ハルバート・フットナーは非常に軽快なミステリを書いたカナダ生まれの作家である。わたしは彼の作風が好きで、一作だけ翻訳を出している。興味のある方は御覧いただけるとありがたい。彼はマダム・ストーリーを主人公にした作品で有名だが、リー・マッピンという犯罪研究家を主人公にしたシリーズも書いている。後者はなかなか手に入らないので、fadepage.com から Unneutral Murder が出たときはうれしくてならなかった。
しかし読んでみるとこれはフットナーの悪い側面が出た作品のようだ。第二次大戦中、マッピンが助手と共にポルトガルのリスボンに渡る。彼らはポルトガルにいるエージェントに暗号の説明をする使命を帯びていた。この暗号というのは敵国(ドイツ)のスパイに知られないようにするため、紙に書いて送ったり、電信電話で説明することができないのである。
ポルトガルでの活動はなかなか大変だ。とういのはポルトガルは中立国で、アメリカともドイツとも友好的な立場を取らなければならないからである。マッピンたちは常にゲシュタポたちに見張られながら活動をしなければならない。また現地の警察の協力を得ようとしても、ポルトガルとしては友好国の一方にだけ肩入れするわけにはいかない。協力は限定的とならざるをえない。
そんな困難な状況のなかで、マッピンたちはナチスに追われる人々を救ったり、いろいろな冒険を重ねるわけだ。そしてとうとうマッピンの助手はゲシュタポに殺される……。
マッピンがスパイを演じるというところは意表を突かれたけれど、しかしエピソードが横にただ連なっているだけで、なんのうねりもない。しかも一つ一つのエピソードもスパイものとしては単純で、面白くない。どんでん返しがどこにもないのだ。はじめから結末がわかってしまう。フットナーの軽快な筆致は、ともするとこのような単調さに陥る。おそらくドイツに立ち向かうマッピンという、プロパガンダ的な作品を書こうとしか思っていなかったのだろう。残念な一作だった。
英語読解のヒント(184)
184. no matter を使った譲歩 基本表現と解説 No matter how trifling the matter may be, don't leave it out. 「どれほど詰まらないことでも省かないでください」。no matter how ...
-
アリソン・フラッドがガーディアン紙に「古本 文学的剽窃という薄暗い世界」というタイトルで記事を出していた。 最近ガーディアン紙上で盗作問題が連続して取り上げられたので、それをまとめたような内容になっている。それを読んで思ったことを書きつけておく。 わたしは学術論文でもないかぎり、...
-
ウィリアム・スローン(William Sloane)は1906年に生まれ、74年に亡くなるまで編集者として活躍したが、実は30年代に二冊だけ小説も書いている。これが非常に出来のよい作品で、なぜ日本語の訳が出ていないのか、不思議なくらいである。 一冊は37年に出た「夜を歩いて」...
-
アニー・ヘインズは1865年に生まれ、十冊ほどミステリを書き残して1929年に亡くなった。本作は1928年に発表されたもの。彼女はファーニヴァル警部のシリーズとストッダード警部のシリーズを書いているが、本作は後者の第一作にあたる。 筋は非常に単純だ。バスティドという医者が書斎で銃...