Saturday, March 26, 2022

ラカン入門

Engaging With というYouTube チャンネルでジャック・ラカンの議論をかじりはじめた人が精神分析の専門家である Todd McGowan に基本的な質問をしている。「他者とはなにか」「リアルとはなにか」といった具合だ。それにたいして McGowan はできるだけわかりやすく説明を与えている。質問者がずぶの素人であることを考慮し、McGowan はあくまで相手の思考のペースに合わせて議論を展開している。一時間半ほどもある長い番組だが、面白かった。とくに最後のほう、政治問題を扱った部分で McGowan はいいことを言っている。簡単に二点だけ取り出そう。

一点目はトランプ等に率いられる右翼に関して「敵の脅威が彼らの享楽にとって必要なのだ」と指摘したところ。享楽というのはラカンの用語で細かく説明するとややこしいのだが、簡単に言えば、享楽は人にとって存在の条件でありながら、かつその存在を脅かすものといっていい。パラドキシカルな性格を持っているので、これでも頭をひねる人がいるだろうが、わたしにはこれ以上の簡単な説明は思いつかない。McGowan は、右翼にとって敵は彼らの存在を脅かすものだが、同時にそれこそが彼らを存在せしめているものであると言っているのだ。そして敵を必要とするような享楽の形は、きわめて有害なものだと論じている。

二点目は今度は左翼に関してだ。質問者が、トランプに対して左翼も興奮した反応を示したと指摘したところ、McGowan はトランプは左翼のファンタジー空間にぴったり適合する存在だったと言う。しかし質問者が、ある地平に到達できないというフラストレーションが左翼の享楽ではないかと言うと、いや、それは歪んだ左翼の享楽だと反論する。彼の考えによると、左翼の享楽は不在のものに対する享楽だという。不在のものとはわれわれに共通する不在、すなわち根本において平等主義的な、普遍的なものである。よく左翼は理想しか唱えていないという人がいるが、ある意味でそれは的確な指摘である。ついでに右翼は敵を作り出そうとばかりしていると指摘してくれればもっとよろしい。

この番組を見ると、左翼と右翼では享楽の組織の仕方がまるで違っていることがよくわかる。もちろんさらに議論を深くするなら、この一見相反する二極がメビウスの帯の裏表のように連続しているということも話さなければならないのだが、この番組は入門編ということでそこまで McGowan は突っ込んでいない。

しかしラカンに興味のある人なら一度聞いてみる価値のある番組だと思う。(Lacan, Featuring Todd McGowan

英語読解のヒント(145)

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