日本の著作権(ここでは書籍の著作権に話を限る)の保護期間が現行の五十年から七十年に変更されることはもう決定されたといっていい。カナダも同様である。カナダにはグーテンバーグやフェイド・ペイジというすばらしいサイトがあって、精力的に電子テキストを出しているが、パブリック・ドメインには意外な宝石がいくつも隠れているのだから、冬の期間が始まったなどと思わずに、これからも活動を力強く継続して欲しいと思う。知性というのは低い声で、しかし執拗にささやきつづけるものなのだ。
ひとつだけ、保護期間延長反対派にいいたいことがある。保護期間が延びると作品が死蔵されるなどという意見があるけれど、それは議論のための議論で、わたしなどは、なにを心にも無いことをいっているのか、と怒鳴りたくなる。わたしは知られていない作家や、有名な作家でも知られていない作品を一生懸命探し出してきて読む人間だが、わたしのような酔狂は滅多にいない。ほとんどの人は名の知られた作家、名の知られた作品しか読まないのである。日本人にいたっては読書する人じたいがいなくなっているのだから、もともと話にならないのだけれど。
保護期間が短くたって、興味を持たれなければ作品は死蔵する。逆に保護期間が長くたって、活字文化への興味が大きければマイナーな作品にも光があてられるようになる。わたしが読書少年であったころはそうしたことがよくあった。尾崎翠なんかはいい例である。しかし今の日本ではもうそんなことは起きないだろう。知の領域はすっかり独立性を失い、商業化されてしまっているから。
知の力が世界的に衰退しているという事実を、著作権保護期間の延長は物語っているように思えてならない。
Sunday, December 30, 2018
関口存男「新ドイツ語大講座 下」(4)
§4. Solch ein kleines Kind weiß von gar nichts. そんな 小さな子供は何も知らない。 一般的に「さような」という際には solch- を用います(英語の such )が、その用法には二三の場合が区別されます。まず題文...
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昨年アマゾンから出版したチャールズ・ペリー作「溺れゆく若い男の肖像」とロバート・レスリー・ベレム作「ブルーマーダー」の販売を停止します。理由は著作権保護期間に対するわたしの勘違いで、いずれの作品もまだ日本ではパブリックドメイン入りをしていませんでした。自分の迂闊さを反省し、読者の...
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ジョン・ラッセル・ファーンが1957年に書いたミステリ。おそらくファーンが書いたミステリのなかでももっとも出来のよい一作ではないか。 テリーという映写技師が借金に困り、とうとう自分が勤める映画館の金庫から金を盗むことになる。もともとこの映画館には泥棒がよく入っていたので、偽装する...