プロレスの選手は自分のサインやロゴの入ったいろいろな物品を販売する。タオル、Tシャツ、パンツなどなど。少し前にゼウスがシルクのネクタイを販売していた。そして商品の写真の横に、ゼウス本人がスーツを着、商品のネクタイを締めている姿があった。それがはっとするほど素晴らしかった。
日本には「馬子にも衣装」という諺がある。だれでも上等の服を着れば立派に見えるという意味だ。これは「服が人間を作る」とも言い替えることができる。
しかしゼウスの写真の場合は違う。あきらかにゼウスの鍛えられた肉体がスーツとネクタイを引き立たせていたのである。ストイックで厳しい鍛錬を経たあの顔の線が、圧倒的な力でスーツやネクタイを支配し、それらを束ねていたのだ。いや、顔以外の肉体もスーツの内側からスーツを統括しているような、そんな感じさえした。
スーツ姿のスポーツ選手は不思議な色気を漂わせることがあるけれど、おそらくは肉体と衣裳の関係のうちにその秘密が隠されているのだろう。
閑話休題。
ゼウスが三冠王者になって、まず石川修司の挑戦をしりぞけた。わたしは五分五分の勝負か、もしかしたら六四で石川が勝つと思っていたから、ゼウスの勝利はすごいとしかいいようがない。
ゼウスは勝利後の記者会見でいろいろと「借り」のある選手をあげて、そうした人々とベルトを賭けて戦いたいといっていた。それは当然だろうと思う。
ただわたしは是非ともゼウスに戦って欲しい相手が一人いる。ノアの潮崎豪である。
どちらもチョップが得意で、腕力に自信を持っている。身長体重もさほど変わらないのではないだろうか。
ただし持っている雰囲気はまるで違う。ゼウスは熱血漢だが、潮崎はクールである。ゼウスは強面だが、潮崎はイケメンである。ゼウスは……
まあ、いいや。
とにかく、ある一定の共通点があり、その他はまるで反対という二人が戦うときくらい、面白い試合はないと思う。ゼウスと潮崎はまさしくそういう組み合わせなのだ。
しかも秋山・丸藤戦によって夜明けを迎えた全日本とノアの関係をさらに一歩進めることにもなるだろう。この両団体の関係は、チンケないがみあいの試合で表現してはならない。それではファンががっかりだ。しかし三冠ベルトを賭けた、格式ある頂上対決なら大歓迎である。
もしもこの対戦が実現するなら、解説には是非とも小橋建太をお願いしたい。ゼウスにも潮崎にも大きな期待をかけている人だからである。
もっともゼウス対潮崎豪に至るまでの道程は長くて厳しい。ゼウスがどこまで全日の未来を引っ張って行けるか、大注目である。
Wednesday, September 5, 2018
エドワード・アタイヤ「残酷な火」
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