ベン・ベンソンのことはよく知らない。1913年にマサチューセッツ州ボストンに生まれ、1959年に亡くなっている。リプトン社のお茶のセールスマンをしていたが、第二次世界大戦に参加し、深刻な負傷を負い、そのリハビリの一環として小説を書きはじめた。ウエイド・パリスを主人公にしたシリーズ、ラルフ・リンゼイを主人公にした警察ものがあり、今回読んだのは後者のシリーズの第五作目にあたる。
驚くほど巧みな書き方をする作者で、第一章、第二章はおだやかな雰囲気をかもしつつも、そこはかとなく後の波乱を予感させ、本書の主眼となる事件がはじまる第三章以降は、感傷を廃した文章で見事に警察捜査を描き出している。水際だった筆力、無駄のない描写、しかもすばらしく雰囲気がある。
主人公のラルフ・リンゼイはマサチューセッツ州の州警察に勤める二十三才の若い警官である。彼はあるとき、人目につかない場所に自動車が乗り捨てられているのを発見する。すぐそばには胸を撃たれて死んでいる男。いったいなにがあったのか。警察はヒッチハイカー強盗に遭ったのではないかと考える。そしてラルフは近辺でヒッチハイクをする不良の若者たちを調べていく。
警察の捜査は紆余曲折するが、そのいちいちが面白く書かれている。また不良どもに話しかけるラルフの言葉やほかの警察官との対比から、彼がどんな人物なのかもよくわかる。
物語の終わりにもう一つひねりがあれば、とは思うものの、1950年代前半に書かれた警察ものとしてはかなりレベルが高い。30年代にはシムノンのメグレ警視ものがあり、40年代にはジョン・クリーシーがウエスト警部ものを書いているが、メグレものには独特の憂愁がありウエストものにはメロドラマ的要素がある。50年代に書かれた本作は、感傷に濡れたところがなく(というより感傷を排することが本書のテーマになっている)ハードボイルドな印象すらある。警察ものとして確実に進歩を遂げている。同じ50年代に活躍した作家としてはヒラリー・ウォーとかエド・マクベインがいるが、彼らと比較してもおさおさ引けを取るとは思えない出来だ。ただベン・ベンソンは病気で亡くなったのが早すぎた。息長く活躍していれば、もっと評価が高かっただろう。
ウエッブサイト ameqlist 翻訳作品集成を見ると1960年代には創元推理文庫から彼の小説が五冊、短編が50年代後半から60年代前半までに五作翻訳されているようだ。ついでだから書き写しておこう。
小説
『あでやかな標的』 Target in Taffeta (1953) 創元推理文庫
『燃える導火線』 The Burning Fuse (1954) 創元推理文庫
『脱獄九時間目』 The Ninth Hour (1956) 創元推理文庫
『ストリップの女』 The Affair of the Exotic Dancer (1958) 創元推理文庫
『女狩人は死んだ』 The Huntress Is Dead (1960) 創元推理文庫
短編
「女の罠」 The Big Kiss-Off 日本版EQMM
「過去のある女」 Lady With a Past 日本版EQMM
「家のなかの殺人犯」 Killer in The House 東京創元社(Tokyo SogenSha)『アメリカ探偵作家クラブ傑作選2』所収
「あね、おとうと」 Smebody Has to Make a Move 日本版EQMM
小説はいずれもウエイド・パリスを主人公にしたものが訳されている。