Wednesday, March 23, 2022
フランク・ヴォスパー「見知らぬ男の愛」(1936)
クリスティーの短編を元に書かれた三幕ものの戯曲である。原作の「ナイチンゲール荘」は最後の数頁の息詰まるサスペンスとあざやかな機転が印象的だ。フランク・ヴォスパーはもちろんそれらを再活用してスリリングな劇をつくりあげているが、彼はさらに原作にはない要素をつけ加えている。それはトンプソン/バイウオーター事件への暗示を含んでいるのである。
トンプソン/バイウオーター事件は1920年代に一大センセーションを巻き起こした事件である。膨大な資料の残るこの事件を思いっきり簡略に紹介するなら、魅力のない小市民的な夫にあきた妻エディス・トンプソンが、ロマンチックな冒険者的雰囲気を漂わすエドワード・バイウオーターと恋に落ちる。エドワードは結局エディスの夫を殺すのだが、彼が処刑されるときエディスも共犯者として処刑されるのだ。エディスが夫殺しにどれだけかかわっていたのか、彼女の処刑は法的に正当なのかどうか、この点をめぐってさまざまに議論が巻き起こった。この事件の影響力は甚大で、その後の芸術作品にさまざまに事件のディテールが利用されることになる。ヒッチコック、クリスティ、P.D.ジェイムズ、ドロシー・セイヤーズ、サラ・ウオータースといったサスペンスを得意とする映画監督・作家のみならず、ジェイムズ・ジョイス、F.テニソン・ジェス、E.M.デラフィールド、ジル・ドーソンといった文学畑の人々もこの事件を作品に取り入れている。さらにこの事件に関連するノンフィクションや文献はじつにおびただしい。
「見知らぬ男の愛」の第一幕では、富くじで大金を得たヒロインが婚約者との結婚を拒否し、ロマンチックな世界旅行を夢見る。そしてエキゾチックなさまざまな地域をめぐってきた男と知り合い、たちまち恋に陥るのである。婚約者を殺害こそしないものの、わたしは間違いなくここにはエディス・トンプソンのイメージが秘められていると思う。
エドワード・アタイヤ「残酷な火」
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