
【38】Hätte man sie nicht = Wenn man sie nicht hätte.
【39】Wie bald ist der Tod da! = Wie bald naht sich der Tod!
【40】als ob wir ewig da sein könnten = als ob wir ewig weiter leben könnten.
【41】wir tun recht daran daran tun の用法:er hat gut daran getan = he acted wisely (in doing it); du würdest wohl daran tun zu schreiben = it will be well for you to write; er würde besser daran tun nachzugeben = it would be better for him to yield, he had better give in.

Saturday, June 11, 2022

英語読解のヒント(13)

13. 条件・理由を付加する and

基本表現と解説
  • Are you going away, and you came only this morning? 「もうお帰りですか? 今朝来たばかりなのに」

and が when (~なのに)とか though (~であるが)とか because (~であるがゆえに)の意味で用いられることがある。

例文1

"You have seen him! And you only arrived in France last night. Where did you see him? What has happened to him?" She gripped me by the wrist in her anxiety.

Arthur Conan Doyle, Uncle Bernac

「彼とお会いになった! 昨日の晩、フランスにいらしたばかりだというのに。どこでお会いになったの? 彼になにがあったの?」彼女は心配そうにわたしの手首を握った。

例文2

"Well, that is the story of the death of poor Jim-Jim and how we avenged it. It is rather interesting in its way, because of the fight between the two lions, of which I never saw the like in all my experience, and I know something of lions and their manners."

H. Rider Haggard, A Tale of Three Lions

「そういうことだったんだよ、ジムジムが亡くなり、われわれがその仇を討ったいきさつというのは。それなりに面白いところもあるだろう。二匹のライオンが闘うわけだからね。あんなのはわたしも見たことがない。これでもライオンやライオンの習性をある程度は知っているほうなんだがね」

例文3

 "Evangeline, is that you calling? What is the matter? Where are you?"
 "Shut up in the boot-closet. You ought to be ashamed to lie there and sleep so, and such an awful storm going on."

Mark Twain, "Mrs. McWilliams and the Lightining"

 「エヴァンジェリン、呼んだのはおまえかね。どうしたのだ? どこにいる?」
 「靴箱の中です。そんなところでぐうぐう寝たりして恥ずかしくないの? 大変な嵐が吹き荒れているというのに」

Wednesday, June 8, 2022

英語読解のヒント(12)

12. go / come / try and + 動詞

基本表現と解説
  • Go and tell him all about it. 「行って彼に一切を語れ」

この形の and は to-不定詞の代用である。また、この and は省略されることもある。

例文1

If any of my readers should be disposed to think me weak, let him try and imagine the situation: A ghostly sort of night; overhead the stars watching in solemn splendour; rows of tall trees with great masses of foliage through which the wind wailed and sighed; all around dark with a blackness that was impenetrable; and following me some invisible being or thing that made audible footfalls.

J. E. Muddock, Stories, weird and wonderful

読者の中にわたしを臆病と思う者があるなら、このときの情況を想像してみてほしい。幽霊の出そうな夜、頭上では厳かに輝く星がその目を見張っている。背の高い木々が幾列も立ち並び、こんもりと繁った葉のあいだを風がむせぶように、溜息をつくように吹き抜ける。まわりは鼻をつままれてもわからぬ真っ暗闇で、見えない生き物かなにかが足音とともにわたしのあとをつけてくる。

例文2

The mother blessed her son, and bade him go strike a blow for his country.

G. P. Quackenbos, Primary History of the United States

母はその子に祝福を与え、「行きて国家のために剣を振るえ」と命じた。

例文3

"Then we shall go to the theatre in Duke Street, where we shall meet Mohun; and then we shall all go sup at the 'Rose' or the 'Greyhound.'"

William Makepeace Thackeray, The History of Henry Esmond, Esq.

「それからデューク通りの劇場へ行ってモーハンに会い、そろって薔薇楼か猟犬亭で晩餐にありつこう」

Monday, June 6, 2022

英語読解のヒント(11)

11. 「名詞 + and」の形をした条件文

基本表現と解説
  • One false step and all is over. 「一歩誤れば、すべてが終わり」

条件文のなかで強調される名詞だけが残り、and 以下に帰結が示される形。

例文1

A word from me, and house, lands, baronetcy, were gone from him for ever — a word from me, and he was driven out into the world, a nameless, penniless, friendless outcast! The man's whole future hung on my lips—and he knew it by this time as certainly as I did!

Wilkie Collins, The Woman in White

わたしの一言で屋敷も土地も男爵の地位も永遠に彼のものではなくなる。わたしの一言で彼は名もなく、金もなく、友もない宿無しとなって世の中へ追い出されるのである。彼の未来はことごとくわたしの唇次第というわけだ。今では彼もそのことをわたしと同様知っている。

例文2

A hundred miles further and we shall cross the Ural mountains and be in Asiatic Russia.

Hugh Conway, Called Back

あと百マイル進めば、われわれはウラル山脈を越え、アジアロシアに入る。

例文3

A little longer, and thou needest not to be afraid to trace whose child she is.

Nathaniel Hawthorne, The Scarlet Letter

もう少したてば、あれが誰の子だとか心配せずともよくなります。

Thursday, June 2, 2022

英語読解のヒント(10)

10. all + 抽象名詞

基本表現と解説
  • to be all attention = to be keenly attentive
  • to be all kindness = to be very kind
  • to be all anxiety = to be extremely anxious
  • to be all eagerness = to be exceedingly eager

「all + 抽象名詞」の表現は上に示したように keenly とか very などの強意表現を使って書き換えることができる。

例文1

Curiosity and timidity fought a long battle in his heart; sometimes he was all virtue, sometimes all fire and daring....

R. L. Stevenson, New Arabian Nights

好奇心と臆病が胸の中で長いあいだ闘っていた。あるときは彼は美徳のかたまりになり、またあるときはひどく情熱的で大胆になった。

例文2

"I am all astonishment. How long has she been such a favourite? — and pray when am I to wish you joy?"

Jane Austen, Pride and Prejudice

「わたし、ほんとうに驚きました。ご懇意になってどれくらいたちますの? それからお喜びを申し上げるのはいつになるのかしら」

例文3

The very difference in their characters produced a harmonious combination; he was of a romantic, and somewhat serious cast; she was all life and gladness.

Washington Irving, The Sketch Book of Geoffrey Crayon, Gent.

性格の違いがかえって彼らの調和を生んでいた。彼はロマンチックで、やや真面目なタイプ。彼女のほうはひどく活発で晴れやかな人だった。

英語読解のヒント(111)

111. never so / ever so (1) 基本表現と解説 He looked never so healthy. 「彼がそのように健康そうに見えたことは今までになかった」 He looked ever so healthy. 「彼はじつに健康そうに見...