蟻の活動に見入ると、田丸は自分が今ゐる場所も、なにをしに來たのかも忘れてしまふのだつた。あまり變つた蟻も見なかつたが、臺地脚にちかい窪地に來て、奇妙に頑強な靑綠色の蟻を見た。その蟻たちもせつせと毛蟲やこほろぎを運ぶ作用に大した差はなかつたが、隊長株とおぼしき三倍ほどの大きさの蟻が出て來ると、うやうやしげに通路をひらくのだつた。不似合にでつかい頭に甲蟲のような角が二本あり、それをふりまはしながら、指揮してゐるやうに見えた。怠けてゐる蟻があると、その靑光りのする鋏でつまんだ。鋭利な刃物のやうに、蟻の身體は二つに切れた。田丸はしばらく熱心に見てゐたが、この隊長蟻の威張つた暴君ぶりにむらむら反感がわいて來て、木片をつまむと、その蟻の頸をおさへた。頸といつても、頭と胴の大きさがあまり變らないので、まんなか近所にあたる。瓢箪のやうにくびれてゐる胴中に木片がはさまると、隊長は鋏をふりまはして頭をじたばたさせ、胴の方も必死のやうに尻をもごもごさせ、足をばたつかせた。田丸はちよつと力を入れた。ぷちつと音がして、蟻は二つになつた。ところがその兩方とも活動はくつついてゐたときと、すこしも變らないのである。足のない頭の方は鋏をふりふり轉げまはるだけだつたが、足のある胴はそこらを自在に歩くのである。もつとも方角は、もうわからず、文字どほり盲目的行動にすぎない。ところがその胴の歩行は確固たる方針のもとに動いてゐるやうに、たけだけしく足どりも正しかつた。この別々になつてもなほ行動する蟻に氣味のわるさのわいた田丸は、木片で兩方とも押しつぶしてしまつた。
死んでも蟻にたけだけしく、足取りも正しく動きまわらせるもの。それこそ欲動 drive である。そして蟻はもちろん兵隊たちの比喩となっている。