ガーディアン紙に Don DeLillo on Trump's America: 'I'm not sure the country is recoverable' というタイトルの記事が出ていた。ドン・デリーロが現代のアメリカ、とりわけトランプ大統領以後のアメリカがどうなるかをテーマにした小説を書いていること、戯曲を書いたときの経験談、映画のこと、八十一歳を過ぎてもまだ書きつづける理由など、いろいろなことを話している。
その中でおやっと思ったのは、彼が白黒映画の大ファンだと告白している部分だ。彼は最近ニューヨーク・フィルム・フェスティバルでパヴェウ・パヴリコフスキ監督の「冷戦」という映画を見たらしい。「とてもよかった。白黒映画で見事な出来だった。わたしは白黒映画の大ファンなんだ。奇妙なことだが、この前『人類の子供たち』を見直してがっかりしたんだ。白黒映画だと思っていたんでね。力強い作品ではあるんだが、白黒映画だったらもっと力強さが増しただろう」
これを読んでまず思ったのは、「冷戦」をなんとしても見なくては、ということだった。以前にも書いたが、わたしも白黒映画のファンなのである。映画は白黒からカラーに移ったとき、貴重な何かを失った。そう感じるひとりだ。
さらにデリーロが「人類の子供たち」も白黒映画だと思い込んでいた、というところも興味深い。「冷戦」はそれこそ冷戦期の物語、カラー映画が始まる前の時期の物語だろうから、白黒で撮影されるのは時代を感じさせていいのかもしれない。しかし「人類の子供たち」はSFであり、未来を描いている。それでもデリーロは白黒映画のほうがよかったと言っているのだ。
これは単に白黒映画の可能性といった問題だけでは片付かない。作品が、それ自身、別様の表現をされたおのれの姿を想起させるという現象。このことは今までにもときどき不思議に感じていた問題だが、これからは意識して考えるようにしたい。旧字/新字の問題がいつの間にか白黒映画/カラー映画の問題と関連し、さらにベンヤミンの翻訳論みたいな問題とつながっていることが見えてきた。面白い。
Wednesday, November 7, 2018
関口存男「新ドイツ語大講座 下」(19)
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