チャーチルは一作だけ長篇小説を書いている。それがローレニアという架空の国家を舞台にした政治小説「サヴローラ」だ。
ローレニアという国は内戦後、独裁者によって支配されるようになった。それに対する革命勢力を率いるのが表題のサヴローラという男である。
独裁者モラーラは革命勢力の秘密の活動について情報を得ようと、みずからの美しい妻ルシールをスパイとしてサヴローラに接近させる。
ところがルシールは、果断で知性的なサヴローラに恋をしてしまうのである。
彼女がサヴローラに接触した晩、革命勢力はついに行動を起こし、王宮に攻め入ろうとする。迫力のある戦闘場面がつづく。
独裁者モラーラはついに革命勢力によって殺害される。
ところがモラーラに忠実な海軍がローレニアに戻って来て、革命勢力の指導者サヴローラを引き渡さなければ首都を砲撃するという。革命勢力はその要求をのむが、サヴローラはルシールとともに逃げ出し、首都は海軍の攻撃によって崩壊する。
ざっとこんな話である。前半は美しいスパイによるハニートラップが描かれるが、後半はすさまじい市街戦が展開される。この部分はなかなかの迫力だ。革命軍は小麦粉が詰まった袋をつみあげて塹壕を築くのだが、それに敵の銃弾があたり「クリームのように白い奇妙な煙があがった」というあたりに、わたしはリアリズムを感じた。
すばらしく硬質な文章で、物語の展開のさせかたも堂に入っている。チャーチルの教養を存分に味わうことが出来る作品だ。サヴローラがチャーチルにとって理想的指導者であったのか、また、ルシールはチャーチルの母親をモデルにしているらしいが、この作品にオイディプス的欲望を読み取るべきなのか、わたしは今の段階ではちょっとよくわからない。しかしこの作品がたんなる手すさびではなく、彼が長く自分の内部であたため、どうしても表現せざるをえなかったなにものかであることは、よくわかる。
ウィンストン・チャーチルにはアメリカに住む同名の従弟がいたようで、彼も作家だった。そのため Internet Archive へ行って、ウィンストン・チャーチルの名前で作品を検索すると、両者の作品が入り混じって表示される。わたしもこれは知らなかった。ご注意。
関口存男「新ドイツ語大講座 下」(4)
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