Tuesday, April 21, 2020

「わが手」(1936) C.St.ジョン・スプリッグ

C.St.ジョン・スプリッグはクリストファー・コードウェルの本名である。この早世したマルクス主義批評家については以前どこかで書いたような気がするので、ここでは省略する。彼は小説も書いていて、この方面でもなかなかの力量を示している。「飛行士の死」などはミステリとしても悪くない。

しかし「わが手」(原題 This My Hand)は彼の作品の中でもとりわけ傑出した出来を示している。わたしはこの心理小説に圧倒された。知られざる名作とはまさにこういう小説を云うのだろう。

なにがすごいのか。この作品では登場人物の心理的な側面に注目してその生い立ちがたどられるのだが、その成長の仕方が有無を言わせぬある種の論理性を帯びているのである。しかもそれでいて、確かにこういう人間はいるな、と思わせる自然な人間性の表現にもなっている。こんな書き方ができるだけでも並の実力じゃないのだが、さらに作者はそうした人物たちを絡み合わせて、やはりある種の必然性をともなった結論へと物語を導いていく。つまり個々の人物の心理表現もすばらしければ、異なる性格のインターアクションも見事に表現されているのである。

明らかにフランスの心理小説をモデルにして書かれているが、「マクベス」の一節をタイトルにしているところからもわかるように、イギリス文学もその根底には横たわっている。アクションによってわくわくさせる物語ではない。あくまで文学の玄人好みの作品である。しかし静かに鈍色の光を放つ秀作だと思う。

関口存男「新ドイツ語大講座 下」(4)

§4.  Solch ein kleines Kind weiß von gar nichts. そんな 小さな子供は何も知らない。  一般的に「さような」という際には solch- を用います(英語の such )が、その用法には二三の場合が区別されます。まず題文...