メアリ・ガウアはウィットに富む知的な女性だが、容貌はまったく冴えない。舞踏会ではいつも壁の花、結婚のあてもなく、とある慈善家の秘書をしている。ところがある晩、彼女は自分の意志で自分の容貌を変えられることに気づく。たぐいまれな美人になり、背までのばせるのだ。彼女はこの機会にいままで味わえなかった女としての楽しみを味わい尽くそうとする。では彼女は喜びを味わったのか。いや、知的な彼女は美というものが結局のところその人の本質を示すものではないことを悟り、自分の特殊な能力を使って美人に化けることは二度とするまいと決意するのだ。
簡単に言ってしまえばそんなお話である。副題には「ファンタジー」とついているから、まあ、軽い読み物として書かれたものなのだろう。「サヴォイ」誌に掲載された短い小説である。
しかしながらこの短編小説は世紀末の英国社交界の雰囲気を非常にうまくとらえている。有閑階級のぼんぼん、美貌と言うだけでちやほやされる女性、こっそりと交わされる恋愛の噂話、舞踏会のきらびやかさ、そうしたものが短く、印象的に描かれている。また彼女が突如、美女に変貌する不思議な場面も雰囲気があっていい。物語は古くさい教訓じみた終わり方をするが、そこここに才能を感じさせる部分がちりばめられていて、「ジキル博士とハイド氏」とか「ドリアン・グレイの肖像」などと一緒に読まれるべき秀作だと思う。
ジュリアン・マクラーレン・ロス「四十年代回想録」
ジュリアン・マクラーレン=ロス(1912-1964)はボヘミアン的な生活を送っていたことで有名な、ロンドン生まれの小説家、脚本家である。ボヘミアンというのは、まあ、まともな社会生活に適合できないはみ出し者、くらいの意味である。ロンドンでもパリでもそうだが、芸術家でボヘミアンという...
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ウィリアム・スローン(William Sloane)は1906年に生まれ、74年に亡くなるまで編集者として活躍したが、実は30年代に二冊だけ小説も書いている。これが非常に出来のよい作品で、なぜ日本語の訳が出ていないのか、不思議なくらいである。 一冊は37年に出た「夜を歩いて」...
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アリソン・フラッドがガーディアン紙に「古本 文学的剽窃という薄暗い世界」というタイトルで記事を出していた。 最近ガーディアン紙上で盗作問題が連続して取り上げられたので、それをまとめたような内容になっている。それを読んで思ったことを書きつけておく。 わたしは学術論文でもないかぎり、...
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「ミセス・バルフェイムは殺人の決心をした」という一文で本作ははじまる。 ミセス・バルフェイムは当時で云う「新しい女」の一人である。家に閉じこもる古いタイプの女性ではなく、男性顔負けの知的な会話もすれば、地域の社交をリードしもする。 彼女の良人デイブは考え方がやや古い政治家...