ヘンリー・カットナーはパルプ小説を大量に書いている。そのほとんどはSFだが、本書はマイケル・グレイという精神分析医を主人公にしたミステリだ。1956年の作だから、晩年に書かれたものである。
精神分析医マイケルはハワード・ダンという患者がかかえる鬱屈の原因をさぐって治療をはじめる。その一方でダンの義理の妹に当たるエレノア・ポウプの殺害事件を警察のツッカー警部と調べていくことになる。この設定は非常に面白い。患者の心の内奥への探求と、現実の殺人事件がどう切り結ぶのか。しかしこういう物語を成功させるには高度に知的な物語づくりの技術が必要になる。カットナーにそれだけの力量があるだろうか。
わたしの感想としては秀逸とはいいかねるが、悪くはない物語にできあがっている。精神分析医による心理分析は確かにある程度の意外性を持ち、また現実の事件を解く手掛かりになっている。そこは非常にいい。ただし心理分析の考え方が今から見ると古くさくて、俗っぽくて、ちょっといただけない。この欠点は、しかしながら、この時期、心理分析を主眼にして書かれた作品に共通するものではあるけれど。
この作品は精神分析医が患者の治療に当たったり、殺人事件についてツッカー警部と会話する場面のみでできあがっている。つまり冒険談的なアクションがまったくないので、事件解決にむけてどれだけめざましい知的冒険が展開されるかが見せ所となるのだが、時代の枠に制限されているとはいえ、普通以上の出来にはなっていると思う。逆に言うと、普通以上ではあるが、ずば抜けた良さにまでは突き抜けていないという歯がゆさがある。