「ボディ」 Body by Harry Crews
1992年に出た小説。ボディビルを真っ向から扱った英語の小説は、おそらくこの作品だけではないだろうか。
本編の主人公はドロシー・ターニップシード。ターニップシードとは「カブの種」という意味になる。泥臭い名前だ。事実、彼女はジョージア州の田舎に生まれた。しかし秘書の資格を取り、ボディビルのジムに就職してから、彼女の人生は変わる。
ジムのオーナー、ラッセル・モーガンは彼女の骨格のよさにほれこみ、みずからコーチとなって彼女を鍛え上げる。さらに名前をシェリール・デュポンに変えさせ(フランス風の気取った名前だ)、ミス・コスモスというボディビルの大きな大会に出場させる。彼女は優勝候補の一人と噂される。
しかしここで問題が起きる。彼女はコンテストに出る自分の姿を見てもらおうと、田舎の家族、および(かつての?)フィアンセを会場のあるホテルに宿泊させるのだが、こいつらがとんでもなく無知な田舎者で、おまけにフィアンセは半分、殺人狂のような男なのである。
さて彼らがホテルに着いてまずなにをしたか。
彼らがホテルのプールに来ると、チャンピオン候補のビリー・バットがプールサイドでラット・スプレッドをしていた。猛烈に身体に力を入れていたので、全身がぷるぷると震えている。これを見てボディビルディングのことなどなにも知らないターニップシード一家は、ビリーが痙攣を起こしているものと思いこみ、全員で彼に飛びかかり、彼らが救急処置と考えるものを行ったのだ。すなわち彼を押し倒し、胸を殴りつけ、首を絞め、娘がマウス・トゥ・マウスに取りかかった。
いやはや。しかし話はここからさらにとんでもない方向に進んでいく。ビリーはかんかんに怒るかと思いきや、彼にマウス・トゥ・マウスを施した、巨大なデブ女に惚れこんでしまうのだ。彼は身体に脂肪がつかないよう、ずっと禁欲的な食生活をしてきた。ときどき我慢しきれずジャンクフードを食べることがあるが、食べたあと、すぐさま吐き出してしまう。だから油がべっとりついたピザやらマクドナルドのドラムスティックをむしゃむしゃ食べて、ぶよぶよに脂肪をつけた女が大好きなのだ。
この奇怪なカップルの話は異様な盛り上がりを見せるが、次の日のコンテストに場面が移ると、ふたたびシェリールが主役となる。ここはこの小説の最大の見せ場なので、詳しいことは書かないけれども、華やかなショーの背後で人間の欲望が渦巻き、コンテストに挑むトッププロの緊張感があふれ、ボディビルのグロテスクな側面も、崇高な側面も、すべてが垣間見られる。
この試合に人生のすべてを賭けたシェリールの姿、肉体を越えた肉体で人間の頂点に立ち、人間を越えようとする彼女の姿は、家族の者すら近づきがたい威厳を放ち、まるで別の次元に存在しているかのようだ。
そして小説は意外で衝撃的な結末を迎える。
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ハリー・クルーズの小説を読んだのはこれがはじめてだ。よい作品だったかというと……ちょっと疑問が残る。戯画的な描写やギャグは見事だと思う。南部訛りもうまく表現してある。しかしいささか品がなく、最後がとってつけたような展開で終わっている。「肉体」はアメリカを語る上で重要なテーマであるはずなのに、それに深みや豊かさを与えることができなかったようだ。ボディビルに関するテクニカルな情報はちりばめてあるが、肉体にあこがれ、魅了される人々の根本的な幻想に対する小説的な洞察がない。
が、冒頭でも言ったように、この小説はボディビルを真っ向から扱った、ほとんど唯一の作品である。それに文学としてはどうかと思われるが、エンターテイメントとしては標準といったところ。一読して損はない。
Friday, September 28, 2018
関口存男「新ドイツ語大講座 下」(4)
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