アイデンティティ・ポリティックスの問題点を明確に指摘してくれたのは哲学者のスラヴォイ・ジジェクだった。わたしはそのとき以来、ジジェクの大ファンになった。
彼はアイデンティティ・ポリティックスのカテゴリー化を、社会を細かく裁断することだと考える。日系アメリカ人で、シングル・マザーで、レズビアンである人が問題を抱えていたなら、その問題は人種や性的傾向などによって限定されたある特殊なカテゴリー内での問題と見なされる。
しかし昔はどうだっただろう。たとえば黒人の差別は、黒人というカテゴリー内の問題ではなく、社会全体の問題となった。特殊な範疇の人間の問題が社会全体にひびを生じさせたのである。そこにこそ民主主義があった。それが今では、特殊な範疇の問題に矮小化されてしまう。
これは今ある社会を保全するための政策だ、とジジェクは言う。たしかにその通りだ。社会全体を脅かしかねない問題を、極小の被害で食い止めようとするシステムなのだから。
わたしはジジェクの議論を読んではじめて腹の底から納得がいった。わたしの中でもやもやしていたものが明瞭な形を取ることができた。
アメリカでは授業の準備が忙しすぎてあまり読書の時間が取れなかったが、ジジェクだけは真剣に目を通すようにした。
エドワード・アタイヤ「残酷な火」
エドワード・アタイヤ(1903-1964)はレバノンに生まれ、オクスフォード大学に学び、スコットランド人の女性と結婚した作家である。自伝や「アラブ人」という評論が有名だが、ミステリも何冊か書いている。ウィキペディアの書誌を見る限り「残酷な火」(61)は彼が書いた最後のミステリ...

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