ウィニフレッド・ブレイジー(1892-1964)が1941年に出したミステリ。ブレイジーはグラディス・ミッチェルの親友として知られていて、本書も彼女に捧げられている。冒頭の献辞には「この本の設定を考え、推理小説の形で書くべきだと示唆してくれたグラディス・ミッチェルへ」とある。ブレイジーは全部で四冊の本を書いているが、わたしは永年、本書と Grace Before Meat(1942)が読みたかった。Internet Archive に本書のデジタル化されたコピーがアップロードされていたのはまことに幸いだった。
しかし内容はかなり期待はずれと言わざるをえない。よい点もあるけれど、ミステリとしてはいただけない部分も相当ある。
事件は、とある女学校の教師たちが、生徒たちを、まあ、林間学校へ引率していったときに起きる。教師ら五人は生徒たちとは別の場所に宿を取るのだが、翌日の朝、そのうちの一人が絞殺死体となって発見される。検死によると彼女は前日の真夜中からその日の朝六時頃までに殺されたらしい。犯人はいったい誰か。
物語の冒頭にこの単純な事件ががさっそく示され、そのあとは刑事による関係者への取り調べが延々とつづく。
さて、この本のよいところは、関係者の個性がひとりひとり際立っているという点である。若い女性教師、オールドミス、密猟者、小生意気でおしゃまな生徒たち、それぞれ特徴があって面白い。取り調べの過程は、アガサ・クリスチーの場合であっても、事実を探すためだけの、味気ない記述になることが多いが、本書はそこを読むのが楽しい。しかも新しい参考人の話を聞くたびに、事件の新しい側面が示され、謎が深まっていくのである。わたしは前半部分を読みながら相当にこの本に期待を持った。
しかし後半に入ってから、いくらなんでもこれは……、という部分にぶつかり出した。一つだけ例を挙げると、殺された女教師と同じ部屋で寝ていたもう一人の教師が最有力の容疑者になるのだが、刑事の考える彼女の殺人の動機がひどい。彼女は教師であると同時に売れない作家でもあるのだが、刑事は「この女、殺人を犯せば有名になり、本の売り上げがあがるだろうと考えて、同僚を殺したのではないか」などと考えるのである。このあと刑事は彼女の本を出している出版社やエージェントを訪ねて、自分の考えが間違っていることを知るのだが、しかしこんな動機がありえないことは最初から明白ではないか。
また、最後に完璧なアリバイを持つように見えるある人物が見事逮捕されるのだが……この辺の話の作り方はご都合主義もいいところで、アリバイ崩しの過程も示されてない。いままで丁寧に捜査の過程を示してきたのに、最後で一気に話をはしょった感じである。
ウィニフレッドは作家としてはアマチュアである。それは事件が展開する田舎町の丘を(表題の「うずくまる丘」はそこから来ている)、シンボリックに描写しようとして、完全に失敗しているところを見てもわかる。しかし前半で感じた面白さはなかなかのものだ。色彩豊かな人物造形の技術をうまく生かした作品があればいいのだが。
英語読解のヒント(145)
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