Sunday, June 14, 2020

ジョーン・エイケン「雨の日曜日に死す」(1972)

ジョーン・エイケン(1924-2004)は児童向けのファンタジー小説で有名だが、ホラーやミステリもかなりの量を書いており、「夕暮れ」(Night Fall)という作品ではエドガー・アラン・ポー賞をとっている。「雨の日曜日に死す」はミステリ的な要素を含むスリラー、あるいはホラーだ。しかも相当に面白い。

ジェインとグラハムは六歳の娘キャロラインとまだ赤ん坊のドナルドを連れてケント州の小さな村に引っ越してくる。ジェインは子育てのために仕事をやめ、グラハムは建築家をしている。若い夫婦にはよくあることだが、彼らもお金に苦労している。そんなときジェインに願ってもない知らせがやってくる。以前働いていた会社から、二カ月だけ仕事を手伝ってくれないかというのだ。その報酬は財政的に逼迫している彼らにとってはじつに魅力的だった。ジェインは申し出に飛びつく。

しかし働きに出ている日中、子供たちの世話をどうするか。彼らは知り合いからマクレガー夫婦を紹介される。そしてジェインが働きに出るあいだ、夫のほうに庭仕事を、妻のほうに子供の世話を頼むことになる。

ところがこのマクレガー夫婦、仕事はまじめにやるのだが、奇妙なぐらいに融通が利かず、しかも次第にジェインやキャロラインに嫌がらせをはたらくようになる。キャロラインは怯えて夜中におねしょをするようになる。夫婦仲にも亀裂が入る。ジェインはマクレガー夫婦を嫌い、解雇しようとするのだが、グラハムはなぜか彼らを雇い続けようとするのだ。いったいこのマクレガー夫婦とは何者なのか。それを知ることは、じつはグラハムの過去の秘密を知ることでもあった。

本作では主婦(ジェイン)の視点から日常生活が徐々に毀れていく様子が描かれている。それがじつにスリリングで不気味だ。なぜこれほどスリリングで不気味なのか。彼らの日常に闖入し、それをむしばんでいくのは、異様な存在感を漂わせる無口なマクレガー夫婦とその娘スーザンなのだが、その経済的地位の対照性にもかかわらず(マクレガー一家は教育もなく、ボロ屋に住んでいる)、ジェイン、グラハム、キャロラインの鏡像となっているからである。どういうことか。

たとえば物語のはじめのほうで、ジェインは家計のきりもりに注意を払わないグラハムの脳天気さにあきれる。しばらく物語が進むと、マクレガー夫婦の日常がちらりと垣間見られる。そこでもマクレガー夫人は女の苦労を理解しない夫の愚劣さにいらいらしている。いずれも夫婦間ではよくありそうなやりとりで、男の読者としてわたしは、ああいうときに女はこんなことを考えているのか、とちょっと反省させられる場面でもある。しかし本作においてこの反復は二つの夫婦関係の相似性を強く印象づける役割を果たしている。

また、ジェインはあるときマクレガーを自分の夫と見間違え、ちょっとした事件が起きる。二人の夫はそれくらいよく似ているのだ。さらにマクレガー夫婦の娘スーザンは痴呆の気があるのか、よくぼんやりと虚ろな目で空を眺めているのだが、ジェインは自分の娘も彼女とおなじ目付きをすることに気づいてぞっとする。この奇妙な類似性はなにを意味するのか。グラハムの過去があばかれるにしたがって、二つの家族のあいだにはつながりがあることがあきらかになるのだが、この類似性の持つ不気味さが本作の恐怖感を盛り立てていることは間違いない。

さらに一歩踏み込んで、こう言うことも可能だろう。ジェインはマクレガー一家をいとわしく感じ、敵対するが、じつのところ彼らは自分たちの内部に秘められた他者性を外在化させたものにすぎない、と。われわれが本書を読み終わって抱く感想は、かりにマクレガー一家があらわれなくても、早晩ジェインとグラハムは別れていただろう、というものだ。ジェインはグラハムのおぞましい過去を知らないから、表面上、夫婦の関係を保てていたが、いったん過去が現在に追いつけば、その関係は破綻したに違いない。ジェインの昔の同僚だった男は、別の観点から彼らの関係が長続きしないことを明瞭に認識していた。彼はグラハムがジェインの親友と不倫をしていることを知っていたのだ。もちろん友人を不幸に陥れたくなかった彼は、口をつぐみ、ただ心配そうにジェインを見つめていただけなのだけど。つまり、ほんとうはジェインとグラハムのあいだには目に見えない形でもとから亀裂があったのだ。その亀裂がマクレガー一家によって外在化されたのである。まるで悪が外部からやってきて彼らの家庭を壊したように見えるが、じつはその悪は内部に由来するものなのである。

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