ジャック・ラカンはドストエフスキーの言明「神がいなければすべてが許される」をひっくり返して、「神がいなければすべてが禁じられる」と言った。この転倒は神を否定するリベラルな快楽主義者をよりうまく説明する。彼らは快楽の追求に人生を捧げている。しかしこの追求のための空間を保障する外的な権威が存在しないため、彼らは政治的に正しい規則(PC)をみずからにおしつけるのだ。まるで伝統的な道徳よりももっときびしい超自我が彼らを支配しているように。彼らは快楽を追求する際に他者の空間を傷つけたり侵犯するのではないかと怖れ、他者にいやな思いをさせないためのさまざまな規制を設け、みずからの行動を縛る。もちろん自分自身のためにも、同じくらい複雑な規則をつくりあげる。フィットネス、健康食品、リラクセーションなどなどだ。快楽主義者になることぐらい過酷で規制に縛られるものはない。
一方、厳密にこれと対応しているのが、暴力的なくらい直接的な形で神に向かい合う人々である。つまりみずからを、神の意志を実現する手段と考えている人々である。すべてが許されているのは彼らのほうである。原理主義者こそが、キルケゴールのいう「宗教による倫理の保留」を行っている。神の使命を果たすという名目で彼らは何千という人を殺しているのだ。
2010年11月9日にニューヨーク・パブリック・ライブラリで行われたスラヴォイ・ジジェクの講演から
Wednesday, June 19, 2019
エミール・C・テッパーマン「すまないね、ミスタ・ヒロヒト」
最近、檀一雄の「真説石川五右衛門」、石川淳の「狂風記」、そしてテッパーマンの「すまないね、ミスタ・ヒロヒト」を立てつづけに読み、パルプ小説とはなんだろうと思った。どの作品もほとんど人間を越えたエネルギーを表現しようとしている。そして人間を越えるあまり、そのエネルギーは「死」に...
-
ウィリアム・スローン(William Sloane)は1906年に生まれ、74年に亡くなるまで編集者として活躍したが、実は30年代に二冊だけ小説も書いている。これが非常に出来のよい作品で、なぜ日本語の訳が出ていないのか、不思議なくらいである。 一冊は37年に出た「夜を歩いて」...
-
§9. 不定の意を強める irgend 「何か」(etwas, was)といえばよいところを、特に念を入れて「何でもよいからとにかく何か」といいたい時には irgend etwas, irgend was といいます。その他不定詞(ein, jemand,...
-
§10. Wir helfen einer dem andern . (Wir helfen einander.) おれたちはお互いに助け合う 「一人が他に」(einer dem andern)も「一人が他を」(einer den andern)も「一人が...