ミステリという形式がなぜ文学作品の中によく取り込まれるのか。アラン・ロブ・グリエとか、大西巨人とか、錚々たる大文学者が、なぜミステリに魅了されるのか。知的なゲームだからか。それともこの娯楽形式には文学が思考を巡らさなければならない問題点を含んでいるからなのか。
わたしはミステリという形式には妙な問題が含まれているからだと思う。たとえば集合という観点から見たとき、ミステリが表現する集合はずいぶん奇怪な集合である。
ミステリ小説の本文が始まる前のページにはよく登場人物表が載せられている。あれを見ながら誰もが「この中の誰かが犯人だな」と考える。そこから除外される人間ももちろんいるだろう。シリーズものの名探偵の名前や、その助手などは、犯人ではないと考えられる。そんなふうにして残った人間が「犯人かもしれない人の集合」を形作る。
この「犯人かも知れない人の集合」には変な特徴がある。まず、この集合は犯罪を構成した人間によって意図的に作られた集合である。そして彼自身がその要素として集合の内部に存在している。もしも犯人がアリバイ工作をして犯罪を犯し得ないような見かけを作ったとした場合は、彼は空集合として「犯人かも知れない人の集合」の中に存在している。(自己言及性)
それ自身を含む集合というのは数学でも出てくるが、ミステリの扱う集合にはさらに変な特徴がある。集合の要素のあいだに要素らしさの(つまり犯人らしさの)濃淡がつくられるのだ。それはそうだ。犯罪を構成した犯人は、自分にもっとも容疑がかからないようにする。集合を構成した、その集合の要素がもっともその集合にふさわしくないような見かけを作り出すのである。(錯視効果)
こうした数学の集合とは異なる、ミステリの集合の奇怪さの中に、人間あるいは主体の問題が内包されているのではないか。ラカンが集合論について、主体の問題を捨象したところに成立していると云ったのはこのことではないか。
Friday, March 20, 2020
英語読解のヒント(164)
164. hang me if 基本表現と解説 Hang me if you can do it. I'm hanged if you can do it. I'll be hanged if you can do it. いずれも「お前にできるなら...
-
久しぶりにプロレスの話を書く。 四月二十八日に行われたチャンピオン・カーニバルで大谷選手がケガをした。肩の骨の骨折と聞いている。ビデオを見る限り、大谷選手がリングのエプロンからリング下の相手に一廻転して体当たりをくわせようとしたようである。そのときの落ち方が悪く、堅い床に肩をぶつ...
-
今朝、プロジェクト・グーテンバーグのサイトを見たら、トマス・ボイドの「麦畑を抜けて」(Through the Wheat)が電子書籍化されていた。これは戦争文学の、あまり知られざる傑作である。 今年からアメリカでは1923年出版の書籍がパブリックドメイン入りしたので、それを受けて...
-
「ミセス・バルフェイムは殺人の決心をした」という一文で本作ははじまる。 ミセス・バルフェイムは当時で云う「新しい女」の一人である。家に閉じこもる古いタイプの女性ではなく、男性顔負けの知的な会話もすれば、地域の社交をリードしもする。 彼女の良人デイブは考え方がやや古い政治家...