Wednesday, August 28, 2019

F教授の思い出

わたしが卒業した大学にF教授という人がいた。わたしが発表した論文を非常に高く評価し、自信をつけさせてくれた人である。別に親しい間柄ではなかったけれど、彼がこんな話をしてくれたことがある。

とある茶の湯の家元からその大学に、茶室を寄贈したいとの申し出があった。これが教授会で諮られたとき、F教授は猛反対し、結局彼がこの話をつぶしたというのである。

理由はこうだ。人間はある程度金を儲けると、今度は名誉をほしがるものだ。茶室をただでもらったりしたら、今度は名誉教授の地位を要求されるだろう。学問の府が名誉欲を充たすための道具にされてはいけない。

今年の正月に、どこかの企業家がお年玉として百万円を百人に渡し、ツイッターのフォロワーを増やそうとした。フォロワーの数と社会的認知度を混同するあたりにこの起業家の見識のなさがよくあらわれているが、それはともかく、F教授は、大学に対して、百万円をもらってその企業家のフォロワーになるような不様なことはするな、と言ったのである。

しかし今の大学はどうだろう。商業施設と化しているから、F教授の議論は理解されないかもしれない。

関口存男「新ドイツ語大講座 下」(4)

§4.  Solch ein kleines Kind weiß von gar nichts. そんな 小さな子供は何も知らない。  一般的に「さような」という際には solch- を用います(英語の such )が、その用法には二三の場合が区別されます。まず題文...