ラカンがいう主体の概念をわかりやすく説明するとこうなる。
われわれは社会の中で複雑な関係を維持しながら生きている。たとえば、わたしは翻訳家であり、子供の父であり、妻の夫であり、とある大学の卒業生であり、その大学のとあるクラブのOBであり、国民健康保険に入っており、銀行にお金を預けており、各種の商業的契約を結んでおり、……。こうした社会的関係の束としてわたしはある。
では、「わたし」からこの社会的関係の束をすこしずつなくしていってみよう。タマネギの皮をむくようなものだ。すると最後になにが残るだろうか。なにも残らない? いや、ラカンは「なにか」が残ると考える。
それは関係として表現しえない「なにか」だ。それは社会に属していない。なぜなら社会的関係を一切持たないから。
これがラカンのいう「主体」である。
われわれは普通、主体を関係の束としてイメージしている。しかしラカンはそのまったく逆を「主体」と呼んでいるのだ。
この「主体」は社会的関係の中に入ることで消去される。社会的関係が「主体」にアイデンティティーを与えることになるのだ。
しかし「主体」に留まろうとするケースもある。それがヒステリックである。つまり「あなたはわたしがしかじかなる社会的関係の項であるという。しかしそれはなぜなのか」と問う人は社会体制に対してヒステリックに反応している。しかし知識人の立場というのはこのヒステリックな立場、「主体」の立場にほかならない。そこに立ってこそ社会を批判することができる。人種差別やLGBTの問題に関わる人々も同様の立場に立っている。
逆にいまある社会体制によって規定される自分の立場に満足し、べったりとそこから動こうとしない人をラカンは pervert 「倒錯者」と呼んだ。
Wednesday, January 2, 2019
英語読解のヒント(206)
206. 倒置 (7) 基本表現と解説 Silver and gold I have none. Silver and gold have I none. 例文はいずれも I have no silver and gold. 「金銀はすこしもない」の意味。目的語の s...
-
ウィリアム・スローン(William Sloane)は1906年に生まれ、74年に亡くなるまで編集者として活躍したが、実は30年代に二冊だけ小説も書いている。これが非常に出来のよい作品で、なぜ日本語の訳が出ていないのか、不思議なくらいである。 一冊は37年に出た「夜を歩いて」...
-
アリソン・フラッドがガーディアン紙に「古本 文学的剽窃という薄暗い世界」というタイトルで記事を出していた。 最近ガーディアン紙上で盗作問題が連続して取り上げられたので、それをまとめたような内容になっている。それを読んで思ったことを書きつけておく。 わたしは学術論文でもないかぎり、...
-
「ミセス・バルフェイムは殺人の決心をした」という一文で本作ははじまる。 ミセス・バルフェイムは当時で云う「新しい女」の一人である。家に閉じこもる古いタイプの女性ではなく、男性顔負けの知的な会話もすれば、地域の社交をリードしもする。 彼女の良人デイブは考え方がやや古い政治家...