Thursday, December 19, 2019

全日本プロレス十二月七日後楽園大会

世界最強タッグ決定リーグも終わり、全日本プロレスもなんとなくのんびりした師走の一時期を迎えたようだ。十二月七日の後楽園大会は選手同士がばしばしと火花を散らすと言うより、新たな「外敵」の力量をはかったり、試合を楽しもうとする雰囲気にあふれていた。観客としても最強タッグリーグで何人もの故障者が出たことを知っているので、この時期は勝負よりもショーを前面に打ち出した興業のほうが見ていてほっとする。

なかでも出色だったのは諏訪魔・石川・渕という全日本軍と、グレート小鹿・バラモン兄弟という大日本プロレス軍との戦い。バラモンたちの異様なパフォーマンスには毎度度肝を抜かれる。しかしテレビで見ている分には非常に楽しかった。渕さんも小鹿さんもお元気なようだし、年忘れにはちょうどいい取り組み、乱闘ぶりだったと思う。(会場にいった人は傘を用意したり、ビニールシートを広げたりと大変だったようだが)

ほかの試合もよかったが、この大会で唯一本気で戦っていた試合が二つある。ジュニアヘビー王座決定トーナメントの二試合だ。一つは岡田対 Kagetora 戦、もう一つは丸山対横須賀ススム戦である。どちらも全日本対ドラゴンゲートの戦い。岡田も丸山も鬼気迫る表情で怖さを感じさせたが、ドラゴンゲートの選手のほうがはっきりと実力的に上だった。チャンスを見いだしてからの攻撃の仕方、技のたたみかけがじつにうまかった。全日ファンにはちょっと残念な結果だけれど、逆に次の岩本対横須賀戦、佐藤対 Kagetora 戦がぐんと楽しみになった。

追記

18日に全日本プロレスのホームページを見たら、「丸山敦選手失踪のお知らせ」というのが出ていた。後楽園大会後、丸山が失踪したので21日の「ファン感謝デー」新木場大会のカードを変更するというのだ。たぶん覆面でもかぶってぬけぬけと出てくるのだろう。まったく転んでもただでは起きない、というか、負けてもその負けをなんだかんだ次へとつなげていく男である。

エドワード・アタイヤ「残酷な火」

  エドワード・アタイヤ(1903-1964)はレバノンに生まれ、オクスフォード大学に学び、スコットランド人の女性と結婚した作家である。自伝や「アラブ人」という評論が有名だが、ミステリも何冊か書いている。ウィキペディアの書誌を見る限り「残酷な火」(61)は彼が書いた最後のミステリ...