Monday, February 22, 2021

Little Nightmare II

最近ゲームの実況を見るようになった。新しい YouTuber が雨後の竹の子のようにあらわれ、また消えて行く分野である。なぜ見るようになったのかというと、実況者がしゃべるセンテンスが短く、かつ基本的な表現を多く含んでいるからである。そりゃそうだろう。ゲームの中では上に行く、ものを掴む、右に曲がる、中に入るなどといった人間の基本動作をコントローラーで行うのだから。また最近用いられる俗語が豊かにあらわれる。これを英語の教材に使えないか、と思ったのがきっかけである。

実際に教材もいくつか作ってみたのだが、そのうちゲーム自体の面白さにのめりこんでしまった。たとえば最近出た Little Nightmare II はラカンの理論の影響がよく見て取れる作品で、高等理論がポップカルチャーに(変形をともないつつ)吸収されていくいい実例である。

どこがラカンの理論なのか。あのゲームでは大勢の人がテレビに見入ってそこから動かない。テレビからは意味のない idiotic な音楽や笑い声が繰り返し流れてくるだけなのだが、彼らはあきもせずそれに聴き入っている。そのテレビをゲームの主人公がリモートコントロールで消してしまうと、全身で怒りをあらわし、あるいは別のテレビに向かって盲目的に突き進み、崩壊した壁から下へと落下してしまう。テレビというのは、彼らにとって命よりも大切なもの、彼らの存在を支える究極のものなのである。このような次元をラカンは享楽と名づけた。

わたしは学者ではないので享楽を正確に定義づけることはできないし、したくもないが、わたしなりに説明を加えるとしたらこんなふうになる。

享楽は快楽とはちがう。快楽は生を楽しむものだ。仕事が終わって自分へのご褒美にと、ケーキを買ったりするけれど、これは快楽である。享楽は快楽の次元をとことん突き進んだ先にある。突き進むとメビウスの帯の上を進むように、いつのまにか反転現象が起きる。快楽は快楽ではないもの、つまり苦痛へと転化する。しかしこの苦痛は「快楽―苦痛」という二項対立の「苦痛」ではなく、苦痛でありつつ「なおかつ」快楽のように人がそれに淫してしまうものなのだ。

たとえば恋する人に振られた男がなかなか思いを捨てきれずノイローゼになるケース。合理的にはさっさとその女のことは忘れて新しい女を捜せばいいのである。動物はそうするらしい。しかし人間は忘れることができず、いつまでもどんより澱んだ心持ちを持ち続ける場合がある。そんな心持ちが不快なことは男自身わかっているのだが、なかなかそこから抜け出せない。なぜ抜け出せないのか、逆に言えばなぜ男がその状態に固執するのかというと、じつはそのような状態から快楽を得ているからである。いわば黒い快楽とでもいったものがそこにあるのだ。これが享楽の次元である。この次元がフロイトのいう「死の欲動」と通底していることはなんとなくおわかりになるだろう。

スラヴォイ・ジジェクはこのような享楽がナショナリズムとかイデオロギーの根底に潜んでいることを示し、またポップカルチャーにあらわれた享楽の次元をさまざまな作品の例を挙げて教えてくれた。興味があるなら是非ジジェクを、とくに映画やジャンル小説を扱った彼の作品に目を通してほしい。

Little Nightmare II に見て取れるのはこのような享楽の次元である。このゲームで活躍する Mono は絶えずテレビの世界に引き込まれる。テレビの世界が他の多くの人々に取ってと同様、彼にとっての享楽の次元なのである。Six は Mono をテレビから幾度も引き戻しているが、これは享楽の次元に落ち込むことを防ごうとしているのだろう。一方 Six はオルゴールに固執する。その音が Six にとっての享楽の次元なのである。そして Mono はその次元を破壊し、Six を解放しようとする。

しかしながらこうした試みは失敗するにきまっている。なぜなら享楽の次元はけっしてなくならないからである。それどころか享楽は人間の核心の部分を形作っている。人間が人間であるということは、享楽の次元に浸されているということでもある。それゆえわれわれにとって問題なのは、この恐るべき次元を除去することではなく、いかに手なずけるかということなのである。ジジェクが啓蒙の伝統を強調するのは享楽に対抗するための手段となるからだ。わたしが日本において知的なものを軽視する風潮が見られると何度もこのブログで書くのも、享楽の次元にひきずりこまれるのを怖れるが故である。

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