ミス・ピーターソンはハバナへ向かう船の上でフェルナンデスという男と出会う。フェルナンデスはリケサスという島にホテルを構えているビジネスマンだ。彼はミス・ピーターソンに惚れて結婚を申し込むのだが、断られる。あきらめきれない彼は、彼女に自分のホテルでホステスの役を務めてくれないかと頼む。ミス・ピーターソンは給料もいいし、フェルナンデスが気に入らないこともないので、その申し出を受ける。
ホテルのホステスというのは、客のお相手をし、裏方の仕事一般を監督するような役である。彼女は結構巧くこの仕事をこなしていくのだが、さっそくトラブルが発生した。シシリーという使用人の一人が、フェルナンデスの部屋で男を殺したと告白したのだ。しかしシシリーが本当に犯人なのか、疑問が生じた。なぜなら彼女が告白したその直後に、べつの二つの殺人が連続して起きたからである。
誰も彼もが正体を偽っていて、それが一つ一つ暴かれていく。いったい背後で何が起きているのだろうという興味が、最後まで読者を引っ張っていく。
本作はホールディングの作品としては珍しく異常な性格の持ち主が出てこない。強烈な異常性が磁場のように働いて、まわりの人々をまきこんでいくという恐怖、それがホールディングの特徴なのだが、この作品はちょっと毛色が違う。シシリーが多少、今の言葉で言う「メンヘラ」的なところを持っているが、彼女は端役にすぎない。本作はあくまでも「背後でいったい何が起きているのか」という謎を解き明かす物語であり、その過程でミス・ピーターソンが感じる不安や恐怖や疑心暗鬼を描いたものである。
同時にこの作品にはロマンチックな側面もある。物語の冒頭でミス・ピーターソンは、フェルナンデスの愛情表現の強引さに辟易し、かつまた彼の紳士的な抑制的態度に惹かれる。ホテルの経営者に対してアンビバレントな感情を抱くわけだ。この二重性が物語のなかでずっとつづく。事件が起きてからは彼が事件とどのように係わっているのか、つまり彼は悪者の側なのか、被害者の側なのかがわからず、ミス・ピーターソンは思い悩む。しかしこの複雑な事件がついに明らかになり、フェルナンデスの役割がはっきりとわかったとき、ミス・ピーターソンは彼を「立派な男だ」と認めることになる。この物語は強烈なサスペンスを放ちながらも、ロマンチック・ミステリとしての魅力も兼ね備えている。