つい最近、プロジェクト・グーテンバーグの蔵書リストに「フォーチュン氏を呼べ」と「古き身体に新しき身体を」が新しく入った。
前者は誰もが知っている H.C.ベイリーの名作で、わたしが話すことなんて、なにもない。しかし後者を書いたモーリス・ルナールは、知っている人がどれくらいいるだろうか。
ルナールは1875年生まれで1839年に死亡しているフランス人だ。グロテスクなSFを書いたことで知られる。「古き身体に新しき身体を」は人間に動物の身体をくっつけたり、植物と機械をくっつけたりするマッド・サイエンティストの話のようだ。「ようだ」というのは、わたしはまだ読んでいないからで、たしか去年、面白そうだと思って Internet Archive から pdf をダウンロードし、電子書籍リーダーに入れておいたのだが、まだ読む暇がない。本書を H.G.ウエルズに捧げるという序文がついているが、おそらくウエルズの「モロー博士の島」からインスピレーションを得たのだろう。
話がすこし横道にそれるが、臓器移植にわたしはちょっとだけ興味がある。モダニズムの作品というのは有機的な全体を一度ばらばらにし、もう一度知的に組み立て直したものではないか、と考えているからだ。人体をミクロコスモスではなく、パーツの集合体とみなす考え方が二十世紀の初頭に、ジャンル小説の中にすらあらわれたというのは、注目すべきではないかと思っている。
残念ながらルナールの長篇作品は日本語には訳されていないようだ。これもわたしは未読なのだが、「オリアックの手」(事故で手を失ったピアニストに犯罪者の手がくっつけられるという話)などは映画化もされたらしい。ルナールは通俗作家で今は半分忘れられているのかも知れないが、当時はそれなりに人気があったようだ。
いまウィキペディアを見たら、「古き身体に新しき身体を」は、なんと2010年にブライアン・ステイブルフォードが「ドクタ・ラーン」というタイトルで訳し直している。興味のある向きはアマゾンで新訳を買って読むのもいいだろう。
Tuesday, June 4, 2019
エミール・C・テッパーマン「すまないね、ミスタ・ヒロヒト」
最近、檀一雄の「真説石川五右衛門」、石川淳の「狂風記」、そしてテッパーマンの「すまないね、ミスタ・ヒロヒト」を立てつづけに読み、パルプ小説とはなんだろうと思った。どの作品もほとんど人間を越えたエネルギーを表現しようとしている。そして人間を越えるあまり、そのエネルギーは「死」に...
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§10. Wir helfen einer dem andern . (Wir helfen einander.) おれたちはお互いに助け合う 「一人が他に」(einer dem andern)も「一人が他を」(einer den andern)も「一人が...