この作品は三部構成になっている。あまり細かくしゃべるとネタバレになるので、曖昧な書き方をするが、第一部は詐欺事件、第二部は恐喝事件、第三部は偽装殺人を扱っている。いずれもとある貴族の悪たれ息子がからんでいて、それぞれの事件を探偵トラヴァースが丁寧に解決していく。ジャンボ・サンドイッチという奇妙なタイトルは、トラヴァースがかつて食べた絶品サンドイッチに由来する。それはチーズやら肉やらが三層重ねになっていて、最初の層の味が口に広がると、次の層の味がそれに加わり、さらに最後の層の味が折り重なって、えもいわれぬうまさなのだそうだ。この作品もそういうサンドイッチみたいな味わいを持っている。
ブッシュといえば推理小説黄金期の立役者の一人だが、本作は1965年に出版されたもので、晩年の作品と言える。確かに三つの異なる味が楽しめるのだが、全体の印象はあっさりした感じで、すらっと読めてしまう。巨匠の枯れた味わいとでも云えばいいのだろうか。凝りに凝ったマニアックな作品を期待する人には物足りないかも知れないが、わたしは一抹の哀愁をただよわせるこういう作品も悪くないと思う。
トラヴァースは知性的だが、ごく普通の人間で、語り口も非常に落ち着いている。探偵というのはたいてい癖が強いものだが、彼は探偵能力にすぐれた常識人である。貴族の名誉に傷がつかないようにと、留意しながら捜査を進めるなど、人情味豊かな側面もある。探偵小説の可能性を追求する熱気にあふれた時期を過ぎてから、巨匠たちがどんな作品を残したか。それを知るのに好適な一作。