ジョン・ラッセル・ファーンが1957年に書いたミステリ。おそらくファーンが書いたミステリのなかでももっとも出来のよい一作ではないか。
テリーという映写技師が借金に困り、とうとう自分が勤める映画館の金庫から金を盗むことになる。もともとこの映画館には泥棒がよく入っていたので、偽装するのは簡単だった。彼は金を手に入れ、借金を返した。
しかし困ったことが一つ起きた。彼が金庫の金を盗んだ場面を、おなじ映画館に勤める女に見られたのだ。お互い相手の弱点を握っている同士なので、女は黙っていたが、テリーとしては気が気でない。彼は女を殺す計画を立てる。
ここからはちょっと技術的でわたしには本当にこんなことができるのかどうかわからないのだが、テリーはフィルムのサウンドトラックに仕掛けをほどこして人間の耳には聞こえない超音波の衝撃波をつくり出し、それを天上に吊り下がる巨大な照明灯に当てるのだ。するとあらかじめ緩めてあったネジがさらに動き、照明灯がその下にいる女の上に落下するのである。
犯罪が露見しないようにあらゆる手を尽くしたテリーは、完全犯罪を達成したと思った。ところが彼が殺した女の恋人(彼もおなじ映画館に働く映写技師だ)が疑惑を持ち、テリーの殺しの手口を一つひとつ解明していく。
つまり、これは倒叙形式の物語である。そしてじつに面白い。どうしてこんなに面白いのかというと……パルプ小説的なテンポのよさもさることながら、登場人物のキャラクターがじつに際立っていて、それが読んでいて楽しいのである。テリーの鬱屈した性格、彼に殺される女の下町育ちらしいしたたかさ、ヘレンの上品な健全さ、映画館主のその地位にふさわしい落ち着き、テリーを追い詰める同僚技師の無骨さと単純さ、そうした特徴がじつによく表現されている。
ファーンはSF作品で有名だが、本当はミステリを書くことのほうが好きだったのだとか。本作を読むと好きなだけではなく、ミステリの書き手として相当な手練れであったことがわかる。
関口存男「新ドイツ語大講座 下」(4)
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