Thursday, January 29, 2026

ジュアンーデヴィッド・ナシオ「精神分析と反覆」

 


本書は現代フランス思想叢書の一冊として SUNY Press から2019年に出版された。著者はまったく知らないが、題名に惹かれて読むことにした。

最初のほうに随分ナイーブな言明があらわれてびっくりした。精神病患者は症候の解釈を与えられると、その症候から解放されるというのである。いや、そんなことはフロイトだって言っていないはずだ。解釈を与えても、症候が継続するケースにぶつかり、フロイトは考えを改めたはずである。しかしナシオ氏は単なる理論家ではなく臨床医であるので、これは彼の経験から得た、根拠のある言明なのかもしれない。そんなふうに考えて読み進んだのだが、本書の後半において、作者はわたしの疑問に答えてくれた。やはりたんに解釈を提示してもだめであって、分析医が患者にインパクトを与えられるように、ある種の関係を築かなければならないと、書いてあった。それは理論としてフロイトやラカンに接するのではなく、実践的に彼らを読もうとする臨床医の苦労や困難を感じさせる記述で、彼の方法の是非はともかく、経験の重みを感じさせるものであった。

精神分析における反覆という本書の主題は、非常に面白かった。ナシオは患者がある行為を反覆して行うのはなぜなのか、という問いを立て、その問いに直截に答えようとしている。ある女の患者は幼い頃に兄と性的行為をし、思春期以降は何人かの相手とSM的な関係を持ち続けている。そのような反覆は何故生じるのか。

ナシオの提示する解答はきわめて明快、明快すぎるほど明快だ。患者は幼児期に、彼/彼女の受容能力を超えたトラウマ的体験をする。それは意識によって解釈され得ない、忌避すべきものとして、無意識の領域に抑圧される。この抑圧されたトラウマをナシオは「無意識のファンタズム(心象)」と呼んでいる。この無意識のファンタズムは、意識によって解釈されることを求めて抑圧を打ち破り表面にあらわれる。するとそれが症候となる、というのである。その繰り返しが精神分析における反覆というわけだ。

ナシオはこの心的機構を説明しながら同時にフロイトやラカンの用語も簡明に説明している。「欲動」とか「享楽」とか「対象a」といった言葉の説明としてナシオのくらいわかりやすいものは、読んだことがない。

彼は反覆の構造を解き明かしたあと、分析医としてそれをどう治療していくのかという点についても語っている。わたしは臨床的なことはまったく知らないので、ナシオのやり方がどれほど一般的なのかわからないが、彼の言葉が長年の苦労のなかから紡ぎ出されていることは理解できた。

哲学者は概念の細かいニュアンスを考え抜こうとして、説明が長大で難解になるが、臨床医としてのナシオは思い切りよくある部分を単純化して理解し、説明を明快なもの、実用的なものに変えている。

本書の最後の部分には、ナシオが自分の議論を組み立てる際に、核心となったフロイトやラカンの言説が、短く、いくつも付されている。ここを読めば、本書の内容を振り返ることができると同時に、精神分析の勘所が理解できる。ラカン派は数多くの秀才を生み出しているが、ナシオもその一人だろう。

ジュアンーデヴィッド・ナシオ「精神分析と反覆」

  本書は現代フランス思想叢書の一冊として SUNY Press から2019年に出版された。著者はまったく知らないが、題名に惹かれて読むことにした。 最初のほうに随分ナイーブな言明があらわれてびっくりした。精神病患者は症候の解釈を与えられると、その症候から解放されるというのであ...