ジャック・スティール(Jack Steele)という作家がいる。プロジェクト・グーテンバーグには「代理の夫」(A Husband by Proxy)という1919年に出版された本が収録されている。どんな話か。
ジェラルド・ギャリソンがニューヨークに探偵事務所を構える。そこへ、夫の代わりをしてくれる若い男を捜しているが、誰か知らないか、と若い女が相談に来る。結局ジェラルド自身が彼女の夫の代わりをつとめることになる。彼女が帰った直後にウィックスというご婦人がやってきて、ある紳士が死んだのだが保険金詐欺の疑いがあるから調べてくれと頼まれる。事務所を構えたと思ったらさっそく二つも事件が転がり込んできた。いや、事件だけじゃない。彼の身に危険も迫ってきたのだ。
おや、面白そうだな、と思わないだろうか。依頼がたたみかけるように二つも来る。そのうちの一つはいかにもわけありげで、どことなくロマンチックな匂いを放っている。もう一方は死と策謀の匂いがする。いったいこの二つの依頼がどんなふうに組み合わさるのだろうか、と誰しも気に掛かると思う。
1911年には「鎧の館」(The House of Iron Men)という本を書いている。この本でもジェラルド・ギャリソンが登場する。内容は……
ジュリアン・ヴェイルは二十七歳の誕生日に大きなプレゼントを受け取る。まるで棺のような大きさだ。ジュリアンは、どうせ友人たちがいたずらに鉄道の模型でも送ってきたのだろうと思っていた。ところがそのとき、彼といっしょにいたフィアンセが、プレゼントが揺れたといって大騒ぎする。ジェラルドが中をあけてみると、なんとそこには若い女性が入っているではないか! 彼女はぼんやりと眼を開けてジュリアンを見た。
ほほう、これはどういう状況なんだ? そのあとはどうなるの? と興味を引かれた人も多いはず。「代理の夫」も「鎧の館」も、出だしでいきなり読者の興味を引きつけ、わくわく、どきどき感が最後までつづく読み物となっている。
こんな優秀な娯楽小説を書いたジャック・スティールとはいったい誰なのか。これがさっぱりわからなくて十年以上も困っていたのだけれど、最近ようやくわかった。彼は本名を Philip Verrill Mighels (April 19, 1869 - October 12, 1911)といい、ベストセラー作品やらSF小説やミステリを書いていたのだそうだ。そしてミステリを書くときジャック・スティールという別名を用いていたらしい。ようやく彼の項目がウィキペディアに登場したおかげで正体が判明した。感謝、感謝。しかも Philip Verrill Mighels で検索すると、Internet Archive には彼の本がかなり収録されていることもわかった。これからしばらくは彼の本に読みふけることになりそうだ。十九世紀後半を生きた人だけに、表現はすこし古さを感じさせるのだが、それでも読みやすい。話の展開の早さは現代のエンターテイメント小説にだって負けない。
Thursday, April 23, 2020
E.C.R.ロラック「作者の死」
ヴィヴィアン・レストレンジは超売れっ子のミステリ作家である。この作家は人嫌いなのかなんなのか、けっして社交の場には出て来ない。覆面作家という言い方があるが、この人の場合は覆面もなにも、とにかく人には会わない。出版社の人々にすら会わないのだ。あるとき編集者からパーティーに呼ばれたが...
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