これからしばらくは関口存男の「趣味のドイツ語」から読本の部を紹介する。
Das Denken
Du denkst zu1 viel, lieber2 Freund! Das ist dein Unglück3. Denn4 wer5 zu viel denkt, handelt wenig6. Und wer wenig handelt, verpaßt7 den Bus8.
Ich verpasse den Bus nie9. Der Lebensbus10 hat immer einen Platz für mich bereit11. Und12 warum? Weil13 ich wenig denke und viel handle14. Ich bin kein Träumer15. Ich bin ein Realist16.
Träumer, dein Denken ist kein Denken, sondern17 nur ein Grübeln18.
逐語訳: lieber Freund! 親愛なる友よ! Du 君は zu viel あまりに多く denkst 考え[すぎ]る。Das それは dein Unglück 君の不幸 ist である。Denn なぜなれば zu viel あまりに多く dennkt 考える wer 者は wenig 少なく handelt 行動(実行)する。Und そして wer wenig handelt 少なく行動する者は den Bus バスを verpaßt 逸する。
Ich 僕は den Bus バスを nie 決して verpasse 逸さ[ない]。Der Lebensbus 人生のバスは immer 常に(何時も) einen Platz 一つの場所を(座席を) für mich 僕の為に bereit 用意して hat 持っている。Und そして warum なぜか? ich 僕が wenig denke 少なく考え und そして viel handle 多く行動する Weil からだ。Ich bin kein Träumer 僕は夢想家ではない。Ich bin ein Realist 僕は現実主義者だ。
Träumer 夢想家よ dein Denken 汝の思索は ist kein Denken 思索ではない sondern むしろ nur ただ ein Grübeln 思案[であるにすぎない]。
註: 【1】zu viel: この zu は、英語の to に相当する普通の zu ではなくて、too に相当する zu です。すなわち『余りにも……(云々過ぎる)』の意。zu viel は too much。
【2】lieber Freund: lieber は lieben (愛する)という動詞ではなく、lieb (親愛なる、好ましい、英の dear)という形容詞です。用例:Das ist mir lieb. それは私にとって喜ばしい。それはうれしい。
【3】Unglück: 「不幸」、「禍」(反対は Glück, n. 「幸福」。この語は英の luck と同語源で、それに前綴 Ge- がついて Gelück となったのがつづまったもの)。
【4】denn: 英の for (何故というに)と同じ。理由をあげる時には denn (for) を用いたり、weil (because) を用いたりします。
【5】wer: これは元来は『誰?』という疑問詞です(Wer bist du? おまえは誰か?)、しかし wer zu viel denkt (余り多く考える者は)といったように、動詞をおしまいに置いて用いると『およそ誰でも……する者は)という文ができます。『誰があまりに多く考えるか?』という疑問文ならば動詞は英語の場合と同じ位置に来て Wer denkt zu viel? となります。
【6】wenig: これは「少く」(英:little)という語ですが、用法の上から云うと一種の否定詞です。handelt wenig は「少く行動する」と云っても間違いではありませんが、しかしぴったりとした訳をつけるとすれば「大して行動しない」と云った方が徹底します。肯定の方の、即ち「少しばかり」の意には ein wenig (英:a little)を用います。此の関係は英独仏三語に共通です:『彼は少しばかり実行する』は英:He acts a little; 独:Er handelt ein wenig; 仏:Il agit un peu. 『彼は大して実行する所がない』は英:He acts little; 独:Er handelt wenig; 仏:Il agit peu.
【7】verpaßt: 不定法は verpassen ですが、-t という語尾の前では ss は ß に書きかえます。ß という活字が無いときには ss でもかまいません。verpassen は英語の miss で、要するに『取逃がし』たり、『つかまえ損なっ』たり、狙いを『外し』たり、長蛇を『逸し』たりするのがすべて verpassen です。我国でもハイカラな人はよく英語を使って「ミスする」ということを云います。ミスミス取りのがすからでしょうか?オールドミスというのも、好い縁談があったのを悉くミスしちゃったからそれでミス……と云うのかどうか、それはまあ英語の先生に訊いて下さい。要するに verpassen はちょうと英語の miss です。
【8】Bus, m: これは英語の bus (バス)と同じ。Autobus [アオトブス](乗合自動車)の省略形です。それから重要な注意:この「バスをミスする」「バスに乗りおくれる」という逸り言葉は、まさか御存じない人はなかろうと思いますが、これは最近しきりに使われた用語で、つまり「時勢に便乗しそこねる」ことです。
【9】nie: 「決して」で、これを使うと nicht という否定詞は不要です。英は never、独は nie、nimmer、niemals の三つとも同意に用いられます。
【10】Lebensbus, m: 人生バス。即ち Der Bus Leben (人生というバス)というに同じ。こういう語は辞書になくても勝手に造ることができます。
【11】bereit: 英の ready です。Ich bin bereit (私は仕度ができています)。
【12】und warum?: なぜ und が這入っているかというと、『してそのわけは?』だからです。
【13】weil: 前述の如く英の because です。英の for と because との差はちょうど独の denn と weil との差です。この場合の如く、前に warum? と問うてある直ぐ後では必ず weil を用い、denn は決して用いません。それから weil を用いると、その次の文の動詞は一番うしろに置かれます(weil ich denke wenig ではなく、weil ich wenig denke です)。
【14】handle: handeln は ich handele の e を一つ省いて handle とします(口調上そうなるのです)。
【15】Träumer, m: Traum, m. (夢)と関係して träumen (夢想する)という動詞があり、それから造ったのが Träumer です。
【16】Realist, m: この反対は Idealist (理想家、観念論者)「現実主義」は der Realismus [レアリスムス]といいます。
【17】sondern: これは英なら but です。此の語は、まず否定の文が先にあって、その次に、それと同じ内容の事を肯定で云いなおす時に、間に挿んで用いる接続詞です。「そうではなくて」、「然らずして」或いは全然訳語は用いなくてもよろしい。逐語訳の所に「むしろ」とあるのは、この場合だけに通用する方便上の訳語と思って下さい。
【18】ein Grübeln: grübeln (くよくよ考える、深く考えこむ、同じことをいつまでもしつこく考える)という動詞を名詞に用いたもの。こういう風に、動詞の不定形をそのまま名詞として用いることが非常に多いのです。そうすると性はすべて中性として扱います:das Denken (考えること)、das Grübeln (糞思案、思いあぐみ)、das Leben (生きること、人生、一生、命)など。
意訳:親愛なる友よ、君はあまり考えすぎる。それは君の為にならない。なぜというに、考えすぎる者にかぎって実行が足りないからだ。そして実行の足りない者はバスに乗りおくれる。
僕は決してバスに乗りおくれない。人生のバスは何時も僕のために席を取っておいてくれる。それは何故か? それは僕が思案を少なくし、実行を多くするからだ。僕は夢想家ではない。僕は現実主義者なんだ。