トウプという隠退した警部が、人間味あふれる洞察力をフルに発揮し、二つの事件を結びつけ、犯人を捕まえる作品だ。
最初の事件は横領事件。ピースという法律家がジャーヴィス財団の金をくすねて行方をくらませる。警察はさんざんピースの所在を突き止めようと苦労したのだが、なんと彼は変装してジャーヴィス財団の建物の雑役婦として働いていた。灯台もと暗しとはまさにこのこと。いや、ピースの変装術に感嘆すべきか。しかも彼は逃げ足も早い。トウプが財団を訪れたときには、彼はすでにとんずらをかましていた。
二つ目の事件は殺人事件。トウプが最初の事件で知り合ったジャーヴィス財団の人々と芝居を見に行ったときだ。芝居の最中に、役者を訪ねて舞台裏に来たある男が銃殺されたのである。この男がなんと最初の事件の関係者なのだ。トウプは二つの事件になんらかのつながりがあると感じ取る。もしかすると犯人はジャーヴィス財団の金を盗んだピースではないか。
ミステリの要素はたっぷり含まれているが、これは本格ミステリではない。犯人が怪人二十面相のような変装の名人であるということからして、江戸川乱歩かエドガー・ウオーレスのような冒険譚になるであろうと予想がつく。第二に、トウプ警部はジャーヴィス財団を切り盛りしているミス・モスという五十恰好の女性と恋に陥るのである。こんなふうに事件の関係者と探偵が関係を持ってしまうと、その作品は本格ミステリにならない。探偵はあくまで物語の外部に留まらなければならないのである。
そういう意味ではちょっとがっかりなのだが、しかしベン・エイムズ・ウィリアムズの文章は格調が高く、登場人物もそれぞれ個性豊かだし、プロットの組み立てもしっかりしている。これはこれで十分読ませる作品になっていると思う。